第2章 人間の本質(28節 19) 19 「私」の語源と自我体験の関係 多くの心理学は、「私」の本性についても間違って考えている。既述の「私」についてに対し、たとえば、エドゥアルト・フォン・ハルトマンが著「心理学概要」の中で次のような事実を挙げて反証している。然し乍らその実は、反証ではなく裏付けなのである。「まず自意識が生まれ、それに対する呼称として固有名詞が使われる。その後、固有名詞の代替語として「私」という人称代名詞が生まれた。そして、他人から何と呼ばれようと、話者が自分を表す語として用いる。「私」という語を知らなくても、さらには自分の名前がなくても、自意識は発達する。その自意識は固有名詞で表現できれば「私」などという語を用いずにもすむので、「私」という語には何の神秘性もない。「私」という語の内実は、すべて自意識から受けとっている」。この観点はまったく正当だし、事柄の妙な神秘化を避ける姿勢にも同意する。「私」という語の使用経緯は本質的ではなく、自意識の元である自我が重要で、それが「私という語よりも古い」のは確かである。人間と動物では、外界と内面の関係を別様に体験する。そしてその人間だけの体験を表現するにあたって、人間固有の特性を表現しうる語が不可欠なのである。三角形という語の成立過程は、三角形の本質の考察にはまったく無関係であるのと同様に、言語の進化の過程における「私という語の成立過程は、自我の本質とは無関係なのである。 記:エドゥアルト・フォン・ハルトマン エドゥアルト・フォン・ハルトマン (Karl Robert Eduard von Hartmann/1842-1906)はドイツの哲学者。生の哲学や新カント派、ユングなどに影響を与えたことで知られる。ヘーゲルから形而上学的理念を、ショーペンハウアーから盲目的意志をとって総合し、自身の哲学の立場を「無意識者」として掲げた。さらに言えば、スピノザの実体、フィヒテの絶対的自我、ヘーゲルの理念などもこの体系に含まれている。この「意志と表象」は、止揚された一元論である。