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今日の部屋割りはちょっと理不尽。主任さんと私しかチームにいなかったけど主任さんはリカバリーと大部屋の1人。私は大部屋を2部屋持っていた。その上入院が来た時、私が呼ばれていたらしい!!!どう考えてもありえない。というか、元々入院は、主任さんが取ってくれるってはなしだったのに・・・私が透析に患者様を送っている間に入院があった。他のチームの人からも、主任さんが取るべき。2人しか受け持っていないんだから・・・と。私は、大部屋を行ったりきたりと忙しかった。それでも、思ったより早く終われた。もう、黙々と仕事を進めた。仕事が終わって、主任さんから『ごめんね、大勢看て貰って、手伝えず同じ位に時間がかかって』と言われた。ちょっと疲れた。 明日は、フリーの日勤にまたしてもらった。まだまだ続く勤務。ボチボチ、疲れが溜まってきているよ。
Jun 30, 2005
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今日は、自分に受け持ち部屋がついていなかった。それも自分のチームのところにプレートはあるものの横に、フリーと食事介助など書かれていた。回診が終わったら、各チームを回りながら保清をしていった。点滴は、婦長さんが作ってくれていたので助かった。NsCallの対応などした。病み上がりだし、フリーは気を使うけど時間で終われていいのだ~! しかし、時間で帰れると思ったのもつかの間、KYT(危険予知訓練)の話し合いに強制的に出席にされていた。ひどい~!!! 各グループに分けてアクシデントレポートの事例について話し合った。そのグループの中に、私が入院時救急外来でお世話になり、病棟まで入院の手続きをしてくれた中材のNsがいた。あの時は、優しい人だなと思ったけど、実際は違っていたようだ。同じグループの婦長クラスに指図したり怖かった。やっぱり、普段はこの人はこんな感じなのかと思った。ちょっと、人間の表と裏見ちゃった。
Jun 29, 2005
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今日は、準夜が終わって寝たのは3時過ぎだった。だけど、朝から親に『あんたの車のタイヤパンクしてるよ』と起こされた。実際見ると確かに、明らかに、空気抜けてきている。そんなことにも気づかず、帰ってきた私・・・確かに、ボチボチ、タイヤを替えようと思っていたが・・・とんだ出費だった。 昼前から、頭重感・嘔気・眩暈で最悪になってきた。それでも、朝は、ビスケット1枚食べた。昼は、親に外食勧められていった。あまり、食べる気はしない!でも、食べないと親も心配するし・・・外食から戻ってくると、もう動きたくない状態だった。でも、今日は神内は外来やっていない。一応、病院にTELするも、救外になると言われ、Drの名前を聞いて様子見ることにした。偏頭痛薬を内服して吐き気止め・眩暈の薬も一緒に飲んだ。それで、とりあえず、寝ることにした。目をつぶっていてもグルグルと眩暈感あり。今日は、病棟の係りの話し合いがあったが欠席の連絡をした。『変わりにほかの事をやってもらう』といわれた。まあ、しょうがないや,明日から6勤だから・・・シフト崩すほうが怖いからさ! 夜になってようやく落ち着いてきた。こうやって、パソコン打てる。でも、ボチボチ、体がえらいからここまでにする。
Jun 28, 2005
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今日は、午前中にも病院にいった。目的は、看護部長への仕事復帰の挨拶と今回の入院でお世話になった病棟の婦長への挨拶。そして、耳鼻科への受診。耳鼻科が混んでいたから、看護部長に挨拶に行った。 看護部長は、今回は1週間は休んでないから書類は良いけどちょっと奥で話しようと言うことになった。看護部長は、元は看護学校時代の1年次の担任だった先生。だから、私のことは、よく知っていた。だから、今回の入院が自律神経失調もあり、入院した病棟の婦長からも私の話を聞いてあげてと話が入っていた。入院した病棟の婦長も看護学校時代の2年次の担任だったから。今までのいきさつ。今回の仕事復帰に関して婦長に言われた言葉に傷ついたことなど全て伝えた。その上で、看護部長から、病棟を変えるか,とりあえず3月までこのままの病棟でいくか少し考えてみてと言うことだった。いつでも、人事は変えてくれるということだった。また、学ぶ気があれば、外部への研修にしばらくでてみてはと言う話もあった。うちの病棟は、新病院に向け来年4月からICUを仮稼動するからそこのスタッフになる気はあるかとも言われた。私的には、ICUは経験したいと伝えたが、まだ保留にしてもらった。看護部長には、伝わっていなかった私の気持ち。ここまで来たら、一度は言おうと思っていたからよかった。 耳鼻科受診では、シェロングテストして+か疑+と言われた。確かに、自律神経めちゃめちゃかも・・・血圧も、測るごとにすごい幅があるし! そして、準夜、仕事復帰した。会う日と会う人に『お休みすいませんでした。今日から仕事復帰するのでよろしくお願いします』と言いながら回った。病棟に行って、ショックだったのは、婦長が約束を破ったことだった。今日の準夜は、部屋を持たずにフリーで動くと言う約束だったのに部屋持ちになっていた。もう、何もいう気にならず、ひたすらカルテを遡って見た。今日は、耳鼻科のOPE患者もいるしリカバリーは、二人。まあ、外が落ち着いていたからよかった。仕事が落ち着いた時点で、明日転科する患者のサマリーをパソコンで入力した。なんで、よりによって、すぐに転科するような患者様の受け持ちをつけているのか信じられなかった。それも、私が、入院している間に・・・! まあ、いろいろあったけど何とか仕事復帰できた。
Jun 27, 2005
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今日の体調はまずまず。午前中は、部屋の掃除をした。そういえば、ここのところ整理整頓できていなかった。洋服も、春から夏物に交換した。なんか、ちょっと心晴れ晴れ。 でも、勉強に向かう気分にはまだ慣れなかった。まあ、落ち着いたらやる気になるでしょう~!!!NOVAにも行けてないや。やばい英会話はコンスタントに行かないとホント逆戻りだよ!でも、NOVAのあるショッピングセンターに行ってもやっぱり今はやれそうにないやと、通り過ぎていった。 夜は、両親が、外食に行こうと誘ってくれ行くことになった。というか、そうでもしないと、食事を摂る気にならない状態だったから・・・!まあ、仕事復帰前に、少しでも栄養をつけれたよ。
Jun 26, 2005
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昨日、退院して今日は、自宅療養中。と言っても、寝ていたら、仕事に戻ったときに動けなくなるし・・・少し頭痛はあるものの少し、気分転換に買い物に出かけた。家にいても気分落ち込むし、仕事のこと考えちゃうし・・・でも、休日でショッピングセンターは混みこみ。買わずに退散した。 ホントは、今日は、準夜だった。なんか、こんな過ごしかたしていいのかな?今からでも、仕事に行くって言ったほうが気が楽だった。でも、主治医からも、せめて来週からの職場復帰と言われバレタラやばいし・・・もう、診てもらえなくなるし! しっかり休んで、仕事で返すしかない!!!
Jun 25, 2005
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朝から、退院する為に食事と格闘!なんとか5割食べないと帰れない!頑張ってもなかなか進まない。途中、覗きに来たNsからは無理じゃないと言われ俄然として頑張ってなんとか半分ぐらい。以外と自分に甘い評価だけど・・・ Drが外来中だから夕方までENTを待って欲しいといわれた。婦長とも掛け合ったがやはり同じ返事。 朝、自分の病棟の婦長に散々自己健康管理不足等いわれ、精神的なことも言われ辛くなり、「月曜日から準夜で仕事にでます」と言ってしまった。もう、仕事のこと考えると余計に頭痛くなる・・・ 午後にDr来てくれて、私がメモ書きした薬の処方と診断書等処理してくれた。外来は来れる時に飛び込みでいいという職員特権!!!入院費も、食費だけで病院負担なので2千円ちょっとですんだ。 退院して、自分の病棟に顔出しとりあえず、いる方々にご迷惑かけたこと謝罪回りした。ちょっとしたお菓子を置いて帰った。月曜まで休息して仕事に向かわねば・・・!
Jun 24, 2005
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昨日の夜に、Drに点滴の終了をお願いしていた。その為にも、なんとしてでも食べなくてはいけなくて昨日の準夜のNsに5分粥の主食を朝:パン,昼・夕:麺に変更をお願いした。頑張って3割ぐらい。午前中に頭のMRIもとった。今日ぐらいからだいぶ起きていても楽になった。TVを見るきにもなった。 それでも、退院の許可をもらえず!目標は5割摂取となった。午後に主任さんが見えて、25・27の準夜を休まして欲しいことを伝えた。主任さんからも、「何か抱え込んでることあるんじゃないの」と言われても、本音は決していえない。その聞き役に、毎日、この病棟の婦長さんが聞いてくれていた。でも、私の答えは、自分の気持ちを変えてでも、今の病棟に少しでも早く戻ることだった。婦長さんからは、何の解決にもならないのを解っていても帰るんだ!と言われた。でも、今の私はそうしたい。まだ、病棟変わる気にはならない。今の病棟で、もっと学びたいことは山ほどある。 今日は、デパス1T内服して寝ることになった。
Jun 23, 2005
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入院初日の朝。深夜のNsも元仕事場での同僚だった。頭痛も、嘔気もあり食事もとれず、またまたロキソニン内服した。ちょっぴし、微熱が出てきた。 私が入院したことは、ものすごい勢いで広まっていた。朝から、副看護部長には会うし「また、痩せた?疲れも溜まってるんじゃない?」って言われるし。脳外科のDrはちらりと部屋をノックして入ってきて「隋液取ったのか?風邪だよ!」って。病棟の婦長や看護部長も登場。入院させていただいた病棟の婦長も登場。この婦長さんは、看護学校時代の先生でよく知っている。 それで、主治医は今日は外来なのに状態を確認したらしくルンバールやるときた。今まで、ルンバールの介助には何度もついたことのある私がやる羽目になるとは・・・そして、その介助についてくれたNsは私が新卒の時にSAHでケアした先輩だった。先輩も「へんな巡り会わせだよね!私が、SAHを発症した日にこうしてルンバールの介助につくなんて」って言われた。私は、ヘルニアもあり、L3で行うことになった。終わった後、2時間安静だったけどめちゃめちゃ刺入部周辺をバットで叩かれてるように痛い!この痛みが刺激になったのかとイレしたくなった。仕方なくCALL。でも、動いちゃだめ。ベット上で便器でとなった。物だけ置いてもらい自分でやった。といっても、ほとんど体起こしてやっちゃったけど・・・ ルンバールの結果、問題なし。退院したいと言うも許可でず。 夜になって、Drが来て、髄膜炎ではないが、偏頭痛・自律神経失調・過労・栄養不足と言われた。『栄養不足?』って一昔じゃないし、私はそれなりに食べてるとと思った。確かに、仕事している時は、食べれなくなっていたけど・・・採血のデーターでかなり慢性的に低血糖で仕事していたよと言われた。頭痛に関して、イミグラン1Aを皮下注してもらった。同時にプリンペランをピギで落としてもらった。皮下注した後、ものすごく頭が痛くなったけど徐々に楽になった。今日から、ロキソニンの禁止令がでた。退院について問うと、今日1日食事が取れてないから、明日少し食べれたら点滴は止めると言った。だから、明日はなんとしても、食事を食べないと!!! 職場の主任さんが顔出してくれてとりあえず、金曜まで休みをおねがいした。
Jun 22, 2005
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12時ぐらいに起きたのかな?起きたら、頭が重く動けなかった。そのうち、両側頭部の脈を打つような痛み。とりあえず、少し、食べ物とって痛み止め飲んで様子見た。でも、痛みはひくどころか悪化、更に、体を起こすと嘔吐して最後は胃液しか出なくなった。自分で、病院にもいけず両親が仕事から帰ってきたら自分の病院の救急外来にかかることにした。あらかじめ、電話で伝えカルテも出しておいてもらった。ついでに、Drも確認しておいた。呼吸器内科の韓国人のDrだった。 救急外来について、診察して、それ以前に風邪を引いていたこともあって点滴・採血していると神内のDrが登場。つい、2日前に夜中に話したばかりのDr。入院するか、次の日に外来でルンバールすると言われた。今、やっても結果に反映することないからと。とても動けそうになかったので『髄膜炎疑い』で入院を個室で取ってもらった。ルートは、呼吸器の内科のDrがとってくれた。というか、取ってと頼んだ。病棟でとってもいいといったが、以前、OPEルートを取るのに外科のDrが5回刺した経緯があるから。ためらいつつ1回で入った。よかった~!病棟にあがると2月まで一緒に仕事していた人が出迎えてくれた。ちょっとほっとした。アナムネは落ち着いたら自分で書くって言ったら「いいよ。頭動かすと辛いでしょ」って言われた。 横になっていると、Dr再登場。今からH-CTとってもらいたいとのこと。車椅子で行く。戻ってくると、頭痛がup。先輩がDrに確認してくれてロキソニン内服した。これで眠れるか??? ホントは、入院したくなかったし仕事にも迷惑かけるから嫌だった。でも、仕方なかった。
Jun 21, 2005
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今日は、緊急日の準夜だった。日勤から準夜のまたぎ前に自宅で転倒した患者が救急搬送されてきた。元々、ヘルツの既往がありワーファリン内服しておりとても年齢的にもOPEの適応にはならない!準夜に入って、ちらりと瞳孔見たら、明らかなアニソコリーだった。主治医が家族にMT中の為、研修医に報告。MT後、再度CTへ出床し、その途中で、ケイツー1Aと20%マンニトール持ちながら行った。CT室前でケイツーをivし、そこへ主治医到着。20%マンニトールをポンピングしながらCT施行。呼吸が止まりそうで、内科の救急外来を借りて挿管となった。もう、ばたばた。CTも、出血増大しており、もう手のつけようがない状態だった。病棟にも、CT撮ってる最中に呼吸器の準備をしてもらい、病棟に戻った。点滴も、最大限しぼった。その後は、落ち着いていた。というか、当直の婦長にお願いだからうちに入れないでと挿管しながら懇願してきた。そんなことで、そのあとは、ゆっくり落ち着いて仕事できた。でも、食事はとらず、水分だけだった。 なんか、精神的に疲れたよ~!!!
Jun 20, 2005
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深夜にでてきたよ。1時間ちょっとは眠れたかな?準夜の先輩から意外と落ち着いているよと言われるも、確かに、リカバリー意外は落ち着いていた。外人は、1時間VS以外にもCALL多かった。挙句に、親戚だの色々、外からの電話が夜中に入ってきた。外人は、なぜ親戚が多いの???来る人、来る人かなり遠い親戚だよ。日本では、こんなに遠い親戚が国際電話かけてくるの?とギャップを感じた。 VSは落ち着いていたが、なんか朝方からINが2000オーバーだし、腹部の張りも気になった。Drに報告もINに関しては問題なし。腹部に関しては、問題ないと思われるが、ちょうど、腹部CTの予定があり、それで判断すると言うことだった。CT室から電話があり緊急OPEとのこと。恐れていた腸管損傷が見つかったとのことだった。唯一、日本にいる肉親に電話した。夫は、日本人だから言葉は問題なくDrからMTしてもらった。そして、本人に話してもらって状態をわかってもらった。 この患者は、L1の損傷だからどんなに頑張っても一生車椅子生活にはなる。外国にいる妻にこちらに来るように連絡とってもらった。もう、国に帰る予定でチケットも手配済みだったとのこと。こんな、皮肉なこともあるものだ。なんか、複雑だった。家族に、状態伝えるにも一生の問題だけに複雑だけど言わざるを得ない状況。やっぱり、そのあとの、フォローで少しでも受け止められるようにしていくしかないとつくづく感じた昨日からに続く1日だった。
Jun 19, 2005
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仕事にでて、自分は前日休みだったからOPE予定考えたらリカバリーは1人かなって思いながら出勤した。そしたら、予想に反して3床埋まっていた。「え?」と思ったら緊急OPEで2人入ったんだって。朝から、大変だった。 でも、1件は耳鼻科でもう離床している人なのでバイタル測ったら大部屋に早々に移動してもらった。あとの2件は外科でアッペと右半結腸切除のOPEだった。右半結腸切除の患者様は痴呆も入っていて痛みがはっきりわからず聞けば痛くないって言うしX-P上元々アテレクのある人だから体は起こしておいて!!とDrから言われG-upしても苦痛表情なし。保清も1人で早々に行った。DrよりO2下げても続行との指示で出る部屋なく痴呆もあるためそのままリカバリーにいることとなった。もう一人のアッペの患者様は若い方なので保清しながらボルタレン挿肛して離床させることとした。そんな時に、脊髄損傷と肝損傷,腸管損傷の恐れの患者が来ると連絡が入った。それも、外人で日本語は少ししか解らないという。患者が来る前、他の外科のDrより肝損傷自体はそんなに問題ない。週明けに整形に連絡で移動すれば良いのではということになった。VSは、1時間毎だし、友人からアナムネ取るもスムーズにいかない。時間だけがかかり、はかどらなかった。交通外傷だったから警察からも連絡来るし大変だった。 今日は、深夜なのになかなか仕事が終われずあまり眠れずの仕事になるようだ~同じチームの人は、なかなか手伝ってくれなかったし頼んだことはできていなくて結局は自分でやらなくてはいけなかった。かなり、お疲れだよ~!!!
Jun 18, 2005
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2日ほど前に通信の大学から教科書が履修分ダンボールで送られてきていた。仕事もあり、まだ、箱からだしぱらぱら見るのが限界の状況だった。でも、オンラインで同じ通信をしている方とチャットしたり、フォーラムに書きこしたりするのは楽しい。一応、目標は2年での卒業です。仕事との両立は大変かもしれないけど、自分で決めたことだから頑張ろうと思う! でも、自分のやる気次第ってのはやっぱり通信は孤独かも・・・!
Jun 17, 2005
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今日は、神経使う部屋だったけど処置的なものは少なくOPE出しはあったけど意外と順調に進んだ。だから、他の部屋の手伝いにいった。OPE出しが12時だったから11時30分に抗生剤もって行ったりちょこちょこと顔を出しながら話をして様子伺っていた。家族からも、頑固で我慢しちゃうかもしれない・・・と言う情報をもらった。それを言われても、そしらぬ顔していた。 OPE後は、何度聞いても痛みの訴えなし。硬膜外カテーテルははいっているものの我慢してるのでは?と思いつつ。だから、準夜の人に夜は、痛み止め使って寝かしてあげて欲しいと伝えておいた。
Jun 16, 2005
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今日は、緊急日。準夜で脳外の入院がOPEに出床したがまだ戻ってきていなかったが、申し送り中に戻ってきてくれたのでよかった。人がいる時で、いっせいに片付けられたからさ! その後は、入院なく落ち着いて朝を迎えることができた。朝までまあ、リカバリーをちょくちょく覗きながらそれでも落ち着いていたので良かった。不穏の患者様が目を離せないくらいで・・・! なぜか、今日は、採血が多くて大変だったけど久々に早く終われた。よいことだ。体調不良を早く治さないとと思い、耳鼻科で薬を前回と一緒で出してもらった。抗生剤だけは7日で止めようと思う!風邪薬飲んでて眠いよ!!!おやすみなさい!
Jun 15, 2005
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今日は、日勤+深夜なのでリカバリーの受け持ちだった。あともう一部屋も持っていた。リカバリーの患者様は、耳鼻科でOPE後1日目で離床は問題ないんだけど、診察後から病棟フリーだから車椅子で外来に連れて行ったり、その後、追加でデルマ受診まででてそのまま行った。午後も、ネブをしに外来に車椅子で行った。 今日は、緊急日で入院がリカバリーにきた。外傷性気胸だった。救急外来でトロッカー入れてくるも、リークひどし・・・私が昼食に行っている間だったので先輩が入院受けしてくれた。あまりにリークあるし、エアー入りも弱いからDrに来棟時いうとX-Pを撮る事になった。やはり、肺が縮んでいる。トロッカーからアスピレーションキットを挿入した。それも、日勤の終わりに・・・準夜さんに頼むのは申し訳ないので自分がやることにした。徐々に、リークも減り、X-P上も肺の膨らみが出てきたとのこと。ちょっと、安心! でも、こんな状況下でOPEだしもしていて帰室してきたのでホント大変だった。先輩からは手伝えなくてごめんねと言われるも、もうぐったり。体調不良もアリ、頭はボーとしてきた。病院でれたのは、20時過ぎていた。家について仮眠できたのは21時を回っていてほとんど寝れないまま深夜入りとなってしまった。
Jun 14, 2005
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明日は、日勤+深夜なのに他のチームに飛ばされていた。朝からがっくり。それも、入院受けつきだった。ショックなことに、2日後に胃切のOPEがある患者様だった。すごく神経質で「輸血するのか?して欲しくない」と言っていた。Drからも輸血はしない方向で行くとのことだった。輸血したくない理由が昔、友人が出産の出血で輸血してC型肝炎になったのを聞いているからとのことだった。確かに一昔前にはあったよね~!本人に輸血しない予定なのでと言うと安心していた。でも、ホントに生きて帰ってこられるか,うちには年寄りが2人いるからなどの不安も聞かれた。訴え傾聴しながら対応し、チームの人に申し送っていった。 確かに、手術を受ける患者様の不安は分からないわけではない。私も去年手術しているからさ。私は、2度目でどんなOPEかも知っているしOPE後の状態も想像できても怖かったからさ。だから、OPE患者様の受け持ちをする際はできるだけ患者様の訴えが引き出せるようにコミュニケーションするようにしている。この気持ちは、忘れずにいたいと思う!!!
Jun 13, 2005
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今日は、2グループに分かれた。ユニバーサルと吉本・海遊館組に分かれた。私は、吉本のほうに行った。でも、ほとんど寝てしまいあまり見ていなかった。時折起こされて、見るぐらいだった。終わって海遊館に行き、そこで食事を取ることになった。でも、一番行きたかった『自由軒』は一杯だったのでやめた。というかどこも一杯だったけど・・・ということで、あっさりとサラダぶっかけを食べた。 食事後、海遊館に入園するも満員でなかなか進まない。まあ、名物のジンベイザメ君を見てこれたから良いかな。海遊館に入ってから何故かおなかの調子が悪く下痢し始めた。何度も行った。この後は、帰るだけだけど高速に乗ったらそんなトイレでストップなんていえないから。なんとか、着くまで下痢は治まってというかずっとバスの中で寝ていた。帰りに高速で事故で渋滞が起きているという情報が入り、どんどん渋滞のキロ数が増え一旦高速下りようかとした矢先、交通規制が解除されたと情報が入ってそのまま高速で帰ってこれた。とってもとっても疲れたよ!
Jun 12, 2005
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今日から1泊2日で神戸・大阪に旅行に行ってきました。今日は、神戸が主だった。震災の博物館は、改めて地震の恐怖を考えさせられた。震災がもたらした影響、その後の人生まで変える出来事。TVで見ると他人事のように思ってしまっていたけど、いつ何時、誰のところに降りかかってくるかは決してわからない!やっぱり、備えは必要だと感じた。その後、今晩の宿泊先は、オークラ神戸だった。きれいだったし、景色もよくよかった。夜は、ディナークルーズに行った。乗ったとたん『やばい!』。体はふわふわ・くらくらとめまいがやってきた。もともとめまいはでる私。でも、ここのところ調子よくて何も考えていなかった。結局、ほとんど食事とれず、早く船が帰港することを願った。立ったらふらついて友達が支えてくれた。船から下りて少し落ち着いて、コンビニで食事を調達した。ホテルに戻り、缶チュウハイ2本のんだ。明日も、ハードスケジュールだから0時過ぎには寝た。
Jun 11, 2005
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ここ3~4日前くらいから咽頭が赤く腫れっぽいかなって思っていたけど様子見ていた。朝がとても辛い。声はかすれかすれて、咳はでるしでも、熱は微熱なのだ。というか、鎮痛剤を腰痛で内服を1日3回してるからたとえでてもすぐに下がっちゃうんだよね。 明日から、組合の旅行で大阪・神戸に行く予定だから念のため受診することにした。やっぱり、喉は赤いねえって言われた。喉に『ルゴール液』を塗ってもらったけど、咽頭反射で吐きそうになった。風邪と抗生物質の薬出してもらったい、喉と鼻に吸入やって帰ってきた。 まだまだ、すっきりしないなあ~。今日は、薬飲んでゆっくり眠るぞ!本日の処方:5日分1.フロモックス錠100mg X32.ムコソルバン15mg X33.PL顆粒 X34.ロキソニン 屯用 14回分5.SPトローチ明治 0.25mg X36.ハチアズレ 0.1% X3
Jun 10, 2005
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今日は、日勤+深夜だった。だから、当然、リカバリーを受け持つことになった。リカバリーは、1人だと思ったら緊急OPEした患者様もいて2名だった。挙句に、患者様の受け持ちの学生がいてその子に教えつつ2人を離床させていかなければいけなかった。学生の方の患者様は、痛みにも弱かったからゆっくりと行こうと思った。まず、もう1人の患者様を離床させた。大部屋に連れて行ったら不穏行動・言動炸裂だった。夜が怖いと思った。学生の持っている患者様は、保清から一緒に行い、その際にボルタレンSP(50)を挿肛しておいた。徐々にベッドのG-UPを上げて行った。時間を決めつつやった。何とか、昼には大部屋に移すことができた。学生に、離床の大切さ、どうやって勧めていくか時間かけて説明して行ったけど記録には全く離床がかかれていない?????ちょっと寂しかった。自分もそうだったかなと思わず当時の記録を見てみた。私は、書いていたよ。やっぱり、その患者様にとってOPE後1日目の着目点を見直して欲しいと思わずコメント書いてしまった。後で、学生指導の先輩Nsに記録を見せるとやっぱり同じ意見で、先輩もこれじゃOPE後1日目じゃなくて普通の記録だよと言う結論だった。最近、私たちの時よりも実習時間が少なくなっているだけに1日を大切に学んで欲しいと思った。
Jun 9, 2005
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同じ職場の仲間でテニスをしようと言うことになり先月から私たちの中でのテニス部が発足した。前回は、私は出張で出れなかった。今回は、先輩が勤務希望に休みを入れておいてくれた。それで、出れる人はそのほかも集合ということで7人。よく、忙しく・疲れた勤務の中で集まったなあと関心。私と後輩1人を除いてかなり上の先輩。気を使うから仕事の延長にも近い気がした。私は、コルセット使いながらいった。3年ぶりぐらいのテニスだった。足の踏ん張り聞かず、尻もちついたり、こけたりした。足は青あざになったりするし・・・筋肉痛が出てきてる。やばい、明日は、日勤+深夜だよ。体もつかなあ~。テニスが終わったら、ガストで座談会して帰ってきた。 家に帰ってからは、風呂で疲れを取ってからはモーラステープ貼りまくり。あ~腰も痛みが出てきた。早めに寝ようと!
Jun 8, 2005
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今日は、深夜明け。意外と落ち着いていたから仕事は順調に進んだ。朝は、3人の採血があったがスムーズに行った。仕事自体は、日勤に引き継いだ時には既に終わっていた。でも、Drへ聞くことなど少し対応していたら遅くなってしまった。今日は、超問題の患者様の入院。前院長の患者様でOPEをルンバールでやるとのこと。他の科でやる必要のないと言われたOPEをなんでやるの~!プシコも入っていて夫婦そろってだから病院内では有名。外科の他のDrは「入院させてはいけない」といっていた。確かに、誰がサブでつくのか、前院長が見るわけでもなく。ということで、何かあったら、院長が責任持つということになった。ルンバールでやる予定だけど、抹消が取れなかったらロカールだという。この患者様、抹消が取れないからIVHを300日近く入れてたという。それだけ聞いても異常!どうなるのだろう? 今日は、耳鼻科の1か月分のミッテルの処方をしてもらった。それを待っている間に6年近くぶりに以前の職場で一緒だった子が受診でCT室前にいた。久々すぎて私は気づけなかったが、彼女は気づいて声かけてくれた。先月結婚したと言うことだった。あまり話せず、彼女は検査に呼ばれ入っていった。彼女の健康を祈りつつ。 家に帰りしばし休息する。その後、夕食してから初めてのお茶の間の文法強化レッスンに参加した。1対1で40分をみっちりでき意外と楽しかった。1回目は、ホントに初歩の文法。なのに、何度か直されてしまった。でも、文法って意外と細かく今までやっていなかったからこの機会に徹底的に学ぼう!あと、9回頑張るぞ!
Jun 7, 2005
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今日は、うちのチームは当日入院・OPEの患者様が2名耳鼻科であった。私の受け持った患者様は最悪だった。全く理解力なく、わが道を行っている。 私が、アナムネを取り、食事食べてないこと確認すると朝食食べてきていると言う。何故・・・!!!!全麻のOPEなのに食べてきてるし、その後も説明していても、水分とろうとしてるし・・・と言うか、明らかに飲んでいる。お茶の缶が空いている!没収して、耳鼻科に電話した。ちゃんと本人には説明しているという。結局、OPEは予定通り行うことになった。ON CALLだったし、2件目だから時間も空くからと言うことで!この患者様には、何を説明しても左から右に流れると言う感じだった。 1件目のOPEが時間かかり、日勤の最終で呼ばれ、準夜さんに頼むのは申し訳ないのでプレメディして出床した。あっという間のOPEだった。生検目的のOPEだったし。ラリンゴなのに、発生禁止を無視してマシンガントークで絶好調!やれやれ。Drもあきれていた。明日には、退院だからいいんだけど。 年取って、あそこまでわが道はいかないようにしようと思った一日だった。
Jun 6, 2005
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NOVAにはいる時、25回のレッスンごとにカウンセリングすると言ったのに何も言ってこない!レッスンの予約をいれがてら、聞くと「1度もやってないですか?」と言われ、愕然!思わず、こちらから言わないとやってくれないのかと問うと「そんなことはないのですが・・・」と言うことで、レッスン前に行うことにした。 カウセリングと言っても、何も用紙をくれるわけでもない!ただ、先生の評価は入学当時より落ちているとのこと?じゃあ、今まで頑張ってやってきたのは何だったのだろう?挙句に、お茶の間留学勧めてくるし~!月に+\5000なんてやだよ。そしたら、ルームでお茶の間を今回に限り使わせてくれると!でも、よく考えてみたら、価格表に使用料書いてあるし当然いいってことじゃん!でも、それだと、お茶の間を増やせないと言っていた。なんだ、そんな理由はこっちには関係ないや!文法の強化レッスンを10回分頼んできた。 久々の英会話だった。更に家に帰って、ECCのウエッブレッスンをした。夕食を外食してまた、22時からウエッブレッスンするぞ!
Jun 5, 2005
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今日は、準夜に出てくると皆Nsセンターで記録している。自分のチームのリカバリーは空いている。外泊にも行っている患者がいて手のかかる患者がいなかった。反対に1チームだけが重症抱えていて大変なのでお手伝いに行った。皆で協力してやったから、1時前に全てが終わり時間が来るまで待っていた。たまにはこんな落ち着いてる日があっても良いかな。だって、月曜日は、日勤+深夜だけどリカバリーが3床埋まるしさ!
Jun 4, 2005
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なんか、ここのところ疲れが取りきれず起きたのはお昼前だった。昨日は、別に自分のほうは忙しかったわけじゃないけど・・・入院の手伝いを協力した程度だし・・・! ちょっと、昼に回転寿司でランチして、文房具を買いに行っただけで後は、家で寝て過ごした。文房具も仕事用。ボールペンがすぐにインクが無くなっちゃう! なんか、あっという間の1日だった。 とても、ここの所英会話が手につかない状態。前回の復習もできていないよ。やる気が出ない・・・こういう時やってももみにつかないから『やらない!』と決めた。
Jun 3, 2005
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今日は、緊急日だった。なぜか、わざとリカバリーが空になっていた。日勤のうちに空けといたとのこと。ガ~ン!いつでも来い状態ジャン。 うちのチームは落ち着いててすごく余裕もって動くことができた。今日は、落ち着いてるねといってるそばから、うちのチームから大部屋に出した患者の状態が悪化。HR150台持続。うちのチームの時は、そんなことなかった。元々、運ばれてきた時にもって1週間以内とはMT済み。Drに報告も、ワソラン・ジゴシン・リスモダン使って様子見てとの指示。後は、アレストになったら呼んでくれとのことだった。それもどうかと思った。何もしないにしても、せめてHR30から40台でDrへコールしているのに・・・まあ、その患者様のHRは100台位へ。入院も来た。まだ、中学生で空手の稽古中。脱水?からか痙攣の重責発作。こっちに着てからも少しの刺激で全身痙攣。とてもレベルなんて見れる状態じゃなかった。研修医が2人いて確認して刺激与えて良いって言うからやったのに・・・挙句に、セルシンの静注も三活見ながらどうやってやる?なんて2人で言ってる。さすがに頭にきて、三活1つ増やして、準備した薬剤を渡すと「やってください。体押さえていますから。」って言うし。静注できないDrって問題だろう!脳外科のトップのDrは外科系の当直で何度も呼ばれてしまう。だから、脳外科のトップのDrは私たちに指示だし点滴も判断任せるって言っていった。これじゃ、研修医はずっとリカバリーにいても意味ないじゃんと思った。さすがに、セルシン計2A,アレビアチン2Aピギ,ロヒプノール1Aピギを50ml使う。ようやく痙攣治まり、脳外科のトップのDrが様子見て氷片を食べさせる。ぼりぼり食べレベル回復。家族にもようやくあわせることができた。今日は、不安で泊まらせて欲しいといわれ家族待機室を空けた。何度も、気にして病室前にくるもとても見せれず、来た時に1度みて3時間たって落ち着いてようやくもう一度あわせることができた。でも、よかった~落ち着いてくれて!
Jun 2, 2005
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明日、準夜だっていうのに何も考えずにフリーにまわされていた。回診の介助や保清を行ったり、他科受診のお迎え行ったり、転棟する患者様を一緒に送っていったりと色々な人の雑用に入っていった。午後は、点滴作ったりOPE患者様が戻ってきたらその介助もした。何とか、自分の仕事は終わった。 仕事後は、勉強会が待っていた。ちょっと、スライドが長くて一部寝てしまって記憶にない。きょうのテーマは「フィジカルアセスメント」だった。看護学校以来かな?時折患者様の腹部の打診につかっているけど・・・まだ、後2回も残っているよ。 疲れて、お腹空いたから「ガスト」で夕飯してお家へついた。あ~眠い!
Jun 1, 2005
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