Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2024年10月25日
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カテゴリ: 霊魂論
ルドルフ・シュタイナー
「精神科学と医学」第10講 1920年 3月30日   ドルナハ
第10講-1
 精神科学と医学おいて本質的なことは、私たちがここで医学研究を実り豊かなものにすることのできる方法を見つけだすことを試みているということなのではないでしょうか。さもないと、あまりに分割しすぎて個別的なもののなかで自らを見失ってしまいかねません。個別的なものが持っている意味は、いつも結局相対的なものにすぎないのです。けれども、この人間と人間の外部にある自然との関係の方法論的研究こそが、人間ひとりひとりを、いわば自然そのもののなかで観察を行なうことができるように準備させるのに適しているのかもしれません。したがって今日は前置きとして、ある種の分野にとってば一種の道となる可能性のあることを二乃至三程述べさせて下さい。その道の途上で見い出せることもあるでしょう。当然のことではありますが、そもそも精神科学的探究というものは、規定を提示することによって、まさに昨日のシュタイン博士(☆1)の講演の意味で検証され得ることを発見することができるのです。
参考画:Walter Johannes Stein



 他方、一度この分野に入って行くと、この分野はいくつかのことに方向付けを与えてくれます。そこで私は今日皆さんに、まさに注目に値すると思われる例をいくつか指摘したいと思います。たとえば皆さんは、ここはさしあたってはしばらくは植物の領域にとどまっておくことにしますが、セリ科の香草アニス(Anisum Vulgare)(*1)が通常人間の生体組織にどのような作用をするか、ご存じでだと思います。アニスの最も特色ある作用というのは、分泌(排泄)を促進する(absonderungsfoerdernd)、すなわち、利尿や乳汁分泌促進、さらに汗の形成であるということが私達にはわかるでしょう。それから私たちは、これが何と関係しているのか自問します。この植物に関して私たちにわかってくることは、アニスの働きは、そのなかに含まれている微細に分割された鉄分(Eisenbestandteile)あるいは鉄塩分(Eisensalzbestandteile)と関係しているということであり、したがって私たちにもはっきりと知覚できるのですが、アニスの作用の基楚となっているのは、ふつうは血液中で鉄によって行なわれていることが、いわば血液から取り去られて、血液より下の領域にしばらくの間押しやられているということなのです。実際ある種の植物の場合、中間部に、すなわち外と内の中間、身体の表面と心臓との中間に、非常に強くその作用が及ぶので、私たちはこういう植物がいかにさまざまな領域まで作用を及ぼしているかを良く研究することができます。さらには、私たちが薬学において合理的に見つけだすことのできるもののための繰り返し使われる短い主題や動機(示導動機/leitmotif)を、そこから得ることもできるのです。例えばこの点において正真正銘の自然の教師とでも申しあげたい植物、チコリ(Cichorium intybus)(*2)を観察してみましょう。チコリを手がかりに、そうしようとしさえすれば、いわば人間の生体組織に関してあらゆる可能なことが研究できるのです。チコリの場合、私たちにわかることは、チコリは一方で、消化不良(Verdauungsschwaeche)に対抗する薬、つまり直接人間の外界そのものに向かって置かれている器官を通じて現われているものに対抗する薬であり、他方でチコリはまた血液そのものにも作用すること、つまり、自らに必要なプロセスを血液が実行しないということのないように、血液が、血液の液体性そのものに停滞プロセスが現われるままにしておくことがないように、血液に作用するということです。つまるところ、チコリにおいてとても重要なことは、何と言ってもチコリの治癒作用は、非常に末端部のプロセスにまで及んでいるということ、状況によっては、頭部器官まで、とりわけ喉と胸の器官、肺器官にまで作用を発現させているということです。チコリは人間のあらゆる可能な部分にこのように強く作用しているので、だからこそ、チコリを研究することはこんなにも興味深いのです。これらの作用がいわば扇形に拡がっているのが見られます。私たちはこう自問します、消化不良への対抗作用というのは何によるものだろうかと。これは、チコリのなかに存在している、強い作用をする味によって表わされている苦味エキス(Extrakutivstoff)によるものだということがわかります。この苦味エキス、つまりまだ強力に、植物的、物質的(substanzlich)性質を有しているこのエキスは、人間のなかの、まだそんなに人間によって加工されていないもの、いわば外界にあったときの外観にいまだに似ているものに強い親和性を有しているのです。私たちがはっきりと理解しておかなくてはならないのは、私たちは外界の物質素材を初めはほとんど加工せずに、胃の領域まで取り込み、その後それがさらに加工され、腸を通じて根本的に改造されて血液中に現われ、そして末端部、つまり骨組織、神経組織、筋肉組織において、それがもっとも改造された状態で現われるということです。そしてこの「エキス」というものは、まだ加工されていない外的な物質と非常に強い親和性を有しているのです。
記:エキスとは、動物や植物などの成分を水、エタノールあるいは水とエタノールの混合液に浸出させた液体を濃縮したもの。医薬品や、加工食品の材料などに使われる。日本が江戸時代の鎖国中でも交流があったオランダで「抽出物」を意味する「エキストラクト」の略から由来します。
 ところでチコリはアルカリ塩(alkalische Salze)、カリウムも含んでいます。私たちはとりわけこのなかに、血液に作用するものを探究しなければなりません。そうすると、チコリのなかでどのように諸力が分離しているかということも同時にわかるでしょう。エキスのなかにある力は、その親和性により消化器官へと伸びていきます。アルカリ塩のなかにある力は、その親和性により、血液に親和性のある器官あるいは血液そのものへと伸びていきます。さらにまた本質的に、チコリのなかには珪酸も多量に存在しています。珪酸は血液を越えて末端の器官にまで作用し、神経組織、筋肉組織を経て骨組織のなかまで達します。したがって、チコリとはそもそも私たちに、実際こういうことを示しているものなのです、擬人化すれば私チコリはここにいて、三つに分けられている、だから私は人間の生体組織の三つの構成要素すべてに対して作用を与えると。これらは、自然自体が私たちの目の前で行なってくれる実験であり、私たち自身が行なう実験よりも実際常にはるかに意義深いものなのです。なぜなら、自然というものは、実験によって自然に対して問いかけをする際の私たち自身よりも、その意図においてはるかに豊かだからです。これに関連してスギナ(Equisetum arvense*3)もまた非常に興味深いものです。スギナにもやはり、消化不良に強く対抗する作用と、そしてやはり末端部まで達する強い作用が見られます。私たちはこう問いさえすればよいのです、スギナにおけるこの末端部まで達する強い作用は何によるのだろうかと。するとまたしても、珪酸成分によるのだという答えが得られます。ですから比較研究によって、私がここで皆さんが本当に医学的植物学を研究なさるなら、非常に多様化することができるのです。いたるところですぐに見い出せることは、まだ植物的なものに似ているもの、エキスとして現われているもの、これらはすべて、まだ消化管に対して親和性を有しており、すでに鉱物界、珪酸への傾向を持っているものは、いわば人間の中心から末端部を絶対的に目指しており、しかもそこで治癒的な作用もするということです。けれども、私は申し上げたいのですが、その働きにおいてはまったく単純なものだけれども、教示してくれることの極めて多い実にすばらしい植物があります。それは野イチゴ(Fragaria vesca / Walderdbeere *4)です。この野イチゴの作用がめったに観察されないのは、ひとえに、いわばこの作用を自分たちの生体組織で覆い隠してしまう人たちに食べられるからなのです。実際このように作用がほとんど覆い隠されてしまう場合には、いわばまだ感じやすい敏感な人たち、つまり通常野イチゴを食べていない人たちに対して試みてみることもできるでしょう。そうすればたちまちこの野イチゴのすばらしい意味が明らかになることでしょう。つまりこの野イチゴというものは、一方において、とりわけ血液形成を正常化させることができるのです。野イチゴは、実際血液形成をいくらか促進するあらゆることをするので、通常これを好んで食することによって野イチゴに対して免疫のある人でない場合は、その人に対して、下痢の場合にもこの野イチゴを用いることができます。なぜなら、下痢が起こる際に下腹部に間違って現われてくる諸力が、野イチゴの作用によってその正しい場所に撤退させられる、つまりもっと血液組織そのもののなかに撤退させられるからです。さて野イチゴのなかには一方において、本質的に血液を形成する力があり、他方でやはり珪酸があって、それによって生体組織のなかにあるものが末端部を目指しています。そもそも、この野イチゴというのはどんなに素晴らしいものなのかをよく考えてみてください。野イチゴは、珪酸によってある種の力の展開を生体組織の末端部まで進めていく傾向を有しています。生体組織の末端部にある力の展開が起こるときは、ある種の危険があります、つまり、珪酸をあまりに多く末端部に導いてしまうと、力がいわばおかしくなり、この末端部に同時に十分多くの栄養分が転送できない、珪酸によっていわば仕上げられたものに何らかのしかたで栄養分を供給するための、十分豊富な血液が同時に得られないという危険です。さてこの野イチゴは、そこに転送されなければならない血液を自分で準備するという、すばらしいサンプルなのです。つまり野イチゴは、珪酸によって生体組織の末端部に引き起こされるプロセスを助けるためにしなければならないことを、驚くべきしかたで表現しているのです。自然はいくつかのサンプルによって、このサンプルの数はさらにずっと増えていく可能性もあるでしょうが私たちに実に驚くべき洞察を与えてくれています。ただし私たちに、自然を正しい観点で探究する直観(イントゥイション/intuition)さえ備わっていればですが。

   第10講-1 了

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最終更新日  2024年10月27日 11時20分09秒
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