Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年11月08日
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カテゴリ: 霊魂論
第3章 眠りと死(31節/14)
14 死後の人生遡行体験とアストラル体の離脱
 死後のその先には、生前とはさらに異なった体験が待っている。浄化中の人間は、誕生から死までの経験を、もう一度、死の直前から幼児期まですべて逆向きに辿(たど)る。そこでは、自我の霊的本性に由来しないものすべてが、霊的に現れ、逆の立場で体験される。六十歳で死んだ人が、四十歳の時に激怒から相手に身体的、ないし精神的苦痛を与えたとしよう。その人は死後、人生を逆に遡(さかのぼ)り、四十歳に達するとこの事件を再度体験しなおす。然し乍ら、それは相手への攻撃による満足感ではなく、相手の受けた苦痛を体験する。上述のことから、外的物質界に由来する自我の欲望が、死後の経過で痛みとして体験される理由もわかる。実際、こうした欲望の満足は、相手を損なうだけでなく、自分自身をも損なっている。ただ生前、自我にはその害が見えない。しかし死後、自我は有害である欲望界全体を見る。そのとき自我は、欲望を「業火」で焼き尽くすために、そうした欲望を喚起したすべての人や事物に引き寄せられる。誕生時にまで時間をさかのぼったとき、その種の欲望はすべて「浄化の火」で焼き尽くされている。この時点で霊界への完全なる帰依を妨げるものはなくなる。人は新しい存在段階に入る。死後の人間は、肉体を脱ぎすて、さらにエーテル体も脱ぎすて、そして今、物質界的意識でしか存在しえないアストラル体部分が解消する。超感覚的に見ると、肉体、エーテル体、アストラル体の「三つの死体」が後に残っている。アストラル体を脱ぎ捨てるまでに要する時間は、生前の一生のほぼ三分の一である。霊学的考察からはその必然性がわかるが、それについては後述する。超感覚的に観察すると、周囲のいたる処に浄化を終えた、より高次の段階に至った人間が脱ぎ捨てたアストラル体の死体が絶えず生み出されている。物質的レベルにおいて、死者が脱ぎすてた肉体的死骸が生じ続けるのと同じである。



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最終更新日  2022年11月08日 06時10分07秒
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