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今日で第1セメスターの授業が全て終了しました。明日で第一期の病院実習も終了その後、課外活動としてNUTRITION DAYと称するヨーロッパ全土で行われる入院患者への食事状況アンケートを2日間お手伝いしてテスト月間に突入です。いろんな病棟を見てまわりましたが2年生の時の非常にインパクトの強かった外科の講義の後に3年生で実際のケースを見ることができた「肥満治療」が一番印象深いです。外科病棟で栄養士に課される仕事は、手術後の食事復帰へ向けて病態別に行われる食事指導です。その手術の中で、病的肥満の手術があります。肥満は糖尿病や高血圧など生活習慣病、メタボリックシンドロームの原因となり合併症を招くのでBMIが25以上の人は運動したりしてなるべく痩せなければなりません。☆BMIの出し方=体重÷{ 身長(m)×身長(m)}しかし、BMIが35を超える病的肥満の人は食事療法と運動療法、薬物療法を組み合わせても、そう簡単には痩せられません。その上、合併症の悪化を招く恐れがある人には、外科的治療が施されます。カレッジ大学病院で最も多く行われる肥満治療は「胃内バルーン留置術」。内視鏡を用いて、経口的にシリコンの萎んだ状態の風船を胃の内部に留置してその後、生理食塩水を入れて膨らませます。直径約10cmのバルーンが胃に入っていることで、胃の容量が減りあまり食べなくても満腹感を得られ、減量に繋がります。「手術」とも呼ばれない簡単な施術後、2~3日後には退院できます。これはあくまで一時的な手段で、約半年間でどれだけ減量できるか様子をみてその後バルーンは取り出されます。この半年間で栄養士と外科医、精神科医のチームの下に患者さんは通い何をどのように食べるかどんな精神状態の時に「無心に食べ続けてしまう」かを栄養士と精神科医と話し合いなるべく元の体重に戻らないようにカウンセリングが続けられます。結果は患者さんにもよりますが、20~22キロの減量が期待できます。ただしバルーンを取り出してしまうとまた太ってしまうケースも多いです...。2005年のデータでは年間150件のバルーン留置術が実施されました。2番目に多く行なわれているのが「胃バンディング術」。胃の上部をシリコン製のバンドで締める方法です。腕時計のバンドを想像していただけると解かりやすいかと思います。 腹部に5mmほどの穴を開けて腹腔鏡とシリコンのバンドを挿入して胃を締めます。胃の上部が小さくなることにより、ゆっくり食べるようになり(早食いすると吐きます)満腹感を早く得られ減量につながります。50~60%の減量が可能で、30~35キロの減量が期待できます。バンドで締めている部分が爛れる場合もありますがバルーン同様、減量後は取り外せて胃を傷つけず、栄養素の欠損が少ないのが上記2法の利点です。この減量を機に、肥満のために取り組めなかった他の病気の手術に取り組む人も多いです。どちらの術後もスペシャリストチームによるフォローアップは2年間続きます。嗜好や食べ方も生活習慣なので、これを修正して減量するのがいかに大変か術後のフォローアップ期間を見ていただいても解かっていただけるかと思います。他にもっと複雑な手術もあるのですが、ご紹介はまた後日。資料元centro di studio interdisciplinare di ricerca per il trattamento della grande obesitaUniversita degli studi di sienaReparto di chirurgia generale ospedale regionale della valle d'aosta
2008/01/29
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皆様はどんな2008年をお過ごしですか??我が家では、今までにないモロッコ旋風が巻き起こっております。私とビンバが日本から帰国してまもなくモロッコ人の姪っ子達(20代前半)がやってきて彼女達がいることで近所のいろんなモロッコ人が遊びに来る来る。人好きのビンバは、お姉さん達に遊んでもらえて大喜び。いつもみんなの手拍子でモロッカンダンスを踊っています。その隙に私は山積みの課題や勉強を片っ端から片付けて...。ひと段落して私もお茶に参加すると私へのモロッコ語講座が始まって...。これだけパワー有り余っているモロッコ人がいると勢いで言葉もスムーズに頭に入っていきます。普段の私と夫は、お互い仕事や勉強で疲れていてとてもじゃないけれど母国語を教えあう気力は残っていません。共通語のイタリア語で事は済んでしまいます。ビンバの最初の言葉もグラッツィエ!とイタリア語でそれからもずっとイタリア語ばかり覚えていたのですがこのモロッコ旋風により、かなりアラビア語優勢になっている様子。日本語危うし!!日本語はまだ話してくれませんが3ヶ国語全て理解はしているようです。姪っ子達は、フィレンツェの街をくまなく見て廻り超お買い得セールの戦利品を見せてくれてはお店情報を教えてくれたり私がいない間、家の掃除やベビーシッターをしてくれたり手作りのパンが焼きあがっていたり本当に頭が下がる思いです。これはモロッコの友人宅に来ていたお手伝いさん。自分の子供をおんぶして掃除をしているところ。ビンバもこんな風にストールに包まれておんぶされて姪っ子の背中で眠りこけたりしています。前抱きのスリングもいいけれどモロッコのおんぶでも温かくてすぐに眠ってしまうんですね。真夏のマラケシュで、お手伝いさんの休憩時間に一緒にいただいたイチジク。おいしかったな...。ずっと雨や曇り空のフィレンツェの街であのモロッコの太陽が懐かしくなる今日この頃。
2008/01/20
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日本から帰国して5日が経過しましたが今回は時差ぼけがずいぶん残ってしまい夜10時には猛烈な眠気がやってきて毎日起きていられませんでした。それでも9日の心理学のテストのためボーッとしたまま勉強し正月に全く勉強できなかったので本当は7日に提出だった小論文に今から取り掛かるところです。パリ乗換えの帰国便は、1時間半あったので移動時間もギリギリ、今度は逃さずに乗り込めましたよ。やはり子連れパリトランジット、1時間半は必要ですな...。パリの空港で家族へのお土産の包みをかかえている紳士が。その透明のビニール袋には、ケーキの白い箱と金色の王冠になるべき紙がチラリ...。ガレット・デ・ロワだ。フランスでエピファニーにちなんでお正月に食べられるガレット。中に隠されているフェーヴ(そら豆。陶器のものもある)に当たった人が王冠を被ってお祝いするというのを昔から聞いたことはあったけど食べたことはなかった。それを初めていただく機会に恵まれたのが日本でのお正月。Delizia妹がお土産に買ってきてくれたのでした。こちらがピエール・エルメのガレット・デ・ロワ。うっわ~。美しいわねぇ。陶器のフェーブはおまけみたいに付いていたけれど本当に中に入っているのかしらねぇ??切り分けて一口いただくと...。家族4人、あまりの美味しさにしばし絶句。....。こ、これ、オイシ過ぎ。こんなに美味しいものだったんか、ガレット・デ・ロワ!!!かなり衝撃を受けたDelizia家。正月は食べるものが多すぎて今日はもう食べられないよぉなどと抜かしていたのに夜中に切り分けたガレットに覚醒し、興奮の渦に包まれた一瞬。サクサクのパイ生地は、素材の良さを伺わせるバターの余韻たっぷりの後味。中身の香り高いアーモンドクリームの程よい甘さ。フランスってすごいなっ。イタリアでは絶対に出せない味。イタリアって、どこかこの繊細さに欠けるのよね。フェーブのことなどすっかり忘れて買ってきてくれた妹にみんなで「こんな幸せな気分にしてくれてありがとう~」とお礼を言う。そして幸せな気分のままみんなでバタッと寝てしまった。翌日。そういえば、昨日誰にもフェーブ当たらなかったよね。本当に入っているのかね?翌日はしっとりと、また違う味わいのガレット。やっぱり美味しいねぇと食べていると歯に何かゴリッと当たった。なんとDeliziaにフェーヴが当たった!私が女王様よ、おほほほほ。王冠をかぶせてもらい、かなり嬉しかったです。良い一年の幕開けになるといいけれど...。
2008/01/11
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皆様、遅ればせながらあけましておめでとうございます。日本滞在もあともう少し。瞬く間に時間が過ぎていきます。今回の帰国は行きの便からお騒がせしまして...。パリでトランジットまでの時間が1時間の昨年と同じ便で帰ろうとしていたのですが昨年のビンバの体重は確か7~8キロ。スリングのまま全力で歩いて1ターミナルを移動してなんとかギリギリ搭乗口にたどりつき間に合いました。しかし、パリの空港はバス停並の小ささのフィレンツェの空港とは違い巨大でたかが1ターミナルとは言っても数キロ歩く勢いでビンバを抱えてかなり体力を消耗しました。こんなことなら今年はあのターミナルバスでシャルルドゴール空港一周してもいいから2Dから2Fまで運んでもらおうとさらさら歩く気などなくバスを待っていたのですがなかなか来ない。非常に楽観的に待っていたDelizia。やはりパリの空港は大きかった。ターミナルバスはノロノロと発進し途中交通渋滞などに巻き込まれ...。搭乗ゲートに着いた時にはすでに閉まっていて誰もいませんでした(泣)。なんてこったい。こんな時ってどうするの?「カウンターに並ぶ」らしい。そこには私のように飛行機を逃した人がいっぱい☆カウンターのお兄さんが「次の便は夜11時半発です。 お子様連れですしホテルを取って休まれて 翌日のもっと早い便になさいますか?」ですって。お迎えを頼んでいた私は、予定日中に日本上陸するため夜11時半の便で帰ることに。というワケで空港内で10時間待ち決定(汗)。「ベビーフードは階下のカウンターでもらえます。」とカウンターのお兄さん。そのカウンターで瓶詰め離乳食とテレホンカードを頂きまずは電話で実家に10時間遅刻を報告(ゴメン)。それから空港内10時間の旅が始まったのです。まずはトイレにでも行って腹ごしらえしましょうかねとトイレに行くと、傍らにターミナル内で使用できるベビーカーを発見。このベビーカーがなかったらこの10時間は乗り切れませんでした。ベビーカーを押して歩いていると「これはどこでゲットしたの?」ってママに声をかけられお友達に。彼女も「飛行機乗りそこね組」らしくターミナル内で何度も遭遇し、その度におしゃべり。ビンバのオムツ替えによく行くトイレの清掃のオバサンにも「あらまた来たの?」と顔を覚えられ「夜中までいますので、また会いましょう。」と、行くたびに彼女とおしゃべり。エレベーターを降りたところでばったり会った店員さんが乾燥のため真っ赤なほっぺをしているビンバを見て「この赤いほっぺによく効くクリームがお店にあるわよ。いらっしゃい。」ですって。化粧品屋のお姉さんだったらしく試供品のクリームをビンバのほっぺにやさしく塗ってくれました。私、空港に住めるかも(笑)。トイレは広くていつも清潔だし肌荒れしても高級化粧品揃っているし美味しいチーズまで売っている。恐ろしいことにこの10時間ビンバは一睡もしませんでした。この前日、夜中までパーティーで騒いでいたので睡眠のサイクルが狂ってしまっていたようです。結構楽しかった空港内の旅を終え大好きなチーズ、「モンドール」を買い込んでやっとのことで搭乗です。ビンバは乗ったとたんに爆睡。私は機上のお食事も静かに食べられ...むしろこの便でよかったのでは?予定通りの便に全力疾走で向かって乗り込んだ暁には自分は疲労困憊の上、眠れないビンバの大騒ぎで他の乗客に迷惑をかける上に食事もままならなかったかもしれないのです。パリで出会ったみなさんと10時間遅れで迎えに来てくれた家族へ...ありがとう。そして、ブログを読んでくださっている方々へ本年もどうぞよろしくお願いします。
2008/01/04
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