Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2024年07月09日
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カテゴリ: 霊魂論



四つの福音書のキリスト叙述における四つの異なった視点
第1講 福音書の光に照らした人類生成の深遠な秘密(GA117)1909/11/2 ベルリン yucca訳
本文Ⅲ:以上のように私たちは献身という最大の供犠をもたらした存在、自身を失うことなくすべてを自分のなかでひとつにすること(三位一体)を許された存在としてキリスト・イエスであるもの、献身という供犠として特徴づけられるこの存在を、その同情において大いなる供犠を実現することができる存在、その光の力によって現存するあらゆる人間を照らす存在として特徴づけました。私たちは、キリスト・イエスという存在のなかにあった光と愛を描写したのです。それで、ヨハネ福音書およびルカ福音書をその完全な範囲において捉えるひとは、キリスト・イエスのなかで《光》であったもの、キリスト・イエスのなかで《愛と同情》であったものについて、ある意味で予感を抱くことができます。私たちはキリスト・イエスのなかに、二つの特性をその普遍的な意味において理解しようとしたのです。悠久の叡智としてあらゆる事物にのなかに注ぎ込み、それらのなかで生き活動する宇宙の霊的な光としてキリストについて語られねばならなかったこと、これは霊的な考察に明らかになり得ます、これはまたヨハネ福音書から私たちに向かって光り輝きます、そして、人間に到達できる叡智であって、ある意味でヨハネ福音書に含まれていないものはありません。宇宙の叡智はすべてこのヨハネ福音書のなかに含まれています、なぜならキリスト・イエスのなかに宇宙の叡智を見るひとは、単にその叡智がはるかな過去にいかに実現されたかということのみならず、はるかな未来においていかに実現されるかも見るからです。したがって、ヨハネ福音書に関わる考察においてひとは、人間的なあらゆる生存の上空高く、鷲のように舞います。ヨハネ福音書の理解を可能にする大いなる理念を繰り広げなければならないとき、広大無辺な理念とともに、個々の人間の魂のなかに起こることを超え、空中を舞うのです。包括的な宇宙理念(世界理念)は、ヨハネ福音書に関連して考察を行うときに私たちに流れ込むあのソフィア(Sophia)を働かせます。そしてこのとき、ヨハネ福音書から流れ出るものは、日々刻々移ろう人間の運命のなかで起こることすべてを越え、ひとり鷲の高みで旋回しているように私たちには思われるのです。それから下降し、そして、刻々と日に日を継ぎ、年を経て、世紀から世紀へ、千年紀から千年紀へと続くひとりひとりの人間の生を観察するなら、とりわけそこに人間の愛と呼ばれるあの力を観察するなら、生きている人間の心と魂のなかでこの愛が数千年を通じてうねり息づいているのが見えます。さらに、この愛が一面においては人類の内部で最大の、最も意味深い、最も英雄的な行為を成し遂げるのが見られます、それから、人類の最大の供犠が、あれこれの存在あるいはあれこれの事柄に対する愛から流れ出したのが見られます。そしてさらに、この愛が人間の心のなかで最高のことを成し遂げるのを、けれども同時にそれが諸刃の剣のような何かであることが見られます。ここにある母親がいます。彼女は自分の子どもを心底愛しています。子どもがなにか乱暴なふるまいをしても、彼女は子どもを愛していて、その深い熱烈な愛情にあっては子どもを罰するということがどうしてもできません。それから子どもが二度目に乱暴なふるまいに及ぶと、今度も母親は深い愛情のために子どもを罰するに忍びません。引き続きそんな調子で、子どもは成長し、役に立たない、人生の平和を乱す者となります。こういう意味深な事柄に触れるときは、現代から実例を取るのはよくありませんから、ずっと以前の例を挙げることにします。十九世紀の後半、わが子を愛し抜いた母親がいました。どんなものもこの愛を賞賛するのに足りない、どんなことがあっても愛は人間の最高の特性のひとつとはっきり言っていたようです。さてこの母親は子どもを愛していたので、この子が家族のなかで働いたちょっとした盗みのためにこの子を罰するということがどうしてもできませんでした。続いて二度目の盗みが起こり、彼女はまたも罰することができませんでした。その女の子は悪名高い毒殺者になりました。その子は、叡智に導かれない母の愛によって毒殺者になったのです(*特定が出来得ず。)。愛は叡智に浸透されたときに最も偉大な行為を成し遂げます。けれどもゴルゴタから世界に流れ出したあの愛の意味とはまさに、愛がひとつの存在のなかで、宇宙の光と、叡智とひとつにされたということなのです。したがって私たちが、愛は世界で最高のものであると認識しつつ、同時に、愛と叡智が最も深い意味において補完し合っていることを認識するというようにふたつの特性を考察すれば、これはキリスト・イエスに眼差しを向けることなのです。
 参考画:システィーナの聖母(*ラファエロが描いた最後の聖母マリア)Madonna Sistinaとも呼ばれる。




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    第1講本文Ⅲ 了





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最終更新日  2024年07月09日 06時27分52秒
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