Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2023年08月10日
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カテゴリ: 霊魂論
「四次元/Die Vierte Dimension」数学と現実
第6講:1905年6月7日、ベルリン 1-5 次元の投影
 次元存在も今や、私たちは五次元へとやってきました。あなた方は、この次元は第四の次元に対して垂直な別の境界をもっているはずだというかも知れません。私たちは、第四と第三の次元の間の関係が第三と第二の次元の間の関係に似ているということを見てきました。五次元についてイメージするのはより困難ですが、ここでもそれについて何らかのアイデアが得られるような類比を用いることができます。次元というものはどのようにして生じるのでしょうか。あなた方が線を引くとき、その線が単に同じ方向を保っている限り、さらなる次元が現れることはありません。次の次元がつけ加えられるのは、二つの相反する方向あるいは力がある点で出会い、中和すると考えられるときです。新しい次元とは力が中和させられることの表現としてのみ生じてくるものなのです。私たちは新しい次元を線の追加として、つまり、その線のなかで二つの力の流れが中和させられているところの線の追加として見ることができなければなりません。私たちはその次元を右から来るものとしても左から来るものとしても想像することができますが、最初の場合にはポジティブなものとして、第二の場合にはネガティブなものとして想像します。ですから、私はそれぞれの次元を力たちの対極的な流れ、正負の両方の構成要素をもつところのひとつの流れとして把握します。対極を構成する力の中和、どちらでもなくなることが新しい次元なのです。これを私たちの出発点として、五次元に関する心的なイメージを発展させてみましょう。私たちは四次元が時間の表現であることを知っていますが、最初に四次元のもつ正と負の側面を想像してみなければなりません。それらにとって時間が意味をもっているところの二つの存在が衝突するところを思い描いてみましょう。その結果は、先ほど私たちがお話しした対抗する力の中和に似たものであるはずです。二つの四次元存在が結びつくとき、結果として生じるのはそれらの五次元です。五次元とは対極的な力の交換、あるいは中和の結果もしくは帰結であり、そこでは、お互いに影響を及ぼし合う二つの生きたものが、空間に関する三つの通常の次元においても、あるいは第四の次元、すなわち時間においても共有することのない何かを生み出しているのです。この新しい要素はその境界をこれらの次元の外に有しています。それは私たちが感情移入あるいは知覚活動と呼ぶところのものですが、その能力はある存在に別の存在についての情報を提供します。それは他の存在の内的な、即ち魂的、精神的な側面についての認識です。より高次の、つまり、第五の次元が付け加えられることがなければ、知覚活動の領域に入ることなしには、いかなる存在も、時間と空間の外に横たわる他の存在の側面について知ることは到底できなかったでしょう。当然、私たちは知覚活動を、この意味においては、五次元の物理世界における単なる投影あるいは表現として理解しています。
 同様の方法で六次元を構築しようとしても、あまりに難しくなってしまいますから、今はそれが何であるかをお話しするだけにしておきましょう。もし、私たちがこれまでの線に沿って考えを進めるならば、私たちは、三次元世界における六次元の表現は自我意識である、ということを見いだすでしょう。三次元存在としての私たちは、私たちの姿形という特徴をその他の三次元存在と共有しています。植物はもうひとつの次元、四次元を有しています。したがって、植物の究極の存在が三次元空間のなかで見いだされることは決してないでしょう。あなた方は四次元、つまりアストラル領域にまで上昇しなければなりません。もし、あなた方が知覚能力を有する存在を理解したいのであれば、五次元であるところの低次のデヴァカンもしくはルーパ領域にまで、そして、自我意識を有する存在、つまり、人間を理解しようとすれば、六次元である高次のデヴァカンもしくはアルーパ領域にまで上昇しなければなりません。私たちが現在において出会うような人間は、本当には六次元存在なのです。私たちが知覚能力としての感情移入、自我意識と呼んだところのものは、それぞれ五次元と六次元の通常の三次元空間への投影です。たとえ殆どの場合は無意識的にとはいえ、人間はこれらの精神的な領域にまでずっと延びているのです。その本来の特徴を認識することができるのは、そこにおいてだけです。六次元存在としての私たちが、より高次の世界を理解するようになるのは、より低次の次元に特徴的な属性を放棄しようと試みるときだけです。
 なぜ私たちは世界を単に三次元的なものと信じているのか、ということについて、私には示唆する以上のことはできません。私たちの観点は、世界をより高次の要因の反映として見る、ということに基づいています。あなた方が鏡のなかに見ることができるのは、あなた方自身の鏡に映った姿に過ぎません。実際には、私たちの物理世界の三つの次元は、三つのより高次の、原因となる、創造的な次元の反映、有形の像なのです。このように、私たちの物理世界は、それにつづく三つのより高次の次元グループ、つまり、第四、第五、そして第六の次元のなかにその対極となる精神的な対応物を有しています。同様に、第四から第六にかけての次元は、その対極となる対応物を、さらにもっとはるかな精神的な世界のなかに、つまり、私たちにとっては推測の域を出ない次元のなかに有しているのです。



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最終更新日  2023年08月10日 06時10分09秒
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