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わたしの部屋のベランダから見下ろした真向かいに屋上駐車場も備えた割と大型なスーパーマーケットがあるのだけれど経営者が無頓着なのか、営業を終了した後の夜間も駐車場出入口が開け放たれていて、車の出入りが可能。それに乗じて夜間決まって、そこに勝手駐車する輩の車が数台ある。そのなかに歳の頃三十前後とおぼしき男が所有する白い軽自動車があるのだけどいつも大概、夜遅くにどこからか舞い戻り駐車し同乗する恋人とおぼしき女と共に近所であろう住処へ帰宅、早朝に出かける。といったサイクル、パターンを繰り返している。ところがこの男女の男側が実に可愛い気の無い態度、目付きをしていていや、実のところ彼らと出会すのは夜間が多いため薄闇の中、目付きまでは確認に至らぬのだけれど出会した際など、両手をズボンの前ポケットに突っ込み身体を大きく揺するように肩を怒らせ歩きながら必ずこちらに向かってジロリとやるのである。まあ未熟な若者によくありがちな異性の面前にて荒し雄を演じアピールするといった類のものなのだろうけど身の程知らずというか、実に稚拙で馬鹿馬鹿しい。実際、この男というのが百七十一センチというわたしの身長に対しおおよそ十センチほど低い小柄小太り。豆タンク。つば付帽子を後ろ向きに被りサイズ大きめの衣服をだらしなく纏った、垢抜けない餓鬼で連れ添う女も間延びしたよう長身であるのみあとは同様に垢抜けぬサエないおかちめんこで二人揃えてジャガイモ大根といった感。要するに面と向かって対峙するに値しない、程度の低い人種でありわたしは当初よりまともに相手にせず「なんだこの豆男は」と小馬鹿にし、嘲り笑っていたのだけれどと或る日、やはり出会した際何気なく見やった男の身体に違和感を覚え、げえっと少々面食らった。男の胸には男らしからぬ膨らみがありそう思って見てみると尻も柔らかな丸みを帯びているのだ。つまりわたしが男と思っていた男は、男ならぬオトコオンナであり連れ添っている女とツガイということは、同性愛者ということになる。いや、わたしが女と思っている女は、平均的な女性と比して長身であるので女の格好をしているが実は男かもしれずこの場合、同性愛者とはならないが見た目と役割が逆転してしまう。通常は男らしく威厳めいたものを纏っているオトコオンナもいざとなると女になるということだろうか?しかしながら、長身女は見たところやはり女にしか見えずここは女同士の同性愛カップルと考えるのが自然かもしれない。不自然だけど。まあ同性愛に関して云えば、そんな世界もあるのね程度。わたしとしては否定も肯定もしないのだけれどがはは。たわけぃ!全てお見通しなのだ。と弱味を握ったような支配感相俟って彼ら、いや、彼女ら・・と書くのも何だか癪であるけれど彼女らがまともに取り合うに値しない人種であることを再確認。他人の土地に手前都合勝手に日々駐車などするわ女であるにもかかわらず男を気取りそれに対し気にも留めていない正真証明男であるわたしを妙に意識し張り合おうとするわ。非常識この上無く、身の程知らずも甚だしい。百万年修行して大幅に進化してからきやがれ。がはは。と少々上から目線。馬鹿者め。ところが出会すオトコオンナの態度は相変わらずジロリ。気に入らんなぁ。と、先日たまたまスーパーが営業している時間に帰宅できたので買い物をしようと店舗出入口へ向かったところそこに既に買い物を済ませたであろうレジ袋を携えた男女のツガイ。いや、例の女女外道コンビ。オトコオンナはわたしの姿を見付けるとやはり例の如くジロリ。わたしは近所であるのであまり表立って敵意を露わにする積もりも無いのだけれどこういった身の程知らずの馬鹿者には世間というものを教えてやらねばならん、といった御仏のような広い心でもってさりげなく、一瞬であるけれど確実に、オトコオンナの目線をとらえ鋭く睥睨しジロリ。初めて明るみで見たその顔、不細工。わたしの鋭い眼光の矢に射抜かれたオトコオンナは少々狼狽え行き場を失った目線を、力無く足元に落とした。本日のトカゲ&まむし&アート本日の捕獲品川に流されていたマムシの子。これをマムぽんと名付け、木の枝で救出。小さいながらも牙など剥いて威嚇。ちょっと怖い。そのまま川原に放置すると鳥等の天敵に襲われる可能性が有るので近くの叢まで移動。本日のアートテーマは「兎おいしい 彼の山~」ヲシテネ。
2008/04/29
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ビールを飲みながら上の画像を眺めたらビールの妖精の魔法により缶の中身が透視出来るかも。嬉しくないけどね。注:オイラのではありません。 なんのこっちゃ。 はは。ヲシテネ。
2008/04/26
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「危ない!」の雷声にうち驚き、たじろぎつつも瞬時に状況を把握。ほう、と安堵の息をついたものの、身体のそこかしこ俄かにぶすぶす不完全燃焼を起こし、濛々たる煙煤に表情も険しくなる。先日、仕事帰りの道すがら同乗する相方が薬店へ入り用とのことだったので運転する二トントラックを通りに面した駐車場へ入れ店へ立ち寄ることとなった。買い物を済ませたわたしと相方は、連れだって店舗出入口を後にしそこから程近い区画に駐車したトラックに乗り込もうと先ず助手席側扉の施錠を解き、相方の乗車を促す。続けてトラック前方より回り込み、同様に運転席側の施錠も解く。扉を開け勢いよく飛び乗るべく、今まさに飛び乗ろうとしたその時まったく不意を突くかのよう唐突に「危ない!」の一声。何のことやら解らず辺りを見回すと、どうやらその声はトラック前方に立っている若い男からわたしに向けて発せられた言葉らしくしかしながらわたし、何のことやら解らぬのとだしぬけの怒号に少々不愉快。訝しげな表情そのまま彼を見やると男、苦笑いで言い訳でもするかのよう不可解な表情を浮かべわたしの足元辺りを指さす。つつとその足元をすり抜ける児童。こわっぱ。開け放ったままの運転席側扉の下をくぐり抜け、男のもとへと駆け寄る。齢にして二歳位であろうか洟垂れおむつである。なるほど、男はこの洟垂れの父親でありわたしの開けた扉に我が子が衝突負傷するのを危ぶみ注意を促したに違いない。事態を把握したわたしは、怪我などさせなくて良かったと安堵の息をついたのだけれど、ちょっと待て。これは俺が悪いのか?ここは場合によっては、動く凶器ともなりかねぬ自動車の出入りする天下の駐車場である。かように危険な場所であるにもかかわらず短い距離とはいえ父親である己はそそくさと先を行き知能発達途上である、訳の解らん洟垂れを放任し一人歩き走りさせるとは一体何事だろうか?わたし自身、子を持つ親であるが間も無く十一歳になろうという娘に対してすらかように危険な場所においては手を取り一人歩き走りなどさせぬよう注意を払っている。これは親として当然の責務である。ところがこの馬鹿親は、そうした親としての当然の責務を怠っているばかりか、更には己の監督不行き届きを棚に上げ雷声などあげているのだ。「危ない!」の一声は紛れもなくわたしに向け放たれた矢であり一瞬とはいえ厳しい表情を御召しになられたこのボケは一体何様?俺が悪いのか?いや、悪くないよなぁ。か弱き洟垂れを盾に正当ぶったいや己の正当を微塵も疑わぬ馬鹿親の態度姿に業腹である。かような馬鹿親が近年話題となり取り上げられているモンスタアペアレンツなどと呼称され、類別される類と成るに違いないのだ。大体からしてニイトやらフリイタアやらと総じて矢鱈と類別したがる世間の風潮傾向があほらしく、嫌悪感を覚える。通り名を与え系統区分することによりごく潰しや碌でなしののらくら者不道徳な愚れ者どもに居場所を与えているのである。しかしながら、ここでわたしがこの馬鹿親を叱責したとして当然ながら他の買い物客もあり、彼らの目にも触れることとなるわけで愚れ者の馬鹿親とはいえ相手は割とこざっぱりとした更には幼い児童を引き連れた好青年風味。頭ぼさぼさ作業服姿のわたしが、彼に対し激している場面など目撃された場合どう考えても見栄えが悪く分が悪い。ましてや我がトラックに同乗の相方は無類の争いを好まぬ質でありわたしが口火を切った途端、もし割って入られでもしたら全て台無し。感情のやり場をなくしてしまう。まるで焚き火に掛けた鍋が程良く沸騰を始めたところで噴きこぼれ火を消してしまう。そんな感じ。そうしてわたし自身は、子供を危険な目に遭わせたうえに逆ギレし因縁を吹っ掛ける、荒くれ者の雲助野郎として人々の非難を浴びることとなる。それも正面きってではなく横目でちらちら、ひそひそ、ぼそぼそと。これほど体悪く口悔しいことは無いではないか。くそお。頭の中ぶつくさやりながら煮え切らぬまま駐車場を出て公道へ入りトラックを走らせながらも、やはり納得がいかない。俺の身体のそこかしこ、ぶすぶす不完全燃焼を始め車中は煙の渦。次の交差点で引き返して一喝してやろうかなぁ。しかしトラックで再度あの狭い駐車場に入るのも億劫だよなぁ。己の身体より立ち広がる煙にむせながら、堂々巡りな思案に暮れていると夕刻時分、通常なら車の混み合う時間帯にあるにもかかわらずその日に限って道が空いていて、すらすらすいすいすいと流れてしまいあれよという間に現場から遙か離れてしまって結局、今更引き返したところで既にあの親子は居ないだろう結論に達し、諦めた。ヲシテネ。
2008/04/24
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