Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年11月09日
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カテゴリ: 霊魂論
第3章 眠りと死(31節/15)
 15 自我を低次の欲望に誘惑する存在
 浄化の後、自我は、まったく新しい意識状態に入る。生前には、明るい意識を持つためには外界からの知覚内容が必要であったが、今度は、謂(い)わば意識の内部から世界が現れ出る。生前も、自我はこの世界に生きている。しかし、この世界は知覚内容という衣を纏(まと)っている。自我がすべての感覚知覚を消し、自らの「最奥の聖域」を知覚するときにのみ、通常は感覚というヴェールを纏ってしか現れないものが、真の姿で現れる。生前は、自我が魂の最奥で知覚されたように、死後の浄化の後では、内側から霊界がその真の姿を現す。本来この霊界の開示は、エーテル体を脱ぎ捨てるとただちに生じるが、外界に向いた欲望が暗雲となり、それを閉ざしていた。それはあたかも、「業火に焼き尽くされるべき」欲望から悪霊が生じ、それが影のように至福である霊的体験に入り込んでいるように見える。それどころか、この欲望は今や単なる影ではなく、実効ある存在である。このことは、自我が身体器官から離れ、霊界を知覚できるようになった瞬間に明らかになる。この実効ある存在は、かつての感覚的知覚像の歪曲物に見える。超感覚的に見た業火の世界は、苦痛すら生じさせる不気味な存在の世界、破壊癖に満ち、凄まじい悪への情熱に燃える魑魅魍魎の世界のようである。人間がこの世界に持ち込む欲望とは、あたかもこれらの魔物への養分である。動物界のある面を囚われなく見るなら、感覚知覚できないこの世界の情景も、それほど信じがたいとは思えなくなるだろう。恐ろしげに徘徊する狼は、霊眼の前には、欲望にまみれ、欲望によって行動する魂そのものとして開示する。それゆえ狼の外見は、受肉した欲望の姿と言える。たとえば狼が持つこの欲望が、目に見えない暴力として行使されたら、この不可視な存在を認めざるをえないだろう。さて、この業火にさらされる存在は超感覚的であるが、その作用は可視的にも現れていて、そこに自我が養分を与えると、自我を破壊する結果を招く。そうした作用は、本来は根拠ある楽しみであったものが、節度を失い、度を超すことで現れる。感覚知覚が自我にとっての適切な刺激であるのは、それが自我の本質に沿って受け取られているときだけである。動物の外的欲求は三つの体からの要求に沿って満たされる。自我が働く人間ではより高次の楽しみを求める。ところが自我が、自己存在の維持・促進ではない自己破壊的な満足を求めるとき、その要求はどこに由来するのだろうか。それは、三つの体にも、自我にも由来せず、高次の自我本性に接触できる不可視な存在であるに違いない。この存在は、自我を唆(そそのか)し、本来、感覚とは無縁だが、感覚界でのみ充足されうる欲望へと自我を駆り立てる。動物の欲望は感覚界で充足しうるが、霊的なものを感覚界に引き摺り下ろす、という動物の欲望よりはるかに悪質な欲望を養分とする存在がいる。其れゆえ、彼らの霊的形姿は、感覚界に対する欲望を具現している野獣よりもはるかに醜く悍(おぞ)ましい。彼らの破壊的な力は、あらゆる動物の破壊衝動をはるかに凌駕している。したがって、破壊的である動物界のさらに低次にあるこの存在世界にまで、超感覚的認識の光を拡げねばならない。



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最終更新日  2022年11月09日 05時10分05秒
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