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16世紀大航海時代、南北アメリカを二分していたスペイン、ポルトガルに対し、当時まだ弱小国だったイギリスやフランスが考えついたのが、海賊による船の略奪。
公式に略奪を許可する私掠状を発行し、海賊は、私掠船を組織してスペイン、ポルトガル船に略奪行為をしかけた。捕獲物の半分を国王に上納することが求められた。
しかし18世紀になり、国力をつけたイギリス、フランスは、海賊が不要となった途端、手のひら返しに、彼らを取り締まりはじめる。公務員的だった海賊たちは、本物の私的な海賊になっていったのである。
ナッソーの街。酒場は活気付き、酔いつぶれる海賊たちの姿がある。
荒れ果てた街の喧騒。
1706年から1718年までナッソーに存在した私掠船(事実上の海賊)の船員らを中心とした共同体が海賊共和国。
路傍の酔っぱらい。

「黒ひげ」ことティーチの海賊船「リベンジ号」に乗船。カリブ海で最も恐れられた船ヨ。
船内では主に寄港地の土地のもの、略奪した船にあった食料などを食べ、長期の場合は家畜を持ち込むこともあった。
ティーチは、樽に剣を指して最後に首が飛び出す「黒ひげ危機一髪」というおもちゃゲームのモデルにもなったんよ。
手術も、すぐやるよ。
ナッソーハーバー。1720年8月22日の午後7時30分。
2人の女海賊。彼女たちは史上最も有名な男装の女海賊アン・ボニーとメアリー・リードだ。
海賊界で最も恐れられた無人島への島流しの刑。島流しの際には恩情として一丁の拳銃が渡される。孤独に耐えられなくなった時に自らの命を断つために。
突如真っ暗な部屋に入る。突然大きな音とともに、海賊船に襲われる。1717年、アンティグアに向かう帆船の中を再現。またティーチの船に戻ってきてしまう。


ジョン・ラカム。小型船を俊敏に操り相当稼いだと言われている。女海賊アン・ボニーを手籠めにした男。交差したカトラスの上にドクロという海賊旗。パイレーツオブカリビアンのブラックパール号の海賊旗もジョン・ラカムのデザインだ。 「ブラック・バート(黒い貴族)」と呼ばれたバーソロミュー・ロバーツは、真紅の宮廷服に羽飾りのついた帽子、黒いコートを羽織り、胸にダイヤの十字架の風貌。賭博や暴行禁止、夜8時消灯、賛美歌奨励が彼の船の掟。
キャプテンキッド、最終的に、彼は5つの海賊行為と殺人の罪で死刑。その遺体はタールを塗られ、散り散りにならないように鉄の輪をはめられた上で鉄の檻に入れられ、テムズ川の絞首台に数年間放置された。 そういえば、日本のトカラ列島に浮かぶ宝島も、キッドが財宝を隠したという言い伝えが残っているねえ。

デスマスク。
牢屋に入れられてはっぴー。
いや、気が狂ったのか。





スティーブンソンが「宝島」で描いた、片足で、肩にオウムを乗せたシルバー。
海賊の館の横は、キリスト・チャーチ・アングリカン大聖堂。
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ぼちぼち7203さん
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