第1講 ドルナハ 1916年10月8日-CXVIII 第118 レオナルド-聖ヒェロニムス 多彩な才能に溢れる天才盛期ルネサンスのイタリアの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチが寡作ながらもアーティストとして残した油絵具、テンペラ画「荒野の聖ヒエロニムス(制作:1480年-1480年、寸法:1.03 m x 75 cm)」は現在はヴァチカン美術館に展示されています。宗教芸術、主題はキリスト教の聖人である聖ヒエロニムスから取られ、ダ・ヴィンチの指紋が残されていることでも知られています。4世紀の聖職者であり神学者である聖ヒエロニムスは、伝説によるとシリアの砂漠で隠者として暮らし、厳しい禁欲的生活を送ったと伝えられます。彼は強い熱情に何度も襲われ、熱情が去るまで何度も胸を打ったことでも知られます。聖ヒエロニムスは、学者、翻訳家、図書館職員、学生、巡礼者の守護聖人です。聖書をラテン語へと翻訳したウルガタ訳聖書の翻訳者として、しばしば書斎で書き物をする姿で描かれました。なお、17世紀の記録にヴァチカン美術館のバージョンとは異なるダ・ヴィンチの「聖ヒエロニムス」が存在したことも知られているが現存してはいません。主題はキリスト教の聖人である聖ヒエロニムスから取られているのですが未完成のまま放棄された作品で、制作経緯や来歴など多くの点で謎に包まれており興味深い。レオナルド・ダ・ヴィンチの「聖ヒエロニムス」には、足に棘が刺さって苦しむライオンを救ったことにより、生涯ライオンが付き従ったという逸話を取り上げて、其の画法にはスフマート技法と空気遠近法が用いられています。スフマート技法は、輪郭なしに影だけで自然な立体感を表現する技法です。空気遠近法は、距離が遠くなるほど色調が明るくなり、かつ寒色になる技法です。ライオンの身体と尾のしなやかなカーブを確からしい輪郭で描き、また、聖ヒエロニムスの形態は、「岩窟の聖母」の聖母マリアを模しており、首と肩の筋肉の描写は、レオナルドの初期の解剖学的なドローイングで大量のスケッチを描いて、いくつもの構想を考えていました。十字架の前にひざまずいて祈りを捧げる聖ヒエロニムス聖人が衣服を脱いで祈る姿は痛々しく、露わになった痩せた上半身は骨と筋が浮き上がり、その表情は高齢を窺わせるしわを観察することができます。画面端まで伸ばされた右手には石が握られている。この石は聖人が熱情を追い出すために自らの胸を何度も打ちつけていることを表している。胸を叩く際に石を使うという細部は、レオナルドを代表とされる後代の芸術家の案出です。背景は聖人が洞窟の中にいることを示している。画面の左側は開けており、遠方の岩山の風景が粗描きされている。これに対して画面右側の岩場には開口部があり、ジェッソ(石膏)の地塗りの上に教会のファサードを思わせる建築物が素描されている。これはフランス学士院所蔵のレオナルドの手稿Bおよびミラノ時代の手稿に描かれた建築物と密接な関係があるとされます。前景では一頭のライオンが身を横たえて吠えている。対角線に配置されたライオンの身体と尻尾の曲線は聖人の捻れた像とともに躍動感のある動きを作り出している。画面左上ではレオナルドは指を使って空と風景にソフトフォーカス効果を作り出しており、この部分に芸術家の指紋が残されています。この左上の風景や聖ヒエロニムスの膝など、部分的に制作が進行している箇所はあるのですが、全体的には残念ながら粗描きの段階で止まっています。ただし、レオナルドはそれ以降も数回にわたって絵画制作を進めていることが推測され、絵画は当時のフィレンツェではクルミ材を用いることはまれであった二枚のクルミ材をつないだ板に描かれています。