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2006年09月03日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
坂道を上がると、大きなプレハブの建物があり、さらにその一段上に茅葺の家があった。

プレハブの方が工房で、茅葺の方は工房の主の住居のようだ。

坂の下から見上げると、擁壁ごしに大きな柿の木が枝を伸ばしていた。

道の反対側は谷のせせらぎが流れ、

尾の長い黄色い鳥がスーッ、スーッと素早い動きで竹やぶの枝を払うようにして逃げていった。

「黄セキレイですよ」と、例によって自然に詳しい壬生さん知識を披露する。

「こんにちは」

と言いながら、木瀬さんが工房に入る。そのあとを壬生さんが続く。

工房は戸が開け放たれていている。



入ったところに小さな展示室があって、中にもう一つ板戸があった。

そこも開いていて、木瀬さんが中を覗いた。

主はようやく一行に気づいて出てきた。

ぼくと同じ団塊の世代の感じだ。

被ったタオルの間から、ごま塩頭が見える。

「木瀬さんですか」

「はい、どうもはじめまして」

「さ、どうぞ、どうぞ」

と主は言ったものの、展示室が狭いのであわてて

「庭へ出ましょう」と一行を促した。

柿の木の下で、ガラスの歴史やここでつくる吹きガラスの作り方をかいつまんでしてくれた。



シリアの河口で積荷のソーダ塊でかまどを作って夕食の支度をした。

そのとき偶然できたのが発祥とか。

それから、勾玉が生まれ世界各地に広がったという。

意図しない偶然が未知のものをつくるきっかけになったことに心惹かれるものがあった。

ガラスは、今でこそ珍しくはなくなったが、




「じゃ、中へ。じっと見ていただければ分かりますから…」

と主は一行を再び中へ入れた。

男性達は工房の隅で立って見ることになった。

女性達は、木の風呂椅子のようなものを出してもらって座った。

主は、「女房です」と、同い年くらいの女性を紹介した。

亭主と同じようにタオルを被って長い金属棒を持っている点では亭主と同じだが、

女房は眼鏡をかけ、濃い緑色のレンズを眉の上で立てていた。

棒はさっきの説明から察すれば、棹と呼ばれる中が空洞になったステンレス棹らしい。


「じゃ」と短く主が言って二人の作業が始まった。

女房がメガネのレンズを下ろす。

そして、奥の左側の溶解炉に棹を突っ込み、棒の先にどろどろに溶けたガラスをくっつける。

溶解炉の中は1200度の高温だ、と言っていた。

棹を炉から出して二度三度フッフッと反対側から吹く。

すると、先のガラス部分が少しずつ膨らんでいく。

少し膨れたところでまた溶解炉に棹をつけガラスを足してまた吹く。

適当な大きさになったところで、亭主に棹を渡す。

亭主はその棹を持って手前の作業台の方に行く。

作業台は左右に長い柄が突き出していて、その柄に棹を乗せて転がす。

そうしてガラスをひっぱったり伸ばしたり、底の部分を平らにしようとする。

冷えれば形を整えることができなくなるので、

真ん中にある再加熱の炉に入れて頻繁に入れて再加熱して作業台に戻す。

再加熱の炉は、説明では「達磨」と呼ばれるものだと言っていた。

作業台で適度に成形し底も平たくなったところで、

女房がいつのまにか前に来ていて今度は女房の持った棹をガラスの底にくっつける。

女房はその前のほんのわずかな時間に新たな棹先に溶けたガラスをつけていたのだ。

その溶けたガラスがちょうど接着剤の役割を果たし、すぐにくっつく。

くっつくと亭主が持っていた元の棹を離す作業。

作業台の柄の上で棹を転がしながら、

元の棹先を金属でコンコンと叩くと、パカッと剥がれる。

今度は女房がすばやく<達磨>へガラスを入れて、くるくる回しながら再加熱する。

亭主は元の棒を部屋の隅に置いた缶の中に入れ、

すばやく女房が棹を回している達磨の前に行き、女房と交代。

ランニング姿の亭主の肩、背中から汗が噴き出している――。

一行は息を飲んで見ている。喋るものはいない。

あの、一秒、二秒を無駄にしない動きはどうだ。

自分も主と女房の動きに圧倒されている。

主の動きは特に無駄がなく、足捌きや姿勢を見ていると剣道の達人みたいだ。

それに女房とのコンビネーションもぴったりだ。

亭主の動きの先で女房が待ち受け、女房の動きの間に亭主は自分の仕事をこなしている。

おそらくこれまで何千回、何万回と繰り返した動きに違いない。

つくるものによって多少は変化はあるというものの基本的には同じ動きだろう。

果たして、自分はあのように動きつづけることができるか。無理だ。

変化を求めて一つのところに留まれない。繰り返すことは苦手だ。


小一時間で休憩になった。

いつもはもう少し長く続けるということだが、見学者に気を使ったらしい。

庭の石の上や草の上に座った。直射日光を避けて建物や木の陰に座った。

ときおり吹いてくる山からの風が涼しい。

しかし、蝉の声がうるさく、涼しさはほんの一瞬だ。

女房が冷たい麦茶とガラスコップを盆に載せて持ってきてくれた。

皆、汗だくだくだったので、ゴクゴクと気持ちよさそうに麦茶を飲む。



「いやあ、たいしたもんですな。ただのドロドロしたガラスがきれいな形に次から次へと変わっていく」

壬生さんが口火を切る。

「ほんとう、魔法みたいだわ」と節子さん。

「それに息ぴったり」恵子がつづける。

「ぴりっと緊張感があって、動きに無駄がない。どれくらいなさっているんですか」

と聞いてみる。

「そうですねえ、もう20年ぐらいでしょうか?」

「どこで修業されたんですか?」

と壬生。皆がインタビュアーになっていく。

珍しいものを見た感動がそれぞれの胸のなかにあるようだ。

たしかに、音楽を聴いたり、ドラマを見るのとは違う感激を感じる。

物を形にしていくというのは、抽象世界と違ってリアルさがある。

できあがったものを手に持つことができる、触ることができる。


皆の<インタビュー>で、だんだん分かってきた。

主はやはり自分と同じ団塊世代だった。

1970年の学生運動の嵐のあとしばらくして、

大学を中退して南の島で農業をやっていたということだが、

仲間内で意見が割れて都会に戻ったということだ。

しかし、すぐに飽きて、地方のガラス工場へ飛び込んだそうだ。

彼の話で一番印象的だったのは、透明なガラス容器に魅せられた理由である。

「透明ですから、どんな色も通過していきます。でも角度を変えて見ると回りの色を写しているんです」

主は詩人のようなことを言う。

帰り、展示室にあった作品を買った。

皆は、ガラス皿やピッチャー、コップなど実用品を選んだが、

ぼくは二つの球体がくっついたダルマ型のオブジェに目が行った。

手のひらに乗るぐらいの大きさで、透明なガラスの中に赤い魚が見えた。

よくみれば魚は薄い金属片だったが、シンプルで可愛いかたち。

そのダルマを台の上でさわってみた。

倒してもまた起き上がった。魚が前に後ろに泳ぐように見えた。

それを包んでもらうよう頼んだ。



ガラス工房からの帰り、国道沿いに釣り道具店があるのを見つけ、止めてもらった。(つづく)





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最終更新日  2006年09月03日 18時39分15秒
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