Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年12月26日
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カテゴリ: 霊魂論
「神秘学概論」読解
4 懐疑心 - 2
 現代人は、疑心暗鬼の塊で、騙されやしないかといつも不安である。そのわりには、それが逆転して、一度信じ込んだら、その洗脳の影響を脱しがたいという状態にもなる。本当のところは何かを真に認識しようとしているのではなく、ただ騙されまいとだけしているために、その疑心暗鬼の閂が一度外れると、その姿勢が単に顕わになるというだけのことかもしれない。其のこと故に、世の皆んながしていると自分もそうしたくなり、一極集中のようなブームなども起こりやすい。つまり、安心して目を瞑って手を引いて貰いたいう依頼心が心を占める。懐疑は必要不可欠であるが、その懐疑の底には認識への欲求がなければならない。そうでないと、信じたいけれど信じられないというに過ぎないことになる。信じたくないし信じてもいないけれどもそうであると考えざる得えないというのが懐疑から導き出されるものでなければならないだろう。そのためにも、懐疑はより多面的なものである必要がある。水が幾重もの濾紙にかけられていき濾過されるように、懐疑は幾重もの異なった濾過装置が必要なのである。そういう意味での門前払いの虚無主義でない「真理や価値を否定する考え方」であるニヒリズムは積極的な生の肯定にもなりうる可能性を秘めています。逆にいえば、 というフィルターを経ない「生」は他律的なものになってしまいかねない。最初から生に対して目を瞑ったまま肯定していると、それに対して絶望せざるをえない状況に陥ったときに、生そのものを吟味しないままその絶対否定に陥ってしまってもおかしくはない。「明らかな事柄の中に隠された意味を認識」しようとするならば、先ずは、その「明らか」であるということに対して懐疑の視線を向けなければならない。そうでないと、最初から「隠された意味」が否定されてしまっていることになる。それは認識そのものの否定にもなりかねない。先ずは目を開けて、今の自分が「明らか」だと思っていることを信じないようにすることから始める必要があるのではないだろうか、それが真の懐疑への心構えとする神秘学への対面です。



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最終更新日  2022年12月26日 06時05分19秒
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