Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2021年09月22日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-177
 仮にあなたが物理科学の信奉者であるならば、世界、人類を生んだ地球の生命世界の形態は一旦留め置くとして、取り分け宇宙に目的論的意志があるのか無かろうかを考察される方は皆無かもしれません。然し乍ら、物理科学が宇宙の成り立ちや理を思索だけではなく、観測事実から探求出来得る様になったのは歴史的流れで見れば、つい昨日の事だとも云えましょう。当然ですが、スピノザ哲学誕生時は物理観測科学は貧相なものであり、人類精神史上の宗教に、おいそれとは立ち向かえること甚だ困難でした。スピノザ哲学は物理観測科学の証明ではなく、数学での演繹的証明法を使ったとは云え、神はすべての物を人間のために造り、神を尊敬させるために人間を造ったとする当時の偏見を打ち砕くには力不足でした。但し太陽系に生まれた生命、わけても人間の精神の故郷が何処にあるのかは、今は未だ、不鮮明であることも事実です。
  付 録
 第五項
 これをもって私は第一に約束したことなぜ多くの人々がこの偏見に甘んじ、またなぜすべての人が生来この偏見をいだく傾向があるかの理由を十分説明した。だから今、自然は何の目的も立てずまたすべての目的原因は人間の想像物以外の何ものでもないことを示すのに多言を要しない。なぜなら、私がこの偏見の源泉として示した根底および原因から、ならびに、定理一六 神の本性の必然性から無限に多くのものが無限に多くの仕方で、言いかえれば無限の知性によって把握されうるすべてのものが生じなければならぬと、定理三二の二つの系
 系一 この帰結として第一に、神は意志の自由によって作用するものではないということになる。
 系二 第二に、意志および知性が神の本性に対する関係は、運動および静止、または一般的に言えば、一定の仕方で存在し作用するように神から決定されなければならぬすべての自然物が神に対する関係と同様であるということになる。なぜなら、意志は、他のすべての物のように、それを一定の仕方で存在し作用するように決定する原因を要するからである。そしてたとえ与えられた意志あるいは知性から無限に多くのものが生起するとしても、神はそのために意志の自由によって働くと言われえないことは、運動および静止から生起するもののために、というのはこれからもまた無限に多くのものが生起する。神は運動および静止の自由によって働くと言われえないのと同様である。ゆえに意志は、他の自然物と同様に、神の本性には属さないで、むしろこれに対しては、運動および静止、また神の本性の必然性から生起しかつそれによって一定の仕方で存在し作用するように決定されることを我々が示した他のすべてのものと、まったく同様な関係に立っているのである。さらにまた私が自然における一切はある永遠なる必然性と最高の完全性とから生ずることを示す際に用いた諸理由から、このことはすでに十分明白になったと私は信ずるからである。



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最終更新日  2021年09月22日 06時10分04秒
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