Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2017年11月30日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」時間と霊魂37
 人間に実際に体感し体験して観想させているいる時間とはどのようなものか。人間精神が実際に体感し体験している時間は、空間化(視覚化)された時間や、ニュートン力学の変数のような時間ではないという指摘があります。そもそもが、世界の基底において過去や未来というのは実在するのが実相であるのかないのか。変化するものが何一つない場合でも、時間はあるのか。勿論のこと、変化することがないのは「有」としての永遠の存在ふぇある絶対者及び神の絶対時間です。人間のみならず世界内存在は、変化からは免れ得ません。即ち、人間の捕捉できる時間とは変化が基底となります。時間の概念が「有」としての神や絶対者及び絶対存在と世界内存在である在りと汎ゆるものとの完全な絶縁です。然し乍ら、理性を抱(いだ)いた人間精神は稀有なことに神の様態の延長として、神の認識を受動する可能性を持っています。其れを具体的思考でもって答えたのがイマヌエル・カント(1724年-1804年)です。ニュートン時間を、空間の直観形式でもって、人間は様々な現象を認識する後の経緯に具体的な論理を説きます。カントにあっては経験的な認識は、現象からの刺激を、先ず外官によって空間的に、そして、内官感覚器官によって時間的に受け取り、それに純粋悟性概念を適用することによって成立する。空間は外感覚によって直観、或いは「直覚」され、時間は内官によって直観として意識される。この場合、時間は空間の喚起(メタファー)として捉える見方もあるとして取り上げている「純粋理性批判」ですが解釈の大変難しい課題として捉えています。時間と空間の一体どちらが根源的な認識様式であるかという問いに関しては、どちらかといえば時間であるという見解も純粋理性批判には見出され得るのです。西洋の伝統では、事象が空間的、視覚的に捉えられる事からの結論です。現代物理科学のビッグバンや其の後の空間膨張に伴って時間が派生する経緯がシュミレーションされていないことからくるやむを得ない解釈だといえます。何れか知れずの「素因」から何らかの「核」が発生、其のエネルギー源から変化が起動され運動としての膨張が生じ、空間が生じ、重力子並びに光子に伴ない実相が見えない時間子或いは人間が思考上観想する時間が派生したとするのが穏当な現代解釈でしょう。
イマヌエル・カント2

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最終更新日  2017年11月30日 06時14分54秒
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