Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2023年05月28日
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カテゴリ: 霊魂論
対極をなす霊的巨人 ヒトラー vs ルドルフ・シュタイナー-1
 ヒトラーが未だ無名だった時代に、その出現と災禍を予告したオーストリア人がいた。その男の名が人智学の創始者ルドルフ・シュタイナーだった。彼はヒトラーのオカルト的精神が最も敵視した同じ神秘主義の世界に生きた人物でした。何よりもシュタイナーは、ヒトラーが「唯一完全に抹殺したい」人間であったともいわれる。その哲学思想以上に神秘思想・教育家として知られたドルフ・シュタイナー。彼は1861年、オーストリア・ハンガリー帝国のクラリェヴェックで誕生した。日本では、シュタイナーは教育者として非常に著名な存在でもある。現在でも彼が提唱した「シュタイナー教育」と呼ばれる全人教育は、世界中に実践者も多数存在し、シュタイナー学校は全世界に500校近くある程高い評価を得ている。シュタイナーは40歳までは、社会の規律や習慣、権威などにとらわれないリベラルな文芸評論家として活躍しています。文芸雑誌を編集し、ゲーテの自然科学を研究ある程度の評価を得、また「自由の哲学などの哲学書を発表した。時代が20世紀に入ってからは、シュタイナーは「神秘学者」としての人生を歩き始める。神智学協会に属するも1913年には新たに「人智学協会(アントロポゾフィー協会/独: Anthroposophische Gesellschaft)」を創設し、「人智学」と呼ばれる独特の思想運動を展開。1919年2月にはシュタイナーは「ドイツ国民と文化社会へ」と題された自らの思想を人心に訴えるアピール文を起草しています。彼の弟子たちはこのアピール文に署名する文化人を求めて、ヨーロッパ中に散っていった。そして翌月、アピール文は250人を上回る人々の署名と共に、数多くの新聞に掲載される。共同署名者の中にはヘルマン・ヘッセやヴュルテンベルク州憲法の起草者であるフォン・ブルーメ教授の名前もあった。そして、その4月22日にはアピール文の署名者を全員招いて盛大な集会が開かれ、そこで準備会のメンバーを中心に「社会有機体三分節化のための同盟」が結成された。そうした経緯を経て、シュタイナーの政治的立場が明確になり、人智学運動は力を蓄えていくが、時勢上当然のように敵対者が現われた。攻撃は主として教会勢力や民主主義者たちからなされたが、その際にシュタイナーに張られたレッテルはまちまちで、「ゲルマン主義者」から「共産主義者」まであった。シュタイナーの人智学運動に対する批判や攻撃は次第に激化し、1920年と1921年を通して、新聞に何らかの人智学批判が掲載されなかった週は殆どなかった。批判は主として教会やドイツ民族主義のグループからなされ、素性の知れないパンフレットも数多く出回り、講演会やイベントが物理的に妨害されることもあった。対抗上、シュタイナーは自分の機関紙である「社会三分節化」に反論記事を載せ、誹謗中傷の撤回を要求します。事程左様にシュタイナーとその弟子たちは、批判や攻撃への防御に多くの時間と精力を奪われることになりました。



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最終更新日  2023年05月28日 06時10分06秒
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