江戸こぼれ話 笑左衛門残日録

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月夜の傘 New! 朽木一空と五林寺隆さん

2021.01.25
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​  ​​ しゃっくり同心茂兵衛 事件帳控 8
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​  ​十文飯屋  2 満腹満腹​​


満腹笑顔の 子供腹だね
     十文飯の  笑い皴
 本所南割下水から三笠町の路地を入って、貧しそうな九尺二間の裏長屋が並んでいた。 貧しい長屋で、銭のない奴が住んでいるので、おけら長屋と嘲笑されていた。
 丑松は御用の筋でこの辺りを探索したことがあるが、江戸の町の中でも特に貧しい場所であったと、記憶していた。
 そのおけら長屋の裏手にその十文飯屋はあった。
 飯屋の看板も無く、暖簾も下がっていなかったが、客らしき者がひっきりなしに店を出入りしていたし、 店の中が混んでるのか、路地の床几に腰を降ろして、飯を食っている者もいたので、 そこが噂の十文飯屋だということがすぐに解った。
 しばらく眺めてから、臨時廻り同心の野呂山 茂兵衛と、岡っ引き一文疣(いぼ)の丑松は 互いを促すようにして、店の中へ足を踏み入れた。
 薄暗い店の中の真ん中に幅六尺長さ三程度の半丸太の杉板の卓が置かれていて その周りに空樽が置かれている。 店の中に飾りはなく品書きもなかった。
 「へい、いらっしゃい、こちらの席が空いております」
 愛嬌のある、にこにこした子供が相手をする。 なにも聞かぬいうちに、お茶が出、飯の乗った膳が運ばれてくる。
 「おらあ、まだ何も注文してねえ、品書きも見てねえや」
 「はいっ、うちは、日替わり飯一つしかありませんので、これを召し上がってください」
 「うん、そうか、、、これで十文ねえ」
 「さようでございます」
 その日は、大飯と汁、芋の煮っころがしに、焼煮が付いた、豪華な飯である。
 「うめえよ、坊主、いい味だよ、」
 「はいっ、女将さんは、天下逸品の味付けしますから」
 客は満足そうで、にこにこ笑顔の子供が、嬉しそうに膳を運んでくる。
  結構な御馳走だった、十文とはとても考えられぬ。
 客は入れ代わり立ち代わり、たしかに、貧乏そうな子供の客もいるが、半分以上は町人だった。 つぎはぎだらけの着物を着た貧乏人ばかり、じゃあなかった。 商店の丁稚に手代らしい者や、職人、無宿者、痩せ浪人、出かける前の夜鷹らしき女までいた、
 臨時廻り同心の野呂山茂兵衛 と、岡っ引き一文疣は腰を下ろさず、壁際に寄り掛かって、 店の中を観察していた。
 継ぎはぎの着物を着て、膝当てが破れて、膝が丸出し、裸足で、鼻水を垂らした顔でむしゃむしゃ飯を食い終わりると、膳をもって、奥へ行き、
「おばちゃん、銭がない」
「与吉かあ、いいよ、じゃあ、その代り井戸端で洗い物しておくれ、」
「へいっ、ごちでござんす、」
 銭を払えない子供も、銭を貰えない店主のおびんも明るい顔で、にこにこしている不思議な光景だった。
 店主のおびんは、貧しい子供からは銭をとらないのだ。
 おびん自身、五人の子供を養っていた。みんな捨て子だ。 腹をすかして江戸の町をほっつき歩いていた宿なしの子供を引き取って養っているのだ。
 その、捨て子たちに町を歩かせ、物貰いをさせていた。 米蔵のおとし米、魚市場で棄てられる魚のあらや内臓、青物市場で棄てる野菜のくずを拾い、貰ってくる。
 大川や神田川では蜆を採っては蜆売りもさせ、残った蜆は店で蜆汁にした。
 野原では食える草を摘み、林ではきのこをとった。
 生きて行くということは、泥水を飲まねばならない。 ただ、貧しいと泣いているだけではいつまでたっても貧乏から抜け出せない。 と、子供らに教えていた。
 大名家の門の前に立たせ、旗本屋敷の前に立たせ、両国橋の船宿の裏口に立たせては僅かな食べ残しや、棄てられる寸前の食材を貰ってきた。それを。おびんが調理した。十文飯屋では、 その日集めた食材でその日の汁やおかずを作るのだ。
 だから、店で出てくるおかずは豪華な日もあるが、飯に汁,沢庵だけという日もあったのだ。 店には品書きがないのもそのせいだ、その日限りのお任せ定食なのだった。 誰も文句は言わない、十文飯屋だからである。
 「それにしても、解せねえな、これじゃあ、どうひっくりかえっても大赤字だ、こんな商いが続くわけもねえや、ここは、店主のおびんにどんな裏があるのか、聞かねばならぬな、ひっく ひっく ひくっ、」
「まったくでぃ、、、、」
  臨時廻り同心の野呂山 茂呂左衛門 と岡っ引きの丑松は、顔を見合わせて頷いた。
      つづく 朽木一空
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最終更新日  2021.01.25 10:30:05
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