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まだ使える?誕生日おめでとう。
2009/12/10
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外堀から固めると言いながらアメリカ史の本を2冊読んでいる間に浮かんだのは演劇のレポートへの自分の取り組み姿勢だった。「正攻法で行く」はっきり言ってネタが浮かんだわけではなかった。今回読んだアメリカ史の本 K大学のS先生の著作でこの先生の専門は実はアメリカ文学。そんでもって現在は法学部教授としてお仕事をされているという私のような素人目で見ると とても面白い経歴を持っておいでなのだけどやはり、専門は一つなんて 一流の世界だったら有り得ないのだろう。ぶっちゃけ楽しかった。この先生はアメリカを「物語の国」として解説してくださる。本当はもっと学術っぽい言葉を使っていらっしゃるけれども私の脳ミソでは そのように理解した。これは歴史を「体系的に」(と武漢先生が言っていた言葉はその通りだなと思うからそのまま引用させていただくんだが)その「体系的に」理解するのが苦手な私にとってものすごいわかりやすい橋渡しとなった。「ピューリタンの入植」の歴史も物語り「インディアン狩りも制圧も教育」も物語「独立宣言」も物語「奴隷制」も物語「南北戦争」も物語「共産主義との戦い」も「ベトナム戦争」も「湾岸戦争」も「9.11」に対する報復も「大統領選挙」もいつも物語りがある。根底は同じ。。。文学が専門だからこそ、この先生はこういう切り口をして下さるのだろう。他の本も読んでみたくなって借りた。春休みの楽しみだ。なにはともあれ。。アメリカ史の本がなんで 自分の演劇のレポートの「正攻法」につながったのかはよく わかんないが。。。とにかく 3作品を洗い直し、筆者自身の制作当時の状況を全て拾いなおした。打ち始めるとあっという間?でもないか。うるさいばっか。(私のタイピングはワープロというより、タイプライターのような音を立てる。なぜなら慌てん坊の焦りん坊の暴れん坊だからである。)わかんないけど 「斬る」とか「割り振る」という感覚ではなくて 「辿る」感じで書いたレポートは今回が初めてだったかも。新鮮だった。終了。期限は27日だったから、まあ良い子ちゃんかな?とは言え こんだけ騒いで やっと一つ。あと3つレポートは残っているし 期限は 30日。30日はアメリカ政治外交史の論述試験の日でもある。どっから手をつけるか わからんが 手当たり次第にやる。けど やっぱアメリカ史の本が演劇の作品吟味に生きたし、この演劇3作が またアメリカ史の理解の血肉にもなるだろう。それも濃い~!アイルランドっ血~!友よ生きてるぜ。俺は行くぜ。(なぜ俺?)明日はどうだか わからんが(笑)取りあえず一つ結果を出して1.26を迎えられそうだ。この勢いで参る。
2006/01/25
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外堀から 固めていくことにした。どっから手をつけたらいいのか わからないし繋がってないようでいて 全部繋がっているから周辺部から中心へ進もうと思う。* 政治史 奴隷制・移民・公民権運動の歴史 件の「国勢調査」の話とその周辺。 保守とリベラル・外交・ユダヤ系の存在。* 「氷屋来たる」「日陰者に照る月」「夜への長い旅路」の関連性↑ 誰とは言わないけど 氏が生涯にわたり追い続けた「女」とやらに触れねばなるまい。 。。。。か? ここに打つのもキモイけど 特に「日陰者に照る月」は最悪。 信仰の対象としての聖母マリアにではなく 生身の女性 しかも自分の恋人とする相手に「処女」で「母」を求め続ける主人公。 崇拝し その見返りに庇護されたい。どこまでもどこまでもどこまでも。 芸術・学問としては掘り下げ甲斐のある めちゃ深い作品を書く人だけど 実生活においては この人と恋愛するくらいなら自害して果てたいようなタイプだ。 一緒に死ぬのは当然お断り。 * 「青い目が欲しい」における「父に捨てられた子」 母に捨てられた子のお話は多いような気がするんだが それは たぶん もともと 父親って いても不在なところがあるから お話になりにくいのかも。。。。 父に捨てられた子に こんなにも寄り添うように描かれた作品は そう言えば 読んだことなかったかもな。。。読書量自体がまだまだ少ないが。。。 武漢先生に聞いてみるとしよう。* JJRとGとRWEの人間観・教育観の関連性 「直感と透明」 ぶっちゃけ 中心ってどれ?とりあえず 外堀は歴史だろう。歴史から片付けることにした。
2006/01/24
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正念場に突入す。未だ進む可き方角 決めること能はず。恐恐謹言。とにかく一歩も譲らない。退かない。この一年の突破口に なるか ならないかの瀬戸際。なんとしても この先に何があるのか 見極めたい。なんとしても この先で出会える人に 会ってみたい。それにしても自分のやりたいこと以外やっていないという この異常な生活。奇跡。答えを出す以外に 道はない。お礼を言っている場合でもなければ 言い訳をするような結果になるくらいなら 生きてること自体が邪魔ってもんだ。愛するとは 行動すること。尊敬する人に付いていきたい。一人の勝利が全軍の勝利につながると信じて敬愛する学友と共に 前進して行きたい。去る者は 去るだろう。止めても追っても 仕方ない。こちらが結果を出すことでしか何の説得力も 持たないだろう。必ず答えを出す。絶対に。
2006/01/23
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雪だね ふれでぃ ガールフレンドも なんだか大変なことになってるみたいだね 積もっっちゃったね~あ! そこにいたのか。。。ほ~う兄弟たちが みんないなくなっちゃったので小さく見えるね。。。 葉っぱの兄弟の変わりに白い兄弟が咲いた ちょっと 重そう足元は こんな でお肌のキメはこんな ふれでぃの ふゆ***10月の ふれでぃ は こんなで 11月の ふれでぃ は こんなでした。
2006/01/22
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ここ数日 今日 行われてしまった教職の学校カウンセリングの試験のことで手を借りたくて探していた 博士後期過程の先輩が 肝心のその試験が終了した後で LBに一人でいた私を見つけ 声をかけてくれた。先輩は ウェルテルと太宰 を そのまま地で行ってるような人なんだけど先輩の 人生と人間 というものに対する嘆きっぷりには何とも憎めない可笑しさがある。 なんだか本気で心配にはならない要素が多分にあって。そのため私は この先輩の嘆きを聞くのは決して嫌いではなかった。でも滅多に人に関心を持たない私が この先輩に興味を持ったのは先輩の文学談義の絶妙さのためだった。初めて会った時から すぐにその深さと広さに驚いた。半端じゃない量の読書をし、ものすごい深い洞察をする人で、それでいて それを話してくれる言葉は私にでさえ わかりやすく楽しい。ただし その先輩が 人の世の儚さ に言及し始めると 失礼ながら爆笑してしまうのだった。馬鹿にしているわけではなくて どう考えても どう見ても際限なく才能の塊なのにいつも悩んでいて 今にも死にそうな事を言うし、謙遜じゃなくて本当に自分に自信がないらしい。その勢いで嘆かれるから 私としては爆笑してしまうのである。なにを言ってんのじゃ?と。先輩は大真面目に本気なんだけど 私には先輩が 役者なんてタイプじゃないのにまるで戯曲でも朗読するように嘆いている姿が コメディタッチに見えてしまうのである。「ヴェニスの商人」に出てきた誰だっけ?ふさぎの虫にとりつかれているのは。。。あんな感じに見えてしまう。しかも 「勝手に悩んでろよ」と腹が立つのではなく どうにもこうにも可笑しい!ものすごい興味深い考察を淡々と話しながら、伴奏的に嘆き節が入るので程好く笑えて 本当に本当に面白いのです。文学好きなら 絶対に惹きこまれるし そうじゃなくても この人の嘆きには なんだか 「愚痴を聞かされた」 という不快感ではなく 「笑わしてくれる」雰囲気がある。けど先輩と授業以外で個人的に話す機会は一度もなかった。今日は 走って部屋に入って来てくれたのに 二つほど離れた はす向かい側の席に座るところがまたなんとも先輩らしい。Sky: ここ数日ずっと探してたんですよ。お聞きしたいことがあって。先輩: 誰にも会わないようにしていたんで。。。答えっぷりが 太宰(笑)「生まれてすみません」と言いそう。今日の嘆きは「学校カウンセリングの試験のヤマが外れてしまった」ということで 光栄にも その不安をシェアして和らげるために来てくださったようだった。先輩が どんなフレーズを発しても そこには そこはかとない憂いが漂いそれが どうしても 可笑しい。。。。すみません先輩 私は 。。。慰めるのは。。。向いてないです。。。何の話からだったか気がつくと就職の話になっていて先輩は 「就職」がしたくて 「教員」には なりたくないと言う。Sky: え?じゃ、なんで教職課程とったんすか?けど聞いても 何だか 私の記憶には残らないことを モグモグと宣っていた。よくわかんない話を聞くのは苦手なので わかる話になるように質問を変えてみた。Sky: どんな職業をなさりたいんですか?太宰尊氏: 旅行添乗員。。。は?Sky: え? ○○さん、お客さんの案内したり、場を盛り上げたりするの好きなんですか?そんな風には見えないっすけど。太宰尊氏:いや、放浪するのが好きなんで、あちこちフラフラしたいんです。誰にも煩わされずに 好きなことをして 楽をして稼ぎたいんです。Sky: (爆っ笑!!!!!!!!!!!!!!!)添乗員なんて 一番人に煩わされる仕事じゃないっすか!旅の景色なんか味わってる暇ないっすよ!愛想ふりまかなきゃリピーターのお客様なんかできないし、どう見ても ○○さん添乗員には見えないっすよ。いやいやいやいや お客さん ○○さんには 付いて行きませんって。むっつりしてそうだもん。太宰尊氏:ああ、僕はの夢はもう すべて ついえました。毎日が死との向かいあいです。死を待つだけです。僕ね、 長生きしないつもりなんですよ。僕の人生は お先真っ暗ですから。就職は たぶんできないし。僕ね 本当に心臓が 駄目なんです (胸に手を当て 伏目がちになる。。というか常に伏目がちである)Sky: (爆爆爆爆っ笑!!!!!!!!!!!!!!!!!)うをえ~っ!何ぁに言ってんすか! こんなに面白い人いないのに!旅行社には そりゃ確かに就職できないと思いますよ。○○さん どう見ても会社にいる人に見えませんもん。え~! ○○さん先生になりましょうよ! 絶ぇっ対 授業 面白いもの!旅廻りがしたいんなら 通教のスクーリングやったらいいじゃないっすか。あっちこっち行けますよ。太宰尊氏:ああ その手が あったか (遠くを見つめる眼差し)Sky:だって勉強 好きでしょう? どう見ても 本ばっか読んでるじゃないですか!仕事しながら 趣味で読んでられるタイプじゃないでしょう?太宰尊氏:僕は 駄目なんです。勉強は好きですし 本は読まないと生きていられないから 読んでいるだけです。ただ命を繋ぐために 生きるために読んでいるだけです。そのあと何だったか忘れたけど 太宰治と三島由紀夫の話をして下さった。Sky:ああいう男性の何処に女性は 惹かれるんですかね?何で 一緒に死のうなんて思った人が あんな何人もいたんだろう?太宰尊氏:彼らは。。。 彼らには「美」が わかるんです。そこに惹かれるんだと思います。僕 わかる気がするんですよね。。。あと あの 駄目なところ。。。自分とすごく 重なります。この話の続きを聞きたいのは山々だったけど 私は「1920年代のニューイングランドでの社会階層」についてのレポートを仕上げないといけなかったから 先輩が来る直前まで にらめっこしていたパソコンのディスプレイにほんの一瞬視線をはしらせたのだけどこれを 見逃す先輩ではなかった。太宰尊氏:すみません。話し過ぎました。気まずそうに立ち去る瞬間に また あの 「生まれてすみません」 の気配が。。。話したの楽しかったし もっと聞きたかったし また聞きたいと思っていることをどう伝えたらいいのか わからなかった。面白いのにな~太宰先生 どう見ても 先生だよ。先生になったら そのまんまの 嘆きキャラが 学生の人気者になると思う。
2006/01/20
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ちょっと人間関係を広げようと思った。引っ越してそろそろ一年。本当に一年経った時には、今のアパートの取り壊しでまた引越しになるんだけど、それを目前にして今回始めて、ご近所の集いに参加した。輪になって、一人ひとり何か話さないといけないんじゃないかと緊張したけどここの組織、恐ろしく人が多い。これがブロックなのか????去年の春まで所属していた地区を上回るかという人数がブロックだけでいるらしい。どうりで、地区で集る時は 本幹会場の一室で集ることになっちゃうわけだ。この人数じゃ仕方ない。で、一人一言ですらマイク持って前に出る形になっちゃうわけだ。なるほど。これが私がこの一年参加できなかった大きな理由の一つだった。会場まで行ったのだけど、襖の隙間から、一般の女子学生が全員 大広間の前に出て一人ひとりマイクを持って発言しているのを見て私は中に入れず 帰ってしまったのである。今回はブロックだったので一般のお宅だったけど朝になるとシャワーの残り湯が浴槽の中で凍る自分の安アパートから歩いていける距離のところにこんなに立派な家があるのかという超素敵なお宅だった。ていうか 歩いたことなかったから知らなかったけどここ 高級住宅地らしい。並びの家々の門構えが なんか こう。。。グレートデーン。 (←犬種)久しぶりに見る光景。部屋の後ろの方で 微生物たちが担当のおばちゃんのまわりで遊んでいる。子供ってめったに目撃しないし、まして集団でいるところなど、もっと見ない。珍しくて仕方ない。白百合のお母さんが前に出て発言するとコバンザメのようにお母さんの下半身にぴったりつかまって前に出てきて、お母さんが元の場所に戻るときは またコバンザメのように くっついて下がってゆく。面白い生き物だと思う。全部の部品が小さいけれど あんな小さい鼻の穴で呼吸ができるのは本当に神秘。正座して座ってるから 目線が同じになるので どうしても 穴に目がいってしまう。あと表皮の細胞が透明。皮下組織の色がわかる。神秘的な生物だと思う。こんなに小さいのに 紙芝居を読んでくれたんだけどもその読み方の上手いこと上手いこと。お話を わかって読んでいるし聞かせて 楽しませてくれようとしているのが わかる。実際惹きこまれてしまった。お父さんやお母さんが子供にお話を読んであげるように。きっとこの子のお父さんやお母さんがこの子に こういうふうに お話を読んで聞かせてあげたんだろうな。爪が小さくて薄い。人前に出ても震えないで読めるんだねぇ。私よか よっぽど すごいわ。。。
2006/01/19
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妹分のヤンキー姫と 院入試について語り合った。先日の日記に書いた桜竜巻姫とは別人でこっちは ヤサグレちゃんである。つまり 桜竜巻姫とは また 違う意味で 私達の間には 通い合うものがある。ヤンキー姫は 小粒なマッチョで見ていて痛快。こういう人は どっちに転んでも死なないから絶対にハッピーエンドとわかるドラマのように安心して見ていられるし激しい女性なので スリルも味あわせてくれるから楽しい。努力家。完璧主義。妥協ができず 正義感が強く 勘違いも強い(笑)嬉しいな。どんどん仲間が集まってくる。そうか君も そうなのか。とても強引で決して本来一人で勝手には決められない将来のスケジュールを期日を決めて勝手に綿密に計画を立てている。それを私に懇々と説明してくれる。面白いね。予定の実現を 祈念するもよしだけど答えはいつも 予定も計画も想像も超えている。そんなに決めてしまわないでどんなだか知らないけど出てくる道を進むのも面白いかも知れない。どっちにしても心配していないので楽しかった。自分を圧倒してくれるような人といるのは楽しい。受身でいられるのって 心が休まる。彼女の話は 無謀な確信を根拠にした生命力あふれるものばかり。それでいて必要とあらばいくらでも努力に耐え、どのようにでも発想の転換をしようという心の準備をしている。いいな。いいな。どこにいくんでも。これからが楽しみだね~。
2006/01/19
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苦手の英語言語学本当は最初から秘かにジジちゃんのヘルプを頼りにしていた。甘えてしまいたかった。めんどくさいんだもの。(ジジちゃんは、この分野の専門家)のに、結局いざとなったら 自分でできるところまで頑張った上でわからないところだけを質問しようと思っているうちに最後の最後まで、本当に勉強するのが嫌で、進度は牛歩状態だった。牛歩だし、一年ぶりにタバコまで吸っちゃったけど妥協するのだけは嫌だった。嫌いなんだけど、どうしても「答え丸教え」だけは避けたい。プライドの問題ではなくて、あまりにも過度な迷惑をかけたくなかった。それほどに、わからないことが多すぎた。学期間中、唯一、一切の予習復習をしなかったし、授業中も意識不明の重体だったから全部の復習を試験のためだけにやることになったわけである。そのため最後の最後まで単独になってしまった。化学式に見えていた語句の意味が、じっくり読んだら いくらか わかってきたけど「こいつらとは 今後一生かかわるまいよ」と、頭の中で繰り返していた。愛せない。走り出したいほどに他のことがしたくなる状態が続いた。秘かに当てにしていたヘルプは途中何度も自分からは頼めないでいたのに、ジジちゃんの方から援助を申し出てくれた。迷惑をかけたくないと思うと試験日が近づくに連れて隣のブースに座っていることもできなくなった私にジジちゃんは連日、結局当日も激励のメールを送り続けてくれた。試験は無事終了。前期の成績は学部時代から数えて約130単位のうちの3つめのCだった。今期も恐らくそんな感じだろう。本当に嫌い。。。情けないけど。あとは院の方は演劇のレポートが授業4回分と(各5枚前後×4回)エマソンで10枚、モリスンで10枚。教職の方が教育心理とアメリカ近代史。量は多くても、内容も多岐にわたっても、好きなことだから苦にはならない。ああ、さようならforever 英語言語学!と思って 歌でも歌いたい気分に浸っていたら夜になってからまた ジジちゃんから メールが来た。「大丈夫だった?」という内容。ずっと本当に心配してくれていたんだということに やっと気づいた。遅い。自分から 終わってすぐ報告しなかったことを大いに反省した。慌ててお礼の返信をしながら、この数日間で再三、受信履歴にたまっていたジジちゃんからの励ましメールを改めて読み直した。ただ 「お礼を言う」んじゃなくせめて自分のことを 思ってくれる人には 自発的に感謝の行動で応えられるようでないと。。。試験が終わったからと 自分のことばっかで喜んでる場合じゃない。友達を大切にしたいなと思った。友達は友達だ。ジジちゃんは私の面倒をみようとしてくれている。私の方が10歳も年上なのに。私は好き嫌い激しいし 短気なので誰にでも優しくはできないけれど せめて自分を大切にしてくれる人を大切にできる にんげん でありたい。
2006/01/18
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MZの本名でヤフーにメールが届いていたので何事の間違いかと思った。MZのアドレスには拒否をかけている。まさか、新しいアドレスを作ってまで???と思ったら、mixiの英語版のようなものの「マイミク」に相当する物のリクエスト。発信元が 本人の「名前」は表示されてもアドレスは そのサービスを行っている会社@.comなので、本人のアドレスを受信拒否にかけても、通過してしまうわけだった。そんなやり方があるとは気づかなかった。何を考えているのだろう?というか恐らく何も考えないで平気で こういうことができるのが彼なのだろう。腹をたてても 勘繰っても 私の発想で理解できる相手では到底ない。最初から そうだった。私の携帯宛にパソコンから 暇つぶしのメールを頻繁によこす上どうしても私が責任上 返信することが必要な内容の場合、仕方なく携帯からまどろっこしく返信を打っている間に もう次のメールをよこす。(チャット魔なので タイピングが尋常じゃなく早い)また 絶対に捨て置けないほどに私を怒らせ 確実に返信させるのも彼は巧かった。無意識だとは思うが。。。とうとう限界に達して携帯宛のメールの受信拒否をした途端に電話をかけられ、(更に新たに送信したメールがエラーになってすぐ気づいたようで、次のパソコン宛のメールの中で抗議された。 「こんなことしてると友達なくすよ。あなたの性格は友達の幅を狭めているよ」と)その電話には出ずに切り、すぐ携帯電話の着信拒否を設定している数秒の間にパソコンにメールを送ってよこし↑の文を含む批判をよこした上、そのアドレスに拒否をかけている間に、もう一つのアドレスにとどめのメールを送ってよこしていた。その最後のメールを読まなければよかったのかも知れないけれどいかんせん3年関わって、何度も切るに切れなかった間柄なので恐らくこの最後のメールを読みさえすれば その恐らく吐き気を催すであろう内容にもう二度と 自分の中に仲直りの余地を残すことはないだろうとの逆説的な思いから最後のメールを読み、実際 本当にはらわたを えぐられる思いがした。おかげで ふんぎりがついた。もう どうにでも してくれて構わないと思った。傍に来ることさえ やめてもらえるのならどれだけ憎まれても どんな誹謗中傷の噂を流されても構わないと思った。「最初に会ったときから今まで 何度も言ってきたつもりだったけど変に言葉を濁して表現した部分があって伝わらなかったのだと思う。とにかく これ以上 関わるのは非常に苦しいので電話もメールも今後一切 もう二度と勘弁してください。会って話すのも辛いです。自分が怒りで何をしでかすか わからない。私の事を 他の人に どう話してくれようと構わない。お任せします。ただ もう とにかく友達でいるのは無理です。本当に勘弁してください。」それが ちょうど一年前の1月初旬。自分が 気性が荒いようでいて それでもいったん 人間関係を作ってしまうと 究極的に邪険にはできない性格を戒めるために二度と同じ過ちを繰り返さないためにその 反吐が出るようなメールはわざと パソコンにも携帯にも保存してある。それほどに時というものは 私にとって「忘れさせる」ものだしそれほどに MZは厄介な相手であり無意識だとは思うが MZは私のそこを一番つかんでいたといえるだろう。3年間、 常に 意識的にはっきりと嫌悪の態度を取り続けた私の傍に平気でい続けることで MZは 私の傍で ものすごい不思議な位置を占めていた。まるで 公認の間柄のように。実際には 私たちは何でもなかったが 皆が私たちのことを知っていた。気を使う人まであった。MZは何に対しても一度も真剣だったことはなかったし私を暇つぶしの遊び相手に使おうとはしても 私という人間を知ろうとしたことは一度もなかった。私が知っていることを知ろうとすることだけには 異常な執着を見せた。私が持っている情報に関しては病的に執着を示し常に正確なデータを欲しがった。彼の要求は具体的で、悪びれている様子はなかった。彼が 私に助けや協力を求めたことはなかった。情報だけくれれば あとは自分でやる というスタンス。あとは 遊びの相手。おそらくMZにとっては 私は便利だったので 多少の不便(私の態度の険悪さ)は 何でもなかったのだろう。私が本気で怒れば 普通の人ならとっくに友人関係の終わりになるのにというか 人間同士 本気でキレなくたって 相性が悪いと察知すれば それ以上は近寄らないのが普通だ。しかも こちらに未練がない上 失って得はあっても損はない相手なので容赦なく拒絶したわけだけど彼は平気で簡単に謝り 動じることも 彼の方が機嫌を損ねることも一切なかった。平身低頭謝る。末っ子。とにかく とても楽しげに傍を離れない。要は 私の感情の激しさなどMZには何の意味も影響もなさなかった。そのくらい太い神経をしていた。私には MZを理解できたり共感できたことは ただの一度たりともなかった。ただ とにかく いることに 慣れてしまい拒絶することにも 怒ることにも疲れ MZの振る舞いは その間に肥大して行った。あれから一年。これが最後の亡霊だろう。久しぶりに あの 妖怪のようなメールを読み返しその文章が発する 執念の生生しさにあらためて 背筋が寒くなった。残しておいてよかった。逆説的に。こんな人は めったにいないので一年も経つと 覚えているようでいて あれだけの衝撃でさえ やはり印象が薄れていた。それにしてもすごい。「マイミク」?冗談だとしても嫌がらせだとしても本気で「友達」に登録と思っているんだとしても理解できない。喧嘩の成り立つ「嫌い」は まだ いい。ぶつけ合えば 和解の可能性もある。けど これは 本当にすごい。永遠にクロスすることのない平行線。平行ですらないだろう。ねじれの位置にいる。心して覚えておこう。最初から 関係を作ってしまわないに限る。一月は 私にとって出会いと別れの月なんだろうか。非常に 尊敬できる人との出会いもあった。思い描いていた どの理想の像とも似ているようでいて やはりオリジナルである。ああ こういう 人が 現実に アリなんだなと。。。ちょっと 人生に対して 今までになかった期待を持てた。それだけでも 感謝。これが アリなら 他にだって可能性は 無量。心の幅が広がった。せっかく 正しく生きている人たちに会えるようになってきたのだから自分も正しく潔く生きられるようになっていきたい。潔いのが 好きだ。潔いのが いい。
2006/01/17
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後輩から電話があった。恐ろしく丁寧な敬語を使う。というのも 彼女とは人の紹介を通じて大学院受験の対策について相談をうけたのが 知り合ったきっかけだった だけなのでうんと親しい間柄では まだ ないから。とても 真面目で しっかりしているので基本的には手がかからない。私と似ていて 人の手を借りるのが苦手なタイプ。一人で抱え込む。そのくせ 切羽詰ってから 突然 人に相談するためたまにしか かかってこない電話とメールはいつも パニック状態(笑)手にとるように わかる。常に奇想天外な勘違いを やらかす。致命的な(笑)壊れているのに 動こうとして 焦っている。走らないと気がすまない。自分と そっくりで 笑ってしまう。もっと便利に頻繁に声かけてくれればいいのに切羽詰ってから来るから本人も 私に ものすごい迷惑をかけているのではないかといつも 大大大 恐縮しまくりで(笑)そういうとこまで 自分と似ていて。。。全部 私自身がしてきた失敗ばかりだから慣れているんだよ。驚きもしなければ 迷惑とも思わない。あなたの話は全部、 私が やっちゃった失敗ばっかりなんです。同じ道を通ってきたんです。私の方が もっと 沢山の人 巻き込んで大騒ぎしたよ。恥ずかしがらなくていい。少なくとも 私には。。。。何も珍しいことではありません。たとえ普通の人の常識は逸していてもね(笑)早口だ。何を言ってるのか わからないよ(笑)わからないけど わかるよ。毎日会えるようになったら ゆっくり話そう。わかってるのかなあ。。。今そんなに 一杯 焦って話さなくてもこれから毎日会えるのに。その ご大層な敬語を使うのは やめて。冗談に 真剣に相槌打たなくていい。マシンガン・パニック・トークじゃなくて普通に友達に なりたいと 思ってるんですがまだ しばらくは 告白できそうもないね。私は医者じゃないしあなたは病人じゃないよ。いつも謝らなくていい。とんでもない内容だけど 電話くれたこと嬉しいのです。私の気持ちは 伝わっているのかな?あなたと一緒に勉強できる春が楽しみでなりません。桜の花の竜巻のような人。
2006/01/16
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一度 会いたいと思っていた人に出会った。予定として聞かされていなかったので驚いた。通りで見かけたことならあったのだけど直接 話を聞いたのは初めてだった。会いたいと思ったのはM父の話に よくでてきた人だったからだ。以前父は その人と同じものを守る仕事をしていた。M父によく言われたことの意味がわかった。*言っている内容は同じでも言葉遣いや 話し方の雰囲気話す順序で 相手に伝わるものが 違ってしまうんだよ。あなたは いつも 強烈な印象を放つような負の要素から 話してしまう癖があるね。あなたはユーモアのつもりなんだろうけど。あなたは その人の人間臭さ、情熱、不器用だけどまっすぐで精一杯な思いやりに共感するのでしょう?けれど あなたの 話し方だと 相手に残るのは 全身に入った刺青のインパクトだけであとの素晴らしい話が全然 頭に入らなくなっちゃうんだよ。私には あなたの言葉がわかる。あなたと同じか あなたより もっと下の世界を見てきたからだ。けれど 今 あなたの周りにいる人たちはそんなんじゃないでしょう?だから びっくりしちゃうんだよ。私の言葉を真似してはいけない。あなたは将来 教授になりたいのだから品格のある人 一流の人が どういう言葉でどういう風に話すのかよく聞いて御覧なさい。品格のある人の言葉は違うよ。一流の人の傍に傍に いきなさい。*その人は 原稿を用意してこなかった。用意してきた話を 私たちに聞かせようとはしなかった。どういう人生を歩んでこられたのだろう。私たちの 不平不満も 生意気さも 独りよがりな孤独も不器用な やり場のない一途さも 全部わかっていてそれでいて 同情するでもなければ 叱咤激励するでもない。小生意気で頭でっかちのそれでいて純情一途などうしようもない二乗軍団から どんな言葉が飛び出すか何の保障もないのにその人は私たちに 好きなことを 何でも言っていいと言った。立ち上がった二人は聞いていて こちらが赤面するような他人から見れば どうでもいいような超 個人的な 現状を訴えた。一人は 焦りと疲労、先に続くであろう困難の連続への不安、そして 自分がやるしかないと追い込まれている状況への 愚痴であり、また 悲鳴だった。一人は 敵がいなけりゃ生きていけない元気者なのにその敵がいなくなったら 次はどうしたらいいのか敵というのは最終的には どう いなくなるのかという ちょっと 面白いことを言っていたけれども 本人は真剣だったし何より 理由は何であれ それで 動けるタイプなんだから素晴らしい。世の中には こんな人もいるんだなと 思った。よく響く 良い声をしていた。どちらの悩みも訴えも 必ずしも誰にでも通じるものではなかったと思う。もともと 多数の人間がいる中で 誰か希望者の質問を受け付けるというのは質問者にとっては有意義でも 他の聴衆には意味をなさない場合もある。今回の例でいうなら、そんなに忙しいほど仕事を兼任しないタイプにとっては関係ない話しだし敵と戦うよか 自分の日々の事で精一杯なタイプには 勝手にやってろって話である。ところが今日 話を聴いた人は この二人の個人的な状況に 直接 答えはしなかった。諄諄と道理を話した。この二人の個人的な状況を入り口にしてしかし誰にでも 一生通じる道理だけ。彼ら二人を否定も批判もしなければ説教も指導もしなかった。理想も語らなければ 慰めもしなかった。策も教えなかった。ものの道理、あたりまえの過去、現在、未来を話した。誰にでも わかる すっきりした 話でありそれでいて 誰も 言われるまでは 意識しない当然のことを。努力ですべてが報われるわけでもなければ奇跡しか救いがないわけでもない。そして 刻々と 今 今 今 であり過去から未来までの永遠。道理。善にも悪にも それは普遍。誰も逃げられないし誰もが納得する。聞きたかった話が聞けて嬉しかった。揺れ動かない瞳真剣なのにどこか いたずらっぽい。それでいて 一瞬の隙も逃さない観察力。穏やかだけど 確信に支えられた強い声言っていることは 厳しいけれど角が立たない。*会って御覧なさい話せば わかるから。すっきりした人だよ。*M父が言っていたことの意味がわかった。*同じことを言っても品格のある人の言葉は違うよ。*ああ、これが そうなんだな。お上品とか言葉使いが単に丁寧とか そういうんじゃなくてなんだろう。。。説明できないけれどああこれが そうなんだなと思った。それとよほど切羽詰まってのことだったのかめったに会えない人だからこそ ここぞと思ったのかもともと勇気があるのか一本気なのかあるいは好奇心なのかわからないけれど質問をした 二人に心から感謝。どんなに ちっぽけに見えるようなことでも言うべき人に言い 答えてもらえば一人の訴えが 皆にも通じる価値になる。処理できる人の手にかかれば すべては無駄ではない。そういう意味で二人の質問の内容が どうだったかということよりも二人が 挙手して質問をしてくれたことに どれほどの大きな役割があったかをあとになってから 感じた。汚れた水に浸かっていては綺麗にはなれない歪んだ鏡を見ていては自分の姿はわからない人間という環境の 有り難味を 改めて感じた。この人たちと一緒に いさせてもらえることに感謝。動いている人には澱みがない。すっきりしている。それも 道理だ。
2006/01/15
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ちょっと著名な学者さんの話を直接 聞く機会があった。内容はアメリカの公民権運動についての話からの余談。彼は某テレビ局の解説員も務めていたという人。私は 自分の 身の程知らずな やっかみから 一通り 偉い人には とりあえず反抗的になってしまうのだけれど(年甲斐もなく申し訳ございません)それでも世間が認めているのだから、一応立派な人なんだろうと一目置くくらいのことはする。それでも びっくりしてしまった。学者って と 一括りしにては いけないけれどだって 私には敬愛する先生が 我が大学に沢山いる。それにしても 世の中には こういう人もいるんだなとびっくりしてしまった。「高校の歴史の教科書を幾つか調べましたら、アメリカでは黒人の奴隷を人間扱いしなかったと書いてあるんですけどもそれは 誤解です。独立後の最初の国勢調査の時から 全人口393万人のうち75万7千人が奴隷であるとちゃんと“人口”の中に数えていますからね。家畜や動物以下の扱いをしたというのは 間違いですよ。“人間”として数えていますから。 ちゃんと奴隷制が始まった時から」「公民権が与えられていなかったのは黒人の奴隷だけじゃないですよ。選挙権についていうなら、白人の女性だってなかったんですから黒人だけが公民権が与えられていなかったというわけではないんです」「ワシントンの周りは かつては高級住宅街だったんですが、黒人が南部から流入してきて だんだん治安が悪くなってしまったんです。レストランとかに入っても、 言ったら可哀想だけど やっぱりマナーを知らない人たちなわけですよ。そうすると白人の人たちは一緒の町で暮らすのが嫌だから引っ越して出て行ってしまうんですね。だから、ますます白人のいなくなった所に黒人が入ってくる。それでスラム化しちゃうんです。だから、今は逆差別って言う言葉もありますね。白人の人が住みにくくなってしまった。これからは黒人の人たちが 白人の人が嫌がらない街づくりをしていかという問題が出てきていますね」非常に穏やかに、上品に話す人である。ふざけたような所は微塵もない。この偉い人は。私は 呆気にとられてしまった。どういう人生を生きてこられたのだろう。。。たしかアメリカで実際に生活されていらしたはずなんだが。。。?差別とか 傲慢とか そういう次元じゃなくてイッちゃってる。。。この人は 学生に 教えるんだろうか?これをアメリカの建国からの歴史として?それにしても 人の揚げ足を取るのは簡単である。こういう人に 出会ってしまうということは私も これを 教訓に学ぶべきことが あるということ。出るところに出たら立つ所に立つ時は生身の自分が どんなに未熟であっても出た時から立った時からそれ相応の責任というものがついてまわる。言い訳は効かない。
2006/01/14
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道徳論の学習指導計画(授業のモデルプランみたいなの)題材の短編物語の展開に どうしても 甘い架空のお花畑の匂いがして年末からずっと取り組めないでいたのが 二つあった。何度読んでも腹が立つし、何度読んでも暴れてしまう。好き嫌いで教材を選んではいけないのは わかっているのだけれど公衆道徳なんて守らない人が多い世の中になって久しいのにどうしてそれを守ると 報われると想定した話を描くんだろう?こんなの本当じゃないって中学生ならわかるのに。どうして 誰も守らない道徳を 自分が守るかあるいは守らないか考えるようにしないんだろう?自分が守って 報われなかった時 それでも どうするのかどうして考えるような話にしないんだろう?ただ怒ってても それは課題が書けない言い訳にしかならないからいい加減 観念して 昨夜は ひたすら祈った。祈ったけど 祈って変われる「短気」では ないらしい(苦)とにかく字にした。朝になってからの 3時間で一気に二つ仕上げた。今、もし、私が教師だったら、こうやってしまうだろうという授業を正直にシュミレーションして。学校という集団の中で、あるいは公共の場で、道徳といったって自分でなんとかできるのは せいぜい 自分のことだけだ。まして生徒が生徒や、あるいは大人に説教や指導なんてできないし。。。「公衆」道徳といったって なんとかできるのは 自分の行動。その自分が 道徳的に動いたとて あるいは 動こうとしたとてあるいは 自分の欲望や保身の方の声にしたがったとてどっちにしても出てくる答えは 関わる相手、 タイミングによって千差万別。答えが出てしまってからの対処の仕方だって千差万別。永遠のピリオドだってあるし、敗者復活戦だってある。道徳の授業の中だけで時間内で終わるハッピーエンドのマニュアル・ドラマをみんなで読み合わせても現実社会では通用しない。道徳を諦めろと教えたいのではない。無駄だと教えたいのでもない。どういう展開になっても 自分の選択をどうするか自由だけどそれには どっちにしても責任と結果がともなうというと思うんだが。。。。やはり爆弾なのかな。。。このような題材を使ってだから これが道徳ですなんて 口が裂けてもいえない。無理だ。子供たちの実体験のほうが ずっとずっと いろんなことを知っているだろう。その中から それぞれの 失敗の答え 成功の答えを聞きたい。何を どうして そうしてそれで どう思ったのか 聞きたい。そこから 一緒に考えたいし答えなんか 決めたくない。そんな授業したら 生徒は 苦しむんだろうか?自分は 生徒を苦しめるだろうか?自分は キツすぎるんだろうか?こだわりすぎるんだろうか?まあ、教師に向いてないなら「採用」試験に落ちるだろうから心配ないか。捕らぬ狸の皮算用ってね。
2006/01/12
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...でここまで来たら覚悟だ。と思ってた。らごっちゃになってた時間割がどんどん 整っていくところを見ると今の動き方は間違ってないようだ。時間も人も 味方になってくれ始めた。このまま進めば いいらしい。まだ 無駄な動き多いけど忙しくなれば 自然と削げていくしかないだろう。ちょうどいい。やるか やらないかだけ。それにしても 学友の優秀さ 沈着さに自分を省みて 恥ずかしくなること多し。ちょと気を抜くと すぐに迷惑をかけてしまう。九思一言。ほど遠い道のりだけど 自分には絶対に必要。責任だから。それと とても大切に思うから。*と 言ってる間に 「別の試験」の勉強会日程が流れてきた。そういや この試験の 「試験日」って いつなんだろ?夏に延期になってから よくわかってなかった。*とにかく 一つ 一つ 片付けていく。早く答えが見えるのは わかりやすくて いい。
2006/01/11
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授業が始まった。なんだかんだ言って、結局、冬休みは 関係ないとわかっていて関係ない専門書(シェイクスピアとか)に かまっていたので やらないといけないことが後回しになっていた。期末試験準備、レポートetcやっと具体的な計画と初対面。把握した。AD先生と一緒にいると 目が覚める。この先生の 強引な ちょっとばかり「無理難題」が いつも 私の止まった心臓に 電気ショックを くれる(苦)御意。こういう ケツに火のついたような緊張感 好きなんだけどいいかげん卒業したいもんだね。Fの基本から立て直さないと無理と実感。いろいろなことが期限付きで迫ってきている。「あと少しは」は 自分には もうない。当面のeのこともそうだけどどのみち食うも食えないも そんなこたあ どうにでもなる自分ぶっちゃけ私は 体と金では死なないようにできている。それよか生命線のトニ・モリスン先生に出していただいた「お題」についての方向からのネタが思い浮かばないことが問題。暴れているものが何なのかはわかっている。何を出されても それで やれて 出せるようになる訓練。選んでいては 自分の範疇は超えられない。だから暴れるのだろう。まあ それも自分だから 踏み倒して進むまで。エマソン、演劇のレポートも一進一退の繰り返し。80%までは突撃して 人目を惹いた後でいつも最後の結論は逃げている。倒れるほど走っているように見せているけど、実は最後のところで「遊び」を残していること大半。死んだら後悔する。保障つき。そんなこんなで「ながら」だけど久しぶりにch、wn、utの基本を年明けから再開。まる2ヶ月くらいボロボロになっていた。。。滑り出し 重し だったけど やっと少し動き出した感じ。風は そうだこういうふうだった朝の空気はこんなで 夜は少し濡れていて冬というのは こんなふうだった そういえば。。。息を吹き返してみるとふと思うことがあるいつも本気で生きてたら どんくらい先まで行けてたんだべか?本当は 時間も 人 も 自分がキチンと動いてさえいれば もともと 味方ばかりだ。とりあえず動き出した。AD先生の年末のパワーポイントは大好評だったようで、とても嬉しい。愛した作品が喜んでもらえたら これ以上の事ってない。目に星の入った犬のように はしゃいでしまった。次の仕事「エレクトラ」をいただいた。御意。絶対に誠実な仕事で応えたい。FM先生からも、校正の仕事をいただいた。御意。歩合制なので、正確さと迅速さが要。ぶっちゃけ 稼がないと キビしい。仕事が入ったのは助かった。しかし 時間はどうなるんだ?まあ とにかく空気が旨い。死にながら生き長らえる より生き抜いて死にたい。一年経ったんだなと実感。一回りした気がする。引越しだな。まそれよか 先にごっつ お仕事片付けるなり。
2006/01/10
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Victor Hugo Les Miserables Do you hear the people sing? 列に入れよ 我らの味方に砦の向うに世界がある 戦え! それが自由への道!戦う者の歌が聞こえるか鼓動があのドラムと響き合えば 新たに熱い命が始まる明日が来た時 そうさ明日が!悔いはしない 例え倒れても 流す血潮が潤す祖国を屍越えて拓け
2006/01/09
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すこし 歩こうか信じられるのは行動だけだと 父に言われました。。。アイタタタ。。その通りだね。*愛するとは 行動すること(ビクトル・ユゴー) 学びの道 光の道 何のため 天空よりも壮大なる光景それは実に人の魂の内奥である。 *たとえ今はどんなに 寒くてもたとえ今はどんなに 小さくてもそうだね*わたしは いつも人間のよろこびを謳うただしい道をそれぬかぎり人間は実にうつくしく永遠に人間は偉大である。(ゲーテ)*愛するとは 行動すること 一番信じたくて 信じられなかったことを私が先に信じようと思う。もともと そういう約束でした。 *信じる勇気が君にある限り君が望む役割を演ずるのを何ものも阻むことはできない*そうだよね。* 思うに希望とはもともとあるものともいえぬしないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなればそれが道になるのだ。(「故郷」魯迅)どこまでも どこまでも
2006/01/05
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綾小路人妻さんから いただいた 年賀ハガキには「その 濃さ が たまらん」と 書いてあった。綾小路人妻さん ありがとう。「濃い」 私を 「たまらん」くて。そんな 。。。よく おわかりで。。。お恥ずかしいわ。貴重です。合掌。*ジジちゃんから いただいた 年賀ハガキには侍が 犬に凧をひかせながら「しっかり頼むぞ」 と言っており犬のほうも 「おぬしもな」 と ニヤッと 笑っている絵が描いてあった。やはり よく わかっておいでだ。ジジちゃんは 天才だ。「○○お さん、 出会ってから まだ一年もたっていないのに、こんなに仲良くなれると思ってなかったよ。演技派で 感情豊かな人柄に魅了されてばかり。今年も 涙あり 笑いありで どうぞよろしく。いつか 同室メンバーで ビデオ作ろう!」。。。ジジちゃんは 優しい。演技派で 感情豊か = < シナリオ通りには演らない曲者で 気性が荒いである。。。。ジジちゃん。。。敬礼。合掌。 ちゅ。 ( ← たぶん 嫌がられる)さて参ろうか。トニ・モリスン2作 連チャンで 読むのは強烈だけどこれだけの壮大なスケールでこれだけの全然違う物語 (初めて男性が主人公)しかも こんな長いのを連チャンで 創っていく この人はもっと キョーレツだ。読む方も 生きてないと読めない。呑まれると 思考も感覚も死んでしまう。命がいくつあっても 足りない。てか 一二度ひっくりかえった方が アタマましになるかもな 某の場合は。
2006/01/04
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終章:なんと言ったらいいのか わからない。あなたが選んだことだから 了解しました あなたのことは。けど 私は それ に は ついて行けません。*似たようなことは 過去にもあった。http://plaza.rakuten.co.jp/dancesinthesky/diary/200501130000/*私が望んでいる タイプ に見えるのだろう。むしろ わたしが そう仕向けたのだろう。だから こんなにも あけっぴろげなのだろう。相手は変わってもhttp://plaza.rakuten.co.jp/dancesinthesky/diary/200501140000/同じことの繰り返しhttp://plaza.rakuten.co.jp/dancesinthesky/diary/200501150000/だとすれば 原因は 私の方にある。たしかに ある。 参った。参りました。目が覚めてしまった。ずいぶんな 取引を持ちかけられたものだと思う。しかし 考えてみれば当然。これが 今の自分に おあつらえ向き そのもの。安売りの 高値買いをしていたから 決まった相場だ。あたりまえ。 行きます。先へ進みたい。これで決まった。去ろう。 目が覚めてしまったから。
2006/01/03
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第五章:(実際は元旦のつづき) *論文でものすごい忙しいんじゃなかったら行ってあげなさい。これを持って。*と父は 本社の来社記念カードを一枚わけてくれた。 *今日 本社に行ってきたよって 渡してあげなさい。私たちに会ったことは言わないで。*というわけで 実家へ向かった。自分のアパートへ着いたら始めることは 決まっていたけれど実家で どうしたらいいのか わからなかった。 *人の想いに こたえるんだよ。*父の言葉を考えていた。どうしたらいいのか わからないなら 両親の想いを聞いてみようかそんなことを急にしたら びっくりするだろうけど。。。私は実家に泊まるべきなのか日帰りにして すぐ 自分のやるべきことを開始するべきなのかそのへんが わからなかったのである。自分はどっちでもよ良かった。アパートに帰れば やることはある。実家に泊まっても 何かできることがあるならそれをする。「私、泊まっていったら何か 役に立ちますか?帰った方がいいですか?お父様、お母様?」嗚呼!マジですか。。。。実家について ドキドキしていた。なんて キリ出すか。「泊まってってさあ、里見八犬伝見て帰ればいいじゃん」私が何も言う前から 母が言った。年末に私が「里見八犬伝」を見たがっていたのを覚えていたらしい。タッキーに興味はないが仲間由紀江さん(字あってるかな?)が好きであとあの話が好きだからだ。「里見八犬伝」が今夜じゃないのは知っていたけど これで 「一泊する」と決まった。*明けて 1月2日両親とテレビを見て「電車男」のなんたるかを初めて 知った。自分のアパートにはテレビのない私は「電車男」も「ピアノ男」のように 電車の中で発見された変わった男性のニュースか何かだと思っていた。「エルメス」さん 超 綺麗。あれだけ綺麗だと 背が高くても大女とは言わない。あれは 本当に美しい。かなり惚れた。幸せになってね。ああ。。。 それにしても エルメスさん 輝くような美しさだった。父はかなり主人公の男性に感情移入したらしく 泣いていた。サーフィンの練習のシーン「そうだ 嘘を真に!」と父は泣きながら応援していたけれど 私は アレ いただけないのである。嘘は 嘘嘘から真が出ても、 最初が嘘だったことを 許せない というよりその真に 恍惚としている人が とても 気持ち悪く 見えるのである。許せない とかの問題じゃなく 価値観が違う。最初が 嘘だったという 申告さえあれば 信頼 になるんだが。。。だから結果的にあのサーフィンのシーンはあの結末だったので非常に納得した。エルメスさん 万歳。電車君も あっぱれ なり。3-6話くらいを見たらしい。最初と7話以降は知らないけど、 なんとなく どういう話なのかわかった。あとは もう やっぱり アパートに帰ったら あれをして学校に着いたら これをして ばかり考えていた。行きます。やっぱり 私は 行きたい。
2006/01/02
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第四章:(実際は元旦のつづき) 尽される側でいるのか 尽くす側に まわるのか この5年が勝負だよ。本当は訓練を受けられるのは20代のうちだ。30代は実践の中で自分のやり方を作り上げていく時期だ。あなたはスタートが遅かったから 今が その最後のチャンスだよ。40代になったらもう 来られた側も参ってしまう。SRが そうだったろう?お礼を言うのは 尽くされる側感謝し行動するのが 尽くす側だ。SRは いつもお礼と お詫びと 言い訳ばかりして あなたの邪魔をしていたろうもう 誰にも相手にされなくなったから。SRには あのTAP先生でさえも厳格だったね。プロの世界はそれだけ 厳しいんだよ。*高校教師になるなら博士号はいらないね。頑張らないといけないことは もっと他にある。それぞれ 必要な素養は 皆 違うだろう。教職課程の40万の学費が5万になったなんて感動しているようではダメなんだよ。照覧ていうのは そんなもんじゃない。本気で戦わなきゃ 照覧なんか ないよ。尽す訓練がたりないから遠回りして高校教師してから大学に来ないといけなくなるんだ。教職課程に時間をかけただけで済ませるか 実際 中学や高校で教える以外に道がなくなるかは これからの あなた次第だよ。*あなたを知っている人は皆 あなたが二つはPを取るだろうって皆思ってるよ。どの先生も言ってるよ。けど 私が一番冷めた目で見ている。あなたは確かにPは二つとるだろう。今から言っておくよ。けどLehSEになれるかどうかは 私が一番冷めた目で見ている。あなたの周りに 人に尽くす側の人が 出てこないからだ。皆 お礼は言える人達だけど。* これは 私が 最近 人の非ばかり目に付いて それが ふとまんま 自分だ と 気づいたそのこと そのもの 図星だった。この時点で 私は「年賀状」の話し以外 何も自己申告は していなかった。これを言われてやっと最近感じていたことを正直に話す勇気と機会を得た。最近 人の非ばかり あげつらっていた気がします。前よりは 「直接言う」ように だけは なりました。けど それも いつも必ずタイミングは逃すしあと、 本来は自分が動くことだった と 後になってから気づくんです。本来 私がすれば よかったことを 人がしないのを 攻めていたと あとになってからなら わかるんです。それと 相手も相手で 特徴が極まっていくのが わかります。自分そのものだと思います。 と。 *そうだね。そこまで わかってるなら 頑張れよ。Hが今、道がなくなるのはあたりまえだよ。Hのあの一言で あなたが Aに行けなくなったからだ。あなたが大学の教壇に立とうという時、留学も海外生活も経験してなかったら、気が引けるだろうに。* これに関しては 年末の院生最後の集まりで聞いた「すっきりした話」ですっきりと実感していた。Hが そうとは知らずに あの時ついた テキトーなデマを。真実は正反対だという証拠を見たから。Hには 悪意はなかった。 私が一番よく わかっているつもりだ。彼は自分が「本当」と思っていることを正直に言ったまで。ただし そこに 「実際」への 信頼も 敬意も 感謝もなかったから彼にとってはそれが 自分の「運」だったから 「実際」を知ろうとしないまま不用意に自分の意見を言ってしまったのだった。その後 彼がどういう道を歩んだかは 全部見てきた。止めようと したこともあったが 止められるようなものではなかった。彼の特徴は極まっていった。もともと力もスピードもある人だからだ。 *そうだね。あなたを知っているどの先生も言ってるよ。あなたはPを取るだろうって。普通に。けど 一番とってもクズはクズだよ。人に尽くせなきゃ使い物にならない。正月から 説教することじゃないけどね(笑)会えたから 言ってあげるよ(笑)*「いえ、今一番聞きたかったことを 言っていただけた感じです。」本気だった。ず・ぼ・し「孤独しかないですね。どこに行っても役に立てない」実感だった。 *それは違うよ。研究職になるんだったら 人に直接 尽くす行動をするより研究開発が一番大事だ。人に気なんか使ってる場合じゃない。研究で結果を出すことが 結果的に人の役に立つ。私が言っているのはあなたが 「教授」になる ということが 前提の話だよ。あなたが どうしたいのか 何になりたいかの問題だ。どっちでも間違ってはいない。どっちも大事だ。ただ、あなたが「教授」を選ぶなら あなたの生き方はまだ ぜんぜん違ったことをまっているというだけだ。*そうか。 *選ぶのは あなただよ。真剣に HBZSSM の chなさい。出てきた答えは間違いないから。*これで 進める。行きます。*祖父母を見送る時間が来た。本社前で記念撮影を手伝う。父:「女房を 連れて行ってやりたかったけど 体調が心配で連れて行ってやれなくてお父さんお母さんには申し訳ないと思っていましたが お二人が来てくださって本当に良かった。」祖母:「会えると思わなかったね。Skyちゃんにまで久しぶりに会えて」言っている間 その前からずっと育ての母は育ての祖父(実父)と手を繋いで歩いていた。とうとう 別れ際という時 「じゃあね、じゃあね」と言いながら祖父は 母(娘)の指が離せない。70代後半と40代後半の父娘。人通りの多い本社の前で母が祖父にhugをした。私たちは皆 日本人だけど この家族の間ではこの挨拶は自然。私の卒業式のときも してもらった。でも完全な外で見たのは初めて。涙が出たのは 私だった。母は祖父の頬にキスをした。美しかった。私は 血縁の父にも 育ての父にも こんなこと したことなかったな。申し訳なさでいっぱいになった。祖父が照れながらも 嬉しいのが 伝わったから。いざ、 別れるとなると 私はまた どこへ行ったらいいのか わからなかった。正直言えば 今日はこのまま この家族について行きたかった。少なくとも もう少しの間だけでも。ただ、父の言葉 *最初の感謝は 親孝行からだよ。一番 やりやすい近さだし 一番 道理だからだ。*が 気になっていた。「実行」したかったが、どうやったらいいのか わからなかった。「行く」だけなら 年末にやってしまったし 掃除も終わらせてしまった。手伝うようなこともないし 行けば 「食べて」「テレビ見て」「寝る」だけ。それが何の。。。。馬鹿だな とは思ったけど育ての父家族が 買い物に出ると知り 最早 同じ電車に乗ることも不可能とわかった瞬間質問した。SKy:「あの 正月って 実家で過ごすのか普通なんでしょうか?私は 学校に帰ってからのことばかり考えているアタマなのにそれでも 家に行ったら 親孝行になりますか?」これが 34歳、将来大学の教授を目指す人間の質問である。このHPの歴史に残しておこう。
2006/01/02
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第三章: (実際は元旦の出来事)一番最初に見つけてくださったのは 育ての母だった。「Skyちゃん!」皆が振り返った。驚いたことに 育ての祖父 育ての祖母までがいた。この祖父母の家に いきなり初対面の私が訪れて 7年前3日間 泊めていただいたのがすべての本当の始まり だった。祖父母たちも 約束をして ここで 会ったわけではないという。もう二人とも70を超えているし 簡単に こんなところまで来ることはできない。しかも娘夫婦の家に寄るつもりもなく、このまま帰るという。半日がかりで なんだろう? 新幹線じゃないと無理なんじゃないだろうか?7年前、車に乗せて連れて行っていただいた時も朝出て 夜ついた状態だった。最初の食事が天ぷらだったのを思い出す。私が緊張する時は 一緒に緊張し私が泣く時は 一緒に泣いてくれた方々だった。「あなたのこと 忘れたことなかったよ」育ての祖母が言ってくださった。嘘じゃない と わかる。自分のことを 本当に思ってくれている人は わかる。涙が溢れ出た。私も忘れたことはなかった。「この子も 今は 大学院ですよ。あの 青山の高級クラブで アカ擦りするとか言ってた子が大学院です。」育ての父の言葉で 忘れていたことを思い出した。そういや、そんなこと言ってたよな 自分。新宿の昔の仲間に 「毎日働かないでも月40万は軽い」と誘われた仕事だった。私は実際「やりたい」とは思ってなかったと言い訳したいけど 父に打ち明けたくらいだから まんざらでもなかったのだろう。それが 私の 7年前だった。「Skyちゃん、よく見つけたね」育ての母の笑う目が やさしかった。この人も いつも 私のことを わかって下さっている。私が言いたくて 言えないことを いつも 父に通訳して話してくれるのはこの母だった。。。。そりゃもう 必死で 会う と それだけ決めてきましたもの。。。。。。いつだって この父に会うときは そんな感じなんだけども。。。育ての祖父母は雪のせいで5時間 電車の(新幹線?知らない) 足止めをくらったという。だから、 祖父母たちも 娘夫婦に ここで会うとは思わなかったという。まして 私という おまけが つこうとは。父は ワインレッドのポインテッド・トウのブーツに黒地に 傍で見ないとわからない程度の白のストライプが入ったスエード調のパンツにグリーンのタートルネックのセーターにキャメルの皮ジャンという出で立ち。髪にはゴールドのメッシュが入っていた。娘さん達の調達と一目でわかるが 似合ってしまうところがこの人の凄さだ。もうすぐ50歳。一般人には見えない。。。。私の日記からも話からも この育ての父を「怖め」の人と感じている人は多いと思うし実際怖い人なのだけど この人は 洋服を選ぶ時に 必ず奥さんとお嬢さんの意見を聞き それを参考に決めている。決して、自分の意見を何事に対しても押し付けたりはしない人なのである。私が同じテーブルにつけるようにと 育ての祖父が 近くに空いていた椅子を引きずろうとしているのに気づいてやっと 自分が立ちっぱなしだったことに気づいた。慌てて自分で椅子をひっぱりテーブルについた。育ての祖父は 私の父とよく似ていて 少し白内障で膜のかかったような 薄い色の瞳をしているのだけれど 優しい。そして言葉少なに 私をじっと見る。そんな時 口元はいつも 笑っている。何か話し掛けてくださっているのだけど あまりにも静かに話されるので 少ししか聞こえないんだけど その声の優しさに ただ 涙を拭きながら わかりもしないのに ウンウン 頷いている自分だった。この家族と会うのに 化粧してくるもんじゃない。崩れる。会えた。それだけで 安心した。聞きたいことが 本当は沢山ある気がしたけど何を言ったらいいのか さっぱり わからなかった。ただ 一緒に 元旦を迎えられて今一緒にいられて まさか 祖父と祖母にまで会えてただそれだけで いっぱいだった。「すみません。今年まだ 年賀状一枚も書いてません。これから書くんです。ご挨拶遅れて 申し訳ありません」私の父への第一声は これ。どうして こう 。。。。まあ、 とにかく こんな自分です。「いいよ、年賀状はもう。 会ったんだから。一枚分 他の人に使いなさい。」私が父といる時の格好は たぶん ものすごく 変だろう。父以外 視界に入れないから(笑)一言一句たりとも逃すまいと思う。それでも いつも 忘れてしまうけれど。。。******************* 「お礼と感謝の違いは わかるか?」 *これは 昨年の大学祭の時 言われたことで 忘れていたことの一つだったと思い出した。 「お礼が言えるのが中学生、 感謝ができるのが大人だよ。」あの時は そういう話だった。お礼は「言う」こと感謝には「行動」が伴うと。。。。
2006/01/02
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第二章:自分の弱さ寒いとベッドから出にくい。こんなことで 大事な一日のスタートを遅らせたくないが朝、地元の会場で挨拶してから本社へ向かうつもりでいたのが自分の体調と 気分的に不可能と自覚。昼前に 体勢を整えて 本社へ向かった。なんだかな 自分。と思いながらも とにかく このまま会うと決めた。どうしても 進みたいから。*一人でいたかったけれど バスの道連れができた。バス停に着いたときから私は気づいていたのだけど 彼女に気づかれなかったら私は気づかないふりをするつもりだった。彼女が 私に気づいた。その人は 私が 年末 最後に出た院生の集まりで私が 納得した話を聞きながら ずっと涙を流していた人だった。バスの中 彼女の話を聞きながら 彼女の涙の理由が わかった。彼女は説明はしなかったけれど。今日 会うべくして会った 道連れだなと 不思議な縁を感じた。この女性は 答えを出す人だと感じた。会えて良かった。私も進もうと思った。彼女も本社かと思ったら、これから実家だという。理由あってのこと。言わないし 聞かないけど大事にしてください。*駅まわりも静か。電車も混んではいなかった。本社は混んでいたけれど(笑)正月は順路が決められている。いつもの場所に直行はできない。人の流れに沿って歩いた。御土産屋 通路 すべてに目を配る。会いたい。家族連れだから目立つだろう。いれば必ず見つける。 絶対に。会場についてしまった。前を見る後ろを見る横を見る。入る時も 並んでいる時も 出るときも出るために並んでいる間も。ここには いない とわかった。あきらめなかった。一箇所だけ自分の必ず挨拶に行く場所がある。ここへ来る時は毎回。それは「長身で、極度の近眼のためメガネをかけ、しわがれ声で仁丹を噛み噛み話す人」がいる 場所。そこへ 挨拶に行った。「もう一度 進ませてください」建物の中に入った瞬間見つけた。人の隙間を 席の隙間を テーブルの隙間を ただ もう 猛進した。。。。会えた。
2006/01/01
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第一章:部屋に戻ると 頭痛が風邪の予兆でないことを祈った。念には念をで ビタミン剤と ノーシンを服用。丑寅から始めた。やることは決めていた。毎年2日に行っていた本社への挨拶を1日に行く。理由は 「会う」ため。本社へは元旦には何千人の人が訪れるのだろう?知らないが。。。。「会う」約束はしなかった。忙しいのに時間を空けてもらうほど 自分 「会った」からって どうしたらいいかわからないからだ。それに正月の予定は知らない。元旦に来るのかどうかも確定はない。自分がどれだけ邪魔になるのか想像もつかない。おめおめと家になど上がれない。だから約束はしなかった。どうしても 本社で会う。一回の所要時間は おそらく 10分から15分。混雑するから 会場は「入れ替え制」だろう。館内の入り待ち、出る待ちの並んでいる時間を含め 多くて 30分。留まって 「待つ」ことも「探し回る」ことも不可能。わかりやすくていい。絶対に会う。そう決めた。それ以外に 何も考えられなかった。それだけを祈り 眠りについた。絶対に 会う。
2006/01/01
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プロローグ: 生きようと決めたものの どこから始めたら良いのか微妙で(笑)「やること」は決まっていたのだけど 身を置く「場所」が わからなかった。実家育ての両親の所友人宅どれをとっても今は腰を落ち着けられそうもなかった。どこに行っても自分は 誰のためにもならない気がして。使えないな~ 自分。そんなこんなで 人生で初めて 本当に独りで2005年を見送り2006年を迎えることにした。自習室の向かいの部屋の気配さえが 違和感があって独り外へ出た。さすがに人はいない。学内の寮生は強制退去期間(たぶん)だしさすがに正月は帰省するのが人の道なのだろう。本当に誰もいない。人がいないと この大学の広さが なおのことクローズアップされる。あの友と歩いた道あの友と話した場所あの友に見せたかった場所あの友を見送った場所今は 独り。私の携帯の時計は 私と同じく「せっかち」なので とうに 元旦の時間を刻んでいたけれど基本設定をいじりながら歩いていた一瞬時計の「自動設定」という機能があったことを 今更 発見。 それを ONにした瞬間、それが 00:00だった。時刻がリセットされたから そうなったのかと思ったら 除夜の鐘が鳴り始めたので本当に 年が今 明けたのだと わかった。ちょうど 学内で一番背の高い校舎の前に辿り着いた瞬間だった。静かで。透き通るよう。。。。いまさら報告をするまでもないですけど。。。だいぶ道草を食いました。。。。こんな自分で 申し訳ありません。。。。戦いたいです。。。。戦わせてください。学校に泊まる気はなかった。部屋で することは決まっていたのでアパートへ向かって歩いたけれど寒さと 泣いているので 頭痛がガンガンする中講堂の明かりを見上げながら 涙が流れて どうしようもなかった。じゅうぶんに道草は食った。もういい。今年の この初めを 忘れまじ と思った。
2006/01/01
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道を歩み通す人でありたい どこまでも どこまでも 歩み抜き 走りぬいて 生きたい 生きたい 生きたい 生きたい 生きよう
2005/12/31
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初めて親元を離れた18歳の時に最初に買った壁掛け時計が昏睡状態に入った。最期の鼓動を刻んでいるけれど針が指している方向はもう現実の時間の流れとは関係ない。今、何を思っているのだろう。出会いは新宿東口界隈。たくさんの平積みの中に寝ていたね。青が好きな私が、珍しく惹かれた白地に赤の縁取り。新宿で1年ちょい。悪化してゆく私を心配しながら見守りあの時は 私の代わりに私の病を吸収してあの部屋で随分いろんな種類の植物が死んでいったのもじっと見送ってくれていた。神奈川で半年日本橋で2年半上野にも1年連れて行ったし前のとこ 初めての一戸建て住まいの時はもともと部屋に備品としてついていた黒い大きな時計よりもなぜだが高みにいるような気品を称えていたね。950円で買ったのが始まりだったのに。思えば同じ時期に叔母が贈ってくれたGUCCIの腕時計より針の寿命は長かったね。注:母方の家系で下層中産階級は我が家だけ。あとは結婚式や葬式を、 その国の軍隊が手伝ってくれたりとか別の親戚は工学系学会誌に夫婦で写真入りの記事が出たり会社のパンフに顔が出るような人。他も世界を飛び回る系。日本国内派でも 家を建てたら建てたで 建築系の雑誌にその屋敷が紹介される。その屋敷のクリスマス用イルミネーションを変えたらまたその様子が載せられるような家に住んでいる。そんなふうだから 母は家系にこだわりがちだし 誇り高い。そして父にしてみれば それが苦しかっただろう。あたりまえ。小学校に通う途中で人んちの畑からイモなどを盗みながら生きてきた小作人だったから。床屋になどいけない家庭で育ったからだ。そういう叔母からの頂きもの腕時計の「グッちゃん」(←アクセントは「ちゃ」でよろしく)は今も冬眠状態。私に修理代を払う甲斐性がないから。二度目の大学の時はバーバリーの腕時計だったけど今となっては 時計に合わせて着る服に困るので「バーちゃん」もやはり冬眠している。叔母たち経由のGUCCI、セリーヌ、バリーetcの靴は、もはや履き潰し、バッグの革には全てカビが生え(今年の3月まで3年間住んでいた例の築30年余の木造一戸建てがカビ工場だった)2-3年は洗濯機で洗濯し、外気に干し、オイルを塗りなおして使おうとしたけれどもはや、そういう身分ですらないと悟り今んとこに引っ越す寸前で破棄した。話を戻す。昨日実家から帰ってきた時には、時計はもう 意味不明の時間を指しておりぼんやりと虚ろだった。電池を換えて、その時ズレていた時間を合わせようと針を動かした時「疲れたんだよ」と、短針の方は足を引きずるようだった。電池以外の寿命を考えたことのなかった私には受け入れたくない状況だったけど短針の苦しげなキシミは伝わってきた。電池のせいであって欲しい。しかし、今、はっきりと覚悟せざるをえない。今朝も、時刻を合わせ直したけれどもう違う時空をさまよっている。完全に止まってしまうのは嫌なのだろう。止まったことなんて、ないんだものね。秒針と分針はまだ体力があるようだ。おぼつかなげな様子ではあるが、静かに 噛み締めるような鼓動を刻む。15年。いくら考えても不思議なくらい、私が側にいてもストレスを感じないむしろ心安らぐ唯一の部屋の中の「赤」だった。机に向かっても、ベッドで目を覚ましても最初に目が行く位置の壁にいつも掛けてきた。画鋲一個で落ちたことはなかった。15年。今更だけど、ありがとう。。。名前を呼ぼうとして初めて名前をつけていなかったことに気付いた。すまない。動くのはもう 苦しいのかな。私はなんだか まだ 捨てたい気がしないんだが。。。
2005/12/30
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水底の声に耳を傾けなさい。心の奥底の声を聴くんだ。この子は 本当は どうしたいのか本当は 何が言いたいのか人は境涯、 育ってきた環境の言葉でものを喋るんだよ。本当に言いたい事 思っていることとその人が使える言葉 使うように育てられてきた言葉は必ずしも同じではない。だから人の言葉をそのまま受けて 自分の気持ちが揺らいではいけない。この人は 本当はどうしたいのか何を言っているのか心の声に耳を傾けるんだ。高校の文化祭で待ち合わせをした時私たち親子が 行き違いになっている様子を見て「マジー?って 叔父さんが言ってたよ!」と説明にしゃしゃり出たコギャル風の女の子は私の言葉を 正しく伝えられない。でも行き違いの私たち親子を何とか会わせてあげたい役に立ちたい という思いが「マジー?って言ってた!」という 実際はありもしない表現になるんです。不平を言う人 言い訳を言う人 その表面の言葉に とらわれてはいけない。一つ一つの言葉を あげつらうんじゃないんだよ。奥底の思いを わかろうとするのが TAP先生、KGB先生の生き方でしょう?高校を中退して郷里に帰っても「お正月は本社で会おう。 バッチリ化粧しておいで」と言えば これ以上ないくらいの銀座の姉ちゃんみたいな化粧をしてたった一人で東北地方の果てから 本社まで会いにくるためだけのためにはるばる出てくる17歳だっているんだよ。2004.10.8 M父 *子供たちの表情・態度はそのまま心の表れであるとは限らない。照れや恥ずかしさで思いとは正反対のことを表現することもある。その気持ちを どう汲み取り 対応してあげられるか。そこに信頼の絆が生まれる。2004.10.10 S.N *厳格に Fで 付き合うべきだ。どこまでも相手にchましょう と言い切っていくものだ。そんなことでストレスを溜めだけためて 矛先を弱いものに向けるのがgdです。臆病だから言えないんですよ。自身Bにならずしてはpareをだにもすくいがたし・いわうやotheをや です。30代、40代の友情。。。年を重ねていくほど生易しくはないんです。真剣で厳格になってゆくし そうあるべきです。S法の友情に浸ったり 相手に浸らせたりしていては互いの使命が消えていくし 相手はchないから かえって無慈悲になる。どんなことがあっても 本人がchようにするのが 慈悲です。chて ダメになるなら 本人の問題。chあがらない相手には もともと関わらない方がいい。本当に関わるべき相手 本当に責任を果たすべき仕事に一心不乱に H風に侵されず 専念していくことが大事だよ。2004.10.10 M父
2005/12/29
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すべて起こることは LehSEになると決めたからこそ受けるべき訓練。何があっても今は訓練を受けさせていただいている側は あなた なんだよ。あなたは今は人を訓練する立場ではない。今、人を訓練し始めてしまえば 今の位置が指導する立場としてのゴールになってしまう。指導する相手や内容のゴールにもなってしまう。プロになるまで専門分野の話で人の欠点をあげつらわないことだよ。ひけらかさないとだよ。必ず力を亡くしていくから。LehSEになるために必要な訓練をしてもらっているのだから感謝しかないんだよ。自分の時間、自分の部屋の掃除、睡眠さえもままならない程人に尽くす毎日が普通なのがLehSEだよ。TAP先生が そうだろう。TAP先生が いつか言ったな。I am at your service. (This is what it means to be a professor at this University, are you ready?)照覧を信じるんだよ。あなたが人を訓練するから 人が良くなるんじゃない。今の悩み、今の苦労に徹して尽くしていけば 必ず答えが出るのが照覧だ。人と戦って正論を言って相手を潰すのが勝利ではない。相手には相手の時があるんだよ。今やることをやらない相手は必ず それだけ悩まなければならない時が後で来る。それが照覧だよ。あなたが裁くんじゃない。いたたまれなくなるまで相手に尽くしていけば必ず良くなるか 悪はいられなくなって去っていく。尽くす時間を一生だと思うから嫌になるんだよ。長くてせいぜい5-6年です。悪ほど早く去っていく。年齢の割りに包容力がないのは 活動がわがままだからです。Z会、K会、H会、B廻り泣きを入れても 愚痴を言ってもいいから それでも 試験期間中以外はやっていかないと。LehSEになれば もっと忙しい。それにLehSEなので忙しいから 参加できません は 許されない。今から鍛錬していかないと LehSEになってから できるはずないよ。Mも相手の甘え、期待、信頼通りの行動をし尽くしている。近所の掃除だって「好きでやってるんでしょ」と思われている。頼まれれば3日間 アパートの屋根のペンキを塗り続け誰も掃除しないゴミ収集所を毎日一人で掃除している。「皆でやりうましょう」なんて呼びかけないよ。K会で「地域貢献のために皆で掃除しましょう」と皆で協議して決めても黙って聞き、意見は言わない。皆の希望通り賛成するだけです。そして その後 他の人が実際に 掃除をちゃんと やるかやらないかなど攻め立てないよ。****欠点も必ず活かせるようになる。本物になった時には 自分の欠点を笑い話にして 人を 安心させられるようになるから。人に尽くせるようになるには10年の訓練がいる。時間がかかるし一番大変なんだよ。初めは感謝などされず 文句を言われる。だから 今から訓練を受けきっていくしかないんだよ。***「わく」に はまらない人間は人から疎まれる。でも 「わく」に はまらないのは エネルギーが強いからだよ。あなたも 「わく」に はまれなかったから苦しみ「わく」に はめられ 強要されたことで 歪んだでしょう。あなたの周りに集まるのは 「わく」にはまれない人ばかりでしょう。眷属だからです。皆 「わく」に はめられるのが 苦しくて あなたの所に来る人ばかりでしょう。それなのに あなたな 「あなたの わく」にその人たちを はめようとする。あなたが一番 嫌だった事を あなたが人にしてしまう。あなたがMの所に来るのは ありのままの自分を受け入れてもらえるからでしょう。人は ありのままの自分を受け入れてもらえなければ 生きていけないよ。家族だからとか 血の繋がりの ある なし じゃない。ありのままの自分を受け入れてくれるかどうか。家族・子育て・ありのままの姿に 「規則」なんて通用しないよ。KもSも 汚しっぱなしの自分の ありのままを受け入れてもらいたいんだよ。あなたになら 甘えさせてもらえると思ったから 傍に来たんです。年齢の関係がそうさせるんだよ。受け入れられる力量がないのが あなたの所にきた あの SRの姿だね。あの年齢になったらもう どうしようもない。TAP先生、 ST先生SRと N両方を見せてもらえるのも訓練です。資質があるから会えるんだよ。頼られる、甘えられるくらいでなければ教員として無益です。だから頼られる、甘えられることを拒絶していては 将来本気で教員になりたいのか?しかもLehSEになりたいのか?と聞きたくなるよ。2004.10.6 M父***************************おいおい、だな。もう忘れてるし(苦)
2005/12/28
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ま、とにかく27日その後バスに乗ったら今度は 降車すべきバス停を 一つ通り過ぎてしまった。 旅行用スーツケースをコロコロ転がし一区間分余計に歩いた。 実家に着いて 部屋着に着替えようとしたら ジーパンのベルトを して来てなかったことに気づいた。 まあ、歩いてきた間も腰に留まっていたのだから問題ないんだが。。。 痴呆が進んできている気がする。 **************************実家に着くと、父は父で 私を見て「かあちゃん」と呼び 母は私を「M子ちゃん」「H子ちゃん」と以前からたまに呼ぶことはあったが (どちらも母の妹の名)とうとう私を「Mちゃん」と呼んだ。 「M」ちゃん」は母の弟の愛称である。 近所の「婦人」が 「寒い中、勉強頑張っているSkyちゃんに、あげて欲しい」と 黒のタイツを届けて下さったという。 黒ならいいかな?と思って広げてみたら。。。。 「前開き」だった。 前を開けるのか?私は? とうとうご近所でもこの家の「長男」と私は認識されているらしい。 私自身も含め、両親、ご近所 我がルーツは 「濃い」と再認識した帰省。
2005/12/27
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午後から実家へ向かった。 電車は急行に乗ったら降車駅で降りすごしてしまい 急行だったので、4つも先の駅まで行ってしまった。 降り損なった理由は 私が過去に数度「見切り」をつけまくった人Sからメールがあったから。ビビって。私としては驚くような内容。Sがいつも自分はテキトーこきながら、考えなしに相手に要求ばっかしたせいで。。。。と 意地の悪い言い方をすればこうなるが本当は Sは幼いので 仕方ないといえば 仕方ない。ただ そういうのを包んであげる優しさが 私には欠けているのである。その S からの電話もメールも拒否ったRさんの所に S は直接会いに行くという。「会いに行きたいが、時間的に今から行って大丈夫か?」という問い合わせメールだった。夜7時 近かった気がする。Rさんとの関係修復・新たな構築のため とは わかっていた。そこへ行くには 毎回 約5000円かかる。これは 私たちには「痛い」金額である。Sの財政的辛さは 私もよくわかっている。Sは学校へ通いながら、働きながら、実家へ仕送りもするからだ。Rさんに会うのには私自身も3ヶ月かかり頻繁に連絡を取れるまでに また1ヶ月くらいかかり「役割を超えて」もっと普通に仲良くなりたいと思って この毎月5000円をかけ始め1年半が過ぎた。というか 私が彼女の才能を必要としていたというのが 最初のきっかけ一番 正直な理由かもしれない。実際は きちんと交渉が伝わりあって 馴染むまでに1ヶ月 人前に出たくないような状態になったこともあった(笑)周りの人も皆 私を見て 「どうしたの?その姿は?」と言うくらいの。。。それでも 私は「Rさんにする」と決めたし、選んだ。本当に話ができるようになったのは あの1ヶ月の後のような気がする。もともと私は「団体行動」が苦手であり 「役割」を持つ人間としては 完全に規格外タイプなので似たタイプのRさんと親しくなることそれ自体は 連絡とれるようになってからは早かったんだけど。。。Rさんと連絡を取るのは 3月に引っ越した時点で私にとって最早「役割」ではなくなっていたが 普通に会いたいし 私自身が非常に助けられているので ずっと続いている。私は「役割」の引継ぎをして引越しはしなかった。引越しは大学院の合格が決まった4年生になった時から報告していたけれど「継ぐ相手」は私が決めることではなかったし候補が私に告げられることもなかったから。引っ越してしばらくしてSが引き継いだと聞いた時今年その後に起こったことは 逐一予想がついた。まあ、 引き受けた S も 「Sらしい」 といえば 「Sらしい」任命した側も 「らしい」 といえば 「らしい」けどSが起こす問題を 誰が収拾つけるんだろうね。その覚悟はあっての 任命なんだろうか?そう思った。それでも数度 私が一緒について廻り案内する約束が 毎回 Sの都合に合わせて組まれれば応じた。私の逐一の予想 その1 は これを スッぽかされること。案の定 スッぽかされ、 私は得意の「そら見ろ」を腹の中で繰り返した。よくもまあ SもSで懲りずに 新たな約束の依頼は Sの方から もたらされ 繰り返された。その都度 私は また ドタキャンだろうな と思いながらも OKした。そして 実際ドタキャンだったが 数度目で 実現したのが深夜 12時。「道は覚えるけど 本人には会わなくていい時間帯」だった。(Sは 夜中まで学校にいたり 働いたりしているわけではない)なるほど と思いながら Sに つきあった。このへんの 私には「したたか」と見えてしまうSの行動パターンは私の想像を超えていた。しかし今回のSからのメールと Sが実際その後 Rさんと対談したことは修羅修羅修羅~ な 私の想像を 完っ全 に 超えていた。毎月5000円の通い1年半で そこで一緒に会えるRさんまわりの友人二人も手紙をくれるまでになっていた。年明けには一緒に食事をする約束も。誘ってくれたのは あちらから。Rさんは といえば 仕事が毎晩10時前後まであるので大変な中参加できる時は チャリしか足のないドン臭い私を車に乗せてくれて 会場に連れて行ってくれるようになった。つまり私のほうが面倒を見てもらってきた。そのような人間関係を 私の顔つなぎで Sちゃんに貸してくれ と 偉めの人二人がかりで言われた時 私は 引越しから3ヶ月後の7月は受けとめて協力し9月は 同じ事をまたやるのか というか この期に及んで まだ 甘え上手の甘えん坊 S だけを庇いよほど真剣に生きているRさんとは直接の接触を持とうとすらせず 未だに私が出て行く程に状態を放置していたのかと キレ10月には 似たような別件で ブチ切れた。 その「期間」だけ体よく収め その後ずっと本気で関わる気などないのが わかっていたからだ。そして そのように はっきりと私が問い詰めたら 一人の偉めの人は 9月の件以来 私との連絡は絶ちもう一人の偉めの人は 自分自身の足で Rさんの所にも 他のお宅にもおまけに私の所まで しばしば通って下さるようになった。しかし 10月のこの判断は 私も悩み それでも どうしても 受けるのは嫌で受けないと決めた後 育ての父に報告した。今の自分のキャパでは 無理だったが 情けないと思っている。父は「大人と子供の違いってわかるか?」と私に聞いた。 私は 「一言で 全部言えないですけど 自分のことを当たり前にできて、更に人の面倒も見れることだと思います」と答えた。父は「そうだな」と答えた。自分が「至らない」から こういうことになったのは わかっていた。S の成長は S の問題だが 私が S の代わりに 受験勉強を手伝うかも知れなかった高校生は今回の試験の段階では 私以外を自分の家に上げることは ありえなかったからである。それを 偉い人たちは そのSの担当の土地での今回の受験者全部を私が集めて 勉強会を開き(どこでだよ?自分の部屋も そこにないのに)その会場の方に私がその高校生ちゃんを「連れ出せないか」そこで S と みんなの顔つなぎをしてくれないかというレベルで悩んでいたんだけども。。。私はその都合の良さにまず カチンと来て踊らされるのはご免だと思ってしまった。勉強会は 受験者さんの日程に合わせないと無理。しかも自身のそこでの経験からして全員、毎回同じ場所に集合は不可能とわかる。個別勉強になるだろう。だし、 そのほうが 入りやすい。しかしS は そこにすら 来ないだろう。ずっと 逃げてきたのだから 今更 S だって むしろ全員に取り囲まれたらいたたまれないはずだ。毎回 「急に行けなくなった」というメールが来るか あるいは「音信不通」になるだろう。いつものこと。何も状況は 変わらない。それを変えるエネルギーは 私には ない。しかし 自分の怒りで 本来自分が 個別に通いさえすれば その根性さえあれば 合格はともかく とりあえず その高校生ちゃんが 勉強だけはできたに違いないチャンスを 棄てたと言える。。。。ともかくSは着任から半年間 「通い」はせず 得意の「もらったマスメールそのまま転送」を続けまくっていた。これは 私の 逐一予想 その2 序の口だった。偉い人から夏の段階で 私が協力するための状況を中途半端に説明された時に 「実際は こうだったんじゃないですか」と 私がその 逐一予想 その2 を指摘すると偉い人は 「Sちゃんが まさかそんなことを するはずは。。。」と 言ったけれど 偉い人ご本人が Rさんのお母様に状況を伺ったところその通りの状況に お母さんも頭を悩ませていらしたところだったのでその偉い人は S の代わりに叱られた。これには同情する。状況は他の家庭でも同じだった。マスメールなんだから あたりまえ。ぶっちゃけ老いも若きも「手強い」人が多い土地だった。ほとんど皆、 修羅系。だから たまたま 私は すごく居心地良かったし すぐに馴染んだ。みんな大変な中 本気で生きていた。 暑苦しいくらいに(笑)普通の人からは 馬○丸出し と見えるかもしれない。壮絶だった。でも 本当に すごい人達だった。どこの家にも この閉鎖的な私が 上がり込んで長居をさせてもらった。一緒にいると ああ あったかい人間が ここにいるな と 思えたから。もし あそこが 神様仏様 太陽王道系 の土地だったら私の方がSちゃんよりも引きこもっただろうな。現に 今の美しく清浄な土地では 私は あんまし 動いていないのである。というか引っ越してから一回も院生以外のには出たことないのでここが どういうとこだか わかんないのである。役割もないので 甘えている部分もある。ところが今回はそのウサギのように純白なSちゃんが 自分一人で乗り込むという。痛い とても痛い 5000円をかけて。この5000円の意味は 痛い人にしかわからないと思う。だから、私はびっくりした。たとえ、これ一回きりで終わるかもしれなくてもSちゃんが、Sちゃんなりに真剣なのが伝わったから。Rさんは、私よりは若いけど Sちゃんよりはずっと年上。そして、私と似て、態度は「はっきり」としている。人の苦労、大人の裏表を子供の頃から見る環境で育ったから そのへんは私より手厳しい。人の批判ばかりして離れていても仕方ないのだけれど(これは私も同じ・反省)見えてしまうものは見えてしまうしRさんが、どう考えてもSちゃんに「ついて」などいけないのは わかる。けど、Sちゃんには恐ろしい持続力と忍耐力という武器が じつは。。。ある。そして腹黒い私たち(ごめんねRさん)と違いSちゃんには 悪意はないのである。微塵も。腹黒い人間というのは じつは これに弱い。Sちゃんがネバれば、Rさんの扉が開かないとも限らないのである。Rさんが Sちゃんについてくことは ないだろう とは 今んとこ 私の偏見では 思う。ただし、 Rさんが Sちゃんの強力を認めざるを得ない部分は出てくるだろう。Sちゃんは 健気なところがあるから。RさんがSちゃんを 「支えて」ついていくことなら 充分にあり得る。桜梅桃李。SちゃんにはSちゃんのやり方が あるわけだ。Sちゃんは、強くて優しいタイプの人に運んでもらうのが上手で(いわゆる守ってあげたくなるタイプというやつ?)私のように怖いタイプからは上手く逃げ私より更にヤバイ人に関わる時は 私を間に挟んで トンズラこきあやまりにだけは来たけれど 毎回では その「詫び入れ」も 私にはストレスでしかなかった。私の利便性を使う時は自然と 強くて優しい他の誰かを仲介に入れていることを 繰り返していたのですでに こちらから相手にする気は全く なくしていた私のところに直にメールをよこし しかもRさんの所に一人で行くという。あの社会的なことに対しては本当に内気で 人の目を見て話すことすら苦手だった Sちゃんが。なんか 腹黒いのって 絶対 体に良くない。包容力というものが 欲しい。ま、そんなふうで 電車を降り損なったわけだ。日記を書いていて 最近の自分のエネルギー不足の遠因が見えてきた気がする。。。。あ。。。。やるか(笑)そうだな、あれを やろう。
2005/12/27
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友達よ明日の夕方からとうとう実家に行ってきます。1-2泊で帰ると思います。冬休みは「休み」というより 試験準備期間状態なので。あと「ゆっくり」できない性質なので(笑)溜め込んでいた日記を いい加減 持ちきれなくなって まとめて貼り付けました。お友達によって 「あれは 載っけてね」と言ってくれた内容が違うのであと、自分にとっては 全部 残しておきたいネタなのでだいたい全部 貼り付けました。興味あるのだけ 選んで下さい。シンちゃん、 「症候群」気に入ってくれて 嬉しいです。女優さん、「父の言葉」まだ間に合いませんでしたが 「ひざの上」は 載っけたよ。*******以下 お品書き:12/3 生徒指導関連(中学・高校・専門学校生)の声に関する考察 進路に対しての不安: それを「正常」だと思います。「お茶くみさせられそうで嫌」という声: ちょいと 聞き捨てならないねえ12/6 勉強関連アメリカ文学とはなんぞや - お勧めの本をめぐって武漢先生との対談からの考察12/7 生徒指導関連結婚観について: 我が敬愛するゆかいな学友たちPAGE 1 PAGE 2君が育ててくれるとゆーんなら 子供産むまでだけでいいんなら手伝うよ?(この授業の人気のフルキャスト登場)12/9 読書?(漫画) 関係「リアル」5巻医療的な観点からの考察12/12 プライベート系Sky赤面 まさか! ひざの上で寝ていたのか???? 説明なし(笑)12/13 勉強系「青い目が欲しい」再考: びびってんなよ自分修士論文に対する決意表明同12/13 勉強系隕石再落下: ルソー・ゲーテ・エマソンが寄ってたかって落ちてくる!!なぜか 縁がある。 相変わらずなんだが。。。12/16 個人的に 教育関係今 教育とは なんぞやきりんさん、 武漢君との対談から考察過去の家庭教師ネタ 含む12/18 プライベート系母母と 語り合ったこと 母への思い12/19 プライベート系降り積もる夢の話12/20 個人的に 教育関係ジジちゃんとの対話:嫌うことについて反省きっかけはジジちゃん、でも きりんさん、武漢君も登場12/21 プライベート系呼び声 HP 開設一周年 耳をすます12/23 ゆかいな友達系きりんさん ご立腹いちばんネタにしやすいキャラ。↑ 愛情表現。
2005/12/26
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嘆くのは やめよう自分で選んだ 道信じ抜くことは 行動すること今 為してておくべきこと すべてを
2005/12/25
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最近 きりんさんが 時々 ご立腹の様子で帰ってくる。きりんさんは そんな時 南の方の お国言葉である。先日のお怒りの理由は 「所属地域の集い」に参加したところ 「アトラク」で「婦人」にいきなり 蝶ネクタイと 耳をつけられてしまったらしい。つまりトナカイにされたのだ。本来それをするはずだった「男子」が遅刻だか 欠席だか になりきりんさん本人も遅刻したのだけど、丁度、到着した所で事情もわからぬままに 部品を取り付けられてしまったらしい。今夜はバイト先で 同じことをされたと言う。観念なさい、きりんさん。ぶっちゃけ あなたには つけないといけない耳なんて 要らないくらいです。私が何を被っても 子羊や キューティー・ハニー には なれないようにあなたは サンタクロースにも コルゴ13にも なれません。どうしたって トナカイか きりん です。人間なら 氷川きよし ですね。こないだ久しぶりにラーメん屋でテレビを見て あああなたが もう一人いる と そう思いました。
2005/12/23
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親愛なるmy brother シンちゃんと1年半ぶりの再会をした。互いの姿を見つけたら駆け寄り 涙を流して。。。なんつってすんごい普通に 昨日も会っていたみたいな感覚。なんだろねえ。。。それにしても 私の学友は お先真っ暗 いや、失敬道なき道を拓いて征く人ばっかどこ行くんだって 独りだよ可もなく 不可もなく なんて無理(笑)迷っている?ふふん。心配はしていない。いっつも愛してるよ しょー懲りもなく。10年後 また会える 友人同士でいたいな。シンちゃんは 私のHP訪問の大切な常連様なのだけど 今日おもしろいことを言っていた。シン:「天使のナミダさんて、どういう人なんだろう?会ってみたいですよね」常連様ならではの台詞、私のHP上のお友達のことまで詳しいのだな と びっくりしたけれど その先の台詞に更に驚いた。なんと、シンちゃんは天使のナミダさんの「日記」それ自体の内容に大変詳しい。シンちゃんは 天使のナミダさんが私のHPに書いてくれるコメントを読んでいただけではなかった。シン:「朝日と読売の朝刊 読み比べるくらいの感じで 天使のナミダさんの日記と Skyさんの日記読んでますよ」なんという比喩! 朝日と読売だったのか 私たちは(笑)シンちゃんは女優さんの日記にも詳しかった!いや~ 面白い。天使のナミダさん、女優さん、うちのブラザー シんちゃんが いつもお邪魔してるそうです。面白いねえ。*MIXIデビューをした。 なんとなく好奇心。っても日記は楽天にしか書かないつもり。こちらが本気だし、これ以上どこかに書くつもりはない。MIXIは紹介した人以外 公開されないとのことなので 顔写真を載せたけど本名は伏せてある。まあ知人なら 写真 見れば 私とわかるだろうけども実名で検索にひっかかりたくなかったので 実名は使わなかった。Dance in the Skyも わざわざ今まで 信頼している人以外に教えずに来たので使わないことにした。大学時代の友人と手広く関わりたいわけでは全くないのでそういうコミュニティみたいのには入りたくないと思っていたし同期の単なるクラスメイトに捕まりたくないという思いから入るのどうしようかな~とか生意気なことを迷っていたのだけど私の交友関係の狭さは 筋金入り だったと再確認(笑)ついぞ同期の知り合いからMIXIに誘われることはなかった。「誘われるの嫌」とか言う前に誘ってくれる人いないつうの(笑)!それが うまい事に 今日はシンちゃんルートで 仲間入り。私たちは同じ大陸上には 存在しないので めんどくさい しがらみがないのです。「友達」に登録しても。。。てなわけで Sky MIXIデビューしました。しばらくMIXIワールド散策してから 続けるかどうか考えようと思います。初めてのメールは女優さんに捧げた。あ、そうそう、プロフィールの性別、男性にした。笑って許して。
2005/12/23
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最近、朝 思ったことを朝の内にメモっておかないと夜にはもう思い出せない。あんなに「大事」と思ったのに、「大事」と思ったことは覚えているのだけど「何を大事」と思ったのかを忘れてしまっている。マジ恐ろしい。というか 事件が多すぎる。おまけに忘れるには大事すぎるというか 愛しすぎることが 多すぎる。(日本語くどい。 いつもか?)とにかく「濃い」し「多すぎる」。それは充実しているということなんだけども自分が流れについていけているのか時々不安。本当は自分で自分の流れを作んないといけないんだと思うんだが。。。。残しておきたい。大切なものは全部。年取ったらもっと思い出せなくなると思うから 今のうちに残しておきたい。うをゑ~最近 控えだけで終わってる日記ありますぐちゃぐちゃの順番で更新していくと思います。12月3日の日記:進路に対しての不安(中学・高校・専門学校生)の声に関する考察 先が見えませんが 進んではいます。残しておきたい。大切なものは全部。
2005/12/22
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このHPに日記を書き始めたのは わざわざ選んだ日 1月2日だったけどHPを開設したのは 12月21日 つまり 今日で開設一年目を迎えた。いろいろなことがあり いろいろな出会いがあり いろいろなことが 動き出して今も 私はその中にいる。少し 弱っている自分が 悔しかった。何も 本当に何も なかった 原点に帰れば また進めるだろうか。朝一から トップで精一杯の強がりを吐いた。最初の日記からの引用今の自分には あまりにも 程遠いけれど。*************Since we have been born in this world,we may as well set our sights ona grand objective and enjoy ourselves as we confidently and serenelyclimb the mountain of glorious personal achievement.We are who we are. Our life is our own.It’s important that we discard a coward way of life- where we are alwaysworried about what others say or do or about how we might appear toothers- and instead live with confidence and conviction.結局 血が騒いで 仕方ない飼い主よりも 強い声に呼ばれると それはもう これ以上ないほどに 心が急いて自分が本当に 二足歩行をしているのか 怪しくなる砂埃を上げている足は 蹄になってないか やたら荒い鼻息の 鼻面は長くなってないか(苦笑)だとしても その方が疾く 走れるなら本望私には 私を 呼ぶ声があるが その声は 私の飼い主では ない。Du auch hast die Stimme in deiner Seele, nicht dir?Es ist unser Wildheit.Ich kenne du auch hast gleiche Blut.たとえ 暫くは囲いに甘んじたとしても いや 鉄鎖で繋がれたとしても 野生は 野生*****************走れ 自分 何も感じないくらいに。恐らく 私は ものすごく 強い人に見えるだろう。いたたまれない。が、 こうなるとやはり覚悟するしかない。それはもう これ以上ないほどに 心が急いて何も感じる暇など欲しくない。Du auch hast die Stimme in deiner Seele, nicht dir?Es ist unser Wildheit.Ich kenne du auch hast gleiche Blut.遠い呼び声に 精一杯 耳をすます背を向けていても 耳だけはいつも そちらに向いていて
2005/12/21
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何の話から始まったのかジジちゃんと話しているうちに きりんさんの教育実習体験について私が感じたことを彼女に話していた。そして 私は 以前にも 日記に書いた あの教育実習で挫折感を味わった方の知人と きりんさんを比較しきりんさんを 評価して 件の知人のことを 「向いてないと思うなら やめればいい」と思ってしまったと正直に話した。ジジちゃんは 私に敬語を使わずにタメ口で話してくれるのが とても嬉しいんだけどそれでも ジジちゃんが 私が言ったことを直接 拒否したことはなかった。それは年齢的な遠慮によるものではなく、恐らく彼女の人柄として、 誰かの言った事をアタマっから潰しにかかるようなことはしないのだろうと思う。しかし、そのジジちゃんが言った。ジジちゃん:きりんさんは 男性だから 細かいことに動じないけど、その分 男性は細かいところまでは見えないかも知れないよ。その『自分には教師は向いていないんじゃないか』と言った女性は女性だからこそ、細かいところが見えすぎてしまって同苦して悩んでしまったのかも知れないよ。と。ジジちゃんは きりんさんを 大雑把で 無神経だから平気なのだと言いたかったのでは当然ない。ハッとした。言われて。Kちゃんと暮らしていた頃も こういうことが よくあった。私は 嫌いな人を 嫌っていい理由を見つけるのを待っていて見つけたタイミングで「そら見ろ、やっぱりそうか」と 相手を嫌っていい正当な理由に仕立て上げてしまうところがある。Kちゃんは、そんな私とは正反対で、いつも、私から見たら 何だそりゃ?と思う人を「本当はいい人なんだよ」と言ってはいつも相手をしていた。それでいて面倒みきれなくて、結局相談を私のところにもって来るから私はキレていたものだったけど「こちらから決して 人に見切りをつけない」というのは 教育者をめざすなら 基本中の基本の気がする。同じような状況として 武漢君から個別指導の話を聞いた時にも生徒で席に座っていられない子がいた という話を聞いた時、私は「教育相談」の授業の聞きかじりでSky:それって多動性ナントカいうやつなの?と聞いた。すると彼は一言言った。それは私の質問に対する直接の答えではなかった。武漢君:そういう病名で判断するのではなくて 人間なら絶対に通じると思っているんで。日本人は特に、かも知れないし、まして 私は強面なので 私の威圧感のせいで私の学友たちは 何か私に言いにくい思いをさせている事が多分にあるのかも知れない。けれど人間は 本気で大切に思っていることは 咄嗟に出るものだと思う。ジジちゃんが 「女性ならではの繊細さ」を主張してくれたのも武漢君が「人間なら通じると思っている」と言ってくれたのも そういうことだと思う。やっぱり人間は 年齢ではない。経験の多さだけでもない。良くも悪くも それぞれに 癖というのがあるしその人 一人一人の心の宝は若いからとか経験が少ないからとかじゃなくその人の特質なりに本質を掴む真髄はもうすでに備わっているのだと思う。本当に 私のまわりには 頭が下がるほど 素晴らしい学友が揃っている。
2005/12/20
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束の間の気配の 心地よさにたゆたい 静かになるばかり降る日も 降らない日も 変わりなく駆り 何も見ていないふりをしながらそれは とても静かで やさしい そして夢だよと いつも わかっている今日も 眠れば 夢を見る覚めると わかっているのに覚えておきたいと思う。
2005/12/19
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うにょっていたのは 要は 人の輪に入るのが苦手といういつものアレで特に 私は 太陽系の人の団体が苦手なのである。基本そこには おそらく嫉妬があり あと 自分の後ろ暗さのせいだ。こんな明るい人たちについていけないと思ってしまう。けど結果的に今夜 私が半年ぶりくらいで地域の集まりに出たのはいつも誠実に根気良く接してくださっていた担当者の方(私の方が年齢は圧倒的に上なので 迷惑をかけるのは忍びないがいつも「行かない」私であった。。。)の人柄に じつは ちょっとずつ 惹かれていた(女性ですよ)のと 会場で裏方の「仕事」を手伝う人手が足りないという その人の誘い文句は 私の性格を察しての「手」だったのかも知れないとかくだらんことを 私は勘ぐってしまうわけだけどもたとえ 理由は何であれ私は もう少し その人たちに「近づいてみる」きっかけを欲していたからだった。結局 行ってよかった。というか 本社近くの集まり以外 出ないようにしていたのだけど今夜の集まりは あの本社メンツの会合の 地域バージョンだった(笑)だから いつものメンバーだったし重いの 暗いの なんのって 最高 私向きな お話が聞けた!そして 人は 自分が思っているほど 自分をジロジロ観察しているわけではないと再確認。あたりまえ。けど自分がビビリーだと自分が観察されているのではないかと勝手に思い込んでしまうんだよね。ジジちゃんがそばにいてくれたのも私には安心できる要素だったし誰も 私が何をしていようと 普段、そういう場所に出席していようといなかろうとどうってこたぁ思ってないわけで私としては 静かにすんなり居れて ほっとした。内気な人間の というか 「自分」だな(笑)一般論化しようとするのは 言い訳だ。要は自分、自意識過剰なのだと思う。しっかりしてないと 何かされるんじゃないか とか(笑)急に出るようになったら、何かに引き込まれるんじゃないかとかこれから、あたりまえに来るもんだと誘われるんじゃないかとかおいおい・・・だれも私のことなんぞ、なんとも思ってないつうの(笑)それよか自分より修羅場にいる人の話 聞けてよかった:*同じ水でも 餓鬼には恒河も火に見える 人間は水と見て 天人は甘露と見る。 *その人は 私には 私より修羅場 と見えることを 修羅場とは見ないその人は しなやかに笑う私には 「人生ナメて」るように見えるくらいの笑顔で。私は何度も思ったそんな真面目な話をする時に そんな薄笑いをうかべるなけど その人は しなやかに闘いぬいてきたその人は崖っぷちを歩いてきたおそらく そうやって いつだって 微笑を浮かべていたのだろう私がイライラするような微笑を。。。私は 「闘う」 という言葉を使ったけれど本当は 「戦う」 と打ちそうになった。けど それは私の範疇の言葉であって彼女のことを表すのには相応しくない。彼女は武器を持たずコスモスの花でさえ揺れるか怪しいような微風のように とうめいで やさしい。だから「闘う」 でも ぴったりくるのかどうか 怪しい。その人は 私よりも どん底にいた人だが勝ち抜いたというか 「勝ち抜いた」 も 私の範疇の言葉であってそうだな とにかく生き抜いている? う。。とにかく彼女は 笑っていたのだった。全部整う という結果を出して。私は 「ご利益」の話は嫌いで うざい。「奇跡」の話も嫌いで アホらしいと 思ってしまう。納得のいく話しか聞きたくはない。納得のいく話を彼女は聞かせてくれた。すっきりしている人の話は すっきりする。「すっきりしている」 は 育ての父が こういう時によく使う言葉でだから 私はとても 好きだしわかる。彼女の話は すごすぎて ここには とても書けないが。。。久々に人の話を しかも 10歳も年下の人の話を聞いて覚めた育ての父 以外の人 しかも こんなに若い人の話を聞いて「すっきりしている」と思ったのは初めての気もする。ノックアウトされて 清清しい(笑)そうだね曖昧な的に向かって放たれた矢が当たるわけはない。当たらなかった矢のせいにするのは 馬鹿だ 射たのは自分だろうよ?ニワトリ以下の記憶力当たらないのを 運命のせいにして呪うのは。。。関わりたくもない詩人になるのは かまわんが アマタ腐れてないか?的を持とうとしないのは自分だろう?持つ前に諦めたのは自分だろう?自分自分自身が「的」一生をかけて悔いない的を持ちながら必ずしも真剣には 向かいきれていなかったことに気づいた。矢を射てすら いなかった気がする。的をぼんやり ながめていたような。。。やはり ここは 好きだやはり 思う。まともになりたければ まともな人間と関わることだ。そして 人は どうだか知らないが少なくとも 私は 一人では成長できない。私のまわりには 尊敬できる学友がいる。今夜 話を聞かせてくれた彼女の顔も名前も私は覚えられなかったけれど彼女に会えてよかった。そして ここに来なければ決して会えなかった人であることを確信する。やはり ここが 好きだ彼女のようにも どの他の彼女のようにも どの他の彼のようにも 私はなれないが私は私なりに まともになりたい。いつか使い物になるように。さて 戦闘開始と 唱えてしまう(苦笑)「しなやかに やさしく とうめいに」は願って叶う問題でも ないのだろうな(笑)桜梅桃李↑ 字 あってるか?
2005/12/19
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母は甘いものが大好きで母は食べるのが大好きで母は太っていて母は年をとった母は太りすぎていて しかも いびきをかくので一枚の布団で とても一緒に寝られないから私は昨夜 母を一人 アパートに寝かせ自分は 自習室に泊まった。母には 夢があった。母には豊かに育てられていた時代があった。母には正しいと信じてきたものがあった。母はそれを求める当然の権利があると信じてきた。母は私を豊かに育ててきてくれた。母は私にも豊かになって欲しかった。そのように育ててきたという自負があった。お前には爺さんの血が流れているんだよお前にはFがあるんだよ私には確かにFがある。しかし私は 豊かに とは 願ったことはなかったな、そういえば。。。それでもその母も 私の状況を知って かなり覚悟が決まってきているのがわかる。母は王子様を待つ少女のような夢を語らなくなったやっただけの元は とらないで済ませるものか という ごうつくばりのような夢も 語らなくなった「なんか 今 感じちゃった。わかってきた気がする。お前は 手に入った としても 自分の為には使わないで全部 KSRFに使っちゃうんじゃないかと思う。自分の所には 何も残らなくても。お前は このまま行って、死ぬ時は傍に誰もいないとしても満足だと言って ポロッと一粒 涙をこぼして死ぬのかも知れないね。それでもきっと SBに手をたずさえられて 逝くんだろうね。」言いながら母は 泣いていた。私にも 夢はあるよ。 けど それは 今は 言えない。ごめんね。バス停で 見送る時も もう 私は先のことを考えているのにそれでいて母の目が潤んでいるのが 寒風のせいなのか 他に理由があるのか 後ろ髪を引かれる思い。*進退これ窮まれり。そんなことで 何か変わるか知らないが深夜 職探しに いつくか登録す。塾での個別指導の度胸は まだ なく登録しても その他大勢に埋もれそうな家庭教師のみだけど現場に出なくては。稼ぎも必要。とにかく行動を起こし始める。*人間関係について 自分の苦手を乗り越えたいと思った。もう少し 本当は 傍に いきたいから。********************そんなこんなで トップ更新:しばらく こちらをみないで そばにいてつかまえないで ふれていていただくわけには まいらぬか・・・やせいどうぶつより 人間さまへなつくのには勇気がいるんだよぉう・・・なかよくなりたいとは おもっているんだよぉう
2005/12/18
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教職課程を履修するようになったことで いろいろ今時の教育現場について考える機会が増えた。いじめや非行や暴力は 私の育った昭和後期、平成初期時代にもあった。しかし、引きこもり、学級崩壊のあたりは 私たちの時代では様相が違っていた。それから ある意味 「病名」として認知された 状態も色々増えたように思う。学習障害とか多動性云々とかカタカナ○○症候群とか。昔からあって ただ認知されていなかったのか 最近出てきたことなのかは わからないが。先日の進路指導の日記に書いたように、教育実習やインターンシップに行って教師としてやっていく自信をなくした知人(クラスメイトなんだけど 私の中では同胞と あんまし思えない)がいたように 現場というのは実際キビしいのだろう。ふと、アレと思い出したことがあった。きりんさんも教育実習を経験しているはずだった。あの純情可憐な きりんさんは教育実習をどう乗り越えたのだろう?彼を 世に送り出した母校は やはり 折り目正しい生徒ちゃんたちしか いないのだろうか?きりんさんに聞いてみた。Sky:教室ってどんな感じよ?きりんさん:あ~ 授業の時間に教室行くじゃないですか。 席に座ってる子がいないですね。Sky:。。。。きりんさん:座らせるのに15分、静かになるのに15分。。。Sky:え?中学の授業って1コマ何分だっけ?きりんさん:50分です。Sky:じゃ、そのうち英語をやるのは何分?きりんさん:だから 残りの20分ですね。Sky:。。。。 (いろんな意味で)きりんさんは 投げやりなのでもなければ 諦めてもいなかった。とにかく 動じていない。普通に受け止めている。このへんが彼の強さである。私は現場の状況それ自体よりも、彼のそのキャパに絶句していた。強いのは「めげない」ことだ。それから武漢君の話も聞いた。彼は塾で個別指導を1年間経験している。彼の話を聞いて初めて、いわゆる大学生が塾で「講師」をやるというのはこの「個別指導」を指すのだと初めて知った。それまでは若い学友がバイトで「塾講師をしている」と言っているのを聞いて平気で働くお前もお前だし お前を雇う学校も学校だ 大丈夫なのか?と 思っていた。すみません。本気です。ただし、武漢君レベルなら「塾講師」も 納得である。しかし その武漢君が現場で必要とされたものも きりんさんと似ていて必ずしも彼のその ブレインでは なかったようだ。ネクタイを引っ張られたり、目を離した隙に 席から姿を消していたり。。。すごいものだった。それって 「塾講師」の仕事なのか?というような。やはり彼の洞察は深かった。書けないが、彼は本質を言い当てる事を言った。個別指導の意味を。それを聞いて私は やはり小学生には関わりたくないと思ってしまった。その思いを 正直に述べた台詞は まずかった。「サルは嫌」反省する。武漢君は苦笑いをしていたけれど。。。選べる立場でなど ないのだ。こういう時こそ 受けられる訓練は 受けきって行くべきなのだろう。高校受験を控えたTちゃんの家庭教師をしていた間の悪戦苦闘を思い出した。最初に抱いていた暢気で楽しい理想は あっという間に ぶっ飛んだ。英語の勉強と干し柿そりゃもう勉強とかの問題じゃない時もあった。短気ーズ家庭教師は家に入るから尚更の部分もある。悪戦苦闘だったけど 一瞬一瞬を必死で生きていた。どうしたらいいのか私にできることは何か?何でもするから。。。わたしにできることは なんだ?と。あの感覚が本当は一番必要なのだと思う。足元がザワついてきた。噛み締める手探り現場に。。。現場に。。。自分を成長させてくれるような尊敬できる人についていきたいあるいは圧倒的な人に打ちのめされて 目を覚ましたいと 思うときがある。けれどあの 理不尽極まりなく 秩序というものを解してくれない相手に打ちのめされることでしか磨けない自分もある。ご機嫌ななめ私のマゾっ気がざわめき出した(笑)現場に。。。現場に。。。春休みからは具体的に考えていこうと思った。
2005/12/16
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昨夜はあまりの疲れに 夜9時過ぎ頃だろうか 帰路についた。電話の着信履歴によると22:21になっているから何時にベッドに入ったのか考えると 時間の記憶が微妙だけど着信した時には睡眠を妨げられたという感覚が強かったのでその時間には既に爆睡状態に入っていたことになる。よくあることでこういう 「タイミングの悪い電話」は 生みの母からである。出なかったら大騒ぎになると わかっているから「寝ていましたよ、とても面倒ですよ 私はすごく疲れているんですよ」とわかる口調で電話に出る。そうとは 直接 言わないけれど。。。正直に書いた。自分の いやらしい所と わかっているから。昼間 学校の時間割が どうなっているのか わからないから夜 彼らは本来9時から10時には寝たい人なのに私の時間に合わせて 10時半近くに電話したのだと 本当は わかる。私とて そんな時間に眠ってることはめったにないわけで 今回たまたま寝てただけだ。母は言った「ごめんね、寝てた?大丈夫?」けど 今日 今 話さないと気がすまないのは気配でわかる。私は思いっきり「はい大丈夫ですよ」と。当然声色は不機嫌だったに違いない。正直に書いておこう。母:「宅急便を送ったんだよ。云々。。。」届いたら お礼の電話くらい 言われなくても こちらからするよ。。。と思った。母は今週の週末 こっちの美術館に来るのを楽しみにしていてその計画を具体的にツメたいのだということもわかる。ちゃんと面倒みるから今は 今だけは 勘弁してほしかった と思った。正直に書いておこう。もう すぐには眠りに戻れる状態ではなくなった頃 母が言った。母:「こっちも、“動いて”るよ」なんのこっちゃ?と思ったけど 浅はかな人の声ではなかった。あきらかに目を開いている人の声だ。母:「お父さんの仕事がなくなったよ」一瞬、血が引いた。私:「お父さんは精神的には大丈夫なの?」父の失業は初めてのことではないが、いろいろな不安が込み上げてくる。今までのことがあるから。。母:「今も歌歌って元気だよ。大丈夫だよ。お父さんは、『これでやっと本当の自分の人生を生きられる。自分が本当にしたい仕事だけ(造園)をして、自分を好いてくれる人(指名のお客さん)に囲まれて自分の体に負担にならないように自分のペースで生きていける』って。毎日2時間CHしているよ。週末は4時間CHしているよ。そのおかげで、こんなに幸せなんだって言ってる。」聞きながら色々なことを思い出していた。12年前初めて就職して以来 時々 両親を東京に連れ出して美術館や都内の名所を案内して食事をご馳走し 大人になったつもりでいた頃のこと。初めてのボーナスで家中の家具を買い替え 今までの借りを少しでも返したつもりになった時のこと。月に給料のうちの2-3万を母に渡すことで「私のことには干渉しないで欲しい」という口止め料を払っていたつもりだった頃のこと。大学に行くことで 仕事を辞めることになった時 また「いたたまれないほどに縛られる」のではないかと恐れたこと。責められるより 縛られるのが 自分は キツいからだ。育ての父には「針の筵」だからこそ 自分を革命できるんだよ楽なとこで革命するなんて 誰にできるんだ?と あっけらかんと言われたけれど それで あれから どうなったか。7年経ち 私は34になった。本当なら 養う家族がいて普通だし独身なら 実家にお金を入れていて普通だ。時は 確実にめぐり人は変わる。良くも 悪くも。。。母はとうの昔に70を過ぎた。父は64歳。働けない年ではない。しかし今 父が定年した後も いわゆる高齢者人材派遣の仕事をしているのは私を「縛る」どころが 私に負担をかけないためだ。そして できることなら 私に「遺したい」と思っている。たとえスズメの涙みたいなお金でも。いつだったか この大学に入った時に 育ての父に言われた。「君の前に今、立ちはだかっているように見えるお父さんが君の一番の味方になるから 見ててごらんなさい。」それから どうなったか。今の自分だ。今の両親だ。父は 喋りはするが 会話は苦手である。その父が 珍しく 電話に出た。珍しい。父:「おまえは元気なのか?」← (「おまえ」の「え」は限りなく「ye」に近い。私:「元気だよ。おまyeこそ 元気なのか?」私は 父の口真似をして答えた。電話口で父が笑っているのがわかる。わかる。父と私には 父と私にしか わからないことがある。父:「おまyeは 本当に死ぬまで“大丈夫”しか言わないからな。おまyeが“大丈夫じゃない”って言うのは本当に死ぬ時だけだろうから。」(↑ てか、本当に死んだら 大丈夫も大丈夫じゃないも言えないんだが・笑)私:「それは おまyeの血だよ。おまyeの血以外の何物でもないよ。」父:「そうだったな。」私:「本当に好きなほうの仕事(造園)は、クチこみで個人の繋がりだから、続けられるんだよね?」私が父に聞いたのは、収入の問題ではなく父がどれだけ植物と土いじりを愛しているか知っているからだ。実際のところ 人から人へ繋がった父の庭の手入れの仕事は本業の在宅介護支援の仕事よりも忙しいくらいにまで増えていたという。あの、人と殆ど口を聞けなかった父がお客さんから信頼を得て紹介による仕事が増えていたことは知っていた。しかし最近はそれにとどまらず 自分に自信を持ったのか他にも理由はあってか父は自分で営業活動をしていたらしい。あの父が。父:「父ちゃんには わからないけど、おまyeは今、何を勉強していて 忙しいの?」たしかに わからないだろうと わかっていたけど 正直に話した。ルソー、ゲーテ、ペスタロッチにエマソン、トニ・モリスン、エドワード・オルビー。。。ひけらかし 自慢したかったのではない。ルソー、ゲーテ、ペスタロッチにエマソン、トニ・モリスン、エドワード・オルビーがいったい何だと 言うのだろう。父が今 していることに比べたら。自分は64歳で73歳の妻あり、失業し、一人娘は34歳独身、教員になると言って大学院でアメリカ文学なんぞ勉強している。どうしてそんな人生に耐えられるのか。どうして そんなに 嬉しそうに 私の話を聞くのか。どうして 今まで生きてきて 今が一番幸せと言い切れるのか。父と私の間には 父と私にしか わからないことがある。母と私の間には 母と私にしか わからないことがある。わかっているけど 今回の電話一つで わかるように私は 本当に 生き方が 乱暴だ。とても 今 恩返しなどできる 資格はない。次に 私が両親を外食に連れ出せるのは いつの日だろう。わからない。ただ今回やはり 以前から育ての父に言われていた言葉を噛み締めた。「先生が ある時 おっしゃった事を知っているか?勝利の報告を 墓前にする程 情けないことはない。勝利は 勝利だ。けれど それほど 厳しいんだよ。先生の寿命は永遠じゃないぞ。君のご両親もそうだ。私だって いつ死ぬかわからないよ。守られる守られるったって、 そういうのを当てにするもんじゃない。先生がご存命の間にご両親がご存命の間に勝利の報告ができるかどうか。。」そんなことを考えながら 父と話していた。父は相槌は打っているけれど わかっていないのは 明らかだった。それでも 父がとても 嬉しそうなのが わかった。あまりにも珍しく 父と私が長い間(と言っても5分くらいだけど)話しているので母が気になりだしたらしい。父:「おまyeから聞いたこと 父ちゃんは母ちゃんに説明できないから今、もう母ちゃんが おまyeと 話の続きするんだって 言ってるから電話かわるけど、 おまyeから今の話 説明してね」母:「珍しいね。父ちゃんと あんな長い間 何を話したの?」母に もう一度同じ話をした。母は ある程度わかるから 喜んでいた。母:「お前がね、何やってんだか知らないけど、お前がね、先生になれるように送り出すのが母ちゃんと父ちゃんの使命だと思ってるよ。」気違い家族だ。7年経ち あれから どうなったか。時は 確実にめぐり人は変わる。時を逃すわけには いかない。私は もう。このHPを始めてからの1年弱だけでも どれだけ変わったかを噛み締めた。(大学卒業寸前の日記:)ルーツ 1ルーツ 2私が何を決めたかは書きにくい。「何を」というのでは ないからだ。けど とにかく進むこと。その足を 速めること。そして何としても 存命中に 勝利の結果を持って応えること。義理ではない。責任でもない。まして束縛でなどない。他に 自分が こうして生きていることに対しての感謝を表す方法が ありえないからだ。そして それ以外にもう 自分に納得のできる人生はないことが わかっているからだ。どうやっても 他の生き方なんぞ できないし それ以外 したくない。これだけは 絶対に 譲るわけにはいかない。
2005/12/15
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最近 簡単に文章化しようとするとアタマぽっける程 だいじなこと多くまあ それだけ 充実してるつうことなんだがここじゃないとこに いろいろ打ったりの 手書きしたりのメモ残してあるので自分では随分と 行程を残しているつもりだったけどよく考えたら HPに全然のっけていなかった。。。自分が忘れそうなので 今日は ちょいその イメージだけ紹介教職課程系:*いまどきの進路指導マニュアル: ぬお?なんだ、わかっておるんだのう。素晴らしいぢゃないか額面上は!*進路に対しての不安(中学・高校・専門学校生)の声に関する考察: それを「正常」だと思います。*就職について「お茶くみさせられそうで嫌」という声(高校生)に関する考察: ちょいと 聞き捨てならないねえ*結婚観について: 我が敬愛するゆかいな学友たち 君が育ててくれるとゆーんなら 子供産むまでだけでいいんなら手伝うよ?勉強系:*アメリカ文学とはなんぞや - お勧めの本をめぐって - 本を買う人・借りる人*「青い目が欲しい」再考: びびってんなよ自分 思い出せ そして忘れるな*隕石再落下: ルソー・ゲーテ・エマソンが寄ってたかって落ちてくる!! ペスタロッチまで 出てきた!!! のるかそるか? そりながらのるだ!じんせい系:*12月11日という日*回想録: 肝に銘じたい言葉 育ての父からの手紙と私の返事ないしょ系:*Sky赤面: まさか! ひざの上で寝ていたのか???? てな。。。落ち着いたら まとめて更新するだかな。。。?わかりまつぇん。全部は 無理かな。。。できっこない気もするだって 毎日 あたらしいこと あるんだもの。要は元気で やっとります。けど 今日は 前回2時間以上かけて作成したシンポジウムのパワーポイント第一案を更に改善するためにまた1時間半かけて丹念に練り直し途中だったパワーポイント第二案が続きを編集しようとしてパソコン立ち上げたら。。。。行方不明。あれだけ 途中で上書き保存したのに最後の最後で どこに消えたのだろう。。。ぢょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお保存関係で失態を演じたのは人生で初めてであった。まあ 第一案段階のは残ってるので そっから再構築するんだが。。。短気なので 同んなじ仕事 繰り返す(更新は好き)の ストレスなんだよね。。。 ちょい グレてるっす。明日にしよっかな。なんか もう 切ったりの 貼ったりの 疲れちゃったよさっきの いい感じの仕上がりだったしな~ (遠い目)
2005/12/14
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わかってるんだか、わかってないんだか、わからないままで、自分が見つけてくる文献だけは なんだか 「発見」なんだらしい。相変わらず、見つける。どのくらい どうなのか わからないままに ただ 楽しくてまだ論文に取り上げられていない文献を。見つけるのは楽しいんだけど 自分には どう まとめたらいいのか わからない。EM教授さま:これだけ揃ったら論文書けるんですけど、こっちで書いちゃうとfm先生に申し訳ないですしねえ。Skyさん、教育学の方ではどうですか? O先生あたりが これ知ったら喜ぶと思いますよ。G先生も この間のアレも全然知らなかったと言っていたし、コレも見たらどうするでしょうねえ。一生コレ研究してるのに、まだ見たことない話が 出てくるんですもんねえ。Skyさん 好き放題言ってますけどねえ、大変なことになってきてますよ。出典は先生と、あと、こっちを専門にしてる人に全て報告した。自分では どうしたらいいか わからないからだ。けれど 見つけるのだけは本当に楽しい。自分の論文には使えないとわかっていて それでも どんなに時間がかかっても楽しいのだ。エマソン教育論と自律論は大好きになった。ゲーテはメロっちい小説は いただけないけど 宇宙の受け止め方は大好き。ルソーは 勝手なことを言う人だなと 思ってしまうけど やっぱりすごい。最初の人だからね。三人とも 勝手な人だ。↑ 愛情表現。
2005/12/13
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武漢君のアメリカ文学紀行も 私の荒削りな紹介のせいで あっという間にトニ・モリスンまで来た。ジャック・ロンドンの後に彼には「赤い仔馬」を読んでもらっていた。「はつかねずみと人間」の方は 小説よりゲイリー・シニーズとジョン・マルコビッチの映画の方を観てほしい。その後で、もう「青い目が欲しい」を読んでもらっていた。やはり この人は「気持ち悪い」とか「近親相姦のレイプの話」とは思わなかったようだった。私は実は この父親チョリーを どうしても憎みきれないし著者も そのようには描いていない気がする。この点では武漢君の考えも一致していた。しかし、この作品に対し他意のない彼の闊達な意見は 私にとって無意識に 逃げていたものを 思い出させた。「この作品の状況は アメリカだから 黒人だから だけじゃなく 日本にも 誰にも通じると思う」私が初めてトニ・モリスンの作品を読んだのは「ビラブド」であり、本当は「青い目が欲しい」がデビュー作だから ちょっと逆順序で 読み始めたことになる。初めて「ビラブド」を読んだ時の衝撃は 大変なもので後にも先にも あんなに 本を読んだだけで どうしようもなくなったのはあれが 最後と しばらくは思っていたいくらいだ。あの時、「黒人文学」を こんな 私などが 研究だの何だのしてどんなに頑張ったからって 「意見」や「見解」など とてもじゃないけど 言っていいような立場ではないと思った。何万人の 失われた命の歴史に 抹殺された 息と 声と 言葉と それを 宿していた魂にいったい何を この私が言えるというのだろうと。先生は「真摯に受け止めて下さって嬉しい」と激励してくださったけれど私は本気で怖かった。それでいて これ以上 自分が衝撃を受ける分野も そうそうないだろう とも思っていた。一生を捧げるとも思えば これほどの分野なら本望かもしれない。一生をかけても 恐らく 私の人生が終わりを迎えても 私の研究が終点まで辿りつくことは ないだろうから。あの最初の感覚としてはあれで 悪くはなかったと思う。しかし 私は大学院に入り 先生は教材として 「青い目が欲しい」を選ばれた。「ビラブド」に比べると「青い目」は私にとって強烈なものではなかったので「ビラブド」のように、しばらくはカバーにすら触れないという本ではなかったから何度も読み返した。日本語でも英語でも。その中で「ビラブド」ほどの衝撃がなかったぶんだけ 繰り返し出会う中で考察は深まっていった。夏休みのレポートでは 書きたいことで洪水になるほどに。けれど その洪水を 秩序だてる根気が夏の段階では 私にはなかった。先生もお侍さんも あの夏のレポートを 「これ ちゃんとまとめたら いい論文になる」と言ってくださったけど 私は逃げ腰だった。理由は「ビラブド」の方の衝撃が忘れられないから、もう一度読んでみようかと思うこととあとは 前期・後期と通して これを扱ってきて 今更 ふざけているが「私には恐れ多いことです」という 謙虚を装った、 要は 逃げだった。自分が経験したことのない辛酸についてなど書くのは恐れ多い。↑ 悪いことではない。けど、私は 研究者になると決めている上、私より辛酸をなめていない人の文学なんてあるのか?あったとして、そんなのを批評して何になるのだろう?私がそんなことに耐えられるのか?私がそんなことを。。。。ありえない。「どんな国にも どんな人にも 通じることだと思う」武漢君の台詞で 「青い目」がもう一度自分の前に突きつけられた。そうなんだよね、私の特徴として自分が「謙虚」なつもりになっている時は怪しいのである。私の特徴として それは逃げの言い訳。「力がないので」とか「経験不足なので」は謙虚さじゃなく失敗するのが怖いのだ。私の場合は。修士論文。今の私には今の私の限界はある。あるが、しかし、 その力の全てを果たしつくして 闘いきることが誠実 というかお前 やる気あんのかよ? だよね、自分。いつになったら いつか になったら 今よりは まし とか 勝手に夢想ってるから今はまだ駄目とか 暢気な言い訳をしたくなるんだ。いつだって駄目にきまってんだろう!いつだって上には上がいるんだよ。駄目だけど 駄目だから まし になるために全部出して闘うんだろうが。ビラブドは もう一度 冬休み中に読むだろう。大事だから。忘れないために。けど 修士論文は「青い目が欲しい」どういうふうに まとめるか じゃなくここから逃げないで ここから前に進む意外今の自分を卒業する方法はないと感じた。
2005/12/13
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自習室に泊まって課題を仕上げながら さすがに眠くなって ほんの短い仮眠をとった間に夢を見ていたらしい。それは 人のひざに乗って寝ている夢で どう考えても 私の体の大きさ的に 実際には 無理な体勢でありそれと 私はそういうふうに 人に甘えたことはないので ものすごい照れくさいから目が覚めた瞬間にこれは なんぞや!と思って 飛び降りようとしたところやんわりと しかし しっかりと 人の手で ひざから落ちないようにと 支えられてしまうのだったなんぞや!は?もがいているけれど それは とても 居心地悪く 居心地の良い場所でああ人に甘えるというのは こういう感覚をいうのだろうか と思った。それでも 懐くのは プライドに かかわるので とりあえず もがいてみた。どうやら 私は166センチの「人間」ではないようだった。そこまでが夢だったのだけど要は「寝ていたところから目覚める瞬間」の夢を見ていた。本当に目覚ましが鳴って 目覚めた時 慌てた。げ?本当にひざの上で寝ていた????どの面さげて この私が?????????なんぞや!マジ 焦った。え?え?ひざの上、しかも 二本の人間の太ももの上に乗っかっているようで安定が悪い と感じていたのは二つの椅子に胴体を横たえ、足は本棚に突っ込んで寝ていたからだった。あ~ びびった。あ~ マジ びびったけど それだけ 安心して爆睡していたのだろう。いや~ 赤面****************************トップ更新:果たすべき務めは たやすいものではないしかし それは あたかも 絶望の淵から希望の頂へと暗黒の地中の虚無の中から 一条の光をつかむがごとく胸躍る探求なのだby M. Osward過去より未来へ 如如と空間を旅する友に われも嬉しき*安らかで 確かな心音翼の軋む音 風の方向ありがとう
2005/12/12
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12月11日が来る。丑寅から初めて 朝から本社に集合!集合といっても、約束の相手は自分だけ(笑)洗ってないボロ雑巾、毒ガス、食べ残しの腐れかけ。。。そんなもの 引っさげてるような 今の自分愛しているものだけを誠実に 大切に守りたいのになかなか どうして 腐れ縁と いつもの癖は 抜けない。それでも 12月11日が来る。もう一度いや 一度のやり直しで済むような自分ではないんだけど(苦)けど それなら 何度でも やり直そう必要なのなら 必要なだけ 何度でも。12月11日が来る。あの時も私は最悪だったけど 私がいた道と 私が大切にしているものだけは間違っていなかった。私はあれから どうなったか。どうだか知らないが こうなった。今の自分だ。私が この先も ご立派になることは ないだろうけどご立派じゃない私が 一番ご立派じゃない私が少しでも ましに なれば なるほど私が信じた物と 選んだ道だけは 間違っていなかったことの証明になるだろう最悪な私が それを 信じ、 その道を選んだことで ましに なれば なるほど。だから ましに なりたい。証明したいから。精一杯 旗を 振る
2005/12/10
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好きでやっていることだから些細なことといえば 些細なことだけど不安は いつもある。もし 書けなかったら。。。毎日が締め切りだもし 締め切りまでに書けなかったら。。。書けたら書けたでこれでいいのかと思うもっと できるのではないかもっと 頑張れたのではないかこの世界に 完璧などというものが ないことも今 自分に その必要は ないことも わかるけどそんな言い訳を 一番したくない。言い訳をしたくない何についてでもたとえ それが 本当に本当のことでも言い訳をしたくない誠実でありたいイケてる時もイケてない時も言い訳をしたくない。苦しいんでいるのではないと 自分でわかっている自分で勝手に こだわりたいのだ愛しているから。本当に大切なものを守るために 研ぎ澄まされていきたい。馴れ合いに 甘えてしまいたくない そんなふうに 無駄に浪費したくない単に気に入られるよう 媚びてしまいたくない 誠実でありたいいつも今いる場所に留まってなど いたくないかまってもらうために 引き止めたくもないまして今いる場所にいつまでも来て かまってもらえるのを「待って」などいたくないいつも答えを出した先で また出会えるのを信じたい答えを出した先で 出会えるものだけしか 結局は残らない答えを出した先に そこに いられる自分自身でありたいどんな言葉よりも 成し遂げた時の顔「やはり あなたも 来たね」自分の道に対する納得と 相手に対する尊敬と信頼それ以外に「生きている」答えがないのを知っているから。そういうふうに応えたい。そういうふうに 愛しているから。
2005/12/10
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