Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2016年02月26日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/イマヌエル・カント-22(三百七十四)
 カントの最後に掲げる第四のアンチノミーは「神」の存否の定立命題と反定立命題ですが、そもそも「神」を如何様に捉えるかにより正否は問えないことになります。仮にカントが、認識作用の原理を経験可能な対象でなく、経験そのものを成り立たせている条件に求めたのだとしたら、まさにカントは其のように考察した哲学史上の先駆者なのですが、其の経験を成り立たせる「条件」とは世界を成り立たせている「理法」ということになります。此れをヒュームの自然の斉一性原理(しぜんのせいいつせいげんり/ principle of the uniformity of nature)「自然界で起きる出来事は全くデタラメに生起するわけではなく、何らかの秩序があり、同じような条件のもとでは、同じ現象がくりかえされるはずだ」と併せて考えれば、異なる人々が互いに認識を共有でき、また私秘的な現象的意識を公的言語に変換し、かつコミュニケーションが成立している理由も、同一の自然法則によって経験が生じていると仮定すれば合理的に説明でき得ます。経験の条件が法則にまで還元できるなら、物自体を措定したカントの意図に反して「実在」というものを措定する必要がないから「神」の不存在が浮上し、科学哲学における実在対象を措定しない立場を取る規約主義、道具主義、存在論的構造実在論に継っていきます。 ところで、カントにおいては、アンチノミー論は人間理性の否定的な活動を示すものでしたが、それを理性の肯定的な活動と捉えた思想家ヘーゲルがカントのアンチノミー論を踏まえたうえでカントは「二律背反」として捉えたアンチノミー論を「硬貨の表裏」一對のものと解釈しています。ヘーゲルはカントの定立命題と反定立命題の関係を、物事の直接態である「即自」、未だ他とのかかわりによって規定される段階にまで達していない相、自己自身への反省的関係を欠くという意味で「無自覚態」、其の「即自」が自己の自立性を失う他とのかかわりによって規定される段階、子供が大人の命令に従うのは、自己の内なる理性を、他者の側にもつ「対他」へと発展、更には、恰も子供が大人の命令に従う自己の内なる理性を他者の側にもつ「対他」から自己自身と関係することによって、自己を取り戻す段階である「対自」に置き換えて弁証法を構想します。唯物論への継承を鑑みれば、カントの「神」論は敢えて持ち出す必要性は「直覚」を否定する限りにはなかったでしょう。
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最終更新日  2016年02月26日 06時51分42秒
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