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ここまで6冊どうもこの季節は、読書熱が高まらないようで。『盾(シールド)』 村上龍 ☆☆☆★★かなり評判のいい本です。龍さんの本を読むのって、10年ぶり位?とにかくご無沙汰でした昔は本当に大好きで、憧れの作家さんだったんですが(苦笑)。2人の少年、コジマとキジマ。一見何の共通点も無いような2人だったが、他の者からは見えない絆で結ばれていた。ある日2人は、森で奇妙な老人に会う。その老人が言った言葉。『盾が必要だ。』その言葉は、コジマとキジマの心に根を下ろした。年を重ねるに連れ、2人は交わる事のない別々の道を歩み始めた。それぞれの盾(シールド)は何なのだろうか。『黒い太陽』 新堂冬樹 ☆☆☆★★池袋のキャバクラに黒服として勤める立花篤は18歳。病に倒れた父親の入院費を稼ぐために、高校を中退し夜の世界に入った。真正直で何かと人と衝突する篤は、カリスマ風俗王として君臨する社長の藤堂から目をかけられる。夜の世界を嫌いながらもその魔力に取り付かれ、異例の出世をして行く篤だったが、周囲との摩擦から、藤堂と袂を分かち、渋谷にキャバクラを立ち上げる。何だか、すごい内容でしょ(笑)。しかも登場する人物が、篤を始めほとんどが18・9~20代前半なんですよ~お酒を飲まないんで、こっち方面にはうとい私なんですが、これが現実なんですかね。ホント、びっくりです。お話自体は、所々綻びがあるものの結構面白くてサクサク読めました。てな訳で、5月は8冊読了。ちょっとペースを上げなければ
May 31, 2006
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朝からあの声を聞くと、1日何もやる気が無くなってしまう。K病院では1日30円、電話代が支給される。だから、かかってきても1日に最高3回。それでも、受話器を取るのが苦痛になっていた。面会もそうだ。会話はいつも同じ。顔も見たくない、声も聞きたくない。母と二人、精神的に追い詰められそうだったが、面会に行かない訳にはいかず、週に2回は通っていた。親父が入院して1ヶ月が過ぎる頃、変な電話がかかり始めた。それも複数の人間から。こちらの名前を知ってはいるものの、話している内容がおかしい。会話が成立しないまま、電話を切る。一体何なんだこの人達は。ある時、少しまともな話し方をする人から電話があった。その人は、『そちらの会社で働かせて下さい。』と言う。『弊社を何で知られたんでしょうか?』と尋ねると、『お宅の社長さんから聞きました。』うちの会社の代表は、母である。もちろん母は、全く記憶に無い。『申し訳ございませんが、そちら様の事は存じ上げないのですが。』慇懃に伝えると、『でも、社長に名刺をもらったんですよ。』『??????』『S○△男さんでしょ、社長さん。』えーーーーーーーーーっ!!『その名刺、どこで貰ったんですか?』もう、敬語なんか使えない。『私、この前までK病院に入院していたんですけど、社長さんが「うちで使ってあげる。」って、名刺配ってたんです。』だぁーーーーーーーーーあ!!『社長さん、いい人ですね。色んな人に配ってましたよ。』意識が遠のいた。
May 31, 2006
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ベランダガーデンのスナップエンドウが、1つ食べ頃になりました虫に食べられる前にと、さっさと収穫(って大げさ・笑)して、息子の朝食のハンバーガーに入れてやりました。もちろん、完全無農薬化学肥料も使っていません。まだ丈は低いのですが、いっぱい花がついているので、これからがとても楽しみです
May 31, 2006
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親父が転院してしばらくは平和な日が続いた。溜まっていた仕事や用事を片付けたり、お見舞い返しを注文したりと用事は沢山あったが、精神的にはとても落ち着いた日々だった。それは、ある朝から始まった。電話に出てみると、何だかはっきりしない声。『もしもーし!』何度か呼びかけると、魂を抜かれたような声がする。『・・・迎えに来てくれぇぇぇぇぇ。』『誰?』と尋ねると、またもや『迎えに来てくれぇぇぇぇ。』どうやら親父のようだった。『入院したばかりだから、まだ退院出来ないよ。』と言うと、さらに『迎えに来てくれぇぇぇぇ・・・』。何度かそんなやり取りをした後、K病院に行ってみた。受け付けを済ませると、担当のO先生と面会出来た。白髪交じりの短髪で、なかなかダンディな方だ。あたし達家族に対しても、とても優しく穏やかな先生。『他の方と比べて、少し長めに個室に入って頂きましたが、今日から一般病棟に移っています。』『個室が長めになったのは何故ですか?』と伺うと、『かなり暴れていらっしゃいましたから。』とO先生ニッコリ。カルテにも、凶暴性が認められると記してある。・・・おめ~は、キングコングかよ。心の中で親父に毒ずくあたし。『これからは、お好きな時に面会室で会って頂けます。中には、サポートする職員もついていますから、ご安心を。』と言われ、そのまま面会をお願いした。面会室には、普通のテーブルとパイプ椅子が置かれ、パーテーションで何箇所かに分かれていた。職員さんに連れられて来た親父。椅子にかけると、その横に職員さんが立っている。何だか、刑務所の面会みたいだ。開口一番『連れて帰ってくれぇぇぇぇぇ。』どっと疲れる、あたしと母。『ちゃんと治らないと帰れないから。』『連れて帰ってくれぇぇぇぇぇ。』この繰り返し。なんとか宥めて、『また来るから。』と言い面会を終えてもらった。その日帰宅してからも、翌日の朝も電話がかかる。『迎えに来てくれぇぇぇぇぇ・・・』あらたな悩み発生だった。
May 30, 2006
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仲違いの図あーーーっ!!朝からムカつくーーー!!!さっき息子が朝ご飯を食べていた時、時間割のチェックをしていたら、家庭科のノートがありました。先日、生活について書き出す宿題があったので、見てみると。。。『休日は家族とどうやって過ごしたいですか?』という質問への息子の答え・・・『ごろごろする』 すげーーーーー、ムカついた当然、『お前なんか、もうどこへも連れて行ってやらない』叫びましたよホント、情けない
May 30, 2006
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転院までの日々は慌しく過ぎて、仕事や付き添いの合間に新しい病院で必要な物を揃えたりしているうちに、当日を迎えた。転院先のK(精神)病院から、救急車で迎えに来てくれたので親父はそれに乗り、あたしと母は自家用車で後をついて行った。見送って下さったS病院のスタッフの皆さん。中にはとても親身になって下さった方もいるし、かなり意地悪な方もいた。それでも、この病院に運ばれたからこそ助かった命。感謝しつつ、別れを告げた。S病院までは、約1時間。今日から付き添いをしなくていい幸せを噛み締めながらの道中だった。S病院に着き、簡単な診察と入院の説明を受けて、病棟へ。もちろん、閉鎖病棟だ。あたしと母は見学済みだったが、親父は初めて。病棟に入り、鍵を閉められた瞬間、何とも情けない顔をしていた。今日から何日かは、例の個室で過ごす事になる。それで、性格や病状を観察される訳だが、どんな結果になることだろう。自宅に戻り、久々に母とあたしが同じ部屋で床に就いた。約2ヶ月間、まさに怒涛の日々を過ごして来た。食事の仕度もままならず、外食や出来合いのおかずに頼る事も多かったので、息子にも寂しい思いをさせていた。明日からは、平和な日が戻って来る。そんな事を考えながら、深い夢の世界に入って行った。しか~~~~~し!!やっぱり親父はしぶとかった。翌日から、あらたな悩みに振り回されるあたし達家族だった。
May 29, 2006
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あははは、また1つ年を重ねちゃいました何歳かんな事は、言えません(笑)。あまりにも忙しくて、いつも注文しているケーキも注文してなかったし、特別何かするって事は無いでしょう。取りあえず、近くの道端に咲いてた花を飾ってみました30歳を過ぎてからは、坂道を転がるように1年が過ぎて行く~~~気持だけは、いつも“乙女”でいようと思います(爆)。
May 29, 2006
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そんなこんなでバタバタやってるうちに、親父の診察日がやって来た。あたしの車で、S病院からK(精神)病院へ移動。診察は、院長先生が担当して下さるというVIP待遇(笑)。まずは、軽い質問から。『貴方のお名前は?』から始まり、生年月日・年齢・今日の日付・ここはどこかという問いかけに、何とか答える親父だが、今日の日付あたりから何となくあやしい答え方。そんな質問の合間に、『では、野菜を6種類言ってみて下さい。』という唐突な質問が。簡単だと思いきや、なかなか名前が出ない親父。多分、2~3種類しか答えられなかったと思う。また、簡単な質問が始まったと思ったら、いきなり机の上にボールペンやハンカチなどを並べる先生。その数、6種類だっただろうか。『これは何か答えて下さい。』という問いに、憮然とした表情で『ボールペン』『ハンカチ』と答えていく親父。すべての名前を答え終わると、『では、また後で聞きますから、何があったか覚えておいて下さい。』言われ、あたしも必死になって覚えてしまった。隣に座る母も、同じ様な気配が。世間話をしていたかと思ったら、『では、さっき何があったか答えて下さい。』。ええ~~~、ちょっと待ってよ!!!何だかあせってしまったあたし。頭の中で確認しながら、ちょっとあたしもヤバいかもと凹みそうになった。親父はと言うと、2つ位しか答えられなかったんじゃないだろうか。一通りの診察が終わり、院長先生が親父に『自分自身では、どんな状態だと思いますか?』と尋ねた。親父は得意そうに答えた。『元気になったから、すぐ退院したい。』おい、おい、全然まともじゃないだろうが!『あのね、Sさんは頭の傷は直って来たけど、事故のせいでちょっと記憶とかに問題があるから、専門の病院で直さないといけないの。それはS病院じゃ無理だから、うちに来ませんか?』と優しく諭す院長先生。親父はちょっと考えるしぐさをしたが、『じゃあ、お願いします。』と言った。あたしは母と共に、胸を撫で下ろした。当時、この病院に入院するためには、暴力行為や刑事事件等を起こさない限り、当人の承諾が必要だったからだ。それから入院についての説明があり、その月の月末に転院する事になった。先日、映画『明日の記憶』を観た際、主人公が受診した時同じ様な質問を受けていた。受診の設定だけはあの時と同じ。でも、親父の横に居たのは、けなげな美しい妻・樋口可南子ではなく、付き添い疲れ丸出しのくたびれた母娘だった。
May 28, 2006
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今月の頭に種を蒔いた水菜何度か間引きしたのですが、今こんな状態です自宅にも持って帰ろうと思って、少しコンテナに植え替えました。先日TVの園芸番組でやってたのを見ると、菜物は一緒に植えても大丈夫みたいで、コンテナには水菜とロケット、イタリアンパセリをセットにしました。苗を植えたトマトとスナップエンドウは、もう実をつけて来たし、見て食べて楽しめるってすごく得した感じお布団を干すとき移動させるのが面倒で、今年はベランダにハンギングをするのを止めたんで、ちょっと寂しいなと思っていたんですが、あらたな楽しみが出来ました
May 28, 2006
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親父以上にマヌケなヤツが揃ったK病院とは、これでおサラバって感じだったんだけど、最後にMの野郎がやってくれた。それは、保険を請求するために、診断書を書いてもらった時の事。出来上がった診断書を見ると、そこには疾病名として“急性アルコール中毒”と書いてあった。『てめーが誤診したくせに、まだこうやって書いてやがる!!』一応、会社で入っている保険会社3社と、個人的に入っている会社1社と郵便局に、手術をしたS病院の診断書と共に提出した。そのうち、郵便局の担当者が激怒した。それは、あたしに対してではなく、Mに対してだった。小さい町だから、局員さんも顔見知り。今回の事件についても、耳に入っている様子だった。『こんな病名じゃ審査を通らないから、Mさんに書き直してもらいましょう!』でも、あたしはMに会うのも、K病院に行くのも御免だった。『もう、いいですよ。1日だけの事だし。』あたしがそう言うと、局員さんは『だって、15000円出るんだから勿体無いですよ。よし!何なら私が言いましょうか?!』とまで言って下さった。そこまで言われちゃうと、ほっとく訳にもいかないし、実際局員さんが病院に電話もして下さったんで、もう1度K病院に足を運んだ。Mは、『カルテを書き換える訳にはいかない。』と言ってたらしいが、最終的にメインは頭部の怪我として、それでも下の方には“急性アルコール中毒”と書き加えていた。とことんまで、往生際が悪いというか、医者としてと言うより人間として最低のヤツだと、自分で宣伝しているようなMだった。正負の法則で、こいつはきっと痛い目に遭うと、あたしは信じてる。
May 27, 2006
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↑ 彼です(笑)冗談はさておき、先日から息子をベランダの花や野菜の水やり係りに任命しましたでも、実際にはが続いているんで、まだ2回しかやってないんですけどね。他に息子に任命しているお手伝いは、お風呂掃除。これからも、少しずつ増やしていこうと思ってます。もちろん、料理や洗濯なども仕込みます。これも、母の愛情5月の初めに、実家の庭から株分けして自宅に持って来たワイルドストロベリー当初ぐったりしていたのでヒヤヒヤしましたが、今はすっかり元気になって、いっぱい実をつけています。梅雨になる前に、収穫出来たらいいんだけど。今日も朝からなんで、ちょっと心配です
May 27, 2006
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まずは、経緯の説明。それから、こちら側からの質問となった。最初は当然この質問。『何で、翌日の夕方までほったらかしの状態だったのか。』Mの野郎(先生なんて付ける価値無し)は、こう答えた。『急性アルコール中毒と頭部打撲の場合、症状が似ているため、お酒を飲んでいたのでアルコール中毒だと思いました。』はぁ~~~~~あ?あたし『素人考えでも、普通なら重い症状を疑うんじゃないんですか?』M『。。。(無言)』母『何で、まず頭の検査をしてくれなかったんですか?』M『放射線の先生は自宅に帰っていたし、夜遅いんで呼び出したら気の毒だと思って。』(1オクターブ高く)はぁ~~~~~あ?!叔父『翌朝になって従業員や親戚の者が来て、検査を依頼しても夕方までしてくれなかったのは何故ですか?』M『外来の検査が詰まってたので、それが終わってからするつもりでした。』(更に1オクターブ高く)はぁ~~~~~あ?!いくら年寄りしか寄り付かない田舎の病院だからって、こんな低レベルの医者がいていいのか?院長は、ダンマリを決め込んでるし。母には、もう1つ腹に据えかねていた事があり質問した。『たまたま病院に来ていた知人が病室を覗いた際、夫が尿や便を垂れ流しにしていた事で、看護士が「窓はちゃんと閉めなさいよ!!」と怒鳴ったと言っていましたが。』知り合いのおばちゃんが部屋に来た時、親父はベッドの上に座ろうとしていたが、何度もひっくり返り普通の状態ではなかったらしい。それを見ていながら看護士がそう叫んだので、おばちゃんが腹を立てて『こんな状態の患者に、そんな事が出来るか!』と怒鳴ったと聞いていた。看護士長は謝る事も無く、『お酒を沢山召し上がっていたから。』と、この期に及んでもそう言った。うちの母の恐ろしさを知らないバカなヤツめ、と心の中で思っていたら、『おたくみたいなのが婦長やってるんだから、ロクな看護婦が育つ訳ないわよ!!』という声が響いた。ひょえ~~~、スイッチ入ちゃったよ。看護士長の顔、アマガエルみたいな色になったぞ。これ以上母を興奮させると大変な事になるので、後は叔父にバトンタッチ。結果から言えば、これ以上どうしようも無かった。保険屋さんからも『訴訟を起こすべきです。』と言われていたが、実はこの病院公立だったのだ。うちは役所に絡む仕事をしているので、直接この病院と関わりは無いとはいえ、この先仕事がやりにくくなる事は避けたかった。しかも、町の財政は負債が大きく圧し掛かっていたため、もし賠償金を貰う事になれば反感を持つ住民も少なくないだろうと思われた。結局、こちらの気持ちをぶつけるという事で収める他無かった。今でも、Mはこの病院に勤務している。
May 26, 2006
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お昼に書いた筈のブログが消えてる~別に変な事書いた訳じゃないのに、なぜ~~~~~気を取り直してと。4月のブログで書いた、花を売っている喫茶店5月も終りとなると、品揃えも豊かになって来ました今の中心は薔薇薔薇は6~7本束で150円、その他は1束180円です。早速、真紅の薔薇一束と、撫子とかすみ草の束を買いました。紫がかったピンクの薔薇は、例によってママさんからのおまけです薔薇はちょこっと飾ったら、ドライフラワーにするつもり。しばらくは、部屋が豪華になりそうです
May 26, 2006
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いつだっけかな、前にも書いたと思うんですが(調べろよ!)。大大大好きな村主章枝ちゃん、まだまだバラエティー番組に出まくってますね。ここ最近は、全く見ていない私です当然、DVDに録画もしていません。とっくにお腹いっぱいです。本当にもうやめて欲しい真面目過ぎる章枝ちゃんだと思うので息抜きもいいでしょうし、何かとお騒がせのフィギュアスケート界の汚名返上のためという目的もいいと思います。でもね、世間の目は変わり始めているような気がしますよ。今朝のTVで、荒川静香ちゃんが女優デビューしたという話題をやっていた時、やくみつるさんが『ライバルの村主さんは、最近バラエティで変な方向に行き始めていますよね。』という内容のコメントをしていましたもちろん、やくさんが言ったから=世間の声とは思いませんが、私自身腹も立たなかったし、『ついに言われちゃったよ。』と思わず笑っちゃいました。久々にファンサイトを覗いたら。。。みなさん、優しいのねでも、ある方が勇気を持って書き込みしていらして、感激しちゃいました。章枝ちゃん公認のサイトだから、否定的な意見を書くのは難しいみたいです。でも章枝ちゃんが目を通しているサイトだからこそ、悪質な嫌がらせや中傷でない限り、ファンもこんな気持ちでいるという事を、正直に書いてもいいと思うんですよね。はっきり言って、今のマネージメントの仕方は失敗だと、私は思います
May 25, 2006
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精神科のK病院に診察の予約を入れた後、もう1つの病院に行かなくてはならなかった。それは、親父が最初に運ばれた、町内にあるK病院(判りづらくてすみません)。保険の請求をするためにも、最初に“急性アルコール中毒”と診断して、翌日の夕方までほったらかしにしてくれた泌尿器科医に会わなくてはならなかった。この病院の事務長は、あたしが昔一緒に仕事をした人だったんで、まずはこの事務長に連絡を取ったところ、『電話では何だから。』と言われ、母と従業員さんと共に会いに行った。事務長はまず今回の騒動について謝罪して、『自分で判る事なら何でも話す。』と言った。事務長の話によると、救急隊員から連絡があった際、『頭部打撲の疑い』と聞いたので、まさかこの病院に搬送されるとは思わず、そのまま帰宅したとの事。翌日出勤すると、この病院に搬送されていた事にも驚いたし、患者があたしの親父だった事にも驚いたと言った。母が、この病院でなされた対応について到底納得出来ない旨伝えると、『近いうちに、病院長も同席の上説明会を開きたいので、出席して頂きたい。』という返事だった。次回は、叔父も一緒に出席する事を伝え、その場はお開きになった。それから間なしに、説明会が開かれた。うちからは、母と叔父、あたしの3人が出席し、病院からは院長、事務長、看護士長、泌尿器科医のMが出席した。実はこの時、あたしは録音用のウォークマンを携帯していたが、病院側が最初から『カルテ等資料はすべて開示する。』という態度だったため使う必要は無かった。何故、こんな態度だったのか。多分、うちの叔父の存在が影響したのだと思う。叔父は母の末の弟で、当時隣町にある中堅どころの私立病院の事務長をしていた。そして、K病院の事務長の奥さんは、叔父が勤務する病院に看護士として働いていた。プロを相手に、変な隠し事をしない方がいいという話になったのではないだろうか。ご期待に添わなくてはならないので、うちの意見は叔父に委ねた。さてさて、どんな言い訳をするのやら。こうご期待。
May 25, 2006
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先日倉敷に行った際、映画を観ました。田舎に住む私が封切り日に観られるなんて、本当にラッキー原作は出版されて間なしに読んでいました。これが、作者の荻原浩さんとの出会いでもあったのですが、それ以来荻原ワールドにドップリハマっていますここ最近人気小説の映像化が頻繁で、本好きの者としてはあまりに安易な気がしてなりません。時には原作を凌ぐものもありますが、そんなのは本当に稀な事。ほとんどの場合イメージダウンになっているし、その最たるものは宮部みゆきさんの『模倣犯』だと、今でも思っています正直言うと、森田芳光という監督を恨んでもいます。どっかで会ったら、一発殴りたいくらいです前置きが長くなりました先日観た『明日の記憶』。素晴らしい出来でした途中ちょっとグダグダした所もありましたが、全体的にとてもレベルの高いものになっていたと思います。荻原さんも納得の仕上がりだったのでなないでしょうか。主演の渡辺謙さん、樋口可南子さんの演技も素晴らしかったですが、Dr.役の及川ミッチーがとても良かったです久々に、もう1度観たいという映画を観たような気がします。これからご覧になる方は、ハンカチでは足りないので、タオルハンカチを持参される事をお勧めします
May 25, 2006
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“ジャロって何ジャロ”に訴えられてしまいそうなので、訂正!何千里どころか、数十里位しか訪ねていないぞ。K病院から帰る道すがら、母と『あそこに入れるのは、どうだろう。』と話し合った。閉鎖病棟の後、開放病棟も見学させて頂いた。そこは4人部屋が中心で、よく言えば田舎のペンション風。ベッドはやはり、台だけの木製の物だった。開放病棟の患者さんは、気軽に売店で買い物が出来るし、お天気さえ良ければ病院の外にお散歩にも行ける。でも。。。親父はしばらく閉鎖病棟に居なくてはならないだろうし、その閉鎖病棟の印象があまりに強過ぎて、どうしたらよいものか判らなかった。帰る時院長先生から、『もし入院させる気になられたら、次回は診察という事でご本人も一緒に来て下さい。』と言われた。診察をすれば、K病院に入院しなくてはいけないだろう。迷った末、K藤ちゃん先生から教えて頂いた他の病院も見学してみる事にした。教えて頂いた数は、7~8箇所あっただろうか。でも、電話で断られる病院がほとんどだった。こちらの病状のせいでは無い。『万床で予約待ち。』というのが理由だった。結局、あと2箇所の病院に行ってみた。そこで見た現実は。まず、そこに勤務している医師達の暗さに辟易とした。『入院されても、ご本人が退院したいと希望された場合は、即迎えに来て頂きます。』2箇所とも、そういう意見だった。もちろん、患者本人にも人権があるだろう。でも、患者を家で看る事によって、家族の生活はどうなるのか。徘徊する、暴言・暴力で威圧する、そんな状態で普通の生活が営めるのか。家族だって、働かなくては食べていけない。それでも、患者の人権という一言ですまされてしまうのか。病院の施設自体、K病院とは雲泥の差があった。どちらの病院でも病棟内を見せて頂いたが、光が少ししか射さない部屋の隅にうずくまるように固まった人達の表情は、K病院で見た人達の表情より、あきらかに生気が無かった。多分、最初に見た精神科の病院がK病院だったため、衝撃が強くてちゃんとした目で見てなかったんだろうと思った。K病院は、開放病棟はもちろん、閉鎖病棟もお日様の光が射していたし、病室も清潔だった。『K病院にお願いしよう。』母との意見も、一致した。
May 24, 2006
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↑にも載ってる、ベーコンさん楽しみにしていたステーキで頂きましたただ切ってスパイスをかけて焼くだけ。ベーコンだから油も使わなくていいし、焼けるのもあっという間。当然、何もかけずにガブリッちょー、うめ---!!!ベーコン自体も美味しいのですが、脂身が口の中でまとわりつく嫌な感じは一切無し。もしかしたら、肉より脂の方がさらに美味しいかも上の写真は切る前に、息子に持たせたベーコン約3kgとのことでしたが、うちのは3.3kgありました。これを4等分にして、そのうちの1固まりをスライスして食べました。でも、1人2切れにしたら余っちゃったそれ位大きなベーコンです。家族5人、1人頭200円弱ですごいボリュームホント病み付きになりそうです
May 24, 2006
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(これから書くことで、該当の病気の治療・入院をされている患者さん、家族の方々が気分を害されたらごめんなさい。)資料だけではどんな病院か判らないため、時間を作って母と病院を訪ねる日が続いた。まずは、主治医から1番に勧められたK病院。取引先の社長が、ここの事務長と懇意にしているという事で、社長を交え院長先生・事務長と会って頂く事が出来た。病状の説明をすると、『それは専門医でないと改善しません。』とおっしゃった。その後入院の説明を受け、実際病室を見学させて頂く事になった。まずは閉鎖病棟から。最初はここに入って、改善の度合いによって病棟が変わって行くとの事。入り口は頑丈そうな扉で、これまた頑丈そうな鍵がかかっていた。K病院の場合、閉鎖病棟と言うのは勝手に外に出られなくなっている訳で、さらにその中に“個室”と呼ばれるものがあった。“個室”以外、病棟内は自由に行き来出来るし、当然色んな所に患者さんが歩いたり座ったりしている。あたし達が中に入ると、一斉に力のない無数の目がこちらを向いた。申し訳ないけど、ドキドキしてしまった。あたし達の周りは、屈強な体つきの男性看護士さんが囲んでくれている。でも、どこからか手が伸びて来そうで、恐怖という言葉が心を支配する。ショック・ショック・大ショック。怪我をする前からムカつく親父だったが、こんな所に入院しなければいけないのか。母も同じ事を考えているように思えた。こんな風に書いていると、いつものおちゃらけ文章と違う感じだけど、見学が進むにつれ少しずつあたしのペースを取り戻していった。そっか、個室があるって言ってたじゃん。『個室はどんな所なんですか?』先生に『見ますか?』と言われ、『ぜひ!』と答えた。差額ベッド代は今でもかかっているんだし、個室なら落ち着いて過ごせるんじゃないかな。そんな事を思いながら、個室の前に立った。扉が無かった。いや、それは正確な表現ではない。本当はあった、ただ普通の扉ではなかった。外からまる見え。しかも大きな鍵が、外からかかっている。もちろん、TVやトイレ、クローゼットなんて物は無い。殺風景な部屋にあるのは、ベッドが1台のみ。それは、病院によくあるパイプ式の物ではなくて、木製のどっしりした物。ただ、ちょっと形が変。寝る台しか無い。『ベッドの頭の所は、何にもないんですね。』と尋ねると、看護士さんは言った。『自殺防止のためです。』
May 23, 2006
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書きたい事がいっぱいで、読了本についてのコメントが随分遅くなってしまいました 『新ゴーマニズム宣言 戦争論』 小林よしのり ★★★★★昔はこのシリーズが大好きで、連載されていた雑誌も買っていたし、単行本になると即買ってました。いつからでしょうか、どうもこの方の思想について行けなくなって、全く読まなくなったのは。たまたま古本屋で105円だったのと、幻冬社から出版されていたので買ってみました。所々、正しい事を言っているのかなと思える点もあるのですが、ドン引きしちゃいましたどこかで変なスイッチが入っちゃったのかなと思えてなりません。どうしちゃったんですかね自分の意見が100%正しいと主張されるのは結構ですが、あまりに押し付けがましくて、この人の方が変な宗教の開祖みたいです。この本が出たのは8年前。今はまた、主張が変わっているのでしょうか?もう、この人の本は二度と読まないでしょうね。 『終末のフール』 伊坂幸太郎 ☆☆☆☆★仙台北部に建つ団地の中の公園。見晴らしのいい場所に作られたその公園は、多くの人の憩いの場であった。でも、今はほとんど人影もない。あの日を境に。小惑星が地球に衝突するという発表があったのは、今から5年前。人々はパニックを起こし、街中、いや世界中には暴力が溢れていた。残された時間は3年。あと3年なのか、まだ3年なのか。それぞれの家族が紡ぎ出す物語。正直言うと、苦手な作家さんです一応新作が出ると読むようにはしていますが、途中で挫折してしまった本もあるし、心から楽しめたのは1冊か2冊。でも、この作品は大好きです最期の日、あなたは誰と過ごしますか。 『鳥頭紀行ぜんぶ』 西原理恵子 ☆☆☆☆★いつもと同じく、いつものテンポで。私の心のオアシスです
May 23, 2006
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今日友人から『親父さんのだけ、別枠にして。』と言われたので、ちょこっとつついてみました。カテゴリを立てたので、以前の記事を読んでやろうと思われる方は、左端の『おマヌケ親父』をクリックして下さいませこれでいいんかい?Kくん
May 23, 2006
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今日ワイナリーに行った事は↓で書いたけど、お天気もいいのでバルサンを焚いて行く事にした。お昼前に出かければ早い時間に帰宅出来るし、それから掃除も出来ると思ったからだ。従業員さんは働いているので、親父は留守番。自宅前にある事務所に居れば、TVもあるしソファーで昼寝も出来る。そう思ってバルサンの準備をし、出かける仕度をしていたら。。。煙が出てるじゃん親父が勝手に点火しやがったーーーっ私はまだメイクもしておらず、持って行く荷物もまだ鞄に詰めて無かった。でも、もう3箇所のバルサンから、シューシュー勢い良く煙が上がっている。親父に『何しとるん!!』と言うと、水を張ったケースの中からバルサン本体を外そうとした。『あちっ』バカたれ、当たり前じゃ慌てて息子を外に出し、母と窓を閉めたり、他のバルサンも点火したりして、両手に荷物を抱えて外に出た。鼻から首筋、胸のあたりまで気持ち悪い。変な咳が出て止まらない。『あんなになるとは思わんかった。』それで済めば、警察はいらんぞ夜になっても母は頭痛を訴えるし、私も口の中がおかしい。殺されちゃうよ、全く
May 22, 2006
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それからも、親父の脱走劇は繰り広げられた。あたしや母は会社を経営しなきゃいけないし、最初に運ばれたヤブ病院との交渉や、保険の請求もしなくてはいけない。たまたま親父が入院している病院で守衛をしていた親父の同級生・Oさんに、ちょくちょく付き添いを代わって頂いていた。同級生の気安さで、どうしても監視が甘くなる。その隙を狙っては、脱走していた親父。病院前のターミナルに停まっているタクシーに乗り込んで、馴染みのスナックに行った事もある。母がタクシー会社に事情を話して、絶対乗せないよう頼んだにも関わらず、ドライバーによっては発車してしまう。『客に言われたから。』と言われればそれまでだが、あたしや母が目撃して降ろしてくれるよう直接言っているのに、知らん顔で車を走らせるドライバーもいた。それから母は、このタクシー会社を二度と使わなかった。夜母が付き添ってあたしと交代する時は、近くに住む叔母が家まで送ってくれていたのだが、時には用事で無理な時もある。そんな時、わざわざうちの町のタクシーを電話で呼んで、前述のタクシーの前でこれ見よがしに乗っていた。入院から1ヶ月が過ぎる頃、主治医のK藤先生から話があった。『頭の傷が落ち着いたら、ここで入院を続けるのは難しいので、専門の病院に移って頂きたい。』という内容だった。専門の病院というのは、精神病院だった。今まで縁のない所だったし、どうしたら良いのか途方にくれていると、先生の方から病院のリストを下さった。より良い転院先を見つける事。あたしと母の仕事が、また1つ増えた。
May 22, 2006
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で行ける場所に出来たワイナリー子供が遊べる広場も併設されているので、前から行ってみたいと思っていたのですが、休日となると田舎では珍しい大渋滞になっていたため、様子をみていました。今日は昨日の運動会の代休になったので、チャンスとばかりに、息子・母と出掛けてみました。さすがに平日とあって、道路はもちろん駐車場も空き空き入り口の写真も撮ったのですが、地名まで映ってたので却下(笑)。建物が新しいので、臭いがちょっと気になりましたでも、明るくて見やすい雰囲気。私は運転するので飲みませんでしたが、母は試飲のをごちそうになっていました。母も私と一緒でアルコールが苦手なのに、『赤も白も飲みやすくて美味しかった』と言ってました。特に白が気に入ったみたいバーベキューも出来るので、落ち着いた頃家族みんなで来ようと思います。
May 22, 2006
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看護士さんと手分けして親父を探す事になり、1人の看護士さんがもしもの事を考えて、主治医に連絡しに行った。あたしが階段を駈け降りていると、『1Fに居ました!!』と看護士さんの声。2段飛ばしで、走って行く。果たして親父の後姿が見えた。1Fのロビーで、看護士さんが『部屋に帰りましょう。』と声をかけている。私も前に回りこんで、親父の顔を見ると。。。そこにありえない物が。グルグル巻きにされた頭の包帯の所に、さっき見た筈のカトちゃん。『はあ~~~~~ぁ。』笑う前に、自分の頭を抱えてしまった。親父の後ろに、息せき切って主治医が走ってくる。『Sさん!!』叫ぶ主治医。『Sさん、部屋に戻りましょう。』と言いながら、あたしと同じように親父の前に回り込んだ。その途端、主治医が今まで見た事も無いような哀しい表情になった。もう1度『。。。Sさん、部屋に戻りましょう。』と主治医。看護士さんに促され、主治医と共に歩き出した後姿を見ながら、あたしは涙にむせんだ。それは、悲しい涙じゃなくて、笑いをこらえる涙。だって、主治医の名前“K藤さん”なんだもん!!おかし過ぎてどうにかなりそうで、体中震えていたあたしだった。
May 21, 2006
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脳の腫れの状態も良くなって来たため、主治医から頭蓋骨を戻す手術の説明を受けた。その際、親父の異常行動について質問してみた。私を妹であるH代叔母と間違えたりする幻視・幻聴は日常茶飯事だったし、もちろん“亀吉”事件についても説明した。主治医によると、アルコールが入った状態で頭部を負傷すると、そのような現象が出る事が多いという。結局酒飲みは、酒で人生を左右されるって事だ。説明を受けて間もなく、頭蓋骨は元の形に戻された。もちろん亀吉の甲羅じゃなくて、保管してあった骨で。その手術が終わっても、親父の行動は直らなかった。って言うより、ある意味パワーアップした。あたしが病室内にあるトイレに行っている間に、表から紐で閉めてあるはずのドアを、隙間から紐を外して表を徘徊するようになった。ベッドに縛られていた時の、“プリンセス天功”技炸裂!だが、大体ナースセンター手前で確保され、部屋に戻されるというパターンだった。ある日、Hさんがいつものごとく遊びに来た。親父がHさんから何かもらって喜んでいる。手元を見ると、カトちゃんぺのキーホルダー。Hさんが家族から貰った物だった。あら良かったわねと思ったのもつかの間、またあたしがトイレに行った隙に、いなくなってしまった。今度はどうやったものか、ナースステーションも潜り抜けていた。
May 21, 2006
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連日だったのが嘘のように、ピーカンの中無事運動会が開かれました我が家でカメラとか使えるのは私だけなんですが、&撮影に気をとられて、で写真撮るの忘れちゃったもちろん、デジカメで撮った画像を編集すればここにアップ出来るんですが、面倒くさいからパス朝撮った、お弁当の画像だけ入れま~す今年は役員じゃないから、ゆっくり作れると思っていたのに、朝お風呂に入ったのが間違いの元結局、開会式直前に到着でした。まっ、早い時間に場所取りにも行ったしね。小学校最後の運動会とあって、感慨深いものもありましたが、とにかく暑かった~息子も私も腕や胸元が、真っ赤ですお風呂に入るのが怖い。。。お弁当のメニューはおむすび唐揚げ(ニンニク醤油味)卵焼き(ニラ入り)蓮根キンピラ蕗の煮物ゆでカマボコ(スヌーピー)焼きベーコンパスタ(エビ・スナップえんどう・カラーピーマン)サラダ(水菜・トマト・アスパラ・ブロッコリー)デザート(ゴールデンパイン・茹でとうもろこし)
May 21, 2006
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朝早く起きてお弁当おば作らないといけません(おお~~~っ、絵文字が増えてる!!!)そのため、今日は早く寝るんだいってな訳で、早めに更新しました。多分、今日はレスとかつけられないと思われ、明日の夜になると思われ純くんになっちまっただよではでは、また明日
May 20, 2006
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付き添いのあたし達の負担も考え、病室は面会謝絶にしてもらっていた。日中付き添っているあたしは、せめてここで仕事をしようと帳簿その他を持ち込んでいたけど、部屋の中を徘徊する親父を見ていなきゃいけないので、結局仕事をするのは諦めた。狭い空間で、あたしが親父の監視以外出来る事と言えば読書くらい。イライラを収めるためお菓子を口にするようになり、ストレスも影響して恐ろしい勢いで体重が増えた。面会謝絶の張り紙を見て諦めて帰る人もいたが、中にはナースセンターまで行って面会の許可を取る人もいた。親父のお友達の皆さん。あたしが初めて会う人もいた。しかし。。。不思議な共通点というか、もしかしたら“必然”なのかもしれないが、どの人も眉毛が青い(爆)。そして、小指の長さが違うような気がするのは気のせい?一体どんな友達じゃい!!Kさんという人は、中には入らず入り口の所でひとしきり泣いて帰った。小柄ながら、髪はオールバック。もちろん、眉毛は青い。廊下を通る人達が、野次馬根性丸出しで見ている。『あたしが泣かせたんじゃないぞーーーっ!!』心の中で叫んでみる。隣町の不動産関係を牛耳っているTさんも、泣いてたな。車椅子で屋上に行った時、灰皿代わりの一斗缶に捨ててあるシケモクを集めてる親父見ながら。1番強烈だったのは、Hさん。この人はちょうど入院中で、毎日のように遊びに来てくれていた。スキンヘッドで青い眉、中途半端にパジャマを羽織って両肩のいたずら書きを見せびらかせながら歩いてたっけ。両小指はもちろん、薬指もどっかに置いて来たみたいだった。でも、とても優しくて人のいい叔父さん。話の半分以上は、あっちの世界にイッテる親父の話し相手になってくれるので、Hさんが来てくれている時は、売店などに用を足しに行けた。でも、でも、このHさんが原因で、またもやぶったまげな出来事が起こるのであった。
May 20, 2006
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私が敬愛している、@むーむーさんの日記。すごく勉強になります。内容がすごく深いんだけど、むーむーさんのキャラで深刻にならずに受け止められます。ホント、患者になってこそ判る事実もある訳で。病気しないに越したことはありませんが、専門家でない以上色々調べるなんてまず無いし。TVも重要な知識を与えてくれるけど、あまりに一方的になり易いのも現実で、それを見極める力を持たないといけませんよね。
May 20, 2006
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脳の腫れも収まり、回診の時『そろそろ頭蓋骨を戻す手術をしましょうか。』とDr.に言われた親父が、Dr.が帰ったあと『頼みがある。』と言い出した。『どうしても、先生に頼んで欲しい。』何じゃらほいと思って尋ねると、『今度頭に蓋をするんじゃったら、丈夫な物でないといけん。』へ~、へ~、それで?『家の玄関に亀の剥製が飾ってあろうが。』ありますとも、どでかいのが。『あれをここに持って来て、先生にあれの甲羅で頭に蓋をしてもろうてくれ。』なんですとーーーーーっ!!!!!おかしい、おかしいとは思っていたけど、ここまでおかしくなっていたか。でも、本人はいたって真剣。『とにかく頼むけ~、先生にゆうてくれえ。』断る!!亀の甲羅なんか、車に轢かれて潰れるわい!呆れ果てて脱力している所に、親父の末の弟であるY叔父がやって来た。血の汚さと言うか、身内の贔屓目と言うか、Y叔父は親父と話しながら『兄貴、頭がおかしくなったいうて聞いとったけど、ちゃんと話も出来るし大丈夫じゃ。えかったのう。』と言っていた。全然大丈夫ではありましぇん。そこに、町内で大きな建設会社を営む社長の奥さんが、お見舞いにやって来た。叔父はにこにこしながら、『元気になっとるから、見てやって下さい。』と奥さんに言った。奥さんも『まぁ、良かったわねぇ。』親父に声をかけた。親父は、『そうなんですわ。先生が頭に蓋をするゆうたんで、家から亀の剥製持って来て、あれの甲羅をつけてもらうんです。』と、嬉しそうに答えた。はあ~~~ぁとため息をつくあたしの視線の端に、奥さんを廊下に出しながら『すんません。まだちょっと錯乱しとるみたいです。』と慌てふためくY叔父の姿が映った。 噂の亀吉 ↓
May 19, 2006
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最近『神の手』と銘打った医療モノの特番をよくやってますよね。私自身は“未破裂脳動脈瘤・疑患者”(爆)なんで、やっぱそれ関係のものが気になります。今日放送している番組の中で、まさしく未破裂脳動脈瘤治療についてやってたんですが、前々から気になってた事があるので書いてみようと思います。昨秋私が、5ミリの未破裂脳動脈瘤があると診断された時、自分に出来うる限りのやり方で色んな事を調べました。病気についてはもちろんですが、治療法や高い治癒率を収めている病院、Dr.のお人柄など、集められるだけの情報を集めました。いささか不躾でしたが、病院やDr.個人にメールを送った事もありますし、100%お返事も頂けました。その結果、開頭クリッピングオペを選択し、私が1番望んでいたDr.に主治医になって頂く事も出来ました。私がクリッピングに決めた後、あるDr.からこんな話を聞きました。手術法を考える事も必要だけど、手術後の事も頭に入れてから選択しなくてはいけないと。クリッピングとコイリング、どちらにもメリット・デメリットがあると思いますが、本やネットで調べられるのはそこまで。私が聞いた話は、私が調べた限りでは1度も耳(目)にした事がないものでした。コイリングの場合、手術後の検査をする時は、MRIやCTでは出来ないので血管造影しか選択肢がない。教えて下さったDr.は、『毎年血管造影をするのはかなりキツいので、日頃元気でやっている患者さんは段々検査から足が遠のいてしまう。その結果、破裂してしまった患者さんをかなり見て来た。』ともおしゃってました。Dr.自身クリッピングが専門なので、あまりこの話をするとコイリング専門医から煙たがられてしまうと苦笑いされていたのですが。。。実際のところ、どうなんでしょう。コイル手術をされた方と話をした事がないので、事実関係が判らないんですよね。もちろん、そのDr.が嘘をついたなんて思っていませんが。今日放送されたコイリングの時も、そのような事には触れていませんでした。でも、もし本当であれば手術と同じ位大切な情報だと思うんですけど。検査のため、血液を100cc採るか200cc採るかというレベルの事ではないですし。実際のところどうなのか、ずっと疑問に思っています。
May 19, 2006
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仕事の方も一段落着き、日中はあたし、夜は母が付き添うようになった。怪我をする前から外面はすこぶる良く、“仏のIちゃん”と言われていた親父だったが、一歩家に入れば顔つきまで変わり、家族に対しては爪の先程の愛情も無いヤツだった。手術して1週間も経たないうちから、この性癖はさらにパワーアップした。ナースやドクターには、愛想笑いでへいこらする様子を見て、脳にしょう害を受けてもそこだけ変わらない事に驚愕した。縛られた腕を紐から外し、紙オムツまで外す親父。部屋のトイレから出た時、ベッドの横にスッポンポンの格好で立っている親父の姿は何度見た事か。おまけに、尿道から管が出てるし(爆)。『どうしても、トイレで用を足したい。』と親父がドクターに訴え、何度も紙オムツを交換する手間を考えてか、ベッドの横にポータブルトイレが設置された。また、うろつき回って転倒した時の事を心配してか、ベッドから降りる時はヘッドギアをつける事になった。ヘッドギアって、“あの”ヘッドギア。何だか悪い宗教の信者になったような親父の姿。この頃から、奇行が激しくなった。まず、ベッドから降りる時はヘッドギアを装着し、パジャマの胸ポケットには電気剃刀を入れる。そして指先確認。病室から出て行こうとするが、開かないドア。あたしと母が病院にお願いして、ドアを紐で縛り開かないようにしてもらったからだ。諦めて、ベッドに戻る親父。でも30分もしないうちに、またもやヘッドギア装着、ポケットに電気剃刀。何で電気剃刀を持つのか。あたしも疑問だったが、ある日親父にこう言われて理由が判った。『これ、充電しといてくれ。』電気剃刀を受け取ろうとすると、いきなりスイッチを入れた。ビ~~~ン!ビ~~~ン!しかもカバーも外してあるから、危ないったらありゃしない。『何なん!危ないじゃろ!!』と怒ると、『このケイタイ、数字が出んのよ。充電切れじゃろう。』と親父。思いっきり腰が砕けたあたしだった。
May 18, 2006
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最近道端でよく見かけるマーガレット大好きな花です昔、思いっきりハマったバンドが、このタイトルの曲を演っていました。ライブでもなかなか聴けない曲だった事もあり、バンドへの気持ちと同じ位思い入れがありました。絶対CD化しないと明言していたので、余計に大切に思ったかも。メンバーチェンジと共に、あっさりCDになっちゃいましたけどね(苦笑)。今日のブログのタイトルにした言葉は、その曲のサビの部分です。今日はこの言葉を手向けたい人の事を書きます。3月17日のブログで、2月にある脳外科医が亡くなっていた事を書きましたが、その先生が開設してらしたHPが、この25日に閉鎖される事になりました。先生が亡くなった後、BBSは荒れた状態になってしまい、それを目にする度辛く悔しい思いをしていました。ご存命中、私はROM専だったため、先生と直接言葉を交わす事はありませんでした。しかし、先生の冷静かつ情熱的な患者への思いは、沢山頂いたと思っています。そのHPから、多くの勉強もさせて頂きました。“患者としてどうあるべきか”放たれた強い言葉にたじろぐ事もありましたが、その言葉があったからこそ、真正面から自分の病気と向き合うことも出来たと思います。HPの閉鎖は、本当に残念です。でも、先生が蒔かれた種は、きっと色んな場所で芽を出している事と信じています。永田和哉先生、本当にありがとうございました。http://www.kt.rim.or.jp/~nagata/
May 18, 2006
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N子姉のほかにも、いろんな人にお世話になった。関西に住む、親父の妹のH代叔母ちゃんとT子叔母ちゃん、従姉妹のYちゃんも来てくれた。叔母ちゃん達が病院に来た時、親父のベッドの頭の方には、すごい張り紙がしてあった。『骨無し注意!!』この後色んな事があり過ぎて、あたしはすっかり忘れていたんだけど、この話を書くようになってYちゃんが『こんな事もあったよね。』って感じでメールをくれた。思い出して大笑いしたんだけど、Yちゃんにとっては強烈な出来事だったんだろうな。T子叔母ちゃんはしばらくこっちに居て、夜の付き添いをしてくれていた。親父の兄であるY叔父も、仕事が休みになる前夜は付き添いをしてくれたり、免許を持たない母の足代わりになってくれた。付き添う者の事も考えて、一般病棟に移る時バストイレ付きの個室にしてもらった。頭に蓋が無い(実際には人口硬膜付き)親父は、紙オムツをされ尿管にも管を入れられていた。それでも動き回ろうとするため、ベッドに手足を縛り付けられていた。しかし、器用というか何というか、ナースに縛ってもらった紐を、いとも簡単に外してしまう。ナースコールをすると即飛んで来て縛ってくれるのだけど、ナースが部屋から出た時にはもう外している。『お前はプリンセス天功かっ!!』何度心の中で叫んだ事か。しかも、悪態はつきまくる、暴力を振るおうとする。ホント、重症患者になってもサイテーな親父だった。
May 17, 2006
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どうしたんでしょうね。借りられた時は嬉しくて嬉しくて、一気読みするぞっと張り切っていたんですが。この1冊を読みきるまでに、間に何冊も軽い本を入れました『チーム・バチスタの栄光』 海堂 尊 ☆☆☆☆★東城大学医学部付属病院に新設された、チーム・バチスタ。アメリカ帰りの桐生を中心に組まれたバチスタ手術専門チームは、恐るべき成功率を上げていた。マスコミにも取り上げられ、世間から注目される人物の手術も受け持つ事になっていたチームだったが、ある日を境に不思議な現象が起こり始めた。術中死連続3件。しかも、桐生が成功を確信した後の出来事で、原因は全く判らなかった。桐生からの提案で、病院長は1人の男に内部調査を托す。グチ外来と陰口を叩かれる不定愁訴外来の責任者・田口。スタッフからの聞き取り調査を終えた直後、またもや術中に1人の患者が死んだ。犯人は誰だ。現役のDr.が書いたものだけあって、とても迫力があるし興味深い内容です。実際評価も☆4つになりました。でも何故か、サクサク読めなかったんですよね実は途中、主役だと思っていた田口が脇にまわり、とても強烈なキャラの男・厚生労働省職員の白鳥が登場します。この白鳥、実際本に書かれている容貌とは違うんですが、私の頭の中では最近よくバラエティに出ている国際弁護士。。。あの髪型に特徴のある人、何ていう名前でしたっけ?。。。あの人が浮かんでしまいました(爆)。映像化される時は、ぜひ演って頂きたいなぁ
May 17, 2006
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この時何があったか。。。詳しい事はパス!(笑)だって、マジやばいんだもん。それまで真面目に業務していたって事で、資格の取り上げや業務停止などの処分は受けなくて済んだ。これはとても有難かったけど、処理にかかった費用は4~50万位。毎月トントンで商売している超弱小会社にとって、大きな負担になった事は言うまでも無い。この不始末に対応するため、付き添い出来なかったあたし達親子のために、叔母や知人が助っ人を引き受けてくれた。特に私がもっとも信頼するN子姉の存在は、時折挫けそうになる心の支えになってくれた。姉と言っても本当の姉ではなく、ぶっちゃけて言うと叔父の元奥さん。だけど、新しい家庭を持った叔父よりも、あたしとは強い絆で結ばれている人だ。ある日、N子姉が仕事を休んで親父の付き添いをしてくれていた時の事。ナースが部屋に来て、『頭の消毒をするので、動かないように頭を支えていて下さい。』と言ったそうだ。このN子姉、根性はすわっているけど、怖いもの・痛いものが大嫌い!以前卵巣膿腫の手術をした際にも、局部麻酔なら手術を受けないと駄々をこね、同意書まで書いて全身麻酔でやってもらい、『また手術をするのは嫌だから。』と“ついでに”虫垂まで取って貰った過去がある。スプラッターものなんか絶対見ないし、出来れば血なんか一生見たくないという人だ。それなのに、それなのに。顔を背けて親父の頭を押さえていると、『ちゃんと見て下さい!』とナースに叱られ、泣く泣く患部を見た時は卒倒しそうだったらしい。しかも意識が戻ってからは、言語しょう害もなく普通にしゃべる親父の話相手もしなくてはならなかった。言葉は普通でも、内容はかなりぶっ飛び。『Nちゃん、トマトが飛びょうるで。』親父に言われ、どうしたものかと思っていたら、『見てみい、天井の所にトマトが飛びょうろうが!』と追い討ちをかけられ、挙句の果てに、『ダメじゃのう、あれが見えんのか。』と呆れられたとの事。でも、これなんか序の口で、親父のぶっ飛び言動はどんどんエスカレートして行くのであった。
May 16, 2006
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息子のお気に入りスープトマトがメインで、あとは冷蔵庫にある物を適当に。昨日は、トマトのほか玉葱・クレソン・人参・キャベツ・ウィンナ-を入れました。味付けは、ブイヨンと塩コショーのみ。そして、トマトと同じく必ず入れる物。それは、お豆腐『ええーっ』と思われた方もいらっしゃるかも。でも、本当にトマトスープと相性が良くて、美味しいんですよ多めに作って余った時は、翌日茹でたパスタを入れてもGOODトマトは出来るだけ、やわやわになった物の方がいいかも。うちは、柔らかくなって値引きされてるトマトがあると、嬉々として買ってます
May 16, 2006
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『頭蓋骨を外してあると言うのは、ボールに豆腐を入れたのと同じ状態。ひっくり返れば中身が出ます。』とは、先生の弁。しえ~~~~~、それって凄くないっすか!!!『中身(脳)が落ち着くまで、完全に蓋が出来ないんです。落ち着いたら、再手術で蓋をします。それまでは、絶対安静です。』何か大変な事になってるなと思いながらも、まだ現実として受け止められなくて、正直ボーッとしてしまった。2~3日したら一般病棟に戻すので、その時には付き添いをつけてくれと言われ、とりあえず日中はあたし、夜は母が付くことにしようと決めた。それまで、色々と片付けないといけない事があるし、少し休息を取ろうと思っていたのだが、あたし達家族はまたもや大きな嵐に飲み込まれる事となる。役所から、いきなりの電話。私達の留守中、親父が大きなヘマをやらかして、立ち入り調査が入る事になったのだ。しかもヘマの内容が最低最悪で、業務停止処分を受けるかもしれないという、大事件に発展した。あたし達がいれば、絶対100%やらない筈のヘマをやらかした親父。しかも、たまたまミスったというヘマではなく、禁止されている事だと判っていながら『バレなきゃいい。』というノリでやったのだから始末が悪い。立ち入り検査の後、そのヘマの処理をするため、沢山の手続きを早急にする必要があった。付き添いなんかとんでもない!こっちの具合が悪くなりそうな、会社の存続に関わる出来事だった。
May 15, 2006
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4月15日のブログに書いた通り、息子と母・弟とK医大の献体者の会の集まりに行って来ました。生憎のの上初めて行く場所だったので、朝8時には家を出てドキドキしながら運転したのですが、思っていたよりスムーズに着きました最初は総会があって、決算報告や役員選出、昨年度の事業内容の説明などのほか、教授による講演会も行われました。記念撮影と昼食を挟んで、午後からは昨年度献体された方々の合同慰霊祭が厳かに行われ、胸を熱くする場面もありました。医大からホテルまでが近かったので、解散した後チェックイン。本当はチボリ公園に行く予定だったのですがが止まないため、シネコンで映画を観る事にしました。それについては、また明日夕食の後、シネコンの近くにある銭湯形式の大浴場に行きました。ホテルは家族4人で1部屋、普通のユニットバスなんで、いっぺんに済ませてしまおうと思った訳ですスーパー銭湯とまではいかなかったけど、足も伸ばして入れたし満足しました。部屋に戻ってからは、みんな疲れた様子だったんで早めに就寝。。。の筈が、弟の鼾で明け方まで眠れず、翌日朝食の後ユンケルを飲んだ私です
May 15, 2006
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検査結果を知った従業員さん達は怒りまくって、『自分達で他の病院に連れて行く!!』と怒鳴ったらしい。でも泌尿器科医が、『私が付き添って行きますので、うちの救急車で搬送させて下さい。』と言って隣町の病院に運ばれたんだけど、すぐに手出し出来ない状態だったため少し様子を見る事になり、結局運ばれた翌日手術をしたという事だった。あたし達が病室を覗いた時、親父は眠っていた。とりあえず、急変する様子もないと言われ、みんなで自宅に戻った。精神・肉体共にクタクタの状態で、付き添ってくれていた叔父達に礼を言うのもそこそこに、そのまま気を失う様に眠ってしまった。翌朝、前日のパトカーの正体が判明した。どのチャンネルも、このニュース一色。九州からバスジャックした少年が、乗客を死傷させたという痛ましい事件だった。私達が空港に着いた時、隣のSAでは日本中を震撼させるような事件が起こっていただなんて。TVを見ながら、呆然とした。食事を済ませ家族みんなで病院に行くと、主治医からの説明があった。実はこの病院自体大して評判が良くなくて、私達家族は反対側の隣町にある病院にかかる事が大半だったのだけど、どこまでも悪運が強いというか、この時この病院に赴任していた脳外科のDr.2名は、若いけどとても腕が良く、そのお蔭で親父の命が助かったと言っても過言ではなかったようだ。主治医の説明によると、命は助かるが何らかの後遺症が出るだろうとの事だった。もしかすると寝たきりになるかもしれないし、案外軽いもので済むかもしれない。でも後遺症の可能性は、100%に近いと言われた。また、脳が安定するまで頭蓋骨は戻せないので、今は仮の物で蓋をしているとも説明された。『仮の物って。。。どうなってんの?』あたしの頭の中で、色んな想像がグルグルしてしまい、不謹慎だけど『プッ』と笑いが出てしまった。
May 14, 2006
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うちのキッチンの壁に飾ってある、息子から貰った手紙と絵この頃はこんなに可愛かったのに、今じゃ私に投げ飛ばされるようなヤツになっちまって(笑)。うちの息子は私のことを『はは(母)』と呼びます。息子が産まれた当時人気のあったドラマの影響、と言うより原作が好きだったんですけどね私の母親が『昔、浅丘ルリ子さんがやったドラマか映画で、ルリ子さんが“はは”って呼んでいた。』と言ってました。母も、その呼び方が気に入っていたらしく、息子と話す時は家族みんな私の事を“はは”と言います。そのうち、“ばばぁ”とか言うのかな?もちろんその時は、血を見ます(爆)。
May 14, 2006
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空港から40分。親父が入院している隣町の病院に着いた。面会時間はとっくに終わってたけど、緊急って事で入れてもらえた。この病院、一応町立の総合病院だったんだけどICUが無くて、ナースステーションの向かいの部屋に手術後の親父は居た。何でも、転倒した後タクシーの運転手さんが救急車を呼んでくれ、救急隊員に『後頭部から転落した。』と伝えてくれたのに、なぜか運ばれた先は脳外科医のいない町内の病院。タクシーの運転手さんが自宅に連絡してくれたものの留守だったため、同じ町内に住んでいる叔父の所に連絡してくれたらしい。でも診察した泌尿器科医が、『急性アルコール中毒』と診断し、翌日の夕方までほったらかしにされ、ベッドで失禁している親父に、ナースも悪態をついていたという話も聞いた。親父の様子があまりにおかしいので、翌日病院に来ていたうちの従業員さん達が、『頭の検査をしてくれ!』と病院側に詰め寄ったのに、『外来が忙しいから、夕方にならないと無理。』と突き放され、押し問答の末やっとCTを撮ると、前述の泌尿器科医は青ざめた。親父の病名は“急性アルコール中毒”なんかじゃなかった。“急性硬膜下血腫・頭蓋骨骨折・脳挫傷”平成の三之介もビックリの、豪華絢爛揃い踏みだった。
May 13, 2006
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前に書いた献体登録してある所の総会と合同慰霊祭出席のため、これから出かけます息子も連れて行くので、終了後テーマパークで遊ぼうと思っていたのですが、生憎の雨ちょっと無理みたいです映画も観る予定だったので、映画のはしごでもしようかな。ってな訳で、好評連載小説(爆)も帰宅してから書きます皆様も良い週末を写真は、うちの団地の入り口に咲いている全体としては七部咲きかな。満開になるのが楽しみです。
May 13, 2006
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とにかく安い料金でと思って、2ヶ月前発売の割引チケットを買ったのに、1年中で1番高いチケットに買い換えることになってしまった。って問題より、もっと大きな問題がっ!チケットが取れない!!地元に帰るには、羽田か千歳での乗継が必要。しかも人数は4人。さらに、黄金週間のど真ん中。当時は身の回りにネット環境が無かったため、あちこちに電話で問い合わせる効率の悪さに泣かされた。ようやく翌日の最終の便が取れ、慌しく荷物をまとめた。叔母が予約してくれていた阿寒の豪華ホテルどころか、どこにも行けず、何のこっちゃの休日終了。飛行機は無事目的地に着陸し、空港に迎えに来てくれていた叔父の車で、病院を目指した。途中、高速道路のいたるところにパトカーが。叔父の車にはチャイルドシートなんか無かったため、息子の姿が見えないように慌てて隠した。行けども行けども、パトカーが見える。『なんでこんなに居る訳?しかも夜なのに。』不思議でしょうがなかった。天と地がひっくり返るような2日間を送っていたあたし達家族は、すぐ1つ先のSAで生中継される大事件が起きているなんて、全く知らなかった。
May 12, 2006
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これは去年の夏ハマって、ずっと食卓にあがっていた物です。形で判るかな?ゴーヤのラッキョウ酢漬けゴーヤを縦半分に切って、綿と種を取り除いたら(スプーンを使うと便利♪)2~3ミリの厚さにスライスします。それをラッキョウ酢に漬け、密封すればおしまい♪鷹の爪の輪切りを入れても美味しいです。今の季節だと、常温で3日位すれば色が変わってくるので、その後は冷蔵庫へ。1週間位で食べごろになります。ゴーヤの苦味はほとんど消えるので、ゴーヤ嫌いの人でも大丈夫生協のお兄さんに食べさせてあげたらすごく気に入って、即おうちで作ったみたい(笑)。『生協のお便りにレシピ載せていいですか?』と言われ、OKしたら翌週には載ってました私は飲まないので判らないけど、ビールとかにも合うらしいです。そろそろスーパーにもゴーヤが出て来たので、今年も作ろうと思ってます。
May 12, 2006
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何であたしが『げっ!!』と思ったか。それは、日頃の親父のバカさ加減に由来する。親父の好きな物。。。それは酒。しかも、自分ではすごく酒に強いと思っていた。それは親父一人の勘違いで、あたし達から見れば完全に酒に飲まれているダメダメ野郎。おまけに外面だけはすこぶる良く、一歩家に入ればサイアクのくそ親父。もう時効だから書いちゃうけど、飲酒運転も日常茶飯事だった。だから“事故”と聞いた時、ついにやりやがったと思った訳だ。せめて一人相撲でありますように。そう願いながら、『相手は?』と尋ねた。叔父はあたしの気持ちを察したようで、『大丈夫。一人で転んだんよ。』と優しく言った。スナックのはしごをするのに珍しくタクシーに乗っていた親父は、途中もよおしてタクシーを停めてもらい下りたらしい。そこがちょうど急な坂道になっていて、下り坂に向かって後頭部から着地したのが怪我の原因だった。『これから手術になるから、出来るだけ早く帰って来て。』と叔父に言われ、電話を切った。とりあえず、母を呼び返さないと。母達が宿泊しているホテルに電話をしながら、あたしの頭の中は帰りの航空券の事でいっぱいだった。
May 11, 2006
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実家の玄関に置いていた“金のなる木”さすがにもう霜も降りないだろうって事で、外に出しました。おかげで、玄関はすっきり最初は小さかった木ですが、年々太く大きくなっています。しかし、それに反比例のお財布グリーンジャンボに賭けるしかないのだろうか
May 11, 2006
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じーちゃんちに着くと、そこも一面雪だらけ。息子は奇声を上げながら、隣に住む従兄弟の子供と雪の中を転げ回っていた。その姿を暖房の効いた部屋の窓から見ながら、あたし達は親父のいない空間を大いに楽しんでいた。思えば、親父抜きで遠出するのって初めてだったと思う。何の気兼ねもしなくていいし、ストレスも感じない。この幸せな1週間を、満喫しようと思っていた。じーちゃんちに来てから3日後の夜。母とばーちゃんは、親戚のおばちゃんと共に近場の温泉に出かけていた。ちょうど夕食のおかずを並べていた時、その電話が鳴った。あたしがとると、叔父の声。『ママさん(母)おる?』『今日は泊まりで出かけたけど。』と私。しばし無言。『・・・実は、ちょっと大変な事になったんよ。』『?・・・どしたん?』『パパさんが事故で怪我をして、これから手術になりと思う。』その言葉を聞いた瞬間、あたしは、『ゲッ!ついにやりやがった!!』と心の中で叫んでいた。
May 10, 2006
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いつも利用しているコーヒーの卸し問屋さんから、バースディカードか届きました今月、また1つ年を重ねる私あまり嬉しくはないですが、プレゼントは別物♪カードを持って行ったら、可愛い包みを頂きました家に帰って開けてみると。。。こんなに可愛いグッズが中には買おうと思っていた物もあったので、すごく嬉しかったです。コーヒーが体質に合わなくて飲めないんで、ここで買うのはリーフティーや、このブログにもよく登場するスパイス、あとは輸入物のチョコレートかな?近くにいいお店があってラッキーです
May 10, 2006
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