江戸こぼれ話 笑左衛門残日録

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2026.04.29
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カテゴリ: 忍草  再演 26
忍草 (しのぶくさ)26-12

~  忍び草 江戸の帳に 隠れ咲き~

白蛇に抱かれた奉行 3



羽根がなければ飛べねえって?
足がなければ歩けねえって?
蛇には足はいらないよっ、
こいつは、とんだ蛇足でございやした、
 欅の葉が空に半円形の樹冠を作り、濃い緑色に変わってきて、夏が近いことを感じさせていた。
その欅の葉から木洩れ陽が庭の池の水にキラキラと踊るように光っていた。
色鮮やかな斑点模様の錦鯉が餌と間違えたのか、その光を追って、尾鰭を動かしていた。
 南町奉行鳥居甲斐守耀蔵はその優雅に泳ぐ錦鯉を朧な眼で見ることもなく見ていた。
もし町民が飼っていたら、錦鯉は贅沢禁止令で即没収するところだ。
 ふと、黒田九鬼流斎が釣り道楽で、いつか必ず下忍の池の大鯉を釣り上げてやると駄法螺を拭いていたことを思い出した。
 鳥居耀蔵が九鬼流斎を始末させたのだが己の片腕を失ったような淋しい風が吹き抜けるのを感じていた。
幼いころからの腹心である。誰よりも、自分の考えを理解し、改革を推し進めてくれた男だった。
黒田九鬼流斎がいなければ、今の自分もいない。それほどに、信頼していた腹心であった。
その、天保の改革を先頭に立って推し進めていた黒田九鬼斎が突然姿を消したのだ。
 このままでは改革が足踏みするかもしれぬ。
  北町奉行の遠山影元は<遊び人の金さん>などと云う町人に化けて
 江戸の町を探索しているようだ。
 「よし、儂も、奉行自ら江戸の町の探索に出張ろう!」
 鳥居耀蔵は、かっての黒田九鬼流斎の部下たちを率いて、
役宅を出、柳原土手を下り、神田弥平町辺りの、
飴屋、団子屋、油屋、豆屋、味噌屋、蝋燭屋、青物屋、古着屋、などの間口の狭い商店が並ぶ、
 奉行自ら街中を歩くことはめったになかっので、物珍しくもあった。
「随分と、狭っ苦しいところに住んでいやがる、息が詰まって窒息しちまいそうだ」
弥平町全部で自分の屋敷分もあろうか、そこに、押し込められたように、人々が生活していた。
ごちゃごちゃした通りには、やけに人が多かったし。子供が戯れ、犬が走っていた。
『どんな病もケロリと治る、薬種販売、蛇惚屋』という、看板に鳥居耀蔵は異なものを感じた。
暖簾をくぐって、店の中に体を入れる。異様な薬臭が蔓延していた。思わず鼻をつまむ。
「おいっ爺、おぬし、どんな薬種を売っているのだ?」鳥居耀蔵が高飛車に訊ねた。
「頭から、胸から、腹から、便通まで、どんな病にも効く薬種がございます。
死にたくなる病もお助けします。楽しくてしょうがない気持ちになれる薬種も配合いたします」
「如何わしい薬種屋じゃのう、痺れ薬や眠り薬も、お主がすべて配合するのか?」
「へいっ、日本橋本町の薬種問屋で仕入れしたり、野山で蒐集しました草、根、木、花、動物の肝など、百種類から配合いたします。
曼陀羅華やすずらんの根、夾竹桃の枝、フグの肝、毒茸、毒を以て毒を制すのでございます」
 「不老長寿の薬というのもあるのか?」
 「はい、ございますとも、
 家康将軍様は 漢方15種類以上をご自身で調合しておりまして、
 精気に溢れ、側室20人、お子様16人を産み、75歳で推挙するまで壮健な生涯でございましたよ、」
「うむ、この店で儂が長生きできる薬はあるか?」
「伊賀の兵糧丸などいかがですかな、癖があって苦いのですが、
一粒で三日は疲れ知らず、飢餓から救われ、精神がよくなり頭が冴えます、
 お勤めもはかどりましょう、なにせ、馬に5粒食わせれば、三日は走り通すと云われてい居ります。」
「蛇惚屋と申したな、儂にはお主の蘊蓄は信用できぬわ、」
鳥居耀蔵は、馬鹿ではなかった。店の中の薬草棚や、薬研に目をやりながら、
何やら胡散臭さを感じとっていた。
「ふむっ?でぃ、裏の崩れそうな蛇惚長屋もお主の所有するものか?」
「へいっ、尻十八でございます」
江戸では、人糞が肥料として貴重なものだったので、長屋の人数は尻の数で云うことが多かった。
 つづく
朽木一空





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最終更新日  2026.04.29 00:00:16
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