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幕張の海は、建物の向こうに隠れている。見えないものの気配だけが、街のいたるところにある。風に塩が混じり、雲が低く流れていた。姿を見せないまま、こちらの歩く速度を決めているようだった。
実際には風があった。「風がない」と感じたのは、天気の話ではないのかもしれない。建物の中から聞こえる音も、遠くの工事の音も、駅へ急ぐ人の靴音も、空気に薄く吸い込まれていた。街全体が、何かを思い出すために立ち止まっているようだった。
道の角に、小さな自動販売機があった。新しい機械で、その横にはベンチが置かれていた。誰が座るのだろうと思いながら、私は缶の温かい珈琲を買った。商品名は私の知らない名前だったが、味は昔から知っている味だった。
ベンチに腰を下ろすと、向かいの空き地で、白いビニール袋が一枚、かすかに動いた。風に吹かれたのではない。袋の中には、まだ何も入っていない。空っぽであることを確かめるように、袋は地面の上で身じろぎした。
そのとき、遠くで電車が走った。
見えない線路の上を、銀色の音が横切っていく。音は一度、建物の壁に当たり、それから裏道へ流れ込んできた。私はその音を聞きながら、一年前の自分を思い出した。
記憶というものは、顔や言葉よりも、道の幅や光の角度を残すらしい。ある夕暮れに見た駐車場の水たまり。誰かと別れたあとの歩道橋。名前を忘れた人の横顔。その人の横にあった植木。そういうものだけが、歳月のなかで妙に鮮やかになる。
道をさらに進むと、海浜公園へ向かう大きな道に出た。
(文:Manusによる)
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