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小田原は、いつも箱根に行くときに通るところで、素通りばかりのなじみのない町です。でも、とうとう歩きで83キロ来ましたよ。今回昔の東海道を通ってみて、箱根に行く電車の駅側とは違った側面を見せてもらいました。歩いて歩いて、感じたのは、古い町だということ。町の名前も古めかしく、唐人町、青物町など、かつてそこに何があったか、すぐわかります。そして、海が間近に迫って(考えてみれば、西湘バイパスが海岸線を走っているのですからあたりまえですが)、家の軒先にすぐ海が見えて、いいなあ。でも、駅の周りに駅ビルが出来たとはいえ、帰りに甘いものを食べたくても、甘味処を探しきれませんでした(ケーキとコーヒーはすぐ見つかるのですが)。小田原はそれぞれの町内に碑が立って、それぞれの町の由来を書いていました。いいことですよね。でも、本陣の跡を探しても、結局わからず仕舞いでした。他の町では「ここが本陣の跡」と必ず碑がたっていたのに、全然それらしいものはなく、もっていった本で、ここら辺と見当をつけていいことにしました。もう少し、親切でもいいんじゃないかなぁ。道に迷ったおかげで、北村透谷の生誕の地がわかったりと、いいこともありますが・・・。次回はいよいよ箱根越え。泊りがけになります。
2007年01月31日
大磯から小田原の旅は前半は非常に面白く、途中苦しく、最後にへたばりました。いつもより早く家を出たにもかかわらず、大磯は時間がかかり、午前中かかっても、まだ大磯をうろうろしていました。まず、駅のまん前の一等地が、エリザベスサンダ-ズホームです。その周りは邸宅ばかり。そこから東海道に出ると、曽我兄弟に関する史跡や島崎藤村が晩年を過ごした家や墓地。藤村のお墓のある地福寺は境内が梅の古木でいっぱいで、お墓も梅に囲まれて、今は一分咲き。もう少ししたら見事だと思いますよ。西行法師の「心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮」で有名な鴫立庵。一見の価値ありです。その他伊藤博文を始めとする明治の名士の邸宅群さらに、吉田茂の邸宅など、見所満載。特に、藤村の旧宅は地元のボランティアの人が色々説明してくれて、嬉しかった。そうそう、面白い出会いがありました。「鴫立庵はこっちですよ」と、親切に教えてくれたおばあさん。うろうろしながら藤村の家を探していると、またひょっこりと出会い、「そこの細い道を・・」とまた教えてくださいました。「お元気で」と別れ、こちらはかなり早足で歩いたにもかかわらず、伊藤博文の旧邸の辺りでまたお姿を拝見。「どうして?」と聞くと「私の家はこの近くなんですよ」とバスを降りたところだとのこと。「ご縁がありますね」と、もうビックリしてしまいました。大磯を過ぎると、ただただ国道1号線を歩くのみ。右に富士山と箱根連山がきれいに見えて、左はきらきら輝く海、それだけが嬉しくて、車の排気ガスで、うんざりしながらも歩きました。二ノ宮の駅前には「ガラスのうさぎ」の像がありました。途中レストランが見つからず、国府津の駅前で3時に昼を取りました。足は棒です。酒匂川を越えると、いよいよ小田原です。小田原は明日の日記で。
2007年01月30日
葉山までランチを食べに行ってきました。予約をしていったのですが、ほとんど満席で、若い主婦のグループの多いこと、多いこと。優雅ですね。朝はものすごく寒く、雨交じりのいやな天気でしたが、食事が終わった頃からは晴れて、暖かく、絶好のドライブ日和です。本当に久しぶりの湘南の海はきらきら輝いていて、ドライブが気持ちいい。「東海道ももっと海のそばを歩けるといいなあ」とか、「歩くのもいいけど、ドライブもいいなあ」とか、「春が近いなあ」「やっぱり海はいいなあ」なんて思いながら、束の間のドライブを楽しみました。
2007年01月29日
鳥居橋で「左富士」を見、少し元気になって、相模川の馬入橋を渡りました。(写真)「平塚だ!平塚だ!」とようやくたどり着いた平塚です。平塚の旧東海道は駅前の商店街です。駅の近くに「番町皿屋敷」で手打ちにされたお菊の墓があると言うので探しましたが、わかりません。近くの商店街のお年寄りに聞くのですが、「ここに何十年も住んでいるが聞いたことない。」など、いい返事がありません。「近くにある公園は?」と聞くと、「公園なら長崎屋の前にある」と言うので、半信半疑尋ねていくと、小さな公園の片隅に、「お菊塚」とあります。はかなげな墓でした。お菊の父はこの平塚宿役人だったそうです。商店街で平塚の名物落花生の砂糖掛けを買い、宿場跡の碑を見ながら歩くとまた国道1号にぶつかり、花水川を渡って、大磯。しばらくいくとまた旧道にぶつかり、なんともいえない不思議な町(松並木が残り、家々は一段高い土嚢の上に建てられていますが、いかにも湘南というものやら古い家、渾然一体になって、昔の映画に出てきそう)を抜けて化粧坂を下りると、古い大磯の町。本陣跡を探し、そこで今日の旅は終わり。かなりしんどい一日でしたね。私は疲れから白目が切れて真っ赤。友達は肩こりで頭痛がんがんで、帰りの電車の中では、二人とも口を聞く元気もありませんでした。
2007年01月28日
今日は16,6キロの行程です。今週は月曜日に藤沢まで歩いているので、ちょっと強行軍。でも、これからは家から遠くなるばかりで、毎回帰ってくるのも時間的にも、金銭的にもつらくなってくるので、泊りがけの旅になるでしょう。そういう意味でも、体の疲れ具合を見たくて、ちょっとがんばってみました。家を出たのが8時20分。藤沢の本陣前に着いたのが10時10分です。早速歩き始めました。白幡神社は義経を祭っています。片瀬に捨てられた義経の首が境川をここまで上ってきたとかで、首洗い井戸が残っています。そこからはただただ歩きます。途中で道を教えてもらったお米屋のおじさんから「がんばって」と激励を受けながら、ただただ歩きました。松並木が残っているので、東海道を歩いている気分はありますが、途中何にも無く、辻堂、茅ヶ崎と段々物も言わなくなり、足の運びもつらくなってきました。今日の行程は川がたくさんあるので(引地川、千ノ川、小出川、相模川、花水川)川を越えるのが目印です。茅ヶ崎の鳥井戸橋は「左富士」の名所です。ここと吉原(静岡県)だけが街道を歩いていて、左に富士山が見える場所だそうです。ようやくたどり着いて、左を見ると、行いがいいのですね。見えました、真っ白な富士山が・・。ようやく元気になって、平塚に向かいました。(白旗神社。続きは明日)
2007年01月27日
疲れました。本当に疲れました。東海道の藤沢から大磯まで歩きました。夜は約束があったので、そのまま東京に出て、帰宅が夜中。疲れました。東海道のことは明日・・・。
2007年01月26日
もう、いやになっちゃう!服部、名波が東京ベルディに移籍、河村もフロンターレ、そして、あろうことか福西が東京FCに移籍だって!何で、何で、と、私が怒ったって、もう決まってしまってるんだからしょうがないんだけど・・・。服部、名波は「ご苦労さん」と送り出せるけど、福西は納得いかないなあ。どうせお金の問題でしょうけど、なんだか裏切られた気分で、今もぶすぶすと怒りがくすぶっています。もう、どうしてくれるのよー!藤田が去り、名波、服部、福西までも。昔のいい時代は完全に終わったということなんですね。だって鈴木と、田中、もちろんゴンはいるけど・・・・今年の試合はどうなるんでしょうねぇ?なんだかつまんないなあ。こちらも頭を切り替えなきゃいけないんだけど、「福西ぃー!」
2007年01月25日
横浜は坂の町です。幕末に小さな漁村だったのを開いたので、海からすぐ山に続く町で、坂の多いところです。我が家も山の上にあるので、毎日坂道を行ったり来たりしています。坂の途中で海が見えるといつもホッとしますね。海が見たくなると、裏山に上り、富士山が見たくなると、もう少し上り、元気をもらって帰ってきます。(昔はもっとよく見えたのですが、海のほうに家が建て込んできて、以前の様には楽しめません。)それでも、バスに乗ったり、車で往復していたので、余り「坂」を意識していませんでしたが、歩くようになって、坂道、坂の町を楽しむようになりました。見晴らしや風通しはいいですが、その分雨風の激しいときは堪えますし、歩いての上りはきついです。。でも海が近いせいで、空気は都会に比べるとおいしく、夏は窓を開けていれば冷房知らずです。さて、月曜日に歩いた保土ヶ谷から藤沢までも坂の多いところでした。名前だけでも、面白いですよ。「権太坂」「品濃坂」「不動坂」「大坂」「道場坂」。富士山はよく見えましたが、海は余り見えません。次回は藤沢から茅ヶ崎、平塚、大磯と海のそばを通ります。どんな町が待っているのか、楽しみです。(保土ヶ谷区では区制80周年事業の一環として旧東海道の松並木を復元していました)
2007年01月24日
東海道を歩くようになって、あっという間に靴の底が減ってきています。面白いもので、私の靴底は、全て外側のかかとが一番減っていますね。今日、ウォーキングシューズを買いにいきました。今までの靴は足がどこも靴に当たらず、つま先が柔らかいので、とても歩きやすかったので、同じ靴をと思ったのです。ところがもうそのメーカーのは置いてなく、仕方なくアシックスのにしましたが、さて、どうなりますことか・・・?夕方、足慣らしのため、その靴を履いて歩いてきました。たった4000歩(すごいですね、大きく出ましたよ、“たった”なんて。)歩いただけですが、まあまあよさそうです。(権太坂を上りきった所にある境木地蔵尊―武蔵野国と相模の国の境―の隣の若林家。ものすごく大きくて、立派で、昔の面影が残っており、一見の価値有り)
2007年01月23日
朝まだ少し雨が残っている中を、10時10分前に歩き出しました。保土ヶ谷から藤沢までの今日の行程は約17キロです。距離はそれほどでもなかったのだが、なにせ坂だらけ・・・きつかったなぁ。坂の上り下りが何回続いただろう?まず、はじめに権太坂。箱根駅伝でも有名ですが、あれとは違って、旧道はもっと住宅地の中を通ります。きつい坂をようやく上り詰めると、見晴らしはとてもいいのですが、マンション群。ここの人たち大変だなあと、同情しながら右手を見ると、雪をかぶった富士山がくっきり。同情は無駄でしたね。やめました。権太坂を下って、境木地蔵尊から切り通しを通って品濃一里塚(この塚は当時のままに残っていて、貴重)からまた東戸塚の駅を見ながら坂を下り、戸塚へ。さてと思えば今度はゆるい上りがずーっと続いて、国道1号線にぶつかるまで上る上る。そこはまた中央分離帯が松並木の箱根駅伝の通り道。歩いて歩いて、ようやく原宿の交差点を通り過ぎ、その先ようやく今度は下り。下って下って、遊行寺に到着。すばらしいお寺でした。そこから本陣前まで歩いて、3時半、今日の旅は終わり。アップダウンが相当堪えました。マラソンや駅伝の選手を尊敬します。
2007年01月22日
昨日のニュースの中に、「あるある・・」の納豆ダイエットは捏造だと出ていて、「やっぱりね。」と、うなずけました。納豆そのものhは大豆である上、発酵食品なんだから、身体にいいのはもうわかっていたのに、それがダイエット効果があるなんて、眉唾だと思っていただけに、なんてあほなことやっているんだろうと以前の日記にも書きました。すぐに乗って踊りだしている人の多いことも、この状況に拍車をかけているんじゃないかなと思います。一度疑うってことしてみたら?
2007年01月21日
朝から寒いと思っていたら、窓の外にチラホラと白いものが・・・・・。初雪です。ほんの30分ぐらいの間でしたけれど、空から舞ってきました。今日はセンター試験の日。本当に、この日に雪になる確率は大きいですよね。どうぞ風邪など引かぬように、受験生の皆さん、がんばって!! 初雪や鶏の朝声浅草寺 一茶
2007年01月20日
後から後から出てくる不二家の不祥事。まったく、余りにもお粗末で、あいた口がふさがりません。少なくとも、おなかに入るものを扱っている会社の「いろは・・」の「い」さえおろそかにしているって事ですよね。以前の雪印の事件から、何の教訓も感じていなかったってことですよね。大好きだったバターも、チーズも、雪印のものはいまだに一切買いませんし、名前を変えて売られているミルクも絶対に飲みません。私の中ではもう雪印は無いに等しいのです。それくらい拒否反応がすごいということで、失うのはあっという間だけれども、信頼の回復は倍ではきかないほどの時間も労力もかかるって事です。ペコちゃん、ポコちゃんの子供時代からの思い出、どうしてくれますか?
2007年01月19日
冷蔵庫がついに空っぽ。ようよう腰を上げることにする。寒いから一日伸ばしにしていたが、そうも言ってられないので、ね。生協によって、まず納豆、ミルク、肉類に、パンそして豆腐。それから図書館、ガソリンスタンド、郵便局と寄って、本屋でめぼしいものを探し、最後にスーパーと八百屋でひとしきり新鮮な野菜等買う。11時に家を出て、帰宅は3時。今日は起きたのが遅く、朝は10時過ぎに食べたので、昼抜きでがんばる。思いのほか時間がかかり、さすがにお腹がすいて、買ってきたケーキとバナナ、そして、コーヒーでお腹を満たし、ちょっと休憩。さて、買ってきたものの整理と夕飯の支度をしなくっちゃ。これだけ食材があると、何でも出来て、幸せ。(鶴見橋・・鶴見橋関門旧跡の碑がある。安政6年外国人の警備のためにもうけた要塞跡)
2007年01月18日
鈴が森の刑場跡を抜けて、商店街を少し行ったところで見つけた小さな和菓子屋さん。「海苔大福」の文字に惹かれ、ふらふらっと店に入り、2個買い求めました。おいしくないと困りますし、歩きながら食べてもいいかなと思ったからです。結局、家に帰る途中まですっかり忘れていて、家で、お茶とともに食べました。これがなんと・・・・おいしいのです。海苔の香がプーんとして、その上口に含むと、甘さとあいまって、香がなんともいえないのです。本当に小さなお店で、ビニール袋にポンと入れてもらっただけなので、お店の名前も、何にもわかりません。もう一度食べたいなあ。後で調べたところ、あの辺り(大森、大井)は、昔は海苔の産地だったそうです。江戸の名産「浅草海苔」として売られたものはここから浅草に運ばれていたとか。「御膳海苔」として、将軍家に献上していたそうです。食べ物も歩く楽しみの一つですね。(写真前後しましたが、川崎の六郷の渡し跡です)
2007年01月17日
京浜急行の神奈川駅(そんな駅があるのを知りませんでした)の辺りが、昔の東海道の神奈川宿です。駅の周りにはお寺がたくさんあって、それぞれが幕末から開港の頃の各国の公館として使われていました。中でも、アメリカ領事館は坂の上にある本覚寺で、他とは段違いに大きく、また横浜を見渡せる立地条件のとてもよいところで、力関係が見えて、なるほどとうなずけました。横浜に住んでいても、明治に思いをはせることなど余りなく、ぜひ一度行ってみたらいい場所です。帰ってきてから、「御宿かわせみ」の「横浜慕情」をまた読み返しました。情景が浮かんで来て、また面白さが倍増でした。(アメリカ領事館になった本覚寺)
2007年01月16日
朝9時45分、川崎の本陣前を出発。川崎から神奈川宿までは、ほぼ京急に沿った道が旧東海道。色々な碑を見ながら鶴見橋も渡り、入っていった旧東海道は・・・魚のにおいがすごい。ここは有名な魚市場らしく、長ーい商店街(旧東海道)は右も左も魚屋さん。それを抜けるとキリンの鶴見工場。ここではビールを飲ませてくれると言うので、工場へと・・「月曜休館」の札。受付で、パンフレットをもらって、我慢。国道15号とぶつかったところが「生麦事件」のあった場所。そこを見ながらしばらくは15号を歩く。これが苦痛。排気ガスのなかを京急の駅3つ、ただただ歩く。神奈川駅に近づくとようやく旧跡が増え、足取りも軽くなる。神奈川宿の本陣跡、開港当時のイギリスやアメリカの領事館になったお寺が散らばっていて面白い。ここで遅い昼をとり、休憩をして、さあがんばるぞ!商店街を歩いて歩いて、保土ヶ谷へ。この途中の商店街が、なんとも活気があって、頼もしい。近くに住んでいたら、楽しいだろうなあ。国道1号線とぶつかったところが保土ヶ谷の本陣跡。3時20分着。(5時間35分)約15キロ。23390歩。先日より距離は短いのに、時間がかかったのは、多分疲れ方が早かったせい。今日も風呂にゆっくり入ろう。
2007年01月15日
スーパーマーケットで。納豆売り場に行ったら、いつもの黒酢入り納豆だけでなく、納豆そのものがほとんどない。仕方なく、あるので我慢して、レジに並んだら、レジのおばさんが「納豆ダイエット?」とのたまう。「はぁ?」「知らないんですか?テレビで、やったので、納豆が売り切れ続出なんですよ。」またまた「はぁ?・・・何なんですかそれ?」「『あるある』で、納豆でダイエットが出来るって、すごい人気なんですよー」おやおや、今度は納豆ですか?ココア、黄な粉、黒豆、それから・・・忙しいこっちゃ!本当に好きだねぇ。すぐに飛びついて、ブームになり、後はさよなら。日本人だね、まったく。(蝋梅を探しに植物園まで歩きました。黄色が鮮やかなのと、薄いのが何本も花盛り。いい匂いです。)
2007年01月14日
懐かしい映画「ビバリーヒルズ・コップ」が、3夜連続で、放映されました。昔、アメリカに滞在していた頃、エディー・マーフィーがこの映画で大ブレイクして、大ヒットしました。これに続く彼の映画もよく見ましたね。ただ彼の映画は、言葉が本当に汚くて、子供たちの学校で使ってはいけない「“F”ワード」(使うと厳重注意のお知らせが来ます)が、当たりかまわず出ていて、私もこの映画で覚えました。日本語では、「こんちくしょう」とか、「くそ!」とかに訳されますが、もっと汚いですね。その他、「コップ」が警官の意味のスラングであることや、本来は凍ると言う意味の“Freeze!”(フリーズ)がいわゆる「手を上げろ!」とか、「動くな!」と言う意味だと言うこともこの映画で覚えたものです。「ホールド・アップ(Hold up)」だと思っていましたもの。アップテンポで、今に続くアクション映画のはしりです。
2007年01月13日
赤穂浪士でおなじみの泉岳寺。一度行きたいと思っていたのですが、東海道を歩く旅で、ようやく行ってきました。本所の吉良邸に討ち入り後、主君の墓前に報告するために、雪の中を泉岳寺まで歩いていく場面は、昔何度も映画やテレビで見ました。 泉岳寺を入ると、左手の奥にその墓地はありました。案外大勢の人がお線香片手にお参りしていて、ちょっとビックリ。大石の墓は大きかったですが、そのほかは思いのほか小さく(これは本当の墓なのかな?供養塔なのでしょうか?)預けられた大名家によって区別され、整然と並んでいます。墓の上には「刃」の文字が・・切腹と言う意味でしょうか?ただ一人、「刃」の文字が無いのが、寺坂吉右ヱ門。確か、ただ一人の足軽で、討ち入り後に一行から離れていった人物。そして、萱野三平の墓もあり(家との板ばさみで、討ち入りには参加せず、討ち入り前に自害したはず。歌舞伎の「おかる勘平」で有名)「刃」はありますが・・・・ン?虚実入り乱れて、面白いところでした。
2007年01月12日
昨日まで、ふくらはぎの後ろがパンパンにはって痛かったのに、今日は足の付け根が痛いのです。朝、ゴミ出しに行こうとして、足の付け根のジョイント部分がカクッツ、カクッツと変な具合です。痛みは少しずつ薄らいでいくと同時に、移っているのですね。明日になればもうだいじょうぶ・・・でも、身体は少し休めるに越したことないから、明日の旅は中止にしましょう。それにしても、駅伝の選手って本当にすごいですよね。(高輪の大木戸跡・・往時の石垣が残っている。ここを出ると、いよいよ江戸とはお別れ。)
2007年01月11日
昨夜は疲れすぎて、よく眠れなかった。やっぱり相当疲れているような気がしますが・・・・今日は、絶対にもう、何にもしないで家にいますよ。いますとも。(何を力んでるんだろう?)本当のところ、もっとダメかなあと思ったのですよ。でも、今朝はちゃんと起きて、ごみも出し、布団も干し、それなりに通常どうり動けています。ただ、ちょっと、ふくらはぎの後ろが痛い。腰が少し痛くて、腰にホカロンを張っています。なんとなく、だらだらしたい雰囲気なんだなあ。それ以外はどうってことないのは、やはり普段歩いているせいかな?友達は、今週末に川崎から先を歩こうよと、言っていましたが、彼女はどうなんだろう?私より若い分元気なのか、あとで電話して聞こうと思います。(田町駅の近くにある、西郷隆盛と勝海舟の江戸城無血開城を話し合った場所。この一帯が薩摩屋敷があったところ)
2007年01月10日
東海道を上る(昔は上るんです。なぜなら京都が都だったから)旅の第一回目。まず日本橋で記念撮影をして、10時半に出発しました。お正月ムードでにぎわう京橋から銀座、新橋の、日本一の繁華街ををリュック姿の二人連れ。途中増上寺や芝大神宮、忠臣蔵でおなじみの泉岳寺に寄りながら、品川に着いたのが12時半。2時間かかって、15,819歩。30分ほどランチタイムを取り、さてどうしよう。時間もあることだし、そのまま、まっすぐ川崎に向かうことに決定(初めの予定では今日は品川まで)。品川宿は京急の北品川駅の辺りで、そのまま、京急沿いに進んでいくのが旧東海道です。お寺が多いですね。鈴が森の刑場跡を右に見て、そこから国道15号(第一京浜)に出ます。そこから六郷の橋までが長かった。足は疲れる、日は暮れ始める、段々歩幅も狭くなる、その上、時々つまずいてはオットット。橋が見えたときの嬉しさったらありませんでしたよ。太陽が沈む前に橋を渡り、川崎へ。川崎宿は大火で丸焼けになったとかで、当時の面影は見事になく、案内板や標識で面影をしのぶだけでした。川崎の本陣だというところで万歩計を図ると、17302歩。4時半です。結局、33121歩、6時間の旅でした。電車に乗って家に着き、すぐに風呂を沸かして、1時間ゆっくり風呂に入り、足を揉み解しましたが、疲れたー。ものも言いたくないほど、疲れました。でも、自信はつきました。案外歩けるじゃん!
2007年01月09日
東海道日本橋から品川までは7.8キロ、約2時間の行程です。ただ歩くだけでなく、途中の名所、旧跡も訪ねようとの旅ですから、多分、その倍はかかるでしょう。今日はあんまりいいお天気なので、約3時間(途中昼を食べながら)近場を歩いてきました。朝10時に家を出て、3時帰宅。あまり厚着をすると汗をかくので、下着とセーターの上にコートでちょうどよさそうです。さすがに向かい風になると、寒さもぐんとひびきます。そこでネックウォーマー・手袋、帽子は必需品だと思いました。その他、いざと言うときのために、ホカロンと飴を入れて・・・・・こんなところでしょうか? 週1回のペースで歩けたらいいと思っていますが、どうなるか・・・・お楽しみ!!
2007年01月08日
朝からものすごい風で、どこにも出たくありません。食べるものはたくさんあるのですが、無性に焼き芋が食べたくなりました。昔は「やきいもーいしやきいもー」と回ってきたものですが、ここのところ、とんとお目にかかったことがありませんね。仕方なく、サツマイモをオーブンに入れて、焼き芋を作っています。20分経ちました。いい匂いが漂ってきています。それではごめん遊ばして・・・・。焼き芋ー・・タイム!!
2007年01月07日
朝から冷たい雨が降っています。誰もいない家に一人でいる、こういう雨の日はとても寂しいです。春の雨や、秋の雨には感じないこのユウウツ感。年末に買った本がまだたくさん積んであるのですが、読む気にもなれず、ガンガン、ロックでもと思いましたが、なかなかそんな気分にもなれず・・・多分、寒さと一人がこんなに切なくさせるんでしょうね。こんな時に人はきっと、犬や猫を飼いたいと思うのではないでしょうか?
2007年01月06日
今年の目標の一つが「東海道53次を歩く」こと。と言っても、続けて歩けるわけはないので、少しずつ、少しずつ歩こうと思っています。早速、来週、日本橋から歩こうと思っているので、毎日歩いています。今日も1時間半ほど歩いてきました。最初は寒くて、帽子、マフラー、手袋をしっかりつけて歩いていますが、30分も歩くと、汗ばんできて、一つづつ取りはずしていきます。手も最初はかじかんでいましたが、いい具合に暖かくなってきます。今日は途中で小さな公園を2周走ってきました。息が切れました。でも、・・・・気分爽快!
2007年01月05日
夫はタイに、上の子たちも会社が始まり、下の子もドイツに帰り、それぞれの生活が始まりました。ようやく、普段どうりの生活が戻ってきました。3が日、おせちをはじめ、なんだかお醤油で味付けしたものばかり食べていたような気がして、買い物に出たついでに、マクドナルドの(宣伝しているでしょう?)ピタマックを買って食べました。マクドナルドなんて、1年以上食べたことないなぁ。食べてみると、案の定やっぱり、それほどおいしいものではないなぁ。それでも、マヨネーズ味と、コリコリサクサクしたレンコンの食感が「正月は終わったぞー!」と気分転換になりました。次はいつ食べるか・・・な?さて、たまっている洗濯や掃除に励むことにしますか?
2007年01月04日
お正月も3日目。朝は箱根駅伝で始まり、お餅もおせちも何とかはけて、ほっ!子供たちが遊びに来てくれて、ようやくにぎやかなお正月の雰囲気になりました。みんなでトランプで遊び、わいわいやって、明日からはまた夫はタイに。私はしばらく日本です。なんだかよくわからない爆弾騒ぎがあったので、夫のタイ行きはとても心配です。本当にいつも行くところだったので、とても不安です。まだ原因がわからない分、不安も大きいです。
2007年01月03日
お正月の楽しみの一つは箱根駅伝です(アメリカならスーパーボールですね)。今年も面白かったぁ。本当にドラマがありますよね。特に、5区、箱根の坂の上り。おととし11人抜きのぶっちぎりでうならせてくれた順天堂の今井の走り。去年も5人抜きで順天堂を往路優勝に導いた今井が、今年も区間新、往路優勝と見せてくれました。なんていう奴だ!!すごい!明日も楽しみです。そうそう・・・もうひとつ。昨日の実業団の駅伝の中国電力。5区の佐藤のハイピッチの走りで、「あんなに走って大丈夫かいな」と思うまもなく、7位からあれよあれよと言うまにトップに躍り出て、優勝。「神様、仏様、佐藤敦之様のおかげ」だと監督に言わしめたのもすごかったが・・・・。何でこんなに駅伝が好きなんだろう?バトンではなく、たすきをつなぐその熱い思いが伝わってくるからなのかなぁ?
2007年01月02日
金沢文庫の称名寺に初詣に行ってきました。大晦日の夜中の11時に、完全武装(ホカロンももちろん)で家を出て、とことこ歩いて1時間。お寺の前ははっぴを着た人たちが大勢。なんだろう?なんと、お寺の前から神輿を担いで、すぐ近くの八幡宮に繰り出していきました。木やりを唄う集団が神輿の先導をします。元日の夜中にこういう行事があるのですね。さて、我々はライトアップされた称妙寺で、お参りをしました。池に赤い太鼓橋がライトアップされ、幻想的でした。カメラを持っていけばよかった。本当は除夜の鐘をつきたかったのですが、ものすごい列。寒い中並びたくないので、あきらめましたが、称名寺は夜中の1時までつかせてくれるそうですよ。その後、八幡様でみこしを待ちながらまた初詣、近くのお寺にもおまいりし、(お寺だらけです)お神酒を飲んで、少し元気をつけ、また家に向かいました。家の近くの神社で、夫が「ここで初詣をしなきゃ」と言うので、回り道。ところがここも1時半過ぎているのにすごい人。結局1時間並び、お参りをし、破魔矢をいただき、帰ってきたのが3時。もう、身体は冷えひえ。手はがちがち。お風呂に入って、ようよう人心地。すごーい年明けでしょう。「今年は歩くぞー!」の年になるのかな?
2007年01月01日
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