Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2016年03月17日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/イマヌエル・カント-35(三百九十四)
 カントの秘められた観念の世界の真相に近づくには、彼の用いる述語を明確にしておかなければ彼の思考の基底さえ掴むのが覚束なくなります。第一にはカントの哲学に取り上げる「実践」の語彙です。辞書的には「実践」とは道徳的な「行為」、或いは「道徳」其のものを指しますが、「道徳」は観念的なものであることに通常は分別しています。然し乍ら、カントは道徳的な「行為」を唯一の「実践」と定義して、生産行為としての労働を「実践」の埒外に位置さしめます。第二にカントは「実践」には必然的に「理性」が伴い、行為をするところ理性無きところに「実践」は皆無だとしています。此れが彼の云う「実践理性」、ギリシア語のフロネシス(希:phronēsis)に由来、プラトンの定義ではヌース nous (ヌース )或いは,ノエシス・ノエセオス (noēsis ) としての知的直観の能力と区別され、更にはアリストテレスは、プラトンの定義を押し進めて、フロネシスが理論的認識能力として他の仕方ではあり得ないもので在るのに対し、生産行為としての労働は制作の能力であるとしており、カントの云う「実践理性」は此の流れを汲みます。しかし、カントは「実践理性」に、更に認識的能力としてに「理論理性」を付け加えざるを得ない事になります。実践をも、感性的・経験的動機に規定された実際的で有用的な実践と,理性の法則に従う道徳的,精神的なな実践とに区別けして倫理的実践行為をより優れたれた意味での実践と考えています。キリスト教神学神学の一部門「実践神学」にも影響は波及します。カントは人間の認識の物主観ではなく「物自体」を認識出来得ないにしても「何か?」は心得ています。
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最終更新日  2016年03月17日 07時05分12秒
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