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スイーツな時間今日は休みだったので いつものとおり喫茶店に行ってきました。妻はアイスココア、私はウインナコーヒー。二人して「甘~~い!」(色んな意味で・・・)時間を過ごしています。美味しいコーヒーを飲んだ後に、しかも甘いココアやコーヒーを飲んだ後にダイエットの話だなんて・・・おかしいですよね。家にはダイエット関連の商品が数々。ダイエットをテーマにした番組を見ては購入。あ~ぁ。これ、よくあるパターン。でも、それでも私はずいぶん痩せたのですよ。ピークからすると20キロ痩せましたから。ピークの体重だなんて、いくら私が男性だからといっても教えられません。ちなみに妻は私にすら教えてくれません。私が「二人で体重計にのってみようか?」と言ったら「何を言っているのかなー」と妻が答える。そして、妻は続けて言う「あなたがポッチャリが好きだからだよ!」・・・んーーー答えにならないなぁー。確かに私は[ぱっちゃりタイプ]が好きだ。乙葉ちゃんとか菊池桃子ちゃんとか好きだなー。ちょっと前だと、郁恵ちゃんとか宮崎美子ちゃんも好きだし。私も人のこと言えないけど、[ポッチャリ]にも限度が。甘い飲み物やスイーツを口にしながら「ダイエット」のことを語っているようでは「自分にアマーーイ!」て感じでしょうか!? えっとー、実は喫茶店でコーヒーを飲んだ後に隣のお店が都合のいいようにケーキ屋さんが***つい[シュークリーム]を買ってしまいました。あー美味しかった。もちろん、いくらなんでも すぐには食べませんでしたが2時間後くらいにはペロッと(しっかり)食べました。大好きなモンブランか迷ったのですが、小さいシュークリームを選びましたが、同じことですね。でも・でも 妻と二人でこんな時間すごしているのが楽しいんです。言い訳でしょうが、本当に幸せなんですよ。頬っぺたにクリームがつきながら 美味しそうに食べている妻の姿が大好きなんです。思わず、こっちもニコッとしてしまう。二人のスイーツな時間は「幸せなひととき」です。世界中がスイーツな時間を過ごせたらいいのに。憎しみ・殺人・自殺・戦争などのニュースを聞いたりしていると悲しくなってしまうなー。国同士がテーブル合わせて美味しそうにパフェなんか食べながら会談したりしていると「ほのぼのー」て感じがするのにね。心が貧困な生き方だけはしたくないものです!私の大好きだった[ZARD坂井泉水さんのご冥福を申し上げます!]真相はわからない方がいい。今までの[ZARD坂井泉水]のままで。彼女の歌声が今でも私の中で響いています。世の中が幸せでありますように!あなたとあなたの周りの方々が幸せでありますように!スイーツな幸せをこれからも妻と過ごせますように!************************************************************** OL・主婦のための情報発信ブログ「Mr.モンブラン」 では ダイエット・仕事・資格・ショッピング・コーヒー豆 など 紹介しています。ぜひ、一度ご覧くださいね。 OL・主婦のための情報発信ブログ「Mr.モンブラン」***********************************************************************
2007.05.30
最近、妻との会話がひとつのテーマで盛り上がっている。 「ワンちゃん(犬)を飼いたーい!」 「(大家さんの)許可がおりないかなー」 「名前は何てつけようかなー?」 「ねー?どのワンちゃんを飼おうかー?」 ========== まだ、許可でてないのだけど・・・ ==================== こんな感じなんです。確かに、今の住まいが賃貸マンションで契約書には「ペット不可」の 文字があるのは事実。マンションといっても一階が店舗、二階に一世帯、三階に一世帯。 その三階に私たちが住んでいる。私たちの気持ちは直接伝えたのだが、まだ返事を待ってい るところなんです。飼いたいと思っているのは「小犬」。シーズとかプードル、チワワ。 ほんと可愛いですよねー!先日、ペットショップで抱かせてもらったのですが・・・ますま す欲しくなっちゃいました。 「このワンちゃんは私たちに選んで欲しいのかなぁ?」なんて勝手な思い込みをしてい ます。 とにかく、全ては大家さんにかかっている。果たして、どうなるか?結果が出 たら報告したいと思います。 ワンちゃんについてのページがありますよ。ぜひ、ご覧になってみてください。 「 犬 吉 猫 吉 」================================================================================== 女性のための情報ブログ「Mr.モンブラン」では、ダイエット特集をしています!
2007.05.25
朝起きて いつものように神棚の前に正座し祝詞を捧げる。その後、しばらく神棚を見上げていた。(とにかく大きな神棚なんです) すると、私にはこのように聞こえてきた。 ================================================================================ 朝起きて なぜ あなたはここにいるのか? 朝起きて なぜ あなたは妻といっしょに生きようとしているのか? 朝起きて なぜ あなたは夫婦であるのか? 朝起きて なぜ あなたは生きているのか? 朝はあなたを知らない あなたは太陽なのか? 夜はあなたを知らない あなたは月なのか? あなたは なぜ 妻といっしょに朝を迎えるのか? 光を浴びて あなたは なぜ 妻といっしょに夜を送るのか? 満天の星空の下で あなたの心は あなたであるか? あなたの心は どこにいるのか? あなたの幸せを わたしは笑う あなたの幸せを わたしは見ない あなたの感謝を わたしは聞かない あなたの感謝は わたしには冷たい あなたの祈りは わたしには痒い あなたの妻への優しい声も わたしには騒がしい 朝は 何も言わず あなたを優しい光で照らす 夜は 何も言わず あなたの心を静かに癒す どこかでの祈りは わたしを喜ばせる どこかでの笑顔は わたしを喜ばせる どこかでの歌声は わたしを楽しませる あなたが 幸せならば それでよい あなたが 妻といることが幸せならば それでいい あなたは わたしが誰であるか 知らない あなたは わたしの声が 聞こえていない わたしは 感謝そのものである わたしは 祈りそのものである わたしは 笑顔そのものである わたしは 鳥の歌声そのものである わたしは 朝そのものである わたしは 夜そのものである わたしは 朝も夜も あなたのそばにいる わたしは 朝も夜も あなたたちを包んでいる あなたの幸せは あなたの周りにある全てのものである あなたの笑顔は あなたの周りにいる全ての者たちへ向けるものである あなたたちの幸せは 朝のように 夜のように あなたたちの幸せは 鳥のように 山のように 海のように あなたたちの幸せが わたしの幸せのように あなたたちの祈りが わたしの声であるように わたしが あなたを朝起こそう わたしが あなたを夜癒そう わたしは 愛そのものである ================================================================================ 決して私の詩集ではありませんからね。朝起きて、隣に妻がいる。愛する女性がいる。 守るべものができたなんて格好いいこと言っている。間違っていました。大きな勘違い をしていました。 朝起きて 「ありがとう」なんですね。朝起きて 当たり前の生活 をしていることが愚かであることが知らされた言葉でした。 朝起きて すべてのことに「ありがとう!」 朝起きて 神様に「ありがとう!」 朝起きて 愛する妻が こんな私のそばにいてくださって「ありがとう!」 朝起きて 生かされていることに「ありがとう!」 朝起きて 笑顔! 夜空の星に癒されて 今日も一日「ありがとう!」 ありがとう! 本日の格言・・・「ありがとう!」 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 女性のための情報発信ブログ 「カフェ7番テーブル」
2007.05.19
いよいよ その時! 当時、妻は26歳 私は35歳。友人たちがワイワイガヤガヤと盛り上がっている中で 私は彼女のことで心の中で勝手に盛り上がっていた。食事している時だった。おでんの玉子が私の足元に転がってきた。何だこれって思いながらテープルの上に置いた。「誰が食べようとしていた玉子なんだろう?」と思って周りを見よと思ったら 私の正面に座っている彼女がさびしそうな顔をしていた。どうやら彼女が食べようとしていた玉子で、しかも好物だったらしくかなりショックを受けていた。私は別に下心はないのだが、ふと「これはチャンスだ」と思い 「ボクのあげるよ」と言って彼女の皿に入れた。お返しに何かもらったが それは覚えていない。しかし、そのことで彼女との会話の距離はさらに近くなったことだけは覚えている。周りの盛り上がりはどうでもよかった。彼女のことばかりを考えていた。・・・それから半年後に付き合うようになり、週末同棲みたいな感じだったなー。彼女も優秀な成績でしっかり卒業、国家試験にも合格。彼女の卒業式には まだ籍も入れていない私が親族代表で出席した。今では本当にいい思い出だ。文化祭、体育祭などにも見学に行った。もちろん催し物なんて私には興味がない。彼女に会いたいだけ。彼女の近くにいたいだけ。卒業式は私たちにとって「いっしょにいられる時間と空間」への入学式でもあった。離れない、離したくない。決してストーカーではないが、いつも ひっつき虫みたいだったかな? ・・・・・・・出会ってから6年、ますます幸せ。最高に幸せ。彼女が近くにいて幸せ。彼女と食事ができて幸せ、彼女と喫茶店でコーヒーを飲みに行けて幸せ、彼女と24時間いっしょで幸せ、彼女が私の横で寝ていて幸せ、朝起きて彼女がいる・・・幸せ。数え切れない「幸せ」。お互いに障害者として一生涯生きていても、関係ない。障害があるから同情して結婚、サポートするために共にいるのではないのだ!以前、「あなたは偉いねー。奥さんを助けてあげないとねー」と言われた。全く違う。ハズレだ。彼女といっしょにいたいだけだ。私はハッキリと彼女にも言う「できないからと言ってブツブツ言うな!できないことは僕に言えばいい。僕もできないことはあなたに言うからさ!」だから、視力に不自由だからといって私は手伝わない。ただ、彼女が「ちょっと来てー」と言うのであれば手伝う。できることは決して私は手伝うことはしないのだ。失礼だからだ。その代わり、私も彼女に手伝ったりしてもらっている。弱さがあるのはお互い様!相手を決して非難しない。夫婦生活なんて結婚してから数十年しか味わうことはできない。毎日毎日が大事。朝がくると「おはよう」で始まり、寝るときには「おやすみ」だ。当たり前のことにもっと純粋で心から「幸せ」を感じられたら 本当に感謝!神様に朝夕、一瞬一瞬が感謝!全てのことに仏様が知恵を下さる。これも感謝!私たちは「不平」を言う資格なんて無いのですね!!だって 探せば 感謝で山積みになりますよ!朝起きて まず「今朝も命が与えられて神様感謝します!」「今日も幸せです!」「ありがとうございます!」最高に幸せですよ! 本日の格言 「ありがとう」の一言は最高の幸せを相手にプレゼントする。 「ありがとう」と言える自分は最高の幸せな人生を神様にプレゼントされる。
2007.05.14
今 日 は 愛 す る 妻 の 誕 生 日 で す ! 朝早くから目覚まし代わりと言わんばかりの一通のメールが妻宛に届いた。 妻の後輩からの「音声のみのメール」だった。音声というよりは 「Happy Birthday」 を声高らかに歌っている(早朝からテンションが凄かった)後輩の歌声だった。お世辞 にも決して上手なんて言えない、笑うしかない歌声だった。久しぶりに腹を抱えながら 笑った。でも、でも なんて いい友達なんだ。本当に笑わせてもらったけれど・・・ 感激した。妻の周りはいい友達で恵まれている。感謝しないとね! 妻は「二十代ならいいけど、誕生日か~・・・複雑だな~」て言ってたけど、確かにそ うだ。でも、妻33歳・夫41歳。しかも私は11月で42歳、夫婦で後厄。スゴイ。 近いうちに 私が所属している神社にお払いに行ってきます。私なんかは払ってもらわ なければならないものがいっぱいだ<<<<< これからも たっくさん妻を愛して暮らしていきたい。よく人は言う「あなたたちは 若いから まだまだ~」 でも私はそのように考えない。「今、一瞬一瞬、今日の この時間を大事に、そして妻を愛し 守り 時間を共にする」 夫婦でも「一期一会」 なんですよ!だから、今もこれからも 命ある限り妻を愛するんです!夫婦でも相手 を尊重し、受け入れる。夫婦間でも、ラブラブな二人にしても「マナー」を守るべき なんですね!女性に手を出すヤツ、暴力を振るうヤツは最低だ!男性は女性を守るべ きです。・・・なんてカッコイイことを言ってしまいましたが本当です。日本男児、 しっかりしなくっちゃっ!! 私は生涯、妻を愛し貫きたい 今日の格言 「男性は黙っているだけでも 女性を振り向かせる男であれ! 女性は明るくてもいいから 愛する彼を静かに見つめてあげなさい!」 Mr.モンブラン
2007.05.12
天気良好です!人間生きていると色々ありますね。今日は妻と私のことを語らせていただきます。妻は昭和49年生まれ、私は40年生まれ。それぞれ全く環境は違って育ちました。彼女はもともと明るい性格だったのだろう。よく笑う。 しかし、彼女が一番大事な思春期の中学生になった時に大好きな母親を病がおそった。まだ50歳を少し過ぎたくらいだった。2年前、亡くなる72歳まで寝たきりとなった。二人のお兄さんたちは仕事で家にはいない。歳をとった父親と二人で長くつらい介護が20年にも及んだ。彼女の実家は経済的には冗談ではすまされないほどだったらしい。今こそ福祉サービスなんてありますが、すべて彼女たちでしなければならなかったのです。高校卒業後も介護に専念。いくら自分の親と言えども本当に立派だ。そのように頑張っている彼女だったが、試練はそれだけではすまされなくなってきたのだ。20歳を過ぎ、相変わらず母親の介護に専念していた彼女自身に大きな病気が その家庭をどん底に突き落とした。緑内障によるもので手遅れだった。ほんとにほんとに当時の彼女のことを考えると 今でも涙があふれてくる。精神的な長い苦しみの後に彼女は決断、盲学校へ入学することに。歳をとった父親と寝たきりの母親、二人を残して。皆さん彼女の当時の精神状態を想像できますでしょうか?涙がこみ上げてきます。 彼女にとっては しかし その決断が人生を大きく変えていくことになるのです。一方、その当時の私の方も実は大変なことになっていたのです。大好きだった女性を自殺という行為で失い、精神的にボロボロ状態。深夜、ほとんど毎日のように愛車で走り回っていました。いやっ、ぶっ飛ばしていました。知り合いの人から「夜は暴走族されているんだね」と言われるほど。覆面パトからマークされる始末。自分が自分でなくなり失った。空っぽになっていた。私の方の家庭も色んなことがあり家庭崩壊。父親の経営していた会社の倒産、20年前で 抱えた負債2億円。天国から地獄に突き落とされた。真っ暗だった。もともと「お帰りなさい」なんて言ってくれるような家庭ではなかったが 本当にさびしかった。ただ、長男だから一人でいるときに泣いた。まだまだ、活字で言い表すことのできぬ苦しみがありました。話を戻しますが、好きだった彼女に自殺され、私は正直狂いそうだった。円形脱毛もひどくなってきていた。私の顔がやたらと「おじさん」になっていた。その当時の写真は一枚すら残してなんかいない。残すほどの顔でもないですが・・・。私の人生が大きく変わるのは33歳の時。以前働いていた職場を辞めて引越し、今の場所に移ってきたのが9年前。就職。仕事は好だったので一所懸命にやった。なのに空しかった。もともと弱視だったのだが、さらに視力の低下が進み、ついには運転ができなくなっていた。私にとっては唯一の楽しみでしたから それはそれはショックでしたよ。さすがにしばらくは落ち込みました。でも そのことが私の心に変化を与えていくのです。新しい自分が近くに待っていたのです。新しい自分へと向かっていたのです!!そこから「幸せ」への扉が開かれました!!その頃、彼女は盲学校で勉強に励み優秀な成績をおさめ、また彼女の心も以前のものよりも強い「真の明るさ」を身に着けていた。まだ、彼女との接点はなかった。しかし、お互いに経験してきた「苦しみ・どん底・波乱」などは 私たち二人を結び合わせる「接着剤」だったのです。私たちは 会うべき運命だったのです。「幸せ」になるために! (次回に続く)今日の格言「人生いろいろあるから面白い!山あり谷あり、乗り越えたら美しい景色が迎えてくれる。 暗闇が深いからこそ 星たちは美しく輝き、私たちに感動を与えてくれる。人生もいっしょ っだ!」 Mr.モンブラン
2007.05.10
「結婚生活」4年経ちました。とても幸せですどこの国かわからないけれど素晴らしい生演奏を聞くことから始まり、いつも行く喫茶店で食事とコーヒー、近くの神社で参拝・・・「いつも幸せであることに感謝します」との報告、指輪を買いに行き、モスバーガーで休憩、そしてまた別の喫茶店でカフェタイム、雑貨を買いたこ焼きを買い、自宅に戻ったのが午後8時前。 で、先ほどまでバーで食事してました。楽しいことは アッという間に過ぎちゃいますね。いつも思うことではあるのですが、妻といっしょに歩いていると「幸せだなー」て本当に感じました。これからも ずっーと仲良く暮らしていきたいと改めて決心しました。そして、ボクと一緒にいてくれて「ありがとう」の気持ちになりましたね!今夜はビールを飲んでほろ酔いです。ほんとにほんとに、しあわせーーーー! =本日の格言=「幸せは 感謝して生活している自分自身に比例する」 Mr.モンブラン
2007.05.09
皆さん、今日は私たちの「結婚記念日」なんです! 今から愛妻といつも行く街の喫茶店でカフェタイムしてきます。 私の方からは「指輪」をプレゼント、彼女は夜の食事をおごってくれるそうです。 天気も良好だし、最高の気分ですね! では 今から行ってきまーす。また、夜に報告日記を書きますね! Cafe2003 @喫茶店オーナー様からのトラックバック募集中!!
2007.05.09
2002年正月 実家にて誤解を招いたり、他の方々を傷つけないために、「私の母は決して悪い人間ではないことを最初に伝えておきます。そうでないと大変なことになりますので。母は私が小さい時から どういうわけなのか 「障害者」を嫌っていました。今でもわかりません。その母に彼女のことを どのように伝え、そして説得するか・・・私にかかっていた。実家は商売をしていて、正月なんてバタバタ状態だから 端的に伝えていかないと聞いてくれはしない。もともと、人の話なんて聞くことはしない。聞いたとしても、受け入れてくれることはしない母だ。やっかいだ。時に、ヒステリックをおこす。時間をつくっては父のところに行って 彼女の写真を見せながら話をする。また、母のところに行く。しぶとく粘る。父は言う「その人と結婚して幸せになれるのかー?もっと健康な人とではだめなのか?」 母は言う「あきれたー。だめっだめっ、何考えてるのっ!(放送禁止用語があるので省略します)」私は両親から言われ放題だった。とにかく我慢・・・ここは とにかく我慢だ。実は、私には狙いがあったのだ。実家に泊まってから最終日。作戦に入った。両親を呼んで 静かに私の方から語り始めた。言いたいことを出し尽くしていた両親に対して私は言い放った。「こんな バカ息子と結婚してくれるんだ!むしろ、相手様に感謝しないといけないよ! ボクはね、彼女を助けたいと思って結婚したいんじゃない。ボクの方が彼女を必要として いるんだよ。たまたま、視力に障害があって大変だけのことじゃないか。不幸とは関係な い。彼女と結婚する!いやっ、結婚してもらえるんだよ!わかる?わかってよね!!」私はこのことを言うために我慢した。これが、後になって父と母の心を動かした。そして、2003年5月9日、ドシャ降りの日曜日 結婚式。「母の日」だった。本当に「笑い」と「感動」の結婚式となった。父が嬉しそうに大勢の前でカラオケを唱う、しかもアンコールの声までかかる。式も進み、最後の父の挨拶。ほとんど泣いていた。体の大きい父が泣いた。母の目にも涙。よく言ったものだ「鬼の目にも涙」なんてね。 結婚式が終わり、ホテルの部屋でくつろいでいたら ノックの音。両親が入ってきた。しばらく おしゃべり。二人は合わせたかのように「こんな結婚式に出たのは初めてだった。ステキな結婚式だったねー。」そして 母がこう言って私たちの部屋を後にした。「本当にありがとう!結婚 反対しててごめんなさい。お二人さん、おめでとう!!」 (次回に続く)今から結婚をされようとされている方々、世界の中心で愛を叫んでもかまいませんが・・・世界の中心で幸せになりましょうね!![本日の格言] 男性諸君、愛妻家になりましょう!!
2007.05.05
「愛妻日記」-彼女からのプレゼントー彼女が入院してしばらく経っていた。私は毎日のように見舞いに行った。もう会いたくて仕方がなかったのだ。面会時間はいつも過ぎていた。10分でもいいから話がしたい・・・話ができなくてもいい、せめて手を握ってあげたかった。私も弱視ですから夜道を歩くのは大変。車に何度もピッピッピッーーーと鳴らされたことやら。 そんなある日、奇跡がおきた。私にとっとは大きなことだった。いつものように見舞いに行った時のこと。病室で彼女がなんとなく落ち着かない様子。「あっちの方を見ててね。こっち向いたらダメだよ」と彼女が突然言った。病室の窓から外を眺めていた。すると「いいよ、こっち向いて!」と言われて くるっと振り向いたら 急にバスンッと何かを私に手渡してきた。そして彼女が言った「ちょっと早いけど、・・・誕生日おめでとう!!わたしからのプレゼント!!」 私は固まってしまった。明らかにプレゼントは「手編みのマフラー」だった。私は一度も自分の好きな色を言ったことはない。ワインレッド色のマフラーだった。ほとんど見えない彼女がマフラーを編み上げた。マフラーを握りしめながら 涙がこぼれるのを必死にこらえていた。これは奇跡だった。やさしい光に病室が包まれているようだった。味わったことのない幸せ。いつの間にか、マフラーを編んでいたことの驚きと彼女が編めたことの感激そして彼女の大きなやさしさに触れた瞬間だった。一生、忘れることはないだろう!11月の誕生日、本当にHAPPY BIRTHDAY となった。クリスマスまでには退院できた。彼女との初めてのクリスマス。もう幸せでたまらない自分がおかしかった。鏡に映っている自分になぜか笑えた。正月、それぞれ実家に帰った。[彼女との結婚を意識し始めた頃だった。]私の実家、そこでは最大の壁が立ちはだかった。結婚するための=その1=両親への説得だった。なんて切り出そうか!? (次回へ続く)
2007.05.05

2001年11月11日[彼女とデート]なんて手帳に記していた。その横には しっかりと「バイト」の字に横線を引いていた。初デートに寿司屋(回転OOではありませんよ)を選んだ。ちょっといいお値段したので「おまかせ/お一人コース」を二人で食べた。食事の後、少し散歩してから私がよく行く喫茶店に入った。そこが、サプライズの場所として決めていたのです。おしゃべりをして楽しいひととき、そして そろそろコーヒーが少なくなってきた時!彼女に両手を私の前に出すように言った。可愛らしくラッピングされた小さな箱を渡した。そうです、「指輪」です。実は、デートの二日前が私の給料日 そして 次の日に休みをとっていたので街へ出かけ買いに行ったのです。宝石屋なんて初めて入りました。彼女のイメージを思い浮かべながら1時間近くねばって買いましたよ。言っておきますが・・・女性に指輪をプレゼントしたことなんてありませんからね。 当然、彼女は驚き どうしてよいのか迷っていましたが (積極的ではないけれど)受け取ってくれました。学校の寮に帰ったあとも少し混乱していたようです。そのデートから私たちの心の距離は近くなってきました。ところが、彼女が目の再手術で入院することになってしまった。こみ上げてくる寂しさが私を襲った。ずっとずっと彼女といたい!彼女のそばにいたい!仕事が終わってから ダッシュッで着替え・列車に乗り・タクシーに乗り病院へ・・・毎日のように。とにかく彼女に会いたかった。大好きという言葉は「愛してる」へと変わっていた。お見舞いに行き、病院からアパートへ帰る道のりはとてつもない寂しさを感じた。それでも毎日のお見舞いに行くときには なぜかワクワクしていた。(本人は辛かっただろうに) 入院はしばらく続いた。つらい手術と入院。7回目の手術だ。私も目の手術を3度している。だから彼女の辛さがよーくわかっていた。ベッドの上であまりの痛さで苦しんでいる時には彼女の手を強く握った。背中をさすったり。ほとんど・・・夫婦状態でしたね。 この入院はお互いの気持ちをさらに近づけていくのですが、そこで 今度は私の方が 彼女からサプライズを与えられることになるなんて考えてもいなかった。それは、奇跡だった。 (次回に続く) 「ちょっとそこまでショッピング」 「おしゃれ一番街」 [コーヒーミル]でおいしいコーヒーをつくってみませんか?あなたのオリジナルコーヒ -でホームカフェ。マスターになって人気者に! 「Mr.モンブラン」
2007.05.03
彼女との二回目の再会。「居酒屋」での食事会はもーどうでもよかった。彼女と話がしたかった。私には周りの##ワイワイガヤガヤ##なんて聞こえなかった。彼女の声だけが響くように感じていた。二次会でもそれは続いていた。そして、ついにその時がきた!何がって・・・それはもちろん、彼女の電話番号を聞き出すことに成功したことですしかも、指輪のサイズまで教えてもらっちゃったから さぁー大変!血圧アップ・脈拍アップハートモードMAX。二次会解散。彼女は友人夫婦の家に泊まることに。一人さびしいはずのアパートでは わたしの心は大忙し。鏡に映っている「普段しないニヤケタ顔」が妙にもいやらしく、また「この上ない喜びの顔」でもあった 彼女には近いうちに電話することを約束していたのだが、その日から数日後たっていた。私はウブな男ではないはず。しかし、ベッドの上で携帯を持っては離し、また携帯の画面に表示されている彼女の電話番号をジーと眺めては また手から携帯を離すという動作が数日もかかったのだ。そして、ついに 今まで何だったのかという感じで2時間もしゃべっていた。省略すると 「ボクといると楽しいよ。それに損はさせない。彼女になってくれないかなぁ?・・・」「・・・OKですよ。」この内容の中には2時間分含まれています。そして、ついに 初デート。2001年11月11日 私は彼女が驚くようなこと、サプライズを考えていたのです。 (次回に続く)
2007.05.02
みなさま、お仕事おつかれさまでした! 生きていると「疲れる」ことっていっぱいありますね。ため息つきたくはないのだけれど つい してしまいます。でも、「ため息」をついちゃうと「良い運気」が逃げてしまいますから それだけは我慢しましょうね!!恋愛に関しては 私は「ため息」ついたことはありません。本当ですよ!今まで片思いたっくさんしたけれど 失恋してもダメージは残さないタイプで楽観主義者なんです。ふられた時に思うこと・・・「えっ?この人よりも もっといい人が現れるの!!」ですから傷つくことはありません。ですから告白するのもドキドキはするけれど あたってくだけろーみたいな感じで前向きにいきます。そして グワーンと思いっきりふられてきますよ!どうですか?格好いいでしょ?妻との出会いは6年前です。その頃、彼女は盲学校の学生でした。私の同僚との食事会で居酒屋に向かうために待ち合わせ場所に彼女が現れました。そ・そ・その瞬間です!!「あっ、ボクと結婚する人がいた!」 初対面で ですよ。帰り道、電話番号を聞き出すことに失敗。そのまま解散。 だが[ここからが私は違うのです。] 「そんなはずないぞっ?あの子にまた会えるはず。生涯、ボクのそばにいる女性なんだから」その数ヶ月した ある日 「また、食事会するよ。行く?」と友人が聞いてきた。ちょうどその日にバイトが入ってたので断った。すると友人が「あの子も来るのになー」と言ってきた。私は即答する「うん、もちろん行くよ」 当然、バイト先に謝って休みをとりました。「ちょっと体の調子が悪くて・・・」(どこが悪いんだよ) その数日後、私の人生を大きく変えていくことになるのです。食事の席、私は彼女の正面に座った。こらから先もずっーと彼女の正面に座って食事することも 私には見えたんです。 (次回に続く)
2007.05.01
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