Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2014年12月25日
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カテゴリ: 夢有無有
「閑話休題」一神教と直覚霊知(14)
 一神教は多神教を非難するときに其れ等が人間の感覚的で物質的な意識が、自然の荘厳さへの畏敬に対して意識的に創造した「虚」の神だと言います。然し乍ら、虚の相対するものは無ではありません。虚に相対するものは実相であり、人間の意識が捉えている限りにおいては感覚的で物質的な精神の深層で共鳴するところがあれば其の人間には実相として現出しているのであり一概に非難することは出来ません。其処に人間の欲望や野望等の恣意が作用しているときには「虚の神」というよりは人間自身の作為が生み出す「実相」に相対する「虚相」だとして偽神であると非難すべきでしょう。神の実相は人間の意識では捉えられない以上、其処に人間の恣意的な思考は持ち込むことは許されないと解釈できます。たとえ、感覚的で物質的な精神の深層で共鳴するところのものが其処に人間の欲望や野望等の恣意が作用していないならば、観音信仰に於けるが如く如何なる形姿を纏うことも否定することは出来ません。此のことは「直覚霊知」を修養する人間が意識的にしろ精神集中して内精神の深層にある霊性を追求するのに架空の形姿を纏わせたものを利用するのに相似しています。「直覚霊知」を修養する段階が高まったときに現出する霊性が如何なる形姿を纏わせたものであっても、たとえ「観音の形姿」であっても其れを否定することは許されません。其れより何より「観音(梵名アヴァローキテーシュヴァラ)」はava(遍く)+lokita(見る)+??vara(自在者)玄奘三蔵による訳では「観自在菩薩」です。即ち形姿は其の人間にはあらゆる形姿をとることが可能であり自在です。それ故に一概に偽神だと否定することは「直覚霊知」を志す人間は其れを誤謬だと決め付けることは慎まなければなりません。

Guan_Yin1

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最終更新日  2014年12月25日 09時48分04秒
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