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先日の予想通り、この1週間で急激に円高が進んでいる。(この状況をドル安だなどと言う人はいないだろう。)昨年の大震災直後、円が一気に買われて1ドル、76.37円を記録し、大騒ぎをしたものだが、今現在それを越えて76.2円付近にいる。10月末に史上最高値となった75.56円を越えるのは今日か今週中か?10月末には、日本単独で為替介入し78-79円に戻し、しばらくはそこを維持したのだが海外から批判的な発言で、元に戻ってしまった。もっとも、批判する国は介入なしで自国の通貨を安く誘導しているのだが。やはり友愛をモットーとする方々には自分の国を守る認識に欠けているのでしょうか。通貨が高くなっている日本の状況はどうなのか。貿易収支は12年も赤字継続の見通し、輸出回復しても輸入増加31年ぶりの貿易赤字、円高や経済不安で輸出は減り、原発の停止で燃料は大幅に輸入増加、原油の価格も大幅に上昇している。月完全失業率は4.6%に悪化、有効求人倍率は上昇失業率は増加、これが米国の発表だったらドルが安くなっているのだが日本の発表は為替に関係ないらしい。平成22年基準 消費者物価指数 全国 平成23年12月分 (1) 総合指数は平成22年を100として99.4となり、前月と同水準。前年同月比は0.2%の下落となった。 (2) 生鮮食品を除く総合指数は99.6となり、前月と同水準。前年同月比は0.1%の下落となった。 (3) 食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合指数は98.6となり、前月比は0.1%の下落。前年同月比は1.1%の下落となった。相変わらずのデフレ、ここのデータをみると昨年1年間物価が前月、前年より0.3%高くなったことはないほとんどの月がマイナスである。中身をみると生鮮食品、家具家事用品、教養娯楽などは大きく低下している。こういったものを切り詰めていると言うこと?値上がりの激しい光熱費を除くとデフレは更に大きいことになる。しかも、このデータは安売り店や安売り商品は反映していないと言うから、実質の家計は相当切り詰めているということか。デフレが進めば働く人の収入も減る。(年金支給額も減る。)景気がいいとはいえない、なのに円が買われる。イスラム教では、利息などで儲けることを認めていないという、それに正反対なのが欧米の金融業界、対立するのも無理はない。為替相場は市場が決めると言うが、違う、金融緩和で巨額のお金を持ったヤカラが明らかに操作して更なる巨額の利益をあげている。まじめに商売、モノ作りをやっている人たちの障害だ。金融と言うのは働くものの影になって手助け、バックアップすべきなのだが・・・
2012.01.31
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1月16日ユーロが97円まで下がった。新聞、TVでも大きく取り上げていた。ところがここを底に1月26日102.2円まで5円の上昇。一方、ドルはしばらく76円の後半をウロウロしていたが、1月17日の76.5円から、24日の77.0円そこから2日足らずで78.3円へ。つまり、円安になったのだ。その背景に、25日発表された「2011年の貿易収支が31年ぶりの大赤字」により、円が売られ始めたのだ・・・と、まことしやかな話。ドル預金貧乏のoyajiは、やっと円安ドル高が始まって、預金の価値が少し戻ってくれると喜んだのだが・・・・ドルの価値(主要通貨に対する全体的な価値)は2011年7-8月頃を底にして、かなり高くなってきていた。(その間、ユーロは落ち続けた)そして、ドルが上がりすぎた、ユーロが下がりすぎたとして、1月13日からは一転下がり始めた。そんな状況でユーロが高くなり、円が安くなるのかとワクワクしていたら、日本の貿易収支発表の翌日26日、アメリカが低金利政策を延長するとの話。(これには、大統領選挙に向け、貿易収支を改善するためもドル安誘導という見方もある。)一転してドルは2日で78円から、元の75円後半まで戻ってしまった。更に来週は・・・・またもや円の史上最高値を狙いそうな雰囲気である。oyajiのワクワクは吹っ飛んでしまった。が、ガ、ここにはもう一つ裏話がある。ユーロが97円のころ、中国で「円を売ってユーロを買え、102.5円になる」という話が出回っていたらしい。投資好きの中国人はさぞかしこの話に乗って行動したのだろう。その通りに、ユーロは上がり円は下がる、おまけにタイミング良く、日本の貿易赤字の話が出てきた。ユーロ102.2円、目的達成とばかりに中国の投資家は買ったユーロを売り、円を買い戻した---とすればつじつまが合う。中国正月で寝ている間に5%の利益が出たのだ。こうなると、20-30年前の大蔵官僚は海外に一生懸命日本の情報を流していたと言われるが、今もそうなのかと思ってしまう。でもねー、この数ヶ月、数年間、会見の度に「日本は一時的に景気が悪いが、持ち直す、悪いのは震災・洪水・ヨーロッパのせい」と言い続け、特に何をするわけでもない人。あれをやります、これをやります、今検討中ですと言いながら、何も出来ていない人。デフレは更に進み、もう日本では生産出来ないと産業の空洞化は着々と進む。このまま、どん底まで行くしかないのでしょうか。
2012.01.28
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宝くじの1等賞金金額上限を購入額の100万倍から250万倍に引き上げると言う。1枚300円のジャンボなら上限3億円が7億5千万円になる。理由は最近宝くじの売り上げが減っているから、売り上げ増加させたいらしい。ふーん、oyajiはそんなに沢山いらないな。1億円でいい、5千万円でもいいけど・・・賞金金額が2.5倍上がると言うことは、当選確率が2.5分の1になる。それより3億円のジャンボも1億円にして確率を3倍にして欲しいな。売り上げが増えるのだろうか、1等なんてまず当たらないが、買わなきゃ当たらないと思って、小遣いの負担にならない程度でチマチマ買っている人が倍部分だと思う。当たった時の金額が増えることと、当たりにくくなることのどちらがいいだろう。oyajiは、より沢山買うことはないだろうな。3億円ジャンボが出たときは、経済成長期だから、出費も増やせたが、今の時代、日本全体の収入が毎年減っている。平均的な人は宝くじへの出費を減らすのが普通じゃないかな。このことを決めた人たちって、きっとお金が余っているんだろうな。
2012.01.28
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Vada a bordo, CAZZO! ヴァーダ・ア・ボールド、カッツオ”船に戻れ、畜生”、さっそくT-シャツが作られたと言う。CAZZO、これはいわゆる放送禁止用語で本来の意味は”畜生”よりもっと恥ずかしい言葉。40年ほど前、知り合いの”カズオ”さんがイタリアへ出張し、”私はカズオです”と自己紹介したら、イタリア人に大いに受けた(笑われた)という話を思い出した。ネットで探すと、”磯野かつお”の話も出てくる。”Isono Katsuo”=”Io sono catsuo" =”私はcazzo”oyajiもその後イタリアへ3週間出張したことがある。ベルリンの壁が壊された年だから20数年前。(日本へ帰る途中、ロンドンのホテルでTVニュースを訳も分からず観ていたのがいつ行ったかの記憶だ。)そこで痛感したのが、現地の言葉。当時、TVでイタリア語講座はなく、何の予備知識もなく出かけ、片言英語で話をしたが、街の中ではそれも通じない。少しでもイタリア語を話せたらなー、と強く感じたものだ。ただ一つ幸いなことに、oyajiの中学生の頃、カンツォーネが大流行、ジリオラ・チンクエッティ、ボビー・ソロ、ミルバ、ウィルマ・ゴイクの歌を聞き、一生懸命まねていた。そして、出張には「夢見る想い:ノ・ノ・レタ」の歌詞を持参。歓迎パーティーでは、アカペラでそれを披露した。これは大いに受け、「芸は身を助ける??」ことを実感した。そして帰国、丁度そのころからジローラモ出演のイタリア語講座が始まったので、それに飛びついたが、憶えの悪さと飽きっぽさはどうにもならない。暫くすると、ブラジルから日系2、3世が日本で働きだし、ポルトガル語が必要だな、いやいや、イタリア語、ポルトガル語と同じ系列のスペイン語だ、と齧りまくり。タイへ行けばタイ語、帰ってくれば韓流ブームで韓国語。それ以前の、ドイツ語ロシア語エスペラント語も含め齧りはするけどまともに身につかない。(英語でさえ自信がない。)でもね、完璧に身につかなくても何かをやっているとそのうちどこかでいいことがある。若い人には是非、何か新しいことにいつもチャレンジすることをお勧めする。
2012.01.22
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笑えないけど、よくある話この記事の内容は単なる例なのだがホームページで一時昨年の合格者番号発表 独協埼玉中の入試ネットで検索して、出てきたホームページを読む。なるほどと読み進むと、なんとなくおかしい。最近のことではないような・・・日付がどこにもない、記載した日が分からない。最後に5-6年前のことだと気付く(気付けばまだいいのだが)。ブログの記事には、ほとんどの運営会社が日付を自動的に付与するが、個人が作るホームページには、意図的に記入しないと日付はない。仕事で作る資料もそう。作った時はいいのだが、後になって「これはいつの話、いつのデータ?」と困ることになる。注意したいものだ。
2012.01.20
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減給以上「慎重に」 日の丸・君が代訴訟で最高裁初判断 中日新聞金築誠志=かねつき・せいし=裁判長起立しない行為は「個人の歴史観がもとであり、物理的に式典の進行を妨害しない」と指摘し、これによって「職員の身分に重大な不利益をもたらす」減給や停職の処分を科すのは「裁量権の範囲を超えており違法」だと判示した。宮川光治裁判官「不起立行為があっても式典の進行に影響はない。たとえ戒告でも、懲戒処分は重すぎ、裁量権を逸脱する」と主張した。桜井龍子裁判官懲戒処分を受けた後に不起立を繰り返すと、より処分が重くなる都の懲戒制度に触れて「減給や停職というより重い処分を機械的に科すのは、行為に対してバランスを欠き不当だ」と強調した。---以上、抜粋式典の進行を妨害したかどうかが問題ではないように思うのだが、まあそれはいい。戒告はいいけれど、減給や停職は不当だ、というのはいかがなものか。職員の身分に重大な不利益をもたらしてはいけない?それでは、戒告されようが、されまいが同じことなら戒告の意味がない。行動を改めさせたいから戒告する、それでも改めないならどうすればいいんだろう?で、「行動」なのだが、このような行動を聞いてoyajiが思うのは、あなたは人を教える立場でしょ、雇われているのでしょ、である。雇われていること(その社会・組織に属していること)の恩恵を享受しながら、そのことに反対する、いや反対する意見を述べ議論することはいい、自由を求めることもいいでしょう。しかし、社会・組織に属する以上、勝手気まま、何でもアリというのはおかしいでしょう。何かのキマリがあるだろうし、義務があるはず。「個人の歴史観」というが、教師なのだ。全くの個人としてどこかの式に参列するのとはわけが違う。生徒は教師の教えとしてその行動を見ている。どこで何をしてもいいということではなく、人に影響を与える立場だとの自覚が欲しい。キマリを教育者が率先して破ることなど示してほしくないとoyajiは思うのだ。一体どんな考えなのかと、「日の丸・君が代」強制反対 予防訴訟をすすめる会 のHPを見てみた。そこに「教育の自由裁判をすすめる会共同アピール」というのがあった。---抜粋---それでも、最高裁判決は、起立斉唱行為が国旗・国歌への「敬意の表明の要素を含む行為」であることを認めました。すなわち、起立斉唱の強制は、最高裁判決によっても、国旗・国歌への敬意の表明の強制であって、生徒と保護者等の思想良心の自由を侵害する行為であるのです。---略---学校では、自由闊達な議論を保障し、生徒と教師の主体的な人格的触れ合いを通して、子どもたちの成長をはかる必要があります。上からの命令にただ服従することからは、生徒が潜在的に持っている能力を引き出すことはできません。国際的にも共通認識になっているところですが、生徒が相互に学び合い助け合うような自由な教育環境こそが子どもたちの力を伸ばしていくのです。---後略ここでは「国旗・国歌への敬意の表明の強制」をされたくないらしい。では「表明の強制」がないとして、「敬意」についてはどうなのだろう。敬意を持とうが持つまいが、軽蔑しようが、それは思想良心の自由ということ?日本人として生まれ、日本を蔑視する、もっといえば自分という人間に生まれて自分を蔑視する、自己の存在を否定する、ということにもつながりませんか。勿論、そう思うのは自由です。しかし教育では何を教えたいのだろうか。気にいらないキマリ・約束は破りなさい、自分の自由のためには他人とキマリを作ったり、約束してはいけないということなのだろうか。この日本では「自由闊達な議論」を何ら制限はしていない。国際的にみても、自由である部分は相当に広い、自由すぎるほど自由。そして、国際的な共通認識として、自分の国(その象徴として国旗、国歌)へ敬意を払うのはどこの国でもごく普通のことだ。最近、よく思うのだが、自由とか権利とかの裏には必ず何らかの義務・犠牲がある、それを忘れて(なのか、教育のせいなのか)、義務の伴わない更なる欲望、強欲を求めすぎていないだろうか。
2012.01.17
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政治部・阿比留瑠比 首相の責任 全容解明を byサンケイ 1月8日極めて当然な主張だと思う。報道映像2011 原発事故 by oyaji 12月24日 oyajiは賛成する。何かの事故が起きれば、原因の調査を行い、この事故が再度起きないように対策を実行しなければならない。原因の調査では政府の事故調査委員会が言っていたように、「原因究明」の時に「責任追及」は避けた方がいい。正しい証言が得られなくなる。解析の手法の一つに、4M解析がある。Man人、Machine機械設備、Method方法、Management管理の4つの側面から、どこに問題があったかをしらみつぶしに調べていく。ほとんどの事故はこの4つに直接・間接の原因があるものだ。そしてそれぞれについて深く掘り下げ、根本の原因に辿り着かなければ真の対策は作れないものだ。ただ、人の側面では、その人は「なぜそうしたのか」と掘り下げる段階で、責任を追及されているように感じてしまうから厄介なのだが、対策のためには仕方がない。更に国会による事故調査委員会が調査するそうだが、対策を立案し、実行に至るには、次のステップとして、どこに責任があったのかを明らかにすべきだろう。大きな責任があればそれ相応の処分をしなければ、再発防止にはならない。また、将来起きるかもしれない、今回の事故による影響、更なる被害(あってほしくないのだが)に対しても今のうちに責任を明らかにすべきではないか。政府、会社などのトップはそれだけの責任のリスクを背負う必要があることを知らなくてはならないのではないだろうか。上に立ち、大きな力を得る、報酬を得るならば、失敗すれば得たものを失う、いや得た以上に失うのが自然なのではないだろうか。最近、強欲資本主義という言葉が気にいっている。(というか嫌悪している。)上昇しているときはトコトン利益を追い求め巨額の報酬を得て、その後失敗すればサッと抜ける。利益は私のもの、損失はあなたのものというやり方である。バブルに乗って得た利益をその後の損失のために返したのだろうか、いえ、大赤字を補てんするのは税金です。儲かるときに儲けたものは私のもの、その後出てきた損失は他の人が泣き泣きカバーしてください。色々な場面でこんなことが起きている。これってあり?もう見直す時ではないでしょうか。
2012.01.08
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昨年末、とうとうやってしまった。(ズズーンと落ち込み)クレジットカードが見つからない。一番良く使っていたヤツ。クレジットと電子マネーとマイルの3つが1つになっている、お気に入りのカード。昔はクレジットカードは極力使わないようにしていた。使いすぎてしまうかもしれない、失くして悪用されたら大変だ、とCash専門だった。ところが、ポチッポチッとInternetを見ていると、何々、Shoppingでマイルが貯まる(ギョ!)Internetのポチポチでポイントが貯まる(ギョ!)ポイントがマイルに変わる(ギョギョっ!)そうか、海外旅行へ行きたい無職のoyajiはこれを見逃す手はない。そこで長年のCash専門主義をを捨て、どうせ使うならとカード派に転向。しかし、不安は残る、その対策は?1)カード情報を手帳に記録し保管、レシートは暫くの間捨てずに保管2)カードのInternetサイトに登録、適時状況をcheck3)使った時に商品よりもカードを先に回収これで恐る恐る使っていたものだ。3)について、やっちまった経験は・はるか昔にパチンコ屋で、 店に入って1万円を機械で両替、出てきた100玉を手に台へ座る。 アレッ、お札は? アイター、1000円札9枚、100円玉10枚なのにお札を取り忘れていた。 あわてて両替機のところへ行っても、もうない。やっちまったー。・自動販売機でもやっちまったような気がする。 1000円札を入れ、100円のコーヒーを買う。 コーヒーを掴んでその場を去る。 今でこそ、数秒経過するとおつりは強制的に排出され、その音で気づくのだが、 前はレバーを操作しないとおつりが出てこなかった(と思う)。暫くは問題もなくカード生活、ポイント集めをしていたが、ある日コンビニで(別の電子マネーなのだが)、電子マネーで支払いした時、「ポイントカードはお持ちですか」ときた。「はいはい、持ってますよ」と渡して、ポイントをプラスした後レシートと共に受け取った。ここで頭の中で、カードのすり替えが起きたのである。”カードを回収済み、支払完了”電子マネーのカードを忘れたまま店を出た。幸い親切なコンビニだったので、数日後レシートを頼りにそこへ行くと、ちゃんと保管していてくれた。そんな経験がありながら、また別のカードで、別の店で同じことをやったのだ。今回、カードを失くしたのは気付いた当日か前日だ。記憶をたどり、レシートをchack。前日最後にコンビニで電子マネーを使ったレシートがある。おまけに同じように、ポイントカードを渡し、これは残っている。少なくともこの店まではカードを失くしていなかったのだ。その店へ駆け込んだが、ないという。仕方ない、その店と当日立ち寄った店に見つかったら連絡するよう頼み、紛失届と失効手続きをカード会社と警察へ連絡した。(警察は電話でも遺失物の届を受け付けてくれるが、単なる現金とか所有者が特定できないものは受け付けてくれないのですね。)その後は、カード会社のInternetサイトで使用状況をcheckしているが、かといってどうなるものでもない。クレジットにはShopping Protectionがあるので安心している、また、再発行カードにはこれまでのポイント、マイルは引き継がれるようだが、電子マネーにはチャージしたばかりだったので非常に悔しい。これは補てんされない。やはり、問題が起きないからと安心(慢心)していると、問題はいずれ起きるものだと改めて感じる。再発防止策をどうしよう。究極の対策は”カードを持たない、使わない”なのだが。
2012.01.07
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昨年、年賀状はなんとなく作ったのだが、年始のメールで「今年も激動の年になるのでしょうか」と書かれているのをみて、そうだ、今年は2012年じゃないか と、想い出した。映画「2012」は2009年にタイで、そして日本でも観たのだが、ものすごい映像だった。マヤ暦が2012年の冬至で終わっていることから、地球の終末だと一部で言われているものだが、映画の後はあまり気にもしていなかったのだが、そういえば・・・いつの世も世界の終わりとかハルマゲドンとかが出てくる。20世紀にはノストラダムスの予言、1999年の7の月が話題になったものだ、SF:サイエンスフィクションの世界ではかなり以前から題材になっていた。これも1999年が過ぎてしまうと、今度は「あれは解釈に間違いがあった、13を足し忘れていて、本当は2012なのだ」との話も出てくる。他にも20世紀末から21世紀初頭に大きな災厄、激動が起きるとした予言は多いが、SF好きのoyajiはエドガー・ケーシーの話も好きである。まだ見ぬ未来の予言よりも、生存中に奇跡のようなことを行ったことに興味を感じる。彼について書いた本(1998年発行)を今見てみると、20世紀の終わりから世界的な変化が起き、世紀末~21世紀初頭に終焉があるように書いている。この時このようなことも起きる。The greater portion of Japan must go into the sea. (これをキーワードにネット検索すると、やはり、3.11と関連づける記事が出てきた。)ここまで来ると生前の彼の業績を信奉する人も、未来の予言は別物と区別するするケースが多いようだ。世界の終焉がいつかなどと考えないにしても、最近の情勢をみるとちょっとおかしいのではないかとおぼろげに感じている人は多いと思う。天変地異は全ての事象に関して遅かれ早かれ周期性はあるのだが、いつ来るか分からないことをとやかく言っても仕方ない。ただ、人が意識して行う生活、活動に「これでいいのか」と思ってしまう。2012年は大きな転換期になるのではないか、いやそうしなくてはいけない年なのではないかと。この半世紀、多くの人は間違いなく豊かになった、一部の人は過剰なほど豊かになった。その豊かさは「浪費」を生みだし、また「浪費」ゆえにより豊かになることを前提にしているともいえる。多くの国は国力以上の国債を発行し、それをカバーするため今度はお札を大量に垂れ流し、溢れたお金が一部に集まり過剰な裕福さ・格差を生みだす。アメリカ的浪費、アメリカン・ドリームを進めてきたのだが、これを更に突き進めば、そこが世界の終焉かもしれない。年の初めにいやなことを思い浮かべたものだ。いよいよ暗い性格になってしまう。
2012.01.04
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この「2年間」、日本は大丈夫かと心配させられることが多かった。oyajiが歳をとったせいかもしれない。年末ふと、思い立ち、「次の正月から家に国旗を掲揚するぞ」と国旗セットを買いに行ってしまった。タイで5年弱の駐在員生活の間に、毎朝夕、テレビ・ラジオで流れる国歌を聞き、タイ国旗を見て、映画館では上映前の国王の映像に起立し、タイ国民の仏教に対する信仰、国王に対する思いを強く感じ、それを日本と重ねてみてきたせいなのか。ニュース番組に興味を持ったり、新聞の1、2、3面を読んでみたり、これも今の政権に不甲斐なさを痛感させられたせいなのか。加えて、津波のこと、原発事故のこと。国外をみても、異常な経済、格差への不満の爆発。数年前からは想像もしなかったことばかり。oyajiが国とか国旗を一度考え直してもいいのではないかと、思ったのも数年前には想像してなかった。犬の「スピッツ」を見なくなったように、国旗もいつからかあまり見なくなった。思い返すと、子供の頃は我が家も周りの家も祝日には玄関先に日の丸を掲げていた。小学校では御用列車が通るときには日の丸の小旗振るため全校生徒が線路脇に並んだものだ。それ以降は、段々と日の丸に出会う機会が減って行ったようだ。せいぜいオリンピックなどのスポーツの国際大会でお目にかかるしか憶えがない。日本という国を誇りに思ってもいいと思う(運営の仕方に問題はあるかもしれない)、日本文化、日本語も誇るべきものだ(漢字、ひらがな、カタカナの使い分けはすばらしい)。過去の戦争犯罪がどうのこうのと言われるが、過去の事実を正しく認識し改めるべきところは改めることは大事だ。しかしあまりにも自虐的になる必要はない。やはりもう一度日本国民であることを考えよう・・・と、ホームセンターで国旗セットを買ってきた。マグネット式・マンションにもピッタリな国旗セット!日本国旗セット・L[マンション設置用・Lタイプ・テトロン国旗]あす楽対応祝祭日には国旗を掲げましょう。【日本国旗】国旗セット(70cm×105cm・金巾木綿)【領収書発行】【あす楽対応_東北】【あす楽対応_関東】【あす楽対応_甲信越】【あす楽対応_北陸】【あす楽対応_東海】【あす楽対応_近畿】今朝、犬の散歩に行くと静まり返っているが国旗は見かけない。子供のころは沢山の国旗を見ながら、近くのお宮さんまで歩いて初詣に行ったのだが・・・・昨年最後の為替相場。ドルは再度76円台(76.9円)に逆戻り、そしてあろうことかユーロは99.6円。これは世界的に「強欲」主義、「格差拡大」が進んできたせいと言える。価値を創造せずに利益を得る、金を借りて利益になればよし、損になれば先送りして汗水たらしたところから穴埋め、これが先進国、裕福層の流行りになっている。うまくいけば発展が加速するが、下手すると負のスパイラル、このような活動が実体の経済まで足を引っ張って行く。だいたい発展するにも世界は既に飽和状態で、余地が残されていない。限られたパイを力の大きい者が食べつくすようなことはいずれ終わるしかないだろう。日本人が元々持っていた美徳が、今年こそ見直されるといいのだが。(オイオイ、oyajiよ。年の初めからぼやいていてはいけないよ。)
2012.01.01
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