Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2016年05月16日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/ヘーゲル-21(四百二十)
 ヘーゲルの哲学体系は神存在を予期させる絶対意思並びに絶対精神を自己を「己(他者と区別するもの)」としてではなく、自己さえを認識すらことすら必要性が持たないため、俗な人間性に似通った自己意識がないとも云える絶対意識である「絶対・者(者は存在と言い換えたほうが語彙的には適性)である」世界理法の根底を基底にしなければ論壇に立ち得ません。然し乍ら、此れまで現在に至るも「神的存在」を信仰上の教本は兎も角も論理的及び科学理論で成功したことはありません。デカルトにおける神の人性論的証明も、結局のところ、神の概念は存在を含むという存在論的証明に帰することになるが、カントによって否定され定説となります。ヘーゲルはデカルトにおける神の人性論的証明を支持しその証明を擁護しようとしていますが不首尾なものに終わります。其れでは「絶対存在」は不在なのかと問えば、カントの言うが如く「その客観的な実在性はもちろん思弁的な方法によっては証明されえないが、しかし其れも亦、反駁することも出来得ない概念であることにかわりはない」とするように神の存在も不在も理論的には証明されている訳ではない。此のことは21世紀の現代でも変わりはありません。ヘーゲルが「宗教哲学講義」において述べる、宗教を憎悪している人間ですら、やはり宗教と関わっており、寧ろ「宗教は人間としてのその人に本質的なものであり、彼に縁のない感情ではない」とすることも一理あることには、批判を旨とするニーチェの虚無主義或いは否定主義を用いても、其の思考方法の究極には何らかの絶対性を帯びたものを置かざるを得ない。自己を含有する存在其のものを全否定することに成功し得ない限り、言い換えれば世界を「虚無」としない限りは「存在」は人間思考を離れ得ません。
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最終更新日  2016年05月16日 06時46分40秒
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