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名古屋の真ん中、栄のとある民家の軒下で羽化後間もないアブラゼミを発見。時期としては少し早いかな?梅雨の真っ直中、雨が降ったり止んだりの悪天候それを知ってか知らずか、雨露凌げる場所にて悠然と羽を広げる、脆くも美しいその姿。そういえば子供の頃、トンボや蝉の羽化を見たいが為徹夜の覚悟で眠い目こすりつつ頑張ったっけなぁ。何十年前だっけ? がはは。未だに興味は尽きんがね。純白の新成虫。まさに生命の神秘やね。自宅隣の建物の壁に貼り付く得体の知れぬ生命体。ぱっと見、ヒルに見えるんだけどなんじゃこれは?こんなに長いのがおるのか?と、気が付くとこの個体の他にも多数貼り付いていてびよよん、と伸びきったものもある。その長さ二十センチ程あるものも。気色悪い。これは神秘の対象外ね。採り集めて皿に載せ、イカそうめんの代わりにちゅるちゅるしたろか。うはは。ヲシテネ。
2008/06/29
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オイラの仕事はトラッカー。ってバスやトラックの部品を配達しているんだけどここ最近、よく配達に出向く修理工場で所長を務めるおっちゃん毎回俺が配達で顔を出す度に「おう、ご苦労さん。暑いで珈琲持って行け。」とこれが、実に気さくで嫌味が無く感じが良い。にこやかでありながら、時折社員に見せる厳しい態度などもなかなか減り張りがあって信頼のおける上司って感じ。第一に、己の下で働く者に対する労いの念みたいなものがずしりと根底にあるので時に叱咤される者にしても、いじけたり反発したりすることなく素直な気持ちで受け入ることが出来るんだよね。で、毎回戴く珈琲、冷蔵庫から取り出してくれるんだけど平素はホットしか飲まない俺ではあるけれどその気持ちがまず有り難いので、素直に感謝の心で頂戴仕り丁重にお礼しいしい立ち去るのである。実際、午過ぎて、二時、三時ともなると気が抜けて丁度睡魔の襲い来る頃合い。そこに珈琲とは至れり尽くせり、なんともまあ実に気が利くじゃん。って左手人差し指でプルトップを引き上げ、缶の口を切り黒い珈琲液を口に流し込む。うーん、この苦みが良いんだよね。ふうーっ、と恍惚の表情。憩いのひと時ね。ところが意に反するその味、ぐわあ。甘い。トテツモナク。缶に表記されている原材料を見ると砂糖、コーヒー、脱脂粉乳、ココナッツオイル、乳化剤という順序での記載。割と最近知ったことなんだけど、この原材料の表記含有量の多いものから順に上から記載されているらしくあろうことか、砂糖。此奴がグリコの登録商標ランナーの如く一番!ってな感じで誇らしげに両手を広げ最上部に記載されているのである。つまり万人に解りやすく平たく言うなら「甘い」ってこと。しかし世間の人々はこれ程までに甘い砂糖汁のような液体を欲しているのだろうか?商品として成り立っている以上は、やはりこの汁を夜な夜な啜りてオイシイ、オイシイ、などと鳴きにける人種がいるのだろうね。なんて考えつつ、ぐびり、またひと口。ぐわあ。そんなわけで毎回その修理工場を訪れる度、有り難く戴く珈琲。うくく、ぐわあ。有り難や。その工場内に設置された冷蔵庫の中には砂糖汁のごとき極甘な珈琲液をたたえた缶がところ狭しずらりと並んでいてある時など「どっちがええ?やっぱ量が多い方がええやろ」などと更に恐ろしく甘そうな薄茶色したロング缶を薦められたこともあり今の世の中、見た目じゃ人は判らん。このおっちゃん、人の好さそうな顔して実は俺を砂糖地獄の罠にかけ陥れようなど目論んでいるのではなかろうか?と人間不審に陥りかけいやいや、と思い直し、人をそんな風に見るものではない。信じられぬと嘆くよりも、人を信じて傷付くほうが良い。ってこれ昔の流行歌ね。しかし、実際こんなの毎日摂取してたら糖尿になるよね。とはいえ本日も有り難く戴いたのだけどね。やはり珈琲はブラックに限るね、ブラックに。ぐびぐび、「苦ー(ニガー)」黒奴交通省。ヲシテネ。
2008/06/27
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これは私自らが夢の中で体験した物語である。■夢日記/2008年6月21日■鮨詰め満員バスに揺られ、吊革につかまりつつも運転手が制動ペダルを踏み、ハンドルを切り、する度車内の支柱を頼りに均衡を保ちようよう立っているといった案配。次の停留所辺りで下車しなければならないのだけれど運転席左隣に位置する、下車専用扉より遙か離れた後方の吊革につかまっているわたしは前方に詰め込まれた乗客群をこれ掻き分け掻き分けして進まねばならぬこと必至で難儀だよなぁ。溜息ひとつ。と、そうこうしてる間に目的の停留所に着いてしまったので意を決し前方の乗客群へ向け、当方下車の意思表示をすべく「すみません!」と、あれれ???わたしが発した「すみません!」の一声はわたしの丁度目の前幼い児童を引き連れ吊革につかまっていた肥満気味な女性との二重奏と相成り続けて彼女、「降ります。」結局、肥満気味の彼女が人の林を掻き分け掻き分けして道を開拓して呉れたのでわたしはその後に続くのみにて難なく下車。車内の淀んだ空気に対し、外界は清しく幾分涼しい。 見知らぬ街である。バスを降りたわたしは停留所の向かい側へと道路を横断し路地を入る。虫喰いだらけの葉を突き出した垣根焼け跡にうずたかく積まれた煉瓦の山煤けた下見板の壁をやり過ごし通り過ぎ老朽し赤錆びた、今にも崩落しそうなアーチをくぐるとそこは年経り鄙びた歓楽街の一画。否、正しくは時代の波に取り残された享楽の残滓とでもいうべきか冬の枯葉に埋もれた抜け殻の様な街で、人影も無く飲み屋の軒下に横たわり埃を被った、清酒の水色硝子一升瓶色褪せた黄色のビールケース沿路に連ね掲げられ、力無く萎びた提灯など哀れであり侘びしい。しかしながらわたしは、こういった景趣は嫌いではなくむしろ大好きなほうで例えば、小ぢんまりとしていながらも昭和初期の造り外観をとどめた劇場跡などかつては人々が集い賑わったであろう過ぎ去りしその盛況振りを夢想するのみにて心ときめくものがあり楽しい。そんなわけで、埃やら黴やらといったあらゆる経年の垢をないまぜにしたかの様独特の臭気を停滞させた通りを独り興深げに散策しているとわたしの行く手を阻むかの様薄汚れた茶色い毛並みの猫が足元に踊りいで猫本人、戯れているつもりなのか知らぬけれどむきになってわたしのスネにかじり付いてくる。猫愛好家であるわたしは一瞬、可愛いではないか、と和んだもののこれが加減容赦無く結構な力で噛み付くので少々不気味に思うのと同時野良に違いない此奴の鋭い牙により傷など負いその微細な傷口より注入された得体の知れぬ病原菌か何かに冒され狂い死になどしては大変とわたしの右足をしかと抱き抱えしがみ付く猫を振り払い、振り解き、引き離しそれでも懲りずに迫り来るのを足で牽制しつつどこか避難出来る場所はないかしら、と辺りを見回し近くの公園へと駆け込み、鉄棒に飛び乗る。さすがにここまでは来れぬとみえて鉄棒の下をうろつきうろつきし、うにゃらうにゃらほざいてけつかる。かっかっかっ。安穏の地を得たわたしは心に余裕が生じなお且つ俄然強気となり身の程知らずな狂い猫に対し、攻撃など加えてやりたく思い今現在出来得る最大限の攻撃として鉄棒上に立ち上がり、中腰で均衡を保ちつつ、猫に狙いを定め放尿。はっは、ざまあみやがれ。きらきらほとばしる黄金色のしぶきを浴びる猫。その顔は何故だか無邪気に笑っている様に見える。ところが、それを見ると今度は、何だか己が弱い者いじめでもしている様な後ろ暗い心持ちとなり、俄かに周囲が気になり落ち着かず、放尿を中断。鉄棒上にてかがみ込む。ヲシテネ。夢の巷バックナンバーはカテゴリ「夢日記」からどうぞ。
2008/06/25
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見せしめとして縛り首となった亡骸。随分と長きにわたり風に揺られ腐敗することもなく、哀れな姿を晒していたのだけどここ数日の黄梅の雨と、まとわりつく様な湿気を含んだ大気にじわりじわり蝕まれ脆くも、とうとう腐り果て崩れ落ちた。おぞましい光景だなぁ、と、ちらり。あまりじろじろ見て、そこらを漂う怨霊に「何見とんじゃい、ぼけ」などと因縁を付けられてもかなわんので気付かぬ素振りで目を背け通り過ぎる俺。なにもわざわざ好き好んでそこを通過する必要も無いのだけれどそこは配送業務の合間、午時の休憩に俺が弁当を広げる場所に程近いわけですなわち、その休憩場所に辿り着く為には“そこ”を通過せざるを得ない。しかしながら、わざわざその休憩場所を選択する必要は全く無くその休憩場所を選択しなければ“そこ”を通過せずに済むわけなんだけどもはや日々の習慣となり果てたものに、変化を加えるのが億劫なわたしは毎日の様に“そこ”を通過し、おぞましい光景をちらり。直後に弁当を広げ食す。そして決まって、口に運んだ白米やドロリとした納豆の味に首を傾げる。なんだか味が変。その休憩場所は、葡萄や柿、キャベツなどを栽培する畑に囲まれた二トントラックが、優に切り返すに余りある程の広さの広場のような場所で、人通り、交通量、共に少なく長閑。休憩には最適の場所でところが、畑では野菜や果物を栽培しているので当然ながらその時期には野菜や果物が実るわけでそれを目敏く狙うのが、盗賊のごとき招かれざる黒装束。烏。追い払っても追い払っても攻め来る悪漢に業を煮やした栽培主が如何様にしてこれを捕らえたか分からんけれども「うおりゃあ、観念せい!」と叫んだかどうか知らんけれども兎に角、これを捕らえ絞首刑に処し、見せしめに吊るし晒した。これが先述した“おぞましい光景”の全容。荒縄で首をくくられ柿の木の枝に吊るされた五体の死体。うち四体は既に真下の地面に全て崩れ落ちているのだけれど残る一体、首から下は崩れ落ちたものの取り残された頭のみが未だ風に揺られ、ゆらゆら。さて、以前この畑で作業を行う人物を見かけたことがあるのだけれど日に焼けた丸顔に麦わら帽、いかにもにこやかな挨拶が似合いそう木訥な感じのするおばちゃんでこのおぞましい凄惨な光景所業とは結びつけるに容易くない。人は見かけによらぬ、ということなのだろうか?それとも余りの怒りに常軌を逸していたのだろうか?いずれにしても、はあはあと息を荒げ、その顔、般若のごとくに変化させ残虐なる刑を執行したに違いない。まさか、にこやかな笑みを湛えたまま、淡淡と事を進めてないよね?と、俄かにぞわっと視線を感じ、その方、見やって仰天。人?生首?微かに笑う乱れ髪のその顔は、案山子の代わりであろう葡萄畑の程高きところに挿げられた、散髪練習用マネキンの頭部で気が付くとそこいら中に多数あり、その数夥しい。なんだ、この化け物屋敷の様相を呈した畑は。どうもこの界隈の畑の持ち主は、猟奇的趣味を持ち合わせた人物らしい。一見にしてそうと判る外観である。その畑をより詳しく調べ上げてみたならばこの上、如何なる恐ろしい事実が露呈するかも知れず、厭わしい。このように黒い怨念の染み付いた土地にて栽培出荷された野菜、果物。果たしてその味は?やはり口に運んでは首を傾げるのかなぁ。 なんだか味が変。追記:「なに撮っとんじゃい、ぼけ」 などと怨霊に因縁を付けられると恐ろしいので 烏の亡骸は撮影していません。悪しからず。ヲシテネ。
2008/06/20
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懐かしい、三段式特殊警棒。わはは。これからは外出時に手放せんね。
2008/06/16
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少々ワイルドを気取って革ジャンなど羽織ってみる。う~ん、やはり革ジャンはぱつんぱつんの、タイトなものを着こなすに限るね。足元は下駄や雪駄でちょいと外し、意外性を主張するもよし。まぁ、この場合、絶妙上級なセンスが必要なのでここはやはり、爬虫類の革を用いて製造されたウエスタンブーツもしくはレッドウィングのエンジニアブーツ辺りを組み合わせコーディネイトするのが無難なところではなかろうか。「鏡よ鏡、この世で一番キマってるのはだあれ」って白雪姫のロックバージョン。眉を剃り落とし、石鹸水と砂糖水を用いて逆立てた頭髪。その頭をぶるぶる振り回し、ひしめき野次など飛ばす観客に「うるせえ!」と唾を吐きかけ、蹴り飛ばし、小便をひりかけ脱糞。「これでも食らえ!」と豚の内蔵を撒き散らし浴びせる。更には「ですとろぉい!」などと雄叫びを上げギター及びベースなど、弦楽器を振り回し、床に打ち付け叩き壊し演奏終了後、損壊し飛散散乱したその楽器の部品を自ら、ちまちま拾い集め修理に出す。そんな感じ。さて、ロックな感じにキマったところで、いざ、お出掛けって出向いた先が、ライブハウスや飲み屋ならば何等問題も生じないのだけれどまかり間違って、街へ買い物になど出掛けてしまい更にまかり間違ったことに“お買い物”ってなことで文字通り、買い物などしてしまい両手に紙袋。そしてそれに不運が重なり「本日は全国的に高気圧が広がり~」の予報に反し意表を突いた豪雨。そんなこんなでロックな出で立ちに紙袋、プラス傘といったちぐはぐ奇矯な、ワイルドが聞いて呆れる姿と成り果てる。やはり買い物に出掛けるならば上はスエット、もしくはTシャツ。下はジーンズやなんかをぞろりと無造作に、足元はサンダルかなんかであたかも“思い立ってちょっと出てきました”的雰囲気が買い物袋等、生活感漂わせるものと相性よろしく組み合わせ易く好ましい。とはいえあまりに無造作な、染みだらけ寝間着のよう所帯じみた格好寝癖そのままの頭髪に紙袋、といった組み合わせとなると最悪の場合、路上生活者と見紛われかねないので注意が必要である。ってなことでファッションって難しいなぁ。ヲシテネ。
2008/06/13
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人間の我慢には許容の限度があるのね。であるからして、その限りある我慢は道理通わぬ世間の糞馬鹿共の為に消耗すべきではなく例えば家族であり恋人であり友人であり己の大切な人達に対して本来使われるべきなのだよ。労せず。我慢と思わずして。これ、雄弁なる我が友人の言葉なんだけどうむむ、そうだよなぁ。ぶち当たる壁多き日常、ともすれば楽な方へ違うと思いつつも迂回し波風立たぬ無難な方向へ流され兼ねぬ己を戒めるかのようそしてまた、そんな己に言い聞かせるかのよう強く語る彼の言葉はずしりと重くなるほど考えさせられるものがある。馬鹿野郎!俺は日々働いとるのだ!一歩オモテに出れば戦場なのだ!と、外で飲み込み溜め込みしてきた鬱憤憤懣を帰宅した我が家にてぶち撒け八つ当たりする一家の主を気取った内弁慶。愚痴しか言えず、足踏みばかりの気弱な甘っ垂れ。権力やら社会的地位やらといった見た目ばかり大きな衣を纏った中身からっぽの腐れ天麩羅野郎に媚び諂い、ぶざまに頭を下げ、その場を切り抜ける。そういった要領の良さばかりがスマートで利口だと尊重されそれこそが良識ある大人であるとする屁垂れ世の中に於いて彼の中にそびえ立つ一本の柱は、彼自身の精神生き様を表すかのよう気高く頑丈。それゆえに多くの壁にぶち当たってきた男一匹。一見不器用とも思える彼の生き様を、馬鹿な奴だと嘲笑する者もあるだろう。貴様は何だ?苦笑い、愛想笑い、乞食の空笑い。本当の笑いは何処にある?秋葉原のイカレ犯罪者、あれこそ屁垂れの象徴ね。身勝手な八つ当たりからあれだけ多くの人を傷付け刺し殺ししておいて警官に拳銃を向けられた途端、あっけなく観念。あの場面にこそ、あの屁垂れ犯罪者の人生が凝縮されてる気がするね。死にたかったんだろ?撃たれんかい。腐った脳漿ぶち撒けて死んで見せろよ。ボケ。本日のベーシスト雄弁なる我が友人ね。わはは。褒め過ぎた。ヲシテネ。
2008/06/12
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ヲシテネ。
2008/06/09
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はじめましてー。ってな感じでよろしくねー。がはは。
2008/06/07
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何気なく再生したビデオテープに、おおよそ十年程前の自分が映っていて姿、顔色こそ平素と変わらぬものの、どうやら酣酔しきった様子。深む夜の闇を、ものともせず鳴きしきる蝉の声からそこが夏の夜の公園であると見てとれる。地べたに胡座をかき、画面中央に居座るわたしは地面にぽっかり空いた、直径1,5センチ程の蝉の抜け穴に人差し指を突き込み、無言のうち極めて小規模な掘削作業を行った後感慨深げに何やら、うーん、と呟き唐突、素っ頓狂な声以て“七年八年、地中で耐え忍び光溢れる世界に生まれ出た喜びを噛みしめる暇も無く生涯ただただ鳴き暮らし、やがては果てる”といった内容、蝉の一生を題材とした歌を熱唱。絶唱。静寂の中、響きわたる残響音。闇また闇。一見これ、酔客が勢いに任せたのみの単なる戯れ歌ともとれるのだけれどその詩吟のような独特の歌い回しに、照れや迷いは微塵も無く無表情、時折眉間に皺をよせ絶唱する本人は至って真面目。しかしながら、今現在シラフであるわたしにはやはり滑稽で俺は一体何をやっとるのだ。ここは何処なのか?首を捻り思いを巡らすも濁った川底にて、ちりぢり散乱したような記憶の断片をひとつに繋ぐのはたやすいことではなくそういえば、何処ぞの居酒屋でしこたま飲んだ後散歩と称して見知らぬ街を漫ろ歩きしその道すがら、これまた何処ぞの駅の傍ら線路をまたぐよう設けてある拱廊状の歩道橋を渡る際その鉄骨部分に巣を築きさらした一匹の蜘蛛を見付けるやいなやがはは、猛然と毒突き「貴様、虫けらのくせしやがって、何だ、その偉そうな態度はっ!俺様が恐れるとでも思うのか!くそ虫め!」と罵声を浴びせ、ぴん、と指で弾いたような気がする。指先に伝わる、ぶよんとした感触。うぎゃあ、これ、蜘蛛が大の苦手である自分には想像だに及ばぬ行動であり酒精の秘めたるパワーが、俺自身の弱点までをも克服させてしまったということなのだろうか?そして更に不可解なことに、前記した蝉の生涯を綴った哀歌これに自分自身全く覚えが無く、知らない。恐らくその時、その場の即興で歌ったものと思われるがいずれにしても、迷いのかけらも無い歌い回しといい侘び寂を含んだ、えも言われぬ歌声といい少々変テコではあるけれど、只者ではないような・・・うむむ、これはもしや・・・そう考えてみると常日頃、感情的に俄かドタバタを繰り広げているシラフの自分と比して上品に酒精を嗜むわたしは、これ少々の出来事には動じず雄弁。実に堂々としたもので、弱点も無く無敵な豪傑。更には即興で歌など歌う最強にして多才な男なのである。シラフという、多くのしがらみを纏った耳で聴けばこそ変テコに聞こえる歌も歌い手であるわたし同様に酣酔し、解き放たれた耳で聴けば心にじかに浸透。聴く者すべてがたちまち感涙にむせぶこと請け合い。そう、わたしは伝説の大人物なのだ。あちらの世界では。と、かように解釈すれば、それまで数片の雲の如くきれぎれだった不可解な事柄がひと繋がりとなり鮮やかな色彩を放つ。つまり、わたしたちが日々日常の生活を送る現世界とは別非常に近いところ、されど遠いところそこに現世界と酷似した異世界が存在していてどういった経緯かは知らぬがこのわたしどうやらそちらの世界ではその名も轟く、ちょいとした人物らしいのだ。否、そうに違いない。確たる根拠は何も無いのだが。わはは。しかし、なんだ、そうか。そうだったのか。ああ、良かった。これでスーパーマーケットにて格安割引のおつとめ品やなんかを購入しちまちまと節約生活など送る必要も無い。そう、なにしろ俺は伝説の大人物なのだからね。さて、普段は目に見えぬあちらの世界への扉となるのが酒。そしてその鍵となるのが、これを摂取し程良く酔うこと。しかしながらこと酒に関していえば人それぞれ強い弱いなど体質的な差があり場合によっては全く受け付けない者もある。よってこれを老若男女問わず万人に強いるのは少々酷であり、お薦め出来ない。ましてや見も知らぬ得体の知れぬ世界。一歩足を踏み込むにもそれ相応の勇気と覚悟が必要な筈である。ならば一度、扉の手前よりあちらの世界を覗き見ては如何だろうか?変わらぬいつもの街、人、景色、その世界。そしてそこに展開する出来事これを酒瓶の中、たゆたう液体にて透かし見れば夢か幻か忽然と浮かび上がる無何有郷。その異観に胸踊り、心奪われることだろう。そして、そう、いつかは俺の住むその世界へ。俺の歌声を聴きに来い。本日のシンガプーラ本日、仕事がヒマだったのでショッピングセンター内にあるペットショップにて猫いぢり。シンガプーラ、たまらん・・・後方よりルームメイトのロシアンブルーが不安げに見つめる。本日のゴケグモ自宅より程近い公園駐車場内の側溝などで外来種の毒グモ「セアカゴケグモ」が見つかったらしい。600匹生息の可能性だと。ぐわあぁ。ほんのひと月程前にバーベキューやったばっかだよ。核で総攻撃、根絶して頂きたい。ヲシテネ。
2008/06/07
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