Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年03月06日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-340
 21世紀の今現在、第一次世界大戦を経て第二次大戦を経た人類が学んだ歴史が何故に生かされ得ないのに切歯扼腕、本当に人類に進歩は約されているのであろうか。人類共通の「善」は真に憎悪を超えるのか、現代には悪夢とも云える状況が起こる危険性さえあり得ます。国家と個人、生命とりわけ人類への尊厳、全ての人々の幸福への追求への平等は開かれた集団意識の共有に期待するしかありません。精神統御に対する自由への人間の本性に対する危機感は、現代物理の超絶理論の超ひも理論やマルチバース理論では力を持ち得まないのです。今こそ、人間の尊厳と智を追求した哲人が出現すべきときだと思うのは我れ一人ではない筈です。哲学が学会から思考バカとされるのには、それなりに理由があるとしても責任はある筈でしょう。定理三九は其の愛憎の精神感情を抱くものに関するものに関して述べているのですが、其の精神感情の妥協点を暗示しているとも云えます。:記
  この部第三部の定理三九の証明
 証明 ある人を憎むとは(この部第三部の定理一三の備考 要約:愛とは外部の原因の観念を伴った喜びにほかならないし、また憎しみとは外部の原因の観念を伴った悲しみにほかならない。なおまた、愛する者は必然的に、その愛する対象を現実に所有しかつ維持しようと努め、これに反して憎む者はその憎む対象を遠ざけかつ滅ぼそうと努めることを我我は知る。により)ある人を悲しみの原因として表象することである。したがって(この部第三部の定理二八 我々は、喜びをもたらすと我々の表象するすべてのものを実現しようと努める。反対にそれに矛盾しあるいは悲しみをもたらすと我々の表象するすべてのものを遠ざけあるいは破壊しようと努める。により)ある人を憎む者はその人を遠ざけあるいは破壊しようと努めるであろう。だがもし彼がそのため自分自身により大なる悲しみあるいは、同じことだが、より大なる悪の生ずることを恐れるなら、そして企てた悪を、憎む人に加えないことによってそれを避けうると信ずるなら、彼はその悪を加える企てを断念しようと欲するであろう(再びこの部第三部の定理二八 同上々により)、しかも(この部第三部の定理三七 悲しみや喜び、憎しみや愛から生ずる欲望は、それらの感情がより大であるに従ってそれだけ大である。により)この努力・欲求は他人に悪を加えるように彼を促した努力・欲求に比してより大であるであろう。したがってこの努力の方が、我々の主張したように、優勢を占めるであろう。この定理の第二の部分の証明も同じ仕方でなされる。ゆえにある人を憎む者は云々。Q・E・D・=此れが証明すべきことであった。



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最終更新日  2022年03月06日 06時10分05秒
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