Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2023年04月03日
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カテゴリ: 霊魂論
「神秘学」解析
シュタイナーのキリスト観-1- 1:パウロの「コリントの信徒への手紙」の三
主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり」(創世記2-7)とあるように、アダムが人間の、土の体、地に属する者の原型であったとすれば、逆にキリストの秘儀によって、キリストが人間の天に属する者の原型になったわけです。ここで理解する必要があるのは、肉体は一見、目に見える形で存在しているように思われがちだが、実際はそうではなく、見えない形で、肉体の存在形式ともいえるものがあるわけです。その肉体の存在形式を地上的、土てきな実質が満たすことで、現在の肉体が成立しているのです。キリスト衝動の核心にあると思えるのは、この復活したキリストという、人間にとって理想としての肉体の存在形式をそれぞれの人間が受け入れて、成長させていくということにあります。それをパウロは、あなたが蒔くものは、死ななければ命を得ないではありませんか。あなたが蒔くものは、後でできる体ではなく、麦であれ他の穀物であれ、ただの種粒ですと述べています。。死者の復活もこれと同じです。蒔かれるときには朽ちるものであっても、朽ちないものに復活し、蒔かれるときには卑しいものでも、輝かしいものに復活し、蒔かれるときには弱いものでも、力強いものに復活するのです。つまり、自然の命の体が蒔かれて、霊の体が復活することになります。そうした霊化した肉体としての霊体の形成には、そこに自我が深く関わってくることになります。けれど、この自我は、肉体という鏡があってこそはじめて働くことのできるのです。それは、闇のなかで自分の体を映そうとしても見えないようなもので、肉体がなければ自我は働くことができ得ません。自我を顕現させるためには、つまり、自らを意識化するためには、肉体という鏡がどうしても必要であり、さらに、それによって自我が肉体に働きかけてそれを変容させる作業が不可欠なのです。要は、「霊主体従」という重要な観点、霊も体もともに重要だけれども、霊がそれを導かねばならないということです。通常思考では、霊を高次のもの、体を低次のものとして捉えがちか、体だけで、まったく霊的なものを否定するかでしょう。
 物質というのは、第一ロゴス(logos)(※① ロゴス(言葉)。② ギリシア哲学で、ことばを媒体として表現される理性。また、その理性の働き。③ ギリシア哲学では、万物が流転するという宇宙の真理、理法。また、万物の流転中に存在する一定の法則や原理。④ キリスト教では、神のことば。また、それが形を得て現われたイエス・キリスト及びその神性をいう。)としての「父」なる働きであり、そのことを理解しなければ、人間がこうしてわざわざ地上に肉体をもって存在する意味は決してわからないことになります。肉体を霊化すること、その秘儀がキリスト衝動であるともいえます。もちろん、それは道教や密教のような性急な方向ではなくて、「愛」と「叡智」と「自我」ということの調和の中で、達成しようというものにほかなりません。この「コリントの信徒への手紙」のパウロの言葉は、そうしたことを理解して初めて受け取ることのできる重要なメッセージです。シュタイナーのキリスト理解は正教会の宗教教義としての理解とは神秘学であるだけに聖書理解とは異質なのです。



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最終更新日  2023年04月03日 06時10分05秒
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