Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2023年09月26日
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カテゴリ: 霊魂論
「霊的世界の入口/DIE SCHWELLE DER GEISTIGEN WELT」
13/参照:本書中の記述と私の「神智学」及び「神秘学」中の表現との関係について 元素的な世界や霊的な世界における人間の魂による経験を現す名称はこれらの経験の特質に合ったものでなければならない。そのような名称を付与するに当たっては、既に元素的な世界における経験においても感覚世界とは全く異なった経過を辿ることを考慮しなければならない。元素的な世界における経験は魂の変容能力及びその共感と反感の観察に基づいている。これらの経験に名前を付けるとしたら、当然のことながら、その変化する特質から何かを受け入れなければならなくなる。感覚世界にとってはそうであるべきような融通の利かないものであってはならないのである。これは問題の本質に関わることであり、このことを考慮しない限り、本書における命名と「神智学」や「神秘学」における命名との間に矛盾を見出す可能性がある。これら2冊の著書の中では、一方では誕生(受胎)から死までの、他方では死から誕生までの間に魂が十全たる発達を遂げるときに有する経験を特徴づけるような名称が選ばれている。一方、本著では、霊視的な意識が元素的な世界や霊的な領域に参入する際に有する経験を考慮した命名がなされているということを考慮するならば、この矛盾は解消する。「神智学」や「神秘学」では、死後、物質的・感覚的な体が魂から抜け落ちて間もなく、本書でエーテル体と名づけられているあの体もまたそこから抜け落ちるとされている。そのとき、魂はここでアストラル体と呼ばれる存在の中に生きる。エーテル体は魂から抜け落ちた後に元素的な世界の中で変容し、この元素的な世界が構築する存在の中へと移行する。このエーテル体の変容に際し、人間の魂は最早そこにはいない。とはいえ、魂はこの元素的な世界における経過を死後の外的世界として経験する。「神智学」や「神秘学」の中では、この元素的な世界を外から見る経験が、魂による魂的世界の通過として記述されているのである。この魂的世界とは、そこでは超感覚的な意識の観点から元素的と名付けられている世界と同じものであると想像すべきである。死と誕生との間の中間の時期に「神智学」における記述の意味で魂がそのアストラル体から解放されると、ここで「本当の自分」と呼ばれる実体の中でさらに生き続けることになる。そして、アストラル体は、魂がもうそこにはいなくなったことで、ここでまさに「忘却」として特徴づけられるものの中を自ら通過して行く。いわば感覚によって観察可能なもの、あるいは人間が感覚体の中で発達させるところの意志、感情、及び思考によって経験されるものが何もない世界の中へと突き進んで行くのであ る。そして、この世界をその外界として生き抜いていくのは「本当の自分」の中で存在し続ける魂である。この外的世界における体験を特徴づけるとすれば、「神智学」や「神秘学」の中で「霊的領域」の通過として記述されたような仕方でそうすることができるだろう。そのとき、「本当の自分」の中で自己体験する魂は、感覚存在であった頃に魂的体験として自分で自分の中に構築したものを周囲の霊的な世界の中に有することになる。死と新生の間にある魂がここで思考生命存在の世界として記述されている世界の中に見出すのは、その内的な存在の内部で、感覚的な知覚や感覚存在としての思考、感情、及び意志を通して自ら経験したあらゆることがらである。



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最終更新日  2023年09月26日 06時10分06秒
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