Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年07月30日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-486
 定理一〇 我々は、我々の本性と相反する感情に捉えられない間は、知性と一致した秩序に従って身体の変状(刺激状態)を秩序づけ・連結する力を有する。
 証明 我々の本性と相反する感情、言いかえれば(第四部定理三〇 いかなる物も、それが我々の本性と共通に有するものによって悪であることはできない。それが我々にとって悪である限り、その限りにおいてそれは我々と対立的である。により)悪しき感情は、精神の認識する働きを妨げる限りにおいて悪なのである(第四部定理二七 我々は、真に認識に役立つものあるいは我々の認識を妨害しうるもののみが善あるいは悪であることを確知する。により)。したがって我々が我々の本性と相反する感情に捉えられない間は、物を認識しようと努める精神の能力(第四部定理二六 我々が理性に基づいてなすすべての努力は認識することにのみ向けられる。そして精神は、理性を用いる限り、認識に役立つものしか自己に有益であると判断しない。により)は妨げられないのである。ゆえにその間は、精神は明瞭かつ判然たる観念を形成し、一の観念を他の観念から導出する力を有する(第二部定理四〇の備考二 要項:我々が多くのものを知覚して一般的ないし普遍的概念を形成する手段の明白な例。一 感覚を通して毀損的・混乱的にかつ知性による秩序づけなしに我々に現示されるもろもろの個物からの知覚。を漠然たる経験による認識。二 我々がある語を聞くか読むかするとともに物を想起し、それについて物自身が我々に与える観念と類似の観念を形成する事物を観想するこの二様式を私はこれから第一種の認識、意見(オピニオ)もしくは表象(イマギナティオ)。三 最後に、我々が事物の特質について共通概念あるいは妥当な観念を有することからの理性(ラティオ)あるいは第二種の認識。私が示す第三種のものがある。我々はこれを直観知(スキエンティア・イントゥイティヴァ)と呼ぶであろう。そしてこの種の認識は神のいくつかの属性の形相的本質(エッセンティア・フォルマリス)の妥当な観念から事物の本質の妥当な認識へ進むものである。及び、第二部定理四七の備考 骨子:神の無限なる本質ならびにその永遠性はすべての人に認識されることを見よ)。従いてまた(この部の定理一 思想および物の観念が精神の中で秩序づけられ・連結されるのにまったく相応して、身体の変状あるいは物の表象像は身体の中で秩序づけられ・連結される。により)その間は、我々は知性に一致した秩序に従って身体の変状を秩序づけ・連結する力を有するのである。Q・E・D・=これが証明すべきことであった。
 記:人間の内精神における認識、その因果の秩序づけ・連結する力を有する力が第三種の認識が直観知(*直覚知)である。極言すれば、「世界の法」との共鳴に、生まれること、老いること、病気になること、死ぬこと「生老病死(しょうろう-びょうし)」への人間の救済がある。



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最終更新日  2022年07月30日 06時10分05秒
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