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私たち夫婦は大きな夫婦喧嘩をすることがない。 これは自慢になることでもあるのだが、それだけが理由ではないのです。 夫婦喧嘩にならないというよりも「夫婦冷戦」なのかも(汗) 彼女の戦略か?それとも・・・嵐の前の静けさなのか? いきなり、スゴイことを書いてしまったけれど離婚するようなことは ありませんよ。 妻は、不機嫌になると「虫攻撃!じゃなくて無視攻撃」が始まるのです。 言葉使いも急変する。私を見る(仲の良い時は「見つめる」)視線が 冷ややかで・・・こわ~いのです。 私は一番「無視」が嫌いなのです。嫌いというより 結構応えるのです。 相手がどうのこうのよりも 私は落ち込んでしまう。 「俺は・・・夫 失格だなー」 こんな感じ。私はこれでもデリケートなんです。見かけによらず。 妻を愛しているからこそ「俺って・・・最低な男だなー」と感じてしまう。 開き直るのも早いのが私の特徴なんですが。 以前、妻から「あなたは暖かい人なのか冷たい人なのか わからなく なることがあるよ」と言われたことがある。 確かに自分でも感じることがある。多重人格?極端ではないが感じる。 私の家庭は「家庭崩壊」状態だったし、暖かい家族ではなかった。冷たい 家庭だった。今でも「つまらない家庭」のまま。「明るい光」なんてどこにも ない家庭だ。その家庭で育った私は「この家は嫌だ」と言っていながら 実は私の体にしっかりしみこんでしまっているようだ。 だからこそ、私は「愛妻家になりたい!」という目標を持っているのかも 知れない。もちろん、妻に対する「愛している」という思いもあるのだが 自分に対して「愛妻家にりたい」という思いと「まともな人間になりたい」 という思いからきていると最近感じるようになってきた。 私の友人からも「お前は時々、人相が変わるぞ!」とキツイ言葉をもらった ことがあった。それに対しても否定できなかった。ズボシだったから。 「もっと人間らしく、もっと当たり前に、優しい人間になりたい」 私は「優しい夫」である前に、「優しい人間」にならないといけないのだろう。 でも、それだと抽象的すぎるから 自分の身近で実践できること、それが 「愛妻家になりたい!」というテーマになっていった。 妻が「無視」と「冷たい視線」に対しても受けることしかできない。 当たっているから。私としては「意見があるならハッキリ言いなよ」なんだが 私は愛する妻には弱いのです。わざと「俺なんて・・・」(ブチブチ) 私がひれ伏すしかない。彼女が大好きだから、ずっと彼女といたいから。 「愛妻家宣言」 なかなか、口に出して言うほど簡単なものではありませんね。 本日の格言 「夫である皆さま、妻の前にひれ伏しましょう! 怖い顔をしていても 妻は可愛いのです!」 Mr.モンブラン *Mr.モンブランでは マイセンのコーヒーカップ&ソーサーを紹介しています。 コーヒー好きには たまらない「ホワイトマイセンVIP」 コーヒーカップですよ!珈琲ファンは必見! 珈琲豆も紹介しています。ヨロシクね。
2007.06.28
妻の料理は最高に美味しい! 最近は便利な時代になってきたものですね。 妻が持っている携帯電話は音声で読み上げてくれる。 以前も伝えたように 彼女の視力はほとんどない。 だから、音声で読み上げてくれる携帯に妻はハマッテしまった。 サイトもメールもアドレスも活字はみんな音声で読み上げて くれるので楽しくて仕方ないようだ。 料理を始める前にどうやら何かサイトを開いている。 レシピのサイトを一生懸命に聞いている。 「今度、○○ちゃん(私のこと)のために美味しいのを作ってあげる!」 そのように笑顔で言ってくれる。いつも美味しいけどね。 彼女のその努力している姿が大好き。目が見えていても料理をしない 料理をつくらない人がいるけど 彼女はほとんど見えないのに包丁を持って自分できちんと料理をつくる。 自分の妻だから特別に褒めるわけではないけど・・・凄いでしょ? 彼女の姿が大好きなんです!一生懸命しているときには私は手伝いません。 失礼だからです。彼女からSOSの合図がきたら手伝うという感じです。 目隠しをして料理ができますか?できないですよね。私も弱視なので 味噌汁を茶碗に入れるときに自分の腕にかけてしまいます。ところが、 彼女は上手くできるんですよ。お見せしたいです。 しかし、きれいなことだけではないのです。 彼女が色々と不自由なのは なるほど わかるのですが・・・ 彼女が台所から離れたその時に 私が目の当たりにするもの・・・ 台所周りがとんでもないことになっている!!!! これがまた 凄い!戦った後のよう。なんで こうなるんだ! 漫画でよくみるコンテみたい。 まな板で野菜や肉を切ったら 横や前に落ちたりするのが普通でしょ? ところが、彼女が立っていたはずの背中側、つまり後ろに飛び散っている のです。ねっ、何で?でしょ? 彼女自身も覚えがないそうで。 まっ いいかー! でも でも そんな妻が大好き! 彼女の料理は ボクの心と体を満たしてくれる。 本当ですよ。その証拠に 私の体重は・・・。 これからもずっとずっと 愛妻の料理が食べれるかと思うと嬉しい。 たまには 私も彼女のために「ダイナミック・チャーハン」をつくって あげなくっちゃっね。 本日の格言 「妻の料理なくしては あたたかい家庭はない! 夫の配慮なくしては しあわせな家庭はない!」 Mr.モンブラン
2007.06.25
いい忘れていたかも知れませんが・・・私は「超・雨男」なんです。学生時代から「雨男」のパワーを発揮していました。「雨男伝説」は数々あるのですが、やはり忘れられないのが・・・私たちの結婚式でしたね。前日までは晴れだったのに。ホテルに泊まっていたのですが、日曜日の朝結婚式当日の早朝、さわやかな朝の空気を吸おうとカーテンを開けて私が見たもの・・・とんでもない「どしゃぶり!!!」 私は思わず「アーーー!」ベランダもピチャピチャという雨音。冗談にもならなかったです。結婚式場を決めた理由も「景色がパノラマで見える最上階のスカイラウンジレストランでの結婚式」ということでしたからね。みんなに喜んでいただけるようにと考えたのに・・・窓をたたきつける雨の音。 もちろん素敵な結婚式だったのですよ。今でも妻に言われます「この雨男がー」なんだか私にとっては悲しくなる言葉です。妻はどうやら「晴れた空の下で みんなに祝福され 外でみんなと記念写真を撮りたかったようです。もーーー遅ーーーい。あきらめろー。という感じでしょうか。でも、でも、雨男の私ですが ひとつだけ「雨男でよかったなー」て思うことがあります。それは 小さな傘の下で 妻と寄り添うことができるから。妻の身長が15センチも私より高いので大変。光景はご想像におまかせします。面白く見えるか、ラブラブに見えるかのどちらかです。目撃者によればラブラブに見えるらしいですから幸いですね。でも、本当に幸せなんですよ!!ご主人!雨の日は傘の下で寄り添いあいましょう!たまには いいじゃないですか!本日の格言 「雨の日は 愛妻と 傘ひとつでデートしましょう!」Mr.モンブランカフェ7番テーブル稼ぐ時がきた!
2007.06.14
妻 が 大 好 き ! 私は彼女の笑顔を見るのが楽しみです。変なテレビ番組を見ているよりも彼女の笑顔が ずっといい。バラエティを見ているよりも スイーツを美味しそうに食べている彼女の 姿がよほどバラエティに見える。妻といる時間は楽しい。面白い。笑う。幸せな時間。 もちろん、夫婦喧嘩することもあります。だけど、私たちは離れられない関係で神様が 素晴らしい力で結び合わせてくださった奇跡なんです。とんでもないことが起きること だけが「奇跡」ではないのです。他人同士がいっしょになって「家庭」を築く、「夫婦」 として歩んでいく。夫婦二人で「幸せな家庭」という社会を形成していくこと自体が奇跡 だと私は思うのです。ですから、夫婦であってもマナーというのは存在するのです。それ は、男性も女性もです。男性だからといって「威張る」のは下品だね。最近、女性の立場 が確立してきたからといって「でしゃばる」のも決していいものではありません。ただし、 たくましい女性は素晴らしいです。みなさん、「パパ」「ママ」の意味をご存知ですか? 「パパ」は「猟に行く者」、「ママ」は「乳房」という意味があるのです。つまり、男性 は「働く者のイメージ」、女性は「家庭のイメージ」があります。最近はニュースを聞い いると あまりにも許しがたい事件が多すぎます。なぜ、他人様の命を奪うのか?なぜ、 愛すべき家族の命を奪うのか? 家族であっても、それは他人様の命。命を奪うという行為 がよくできるものだ。自殺も同じだ。自殺は「現実からの逃げ」ではない。自殺は自分自身 を殺す行為なんだ。魂のレベルでは、とんでもない罪を犯していることを知らない。最近、 政府の働きで「自殺」を抑止するための動きがあるけど、それはそれでいいことだとは思う けれど、机上の理論だけでは「自殺する彼らは止められない」。学校での「いじめ」も同じ 同じ。成績だけで「生徒を評価する」職業先生になってしまった先生。子供を叱れない「情 けないPTA」。 平和はどこに? 「幸せ」はどこに? 愛すべき「家庭」はどこに? 今いるこの場所、今というこの時間、今いる「自分自身」が 「今という今」を幸せに歩む ことだと思う。評論だけで「教育論」を語っているあなた自身が「今のその場所で」幸せと 平和をつくりだしていただきたいものだ。「平和」は「ヤマト」ともいうが「ヤ」とはへブ ライ語で「神」、「マート」は「民」。つまり、「神の民。神の民族」という深い意味があ るのですね。ここで「神」についての論議はしませんが、それだけ日本は「神聖」な不思議 な国なんですね。私たちは「神聖な家庭」まではいかなくても、それに近い「幸せな家庭」 を築いていきたいものです。妻といっしょにいること、それほど重要なことなのですね。 「家庭の中にいる自分」「妻と生きている今」の意義を再確認したいと思います。そしたら もう少し「愛する日本」も幸せな国へ向かっていくと思うのですが。一人ひとりが、この国 を形成していることを忘れすぎている。「愛国心」という意味を間違えている。「愛する人 が周囲にいっぱいでき、大きな群を成していく日本人としての「民族」としてだけではなく 「家族」として「同胞」として考えるべきなんです。その重要な核になるのが「家庭」なの です。わたしにとって妻の存在はそれほど「大きな存在」なんです。「幸せな家庭」を築い いくことがいかに重要であるかおわかりになるでしょうか?「わがまま」が全てのバランス に歪みを与えていくのです。「幸せな姿」というのはお互いのバランスが大事。相手を思う 気持ち、(ストーカーは別として)素晴らしい良きわがままではありたいと思います。 なぜなら「愛する妻を誰にも渡さない。守る」というわがままです。そして、やがて妻と どこかで「のんびりとセカンドライフ」を送りたいというわがままです。いつまでも幸せに いたいという「美しいわがまま」を私は手に入れてしまったのです。みんなそのようになっ ほしい。日本中が幸せになってほしい。私は妻とこの国が大好きだ。妻の夫であること、 日本国民としてこの世に出てきたこと、幸せなんです。ですから、政治家さんには しっか と この国を治めてほしいものです。「美しい日本」にしていただきたい。政治家さん、 あなた方が一番、もっと日本を、もっと日本国民を好きになってほしい。愛してほしい。 お金以上に私たちを好きになってください。愛してください。お願いします。私は日本が 大好きなんです。誇りなんです。そして、その国で愛する妻と「幸せな家庭」を過ごした いのですから。 長~くなってすみませんでした。ここまで、読んでくださった方 ありがとうございました。
2007.06.03
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