「霊魂論」神秘学154 上座仏教の釈尊の根本思想を釈迦が語った直接の説法の骨子を十一項目に要簡略化して記述しており、第(三)には人間生来に置ける一切の平等、アーリア人の信仰形態を引き継ぐバラモン教と其の発展系であるヒンズー教でも解消され得ていない生前生後の転生に亘る身分の階級教説を否定し、人間が生まれの境遇には作用されず、其の個人の実践のみが尊ばれることを説きます。即ち、当時のバラモンの階級制度を否定しカースト制度そのものまで否定しています。第(四)には人間は修養にあっては、只管(ひたすら)に実践のみを目指し、議論の優劣を問わない態度に努める。とくに形而上(けいじじょう)学的な問いに答えず加わらないこと。詳細に述べれば、釈迦は人間個々の人生問題の解決に直接役立たないない形而上学的問題、たとえば世界の有限・無限とか、創造因とかについては質問されても解答せず、回答・言及を避けたことを言い、仏説経典に回答内容を記せないの理由で、漢語で「無記」と表現され。主として、「世界の存続期間や有限性」「生命と身体の関係」「修行完成者(如来/One who has thus gone)の死後のあり方」といった仏道修行に直接関わらない・役に立たない関心についての問いに対して、こうした態度がとられたとされるようですが、勿論のこと、釈尊自身は「覚り」を得るためには形而上学的思考が頭に渦巻いていた筈であり、此の点で、釈尊を哲学者ではなく結果を信じて実践しろのピタゴラス教団的な宗教化へと踏み込ませており宗教化されます。何故なら、釈尊は真相の探求者ではなく救済者の道を歩むからです。