Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2017年01月11日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/サルトル40/ニーチェ9(六百五十六)
 ニーチェは同行の妹のエリーザベトに対し、「此れがパイロット(水先案内人)だったのだよ}と発言する一件に、前後して書かれた著作「バイロイトにおけるワーグナー」以降は、ニーチェのワーグナーに対する心酔の反動としての懐疑と失望は増々深まり、決別のときを迎えます。其の後もワーグナーに聖杯伝説を題材とした、ワーグナーが1865年にバイエルン国王ルートヴィヒ2世のために書いたオペラ(楽劇)の台本を贈られるも、聖杯騎士団や異教の美女クンドリやクリングゾルの魔の城、聖杯(グラール)と聖槍(ロンギヌスの槍)など各モチーフについて其の構想が通俗的だと断定し、其れを得意気に語るワーグナーへの懐疑と失望はは反感へと変貌します。1878年にはニーチェ著「人間的な、あまりにも人間的な」では、公然とワーグナー批判を始め、両者は決別を向かえ、ニーチェの死でさえも再開することはありませんでした。然し乍ら、1889年1月3日哲学者ニーチェはトリノの広場で鞭打たれる馬に出会うと駆け寄り、其の首を掻き抱いて涙し、其の儘精神は崩壊し、彼は最期の10年間を看取られて穏やかに過ごしたという。 其の馬のその後は誰も知らないが、其のニーチェも晩年にはワーグナーとの対話を好んで語り、最後には必ず「私はヴァーグナーを愛していた」と付け加えていたといいます。そのことは、発狂後にワーグナー夫人のコジマに宛てて「アリアドネ、余は御身を愛す、ディオニュソス」と謎めいた愛の手紙を送っていることから、コジマへの横恋慕がワーグナーとの決裂に関係していたと見る向きもあり、。夫人コジマといえば、ニーチェを夫ワーグナーを侮辱した男と見極め、マイゼンブーグ充ての書簡では「あれほど惨めな男は見たことがありません。初めて会った時から、ニーチェは病に苦しむ病人でした」と書いています。ニーチェの悲劇はワーグナーが要因となったというよりは、愛する女性に恵まれなかったことから来ているのかも知れません。信仰を失い観念論からは離れ、実存に生きる人間には世界が厳しいことも覚悟する必要があります。
cap-hiroのプロフィール
Holy-Grail-Knights1

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最終更新日  2017年01月11日 08時18分06秒
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