全15件 (15件中 1-15件目)
1

p149~p170 p203.彼の生死をかけた貴重な分析でもあり、とはいえそのまま受け入れるわけにもいかない繊細で深遠なテーマしかも、ここには、豊田亨君の存在が大きく関与していた….平成も残すところ1か月という時期に、最も重いテーマを投げつけられてしまった…...第三章第二節.まず、論点としてマインド・コントロール下の心理状況についての分析があり、Bさん=つまり、豊田君の弁護団が用いた弁護方針に疑義を提示するという、大胆な内容になっている。この背景には両者の弁護方針に食い違いもあり、3人同時に法廷で裁かれるという異常さもあり、広瀬さんは豊田君の弁明の仕方を、じっくりと「批判」しているのである。.彼の沈黙はの姿勢は、彼の誠意の弁明に沿うものはなかったのか、広瀬さんの精神を追い込んでいったのかもしれない。亨君の沈黙に耐えられなかったのは、僕だけではなかった…当事者である広瀬さんは気が狂わんばかりだったのかとも思う….僕は、この章は胸騒ぎをおこさず読み通すことはできなかった。.これは、豊田弁護団への批判という形をとりながら、亨君本人へ向けられたもので、広瀬さんにとって、「彼にしかわかってもらえない」切実な訴えだったのだ。そしておそらく、彼は、亨君に裏切られた…とまで感じていたかのような内容だった。.そして、それは、本来であれば、教祖が背負い、弁明していかなければいけない事を…広瀬さんは、それを背負い、私は教祖のヴァジラヤーナの教義の意義を深く理解し、同意し、違和感なく受け止めていた…つまり、救済だったのだ…との認識を示すことで、真実の解明を志すというものだった….それをする機会を奪ったのだ…とまで手厳しく追及する。.彼のこの血のにじむ回心を嘉浩君も嘉浩君流のやり方で示すわけだが、彼は部署も任務も違う。亨君は、いわば実行犯としてもステージにおいても同格であるために、広瀬さんにとっては、当時の信者の心情を示す段階において、これほど同様の境遇にあったものはなく、彼がヴァジラヤーナ教義という、凶悪で恐るべき思想の落とし込みについて、自分の心情を吐露した時に、亨君は、思考停止を訴えたことに、腹を立てているのだ….あの静かな面持ちの広瀬さんが、彼の姿勢に我慢ならなくなるのは、おそらくじわじわとだろう…最初の数年しか傍聴に耐えられなかった僕は、この彼の心情の変化を捉えることができなかった。その後、彼にこれほどの重しと、おそらく、亨君には強いやるせなさを感じ…報われない感じまで起こしていたことが予想できる。.それは、ディープすぎるテーマだった。サリン散布の目的、動機に関するものだった.広瀬さんは、ひとつ亨君の事を誤解…買いかぶりすぎている側面がある。僕は、嘉浩君と亨君の弁護側証人として出廷までしている…しかし、接点がそれほどでもなかった広瀬さんのものは…できなかった。.今ここで、当時の広瀬さんの苦しみを解きほぐすことはできない…しかし、これだけは言える…広瀬さんほどではなかったのだ、豊田君は。...89年3月31日に出家し、教祖からヴァジラヤーナの教義をふんだんに聞かされ続けていた広瀬さんと92年93年頃(正確な日を失念してしまった)に出家した彼とでは、その洗脳の度合いが異なる。僕は、亨君が在家時代である91年11月頃に発言した言葉が頭にこびりついている。.「とても、彼ら(先達の出家修行者)のようにはいかないですよ…」「私は、今生は、在家で十分です…」という超控えめな姿だったのだ。在家信者にとって、出家信者の焦燥感は、一種引き気味で、そこまでは埋没できない苦悩を僕も豊田君も感じていた。...その後、嘉浩君や野田成人の強い勧めで、教祖のシークレット・ヨガを受け、そのまま出家してしまった…と聞いている。強烈なオルグで強引だったことは疑いもないだろう….広瀬さんのように、教義を落とし込み、感動し、親も大学の教授たちも入信を勧めるような活動はしておらず、亨君は、内緒…秘かに自分のペースでヨガがやりたかっただけなんだ。だから、ご両親は、彼が宗教やっていたことも出家したこともどこにいっていたのかも最後まで知らなかった….ある時、行方不明の息子が、変わり果てた姿で、TVに出ており、サリン犯となった事を知るのである。.ヴァジラヤーナ教義を、心底落とし込んでいたなどとは、到底考えられないんだ。.あの時、そうヴァジラヤーナ決意がサマナに配布された当時、僕が第九サティアンの麓で、彼と長々と話し合う際に、彼に問い詰めたのは僕だ。「ヴァジラパーニ師長は、これをどう思うのですか?ヴァジラヤーナを…こんな過激なもの信じられますか?」と.その時、彼は彼なりの理解で僕を説得しようと試みるも、それは叶わず、「私にもヴァジラヤーナな教義は、深遠すぎ深く洞察できるものではございません…」との趣旨を述べていた。「時代はカーリ・ユガ、我々の通常の認識で救済できる時代ではなくなってきた」.だから、p159 にあるような疑義、亨君に対しての心情は…救済だからやらなければ…という圧力下において、行為として負けるものの、だが、しかし、心情においては、広瀬さんが感じるほど落とし込めぬ上での犯行だったと僕は思うわけです。。。.その残酷さが、この事件の実行犯に襲い掛かった悲劇だと僕は感じています。...Eili ......
2019年03月31日
コメント(4)

.東京は、少しひんやりと冷え込み、曇り空であるものの風は一切なく、まるで静止した絵の中にいるかのような、静かな春の彩りが感じられる。.昼間であるにも関わらず薄暗い灰褐色の空に淡いピンク色の桜の花のコントラスト.それは、あまりに繊細で、空と地上とがかろうじて識別できる程度の色の差異しか感じさせない。.そして何よりも風がないために、時間が止まっているかのような錯覚に陥る。....僕は豊田、広瀬、杉本被告の公判には何度もあしげく通っていたので、広瀬さんの事がやはり気になる….一度精神崩壊をされてしまっていて、その後復活したようだが…でなければ、あのような冷静な分析による手記などかけはしない…それがいつ頃なのか、どの程度のものだったかを想像できない。.麻原にはできれば出会いたくはなかった…彼の半生と僕の半生もかぶってゆく。時期がずれていたことが僕の救いだったのか、それとも、麻原との直接の縁が強すぎる彼の不幸なのか…彼も餌食になってしまったことには変わりはない。..明晰な分析が出来る方だ。頑なな印象はあるものの、それはある意味僕ら全員がそうであったわけだから、彼の内省に違和感はない。しかし、彼はそれでもとびぬけて真面目な方だった事を知る。.彼は帰依の駒を、更に一歩、更に一歩と進めている。(僕は、それができなかったのだ…)(豊田君だって、正直広瀬さんほどには落とし込めなかったはずだ。)(豊田君は92年か93年、僕は94年だし、広瀬さんとほど長くは麻原思想に汚染されていない)深い理解に落とし込むために、体感的な事実を裏付けにして、無理難題な教義を自身に落とし込んでいこうとする。.この表現は秀逸で、嘉浩君の内省とはまた一味違った深淵にたどり着こうとしている。本音を言って、今僕自身の精神状態はあまり余裕がなく…彼の冷静な<悔悟>につきあっていけるだけの胆力があるかどうかは不明だ。だが、頑張ってみよう。....広瀬さんの、主眼となるテーマが「生きる意味」についてだったために、僕は彼の手記を手に取り、まず面食らった。元を言えば、僕はこの「生きる意味」のごまかしのない徹底追及の末に、喪失感と虚無感、空虚感を招き、学生時代日常生活が破綻し、精神科に通院する毎日だった背景があった。広瀬さんの体験した精神状態は、痛すぎるほど理解できる….僕は自分の手記「オウムからの帰還」にかけなかった逸話がある。.学部三年時にこの症状は深刻で、単位をすべて取っているにも関わらず、僕は留年して通院する。嘉浩君に出会う1~2年前だ。この時に主治医の精神科医の方に言われた言葉は、こうだった。「…もしかしたら、あなたは宗教的なものが起因かもしれない」「宗教的な鬱に陥っていると言えそう」.むしろやんわりと、宗教に関心は示せないのかしら…とまで進言されていた。.「それで解決する若者を知っている…年のころはそう、あなたのように 22~23歳の方が陥る症状」.僕は、その頃はまだ宗教に低俗な誤解を抱いており、僕はずっと哲学的かつ科学的な真理探究になると思っていた。.僕は一年にわたる通院で回復の見込みがなく、入院を勧められた…だが僕はこの申し出も、何の解決の見込みもないものとしてしり込みしており、焦燥感に襲われていた。.その時、処方されていた睡眠導入剤を備蓄しており、それを一気に飲み干すという生と死の賭けに出た。…激しい頭痛と嘔吐下痢によって、試みは失敗する。後には引けなくなっていた。入院を断るための唯一の道は進学だった。.運よく院の試験だけはこなし進学したのだった。モチベーションは、奇跡的に降ってわいた天文学への道だ。折しもその頃、自分の所属する地質学科に、異質の地球物理学者が赴任してこられ、いきなり野辺山天文台での研究への道筋を作ってくれたのだ。僕は、その後、天文台の実際の職員の方々、研究者の方々と研究し、実質的には大学を飛び越えていきなり「本物の学問」の道へと分け入ってゆく。野辺山天文台で見せられた 赤方偏移(※)は、僕の初めての神秘体験だった。.これでかろうじて、一旦は救われたんだ。僕の場合。でも、この「生きる意味」への問いかけは、いわば真理への問いかけ、そう簡単なものではなかった。その存在の意味の喪失と渇きは、再び襲い掛かってくる事となる。.※ 赤方偏移は光の波長が伸びて観測される現象のこと。いわゆるビックバンの観測的事実とされる現象の事。天体現象において赤方偏移を生じる状況は3つに分けられる。 第一には天体がわれわれから遠ざかる運動をする場合に,音の場合のドップラー効果と同様に、光の波長が長くなる現象。...~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ウイリアム・ジェイムズの宗教的心理学によると人は、人生のあらゆる価値に対する欲望が失われてゆく憂鬱状態から、心休まることのない問い…生きる意味に対する…に駆り立てられ、宗教・哲学に向かうとされています。また、この「宗教的憂鬱」はしばしば、突然の宗教的回心によって解決されるとジェイムズは指摘しています。「悔悟」 P200~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~広瀬さんは、ご自身の状況を、これと一致している、とそれは、僕も同様でした。切実なほど。...Eili ...
2019年03月30日
コメント(2)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~この記事は、思いがけないコメントにより、あらぬ方向を恐れ、一旦削除してしてしまった記事ですが、僕の24年来の究極とも言える最重要なテーマとなるため、復活させることにしました。僕の生きてきた中で重要なひとときであると同時に、日本の歴史の一幕でもあると感じています。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~...先日、嘉浩くんのお父さんにようやく会うことができ、ご挨拶をすることができた。証人出廷後、22年ぶりだろうか…当時は何度も法廷では会っていたのだけれども、休廷の僅かな時間しか声を掛ける機会もなく、また、語りかける言葉とて、言葉を失うほどの事件…何を話したのか記憶にはない。.当時は、それでも気丈な面持ちで、証言を傍聴していたと思う…表情は固く、引き締まり緊張が抜けない、そんな感じだった。.二十数年の時を経て、改めて対面すると、目元にそれまでの歴史が刻まれていた。驚くべき証言を聴き続け、世間からの非難を浴び続け、息子からの悔恨の手紙を受けとめ続けた父親…何という深みだろう…その柔らかな面持ちと苦悩を受け止め続けた瞳に、世間に向けられた贖罪の気持ちと、息子に対する慈愛が宿されれているようだった。.僕がしたためていた手紙・詩は、嘉浩くんの仏前に供えられているらしい…そして、僕を通じて嘉浩君にメッセージを下さった方の言伝も、供えてありますとのこと….僕は、年末年始たくさんの事象に見舞われていて、うまく言葉を落とせなかったのだけれども、地下鉄サリン被害者のご家族の方から、僕と嘉浩くんへ向けて語られたメッセージがあるんだ。。。.それを是非、お父様に伝えたくて、それをお伝えすることができました。.被害者から加害者への言葉…なんと重く、身の引き締まる…それでいて、なんという憐れみ深いお言葉なのだろう…この23年間に渡り、極端に引き裂かれてしまった人達をつなぐ言葉が存在する…それだけで、僕は救われる思いがして、胸が熱くなった。.本当に、本当に、ありがとうございます…...Eili ...
2019年03月30日
コメント(1)
.平成もそろそろ終わろうとしている。やり残したこと…平成に背負ったテーマは重すぎた。この時代は昭和に比べればまだ平和だったはずなのに、自分の場合はそう感じ取ることはできない。.広瀬本、この時期に、実にディープで書評を書けるレベルではない。この時代、この国に、これほどの傷跡と記憶の刻印をしたものはない。.今後、回想を交えてつぶやくかもしれないが、わからない。.平成最後を締めくくるうえで、しておきたいこと….まずは、これを振り返り、この空間に示しておきたい。...~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~犠牲になった人たち、そして加害者となってしまった人たちの、壊れてしまった心をつなぎ合わせるために、僕に一体何ができるだろうか。いま、僕は自問自答を繰り返しながら、ただ立ちつくしている。僕のなかでは、いまだ何も終わってはいない。.「オウムからの帰還」あとがき 1996・2・26~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~.たとえ現実にはその境遇に立たされなかったとはいえ、彼の境遇を想像することなく生活をすることなど不可能になってしまった。僕という人間は「ぎりぎりで生かされて」いる存在でしかなく、「かろうじて許容されている」に過ぎない存在などだ、ということに気づかされたのだった。この時から、僕の中に、どっしりと重い「沈黙」がしんしんと降りてきたように思う。...これだけの事件を起こし、その引き金を引いてしまった「師」たちの事を、しかし僕は事件の結果だけから悪く言うことがどうしてもできない。彼らはむしろ、全く反対の方向に歩んでいた人たちだったのだ。.「オウムからの帰還」文庫本へのあとがき 2011・12~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~...Eili ...
2019年03月30日
コメント(0)

.もううまく言葉が落とせなくなってきてしまった。がんばって書き留めておきたい記事がいくつかあった。.向き合えない…のだろうか、そんな事はなかったはず。向き合うべきではない、という示唆だろうか…そうかもしれない。.このままだと書けない。.バランスは大事?…それはそう現実世界と遊離してる?…そうかもしれない。いや、かろうじて地に足はついているはず。仕事は決して休まない。人と会いたい?…渇望。いや、もう会いたくはない。.自問自答.3/20 以前に書きたかった記事が書けなくなり、激しく自己嫌悪もう機会を永遠に失ったから….それ以降では、時代が異なる通り過ぎる言葉を拾い上げることができなかった。...季節は春の訪れ待ったなしで訪れる否応なく変化してゆく.春の嵐春の気候この不安定さが、身に染みている...世界の事象が、体の中を通り抜けてゆくような感覚散逸した意識...出版されたばかりの広瀬さんの手記を読みふける。意味を求める病….僕と同じ症状の彼が綴った手記だ恐るべき手記...彼と僕の人生の展開は天と地ほどの差があるが、僕と彼の虚無的意識は根底が同質のものであり、物理的にも、彼の第六サティアンでの小部屋は僕の斜め向かい、距離にして 1m くらいだった。この寡黙な青年は、うつむき加減でいつも何かを思念しているような…そんな感じだった。極めて高度な集中力、場合によってはそれは強烈な視野の狭さでもあり、ひた向きさでもある。それは科学者の風貌でもあり、僕はそうした人種に囲まれていた。サンジャヤ、ヴァジラパーニ、ゴーサーラ二人は刑死、一人は廃人となった。...いけないな….桜だ…桜が咲いている...すぐに散ってしまうだろうが、今は考えるべきではない。.....Eili ...
2019年03月29日
コメント(0)
無明.拒絶.孤独.鍛錬.集中.信仰.裏切.絶望.悔悟.刑罰.死.恩寵...Eili ...
2019年03月25日
コメント(0)
関係者の方々、示唆的なコメントを寄せられていますね。江川さんが紹介した杉本さんの言葉など、感銘深いものがあります。「騙される」というよりも「違和感」を素直に大切にしようという事です。.こうした意見は貴重ですね。.ああ、でも思い起こせば、この「違和感」正常に生起させていましたね。そのことごとくを、先達の信者の方々が、ぶった切って、強引な信仰に誘ってましたね。。。背景に教祖の意志、説法があり、その焦燥感は半端なかったです。.だから、当時の末端信者でも、こういう訴えをふんだんに先達に向けていたものの、彼らが聞く耳をほとんど持っていなかったのも事実で、.「違和感を持つ」だけでは足りなくて、「違和感を維持する」事が大切なんだと、そう思います。...そしてそれを失わせる働きが、マインドコントロールであり、非常に強い圧力があるものです。教義やマントラのみならず、薬漬け、寝たきり点滴まで、あの世界ではされていましたから….では、彼らから離れてみて、こちら側の政治や経済や会社や学校といった<通常の世界>では?.これも、また大いなる違和感を感じませんか?若い人にとっては特に…そうした大人達の社会の欺瞞を、尾崎豊が、当時、歌や詩で訴えていたわけですから。...Eili ...
2019年03月23日
コメント(0)
ちょっとしばらく、頭の中に不用意に入ってきてもらいたくはないので、しばらくコメントとかいらないです。。。.(停止すると今までのものも全部見えなくなってしまうような古いシステムのようなので、できませんでした。。).とても丁寧に見据えているものはあるのですが、その時期にしか記せないものがあります。残念ながら機会を失ったものや、記事を引っ込めたものもあります。.その必要はなかったと、思うものもあり、僕は、雑念を追い払うことに失敗しました。.好意的なコメントは多いのですが、感情的なものも多くなってきており、暖かなものではありますが、その内容の発展もどこか変です…気に留めていただく事は嬉しいのですが、特定の方のみのものや、しだいにバイアスのかかったものへの変遷などゆるやかに感じます。素直で率直なご意見は貴重でもありました。.それは感謝しております。しかし、このスタイルでの続行、やはり無理かもしれない…と思うようになりました。.とても、繊細な事柄を扱う空間であり、生と死、罪と罰、道徳と宗教…に踏み込みます。限りなく神話に近い不条理な事件を、観念ではなくリアルな人間の営みそのものとして体験したのです。深い次元で交流したいのです。時流や報道の表層部分には、もう一切惑わされたくはないです。.事件は歴史に移行する時期であり、被害者の方々はまだご健在であり、また加害者のご家族もいます。.そして、事件を振り返り反省なさっている方も多数いる中、ほとんど悪影響しか示さない自己主張する方々もいます。配慮したいものや、誠意の裏切りも体験します。実に様々なものを感じさせる事象であり、年月でした。.そして、僕自身はいまだに家族との縁は崩壊したままですし、壊れた友人の精神をケアしていきたいし、あくまでも、裁く側ではなく、裁かれる罪びとの立場に依拠したいと思っています。...沈黙と沈黙の隙間から漏れてくる言葉に注目し、その声ぶりがもし獣のようなものならば解読を試みます。悲し気な旋律であれば、それを愛に変換したいと想っています。純粋に傷を帯びた精神が呪う言葉もあるでしょう…それもしっかりと受け止めたい。.漏れいでる形象をもたない存在が、発する言葉に転じる時、それは美しく、詩になります。.人が神に意見ができるのは、哲学や思想ではありません。詩でしか、伝えることが不可能です。...Eili ...
2019年03月23日
コメント(0)
.今日は、お茶の水の連合会館で「地下鉄サリン事件から24年の集い」というものが開催されており、参加してきました。.被害者およびご遺族の方々や弁護士、有識者の方々主催による催しでした。皆さま、事件を風化させてはならぬという姿勢で当時を振り返り、予兆ともいえる事件の数々を今一度見つめなおし、初動捜査の遅れなどによる影響など課題を挙げられていました。.20年ぶりに、高橋しずえさんに会い、挨拶をかわしました。20年ぶりに、江川さんに会い、挨拶をかわしました。20年ぶりに、滝本弁護士に会い、挨拶をかわしました。20年ぶりに、西田公昭教授に会い、挨拶をかわしました。.当時とってもお世話になっておきながら、僕は顔を出すこともできず申し訳なかったと思っています。.…この集い、元信者は本当に少なかったです。.大学の教官の方や学生さんたちが多かったです。みな問題意識を発動し、熱心にこの事件の事を知ろうとなさっているようでしたが、24年という月日は、彼らのように当時生まれていなかった若者にとっては、理解しにくい事のようで、どこか遠い世界の出来事を学んでいるような雰囲気が漂っていました。.僕が当時オウムに出会ってしまった頃とほぼ同世代の子たちを見るにつけ、何かフラッシュバックというかデジャブというか…不思議な気分に襲われます。.人生哲学真っ最中の青春時代に…・ヨガの実質的、体感的な効果にやられる、・世の不安、終末観に飲み込まれる、・まじめであればあるほど、使命感を感じてしまう・仏教なんだからきっと最後は安心だという誤解・教祖の催眠的な演説効果・どうしようもない、突き進んでいってしまう場の雰囲気.あのエネルギーの強さ、そのどれもが裏返り、白昼のもとに展開されたサリン事件…未だにその衝撃はうまく言葉に落とせるものではありません。.サリンの被害者の方々のご冥福を祈り、このような事件が二度と起こされることのないように若者が巻き込まれてしまわないように願わずにはおれませんでした。.そして、こうした現象を起こしうるの見えない構造をじっくりと見据えて互いに目を開き、辛抱強く注意喚起しつづけるしかないのだと、感じました。...最後に、私のいたかつての教団が、私の朋友達が、日本に甚大な被害と損害を与えたことを心より深くお詫びいたします。...Eili ...
2019年03月16日
コメント(0)
支援者の会の方々との交流…僕は、なぜ彼が生存している間に、彼らに会いにいけなかったのだろう。彼の苦しみを、僕もしっかりと受け止めて、彼に何か一言伝えることができなかったのだろう。.心で通じていたのだと…そんな思い込みではなく、彼と真実の心をやりとりを実際の言葉を交えてできなかったのだろうか。僕はこの空間にしか、想いのたけを吐き出せなかった。.支援者の方々の、心配りの様は、改めて僕の心を揺さぶるものがある。そして正直、うらやましい気持ちもある….でも、同時にこうも感じていた。僕のような、一旦自分自身も絡んでしまった関係者抜きで、全くあの教団と縁をもちえない人達の目線から彼を慈しむ心が生起するのならば、嘉浩君の心が本当に回心する手掛かりになりえる…それはもう重すぎて、ご家族だけでも無理だ…その時、全くの他者だったものの目線から…いや、彼が破壊しようとした世界の住人から手を差し伸べられること….この体験が必要だったのだ…彼にとって、それはかけがえのない奇跡的な事…..~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~.「ある日突然」.ある日突然あなたと最も親しい関係にある人達があなたの愛する人 あなたを愛する人 がサリンの攻撃を受けて 命を奪われたとしようその時 あなたの憤怒と悲しみはどれほど 深く 激しいか計り知ることさえできない.ある日突然私が 何の理由もなく無差別テロの 犠牲になって生涯 癒されることのない重い障害を受けたとしよう.その時 私の苦悩と悲しみは何によって 乗り越えられるか思い描くことさえできない.ある日突然例えば 林郁夫や井上嘉浩のように自分が 最も尊敬し 信頼していた人が偽物であり 裏切者であると 知った時その悔しさと悲しみは 心身に喰い込んでもはや 生きていけないほどにやりきれなくて 切ない.悲しみは Com-passion でありコンパッションは 共に 同じように 苦しむことその Com-passion が不条理な現実を受け止め それを課題へと転換する...オウム真理教が 引き起こした事件は表面だけを見れば たしかに ひとつの劇画ですしかし この事件が提出した問題は 深刻であります.それは、虚偽の宗教の姿を 現すことによって宗教そのものが虚偽なのか? それとも真実の宗教 と 虚偽の宗教とがあるのか?あるとすれば どうして区別するのか?と問いかけるそれは 更にわれらの 思想を質し我々の 一人一人に向かってあなたの人間観は?あなたの歴史観は?あなたの社会観は? と 今も 問いかけている.私たちは「生きて罪を償う」井上嘉浩さんを死刑から守る会を発足させました.それは死刑から守る会でありますが同時に 井上さんが 生きて罪を償う ことを助ける会でもあります私たちは 井上嘉浩さんが 生きて罪を償う事に少しでも 力を興えることができるようにと念願してこの雑誌を通じて 井上さんと そしてこの会に参加してくださる人人に 語りかけまた ご意見を聞き 執筆をお願いして共同の課題に応答するために学び続けてまいります..2007.4.8 稿 児玉暁洋.創刊号 April/2007年.~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~...Eili ...
2019年03月10日
コメント(0)

....嘉浩君のご友人の方の寡黙さが、なかなか胸に染み入りました。簡単に落とし込めるものではないんだ…ということを改めて感じ、自分がよく知る知り合いがこういう人生を歩むという事を受け止めなければいけない辛さが、にじみ出てました。.「被害者の方々がおられるので、何も言えへん…言えへんけど」と、言葉を飲み込む。.「そんなやつやなかった…ほんま、まじめで大人しゅー感じで…」と言葉を詰まらせ、それ以降の言葉はなかなか出てこないようだった。.話が終末観に及ぶと、僕は自分の失態についても、披露せずにはおれなかった。彼らがあまりに遠い目をするものだから、僕は自分の高校時代の友人とのやりとりを紹介することにした。.あれは、僕が嘉浩君に勧誘され、次第に宗教観や終末観を強めてしまったある日…いや、正確には、僕がもう既に出家の意識を固め、今生最後のお別れだと思って、高校時代の友人を呼びだして、最後の挨拶をしようと思った頃だった。僕はこちらの世界には、もう戻ってくる事はないだろうと思いつめていた。.「僕はこれから出家しようと思っています。」「だから、今生、みんなに会えるのはこれが最後になると思います。」「これから、過酷な時代が訪れると予感しています。」「だから、みんなも大変だろうけれども、逞しく生き抜いてください…」.「僕はたぶん、ハルマゲドンがやがて来ると思います…」.その時、ドン引きして絶句している高校時代の友人の顔が忘れられない。その時の彼らと同じ表情をしていた。..確か、反応は「おう…なんかわからないけど、わかったよ」「大変そうだな…」.だった。この話を紹介すると、どっと笑いがあふれだし、.「嘉浩君だけじゃなくって、僕もだいぶいっちゃってたんです…」(笑)「返す言葉も見つかりませんよね…普通」と続けた。.彼はしばらく、当時の思いつめる友人である嘉浩君がどうしてそんなにも…という想いを感じる反面、自分たちだって、その頃、世の中がそう綺麗なものではなく、すんなりと受け止めていたわけじゃないんだというやるせなさも感じていたことを素直に語ってくれた。.そして尾崎豊の詩につづられたような世間と折り合わない疎外感に似たものを、その後の人生で味わったことなども語ってくれた。「自分は、大学に進んだ後、一度ドロップアウトしました…」「僕は卒業手前…」と.ああしたモラトリアムでニヒルな心境って、人によって時期が異なるけど、僕らには切実だったんだ。人生哲学そのものと言ってもよく…嘉浩君と同じでした。..でも、普通、世界の破局ってところまではいかないですよね…と、述べた後、311の話題を振った。...たしかに世の中は悲惨かもしれないけど、そう簡単になくなりはしない。破局なんて、神話の世界だよ…でも、あの終末観にやられてしまっている頃…2000年あたりに、もし…あれが起きていたら…...もし、311が、2000年頃に起こされていたとしたら、悲惨な終末思想は、なかなか抜けられなかったと思います。脱会したサマナの半数以上は、おそらく…残ってしまったでしょう…...僕はそう言うと、みんな黙りこくってしまった。.今だって、かろうじて綱渡りの平和を得ているにすぎません。それも事実でしょう…...なんかやりきれませんね。...Eili ...
2019年03月10日
コメント(0)

昨日、嘉浩君の高校時代の友人だった方に会いに京都へ行ってきた。空は碧く晴れ渡り、春の近づきを感じさせている。.高校時代というのは、本当に貴重なひと時で、人生の分岐点を決める時ではないかと僕はと思っている。.そしてどこか哲学的な時代であった。晴れやかな気分する明るい色ではなく、思慮深い碧色の時代.みなどうだろう…大学に進学する際や、就職する際に、一度は気心知れた仲間たちと互いの門出を祝う同窓会など開かなかっただろうか。(僕だって、本当は自分の旧友たちと気さくな会話をしたかった。).僕はまるで自分の学友に会いに行くような胸躍る気分で、待ち合わせの洛南高校に向かった。初めて会いに行く人なのに、そんな気がなぜかしない。.校舎の前で、一人の男性が腰かけていた…遠目から一発で「あの人に違いない」と確信し、僕は小走りに近づいてゆく。彼もそれに気づいたのか、すっと立ち上がり僕を見るなり笑みがこみあげてくる。.「…お会いしてみたかったです!」「こちらこそ…」と固く握手をして、変わり果ててしまった洛南高校の校舎の周りを散策し始めた。.「ここらへんは、みな雰囲気変わってしまったな…」と彼は零した。月日は流れ、建物の姿が変わり果ててしまっており、当時の事に思いを馳せたくとも、それを容易にはさせてはくれなかった。.「そんなものかもしれませんね…」と精一杯のフォローをしたつもりなのだが、容赦のない諸行無常を突き付けられた感じがした。.「いや、ここらへんも、ここらへんも、もう当時とはだいぶ違っている。かろうじて、ここは…」と隣接する東寺を指し.「ここだけは、当時のままだ」と参道を歩きながら彼は呟いた。.僕は改めて京都の歴史に感謝しつつ、神社仏閣といったマーキングスポットは、それだけに時代を繋ぐ異世界への入り口のようだなと感じたところだった。.東寺の境内に入りながら、嘉浩君に関する談話を始めた。「彼とは何年間?」「3年間ずっと一緒でした。」「クラスも?」「ええ、クラスもずっと3年間一緒だやったんです。」「席も近いというか、隣やったし」「部活は?」「彼は部活はやっとらん…極真空手やっとった」「やっとったみたいなんやけど、途中から様子が変わり始めた」.話しながら講堂に入り、高さ8メートルくらいはあろうかと思われる荘厳な大日如来像に圧倒され、しばし言葉を失った。華麗な仏像で、本尊を中心として、阿弥陀、宝生、不空成就の像の顔つきがやたらと凛々しかった。.「彼は途中から、瞑想ばかりをはじめだした」当時の彼の変化に「なぜ?」と思いを馳せている様子だった。.「なんかヨーガを始めたらしいだけど、詳しくは俺も知らんのやけど…のめりこんどったな」「もう空手はせんようになっとったみたいやし…」「授業もいつも嘉浩だけは、蓮華座組みながら聞いとった」.「こういう仏像とかも見ると、何か印を結んどったな…そういえば」「それは、こういうやつですか?」僕は智拳印を組み、確認した。「そう、そういうやつや…」.金堂に入り、薬師如来を拝みながら、しばし沈黙の時を過ごした。普段は入れないとされる五重塔を参列し、ここは当時は見れなかったので…と心奪われていた。.そして観智院、宮本武蔵が描いたとされる、大きな水墨画を観たり、立派な枯山水をみた。みながら、仏教ってなんだろう…なんでこんなにも静かな世界もあるのに、世は喧噪しているのだろう…それに観音様のような優し気な像もありながら、一方で明王のような憤怒系の仏像も多い…憤怒そんって、なんで怒っているんだろう…そんな事を考えていた。.「もっと色々嘉浩君事知りたいです」「そうおっしゃられるかと思って、一人友人を呼んでるんです」「一人しか呼び出せなくて申し訳ないんですけど、みな井上の事は、重いんです…話したがりません。」「…そうですか」「場所を移動しましょう」.僕が京都に来ると言うので、もう一人の学友の方も急遽呼んでいただく事になった。それだけじゃない、支援者の会の平野住職や、今回の会合のきっかけを作っていただけた心理学者の方たちと落ち合う事になり、互いに時期は異なるとはいえ、全員嘉浩君の素性を幾ばくか見る事ができた人たちばかりだった。.高校時代の友人二人、僕、一審を傍聴し心理鑑定にも少し加わっていた方、刑確定後の支援者の方 が一堂に集いそれぞれの時代の彼を語り合った。.「洛南高校では…彼の存在は、存在自体がタブーとなってしまとるところがあります。」「触れたくないというか…触れることができないというか…」「皆、口は重いです。」.「彼の高校時代のやんちゃな面とか砕けたところ…あったと思うんですけど、そういうのむしろ聞きたいです」「…そういうとこ、あんま、ないです。」「…めっちゃまじめでおとなしいやつやったです。」「下らん話の輪には入ってこんかったし…なんかやつは、やってた。取り組むべきものを既に持ってた。」「次第に達観した目つきになるっちゅうか…」.時期的には、すでに彼は神仙の会に入信していたし、ヨガのインストラクターだって任されていた頃だ。急激なのめり方と適性がマッチしていたのか、彼のヨガ修行の成果が、在学中から変化をもたらしていたんだと思う。.何か違和感のようなものを感じていたようだ。「当時、俺は何感じ取ってたんかな…井上の変化は気になっとった、だって隣の席やし…」.洛南高校は真言宗系列の学校だ。だから宗教の時間という道徳の時間が存在している。.嘉浩君はその授業で何かを言っていなかったか、気になってしょうがなかった。.「当時の記憶は薄く、なかなか思い出せない。」.その教師であった虎頭先生が、きっかけで嘉浩君の支援者の会が発足することになるのだが、どうやら発足当時はかなり風当たりが強い中で、嘉浩君のために有志が集いあっていったようだった。.「…そうおもって、色々探しとったら、こんなん見つけました。僕の当時の授業ノートなんですけど、嘉浩の変化に違和感を覚えた僕がレポートにしたためたものです。」.そこには、最近の井上はおかしい…と友人の目から見た変化が、率直に吐露されていた。.「あと、これ、成績表ですが、全教科のほとんど10位以内に井上の名が出ている記録です。正直賢かったです。」「…でも瞑想するようになってから、彼、勉学に意欲なくしていったようです。」.「彼、このころ神秘体験の事とか、前世の話とかしてませんでしたか?」「ゆっとった」「お前は、白熊の生まれ変わりや…と」「半分冗談として言っていたと思うけれども、なんか妙やった」「自分は何か修行僧の生まれ変わりやとも」..宗教の授業のレポートには、こうしたためられていた。隣に座る友人は、彼を心配したのだろう…虎頭先生に向けられたレポートの中でこう記されていた。.「最近の井上は変わってしまった…」「ついに、彼は、世界が破滅する日は近い…とか言い出している」「彼の言うアストラルの世界も、妙なもので、彼の心の中にしかないものだろう…彼は精神異常者になってしまった…」...サインは出ていたんだ。そしてそれを虎頭先生は受け止めていた。それが、支援者の会の発足の原動力になっていったのだろう…..数年後、彼がTVで騒がれたとき、彼らは、心底驚いたに違いない….彼等自身、何度も嘉浩君の事で取材攻勢を当時受けたようで、その表情にはいつも深い何かが突き刺さっているような…そんな表情だった。...Eili .....本来もっとのんびりしてもいいはずの旅行でも背筋をまっすぐに伸ばして、気を張っている嘉浩君の姿.....
2019年03月10日
コメント(2)

.~亨君と秋の姫さんへ捧げます~..亨君は、獄中でどのように過ごしていたのだろうか….彼の心の中に何が去来しその心臓にどように時間が流れたのだろうか…彼の頭に鳴り響く音階は果てしなく陰鬱な短調の旋律だったのだろうか.僕は今日少しだけ知られざる彼の姿を知る手がかりを得ることができた.彼に届いていた奇跡的な手紙のお相手の<生の文字>を目にすることができたのだ….亨君が目に留めた文字だ!.亨君にとって世間の人は触れえぬもの己から会いたいとは言えぬほどの層の隔たり.未知の世界ともいえるほどの人から手紙が届くのだ…会ったこともない、会えるはずもない人からその驚きは、隠せなかっただろう…...ああでも、この手紙は実に7年後に彼のもとに届くのだ….彼に手紙を出した女性は、返信の来なかった年月に失意も感じた事だろう…理由は一切知らされることがないわけだから….返事を書かなかったのではない…7年もの間、囚人に届けられることさえなかったのだ.この制度が実に残酷だ…罪を犯した人間には、自分に届く手紙を受け取る権利さえもないというのだろうか….手紙は読ませてもらえない代わりに誰から来たかだけは知らされるそうだ…彼の頭に、彼女の名前が錨を降ろす.二審が確定すると、逆説的に、彼に自由が与えられた彼はだいぶ前に出された手紙をようやくにして手渡され開封し読むことができたのだ…..そして彼は7年ぶりにこの化石を紐解き手紙の主に返信することから交流が始まる…...この時、彼の心の中の音階は変調したのだと思う.彼女は、突然にして仕舞いこんでいた過去からの手紙の返信を受け取る….まるで、前世の手紙が今届くほどの衝撃を受けただろう…届いていたのかもわからない読んでくれていたのかさえ分からない渡されることさえなかった事実をこの時知るのだ.そして、この7年を振り返り戸惑いと畏れも幾ばくか感じながら封を開ける...そこには大きく整った文字があった彼の人柄を表す形だった.そして、彼にとっても彼女の小さな文字は、独特で吸い込まれていったに違いない...同じ時代に居ながらにして遠く離れた惑星間で通信しているかのような二人のやり取りは.僕らの普段している交流の何十倍もの濃度が込められる….死刑囚…いつ刑が執行されるかわからぬあやふやな生を.仮初の姿としてとどめながら僕達の心には大きな存在として刻印される.彼らの交流は深く碧く奇跡的にも微笑ましい….亨君の体に鳴り響く音階はこの瞬間にだけ軽やかで優しいものになっていた事だろう...Eili ......
2019年03月08日
コメント(7)

~亨君と嘉浩君へ~..亨君の深く碧い沈黙に僕は溺れそうだった….彼は嘉浩君の事だって悪くは言えなかったと思う….彼は、無謀な行いに行き当たりばったりの稚拙な大義に半ばどうしようもない行き場のない怒りを感じていたはずなのにあてどころを失っていた...でも、その優しさはあだとなり最後まで付き従ってしまった….ああ、彼を誘導していた村井さんが無責任な透明さで彼に諭す.私は一度だってグルの要求に否と応えたことはなかったと….その自慢げな信仰に綻びが見えだした頃はもう既に時は遅すぎた…...もう最後までついてゆくしかない…だが、この道の先が見いだせないこの暗闇は何だ….彼は、そうした想念でつぶれそうになっていたに違いない….そうした想念の渦をすべて沈黙の中に閉じ込めて碧く深い海の中に沈んでいくようだった…...もう、これ以上にないくらい苦しんでいたはず….八王子のアジトでも嘉浩君はうずくまる亨君を見ていたはず….そんな苦悩が彼を待ち受けるのだと僕は占星術師でありながら読み解けず…彼に示唆すら与えられなかった.僕は最も近くに居ながらにして気づいてあげることができなかった.神様がいるのならば.この人の罪はこの人の人柄に見合いません…と僕は訴えたい.こんなにも、世をはかなみ己を追い込んでいった若者が誘導された世界.信仰の末にたどり着いた先が目標地点とは正反対の極地だった.わずかな岐路の差でこれほどまでに違う世界.僕らに見せつけ体験させた意図はどこにあるのか…...Eili ....
2019年03月07日
コメント(2)
僕は、何かを極めようとしている人が大好きで、見惚れてしまう….そして、極めたと思い込んでいる人が大嫌いで、退いてしまう。.神話の中でも、綻びのある人間や天使にこそ、着目し、神となり君臨したものに、おぞましさを感じ取る。.畏怖を感じさせるものは、恐怖を纏っており、驚いて、崇高な…と称されるが、美ではない。.真っ赤な薔薇をみたつもりでも、よく細部を見つめてみると、人の吐血かもしれない….透き通った氷にも罠があり、クレバスに落ちれば、碧い地獄….綺麗なものは、惹き込まれるが、そこは、真実と幻想の境界線...Eili ...
2019年03月06日
コメント(3)
全15件 (15件中 1-15件目)
1


