Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2018年11月27日
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カテゴリ: 夢有無有
「霊魂論」エチカ詳解34
 スピノザの神概念の意義を明らかにするアプローチとしては、カルヴァン派やオランダ・デカルト主義との論争のなかに身を置きおき、自然法則や啓示概念といった側面から分析することが必要でしょう。スピノザには政治を論じた著作が二つあるのでえが、一つは「神学論」であり、彼の生前に刊行された唯一の体系的著作であることには意義があります。其の後のスピノザの著作の刊行に政治・信教両面からの圧力を受けじゅんさいに立ち回れなかったことは、逆に彼が信教者の学論者でないことを証明するものです。二つ目は「政治論」ですが、これは「エチカ」執筆後に書かれおり、死後に遺作集のなかに収められます。「神学論」と同じく政治を論じており、思想的な内容には共通するものですが、構成や問題提起の面で多少の相違がみられ、スピノザに理解を持っていた政治家、ヨハン(若しくはヤン)・デ・ウィット(Johan(Jan) de Witt/ 1625年-1672年)は、オランダ共和国(正式名はネーデルラント連邦共和国)の政治指導者で、ホラント州の法律顧問(raadspensionaris:1653年 - 1672年)であり、英蘭戦争では共和国を率いたが、兄のコルネリス・デ・ウィットと共に民衆に虐殺されます。スピノザのヤン・デ・ウィット対する傾倒は他には類を見ない程で其の憤慨は尋常ではなかった。カルヴァン派と結びついたオランイェ公の一派と、ヤン・デ・ウィットを中心とする州会派との間で、熾烈な勢力争いが彼を「神学・政治論」に取り組みさせます。ヤン・デ・ウィットはきわめて自由主義的な思想を持っており、政教分離、教会に対する国家の優位を主張していました。これに対してカルヴァン派は、イギリスにおける清教徒革命の影響もあって、政治と宗教との融合を目指し、カルヴィニズムに基づく政治のあり方を追求しており対立が険悪となりデ・ウィットの進める自由主義的な政治を擁護するために「政治論」を書き上げたのです。スピノザは個人の自由の確保こそ政治の最大の使命であるとした。自由を確保された個人が、自分の内面生活のなかで、哲学を追求できるような体制、それこそが政治の究極のあり方だと、そのように考えていたからの行動であり著述です。



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最終更新日  2018年11月27日 06時19分37秒
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