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今日はトルコ旅日記はお休みして青梅の梅便りを。今日の日曜、青梅の梅林へ行ってきました。駐車場が無いため、個人営業で1日800円などと出ていました。梅はまだ五部咲きで風も冷たく、3月初旬が見ごろのようです。皇室の着物などを展示した着物博物館などもありました。(土日のみ開館・大人800円)寒いので湯気をたてている蒸しお饅頭や大判焼きに人気が有りました。熱々のお饅頭は大きいのに1個130円とお手ごろでしたよ。中身も粒餡、白餡、高菜、ねぎ味噌、よもぎ(あ、これは外身か)さつま芋など、バラエティに富んでいました。お近くの人はぜひぜひお出かけくださいませ。 ふふふ、この絵文字は梅じゃなくて桜なんだけど・・・
2007.02.25
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10月23日(月) 3日目 6時起床。今朝の出発は8時で昨日より30分早いのでちょっと忙しい。朝食はお国柄かチーズの種類はとても豊富で、ヨーグルトやトッピングも種々ある。サイトさんが言っていたけどヨーグルトはトルコ人の発明。日本ではヨーグルトと言うとブルガリアだが、トルコがブルガリアを征服して、その技術がブルガリアへ渡り本家のお株を奪われてしまったとか。部屋はシービューでエーゲ海が見える。朝食後、プールのそばを散歩しながら部屋に戻りベランダからの写真などを慌しく撮る.8時出発。お墓があって車がたくさん止まっていて、人々が日本のお墓参りと同じように参っていた。今日はエフィソスが見られなくなった原因のにっくき砂糖祭。日本のお盆みたいなものだろうか?9:30ごろになると急に住宅密集地域に入る。高台までぎっしりと家が建てられている。ここはトルコで3番目に大きい人口200万人のイズミールという町は美人が多い土地でミスコンで常に入賞者を出しているとの事。また詩人ホメロスの生まれた土地でもあるとの事。近づくにつれ、建物の表情が都会的になってくる。大きな港があり、軍艦やコンテナ船がたくさん停泊していた。10:05出発。サイトさんは昨日に続き、トルコは人口7000万、面積は日本の2倍などと基本的情報の他に、トルコがかかえる政治的背景、クルド人・イラン・イラク・ギリシアとの関係を熱く語る。観光客相手にどうかしらんというくらい、テロ問題など、いかにトルコは良くて相手は悪いと、延々と語っていた。11時ぐらいから革製品のお店へ。ファッションショーが始まる。ツァー客からも若いお嬢さん二人と、年配の男性(高橋さん)がモデルに駆り出された。お嬢さんの方はハンサムなモデルの男性や、きれいな女性と音楽にあわせてステージを歩いたが、袖口から値札がぴらぴら見えて、あぁやって着たのを売るのかな?と気になる。 いいなと思うものも有ったが、10万前後のものを、ホイホイと買えるはずも無く、店内の革製品を見るのは早々に切り上げて外の方に出ると雑貨屋さんが有った。革製品の外のお店で、透かした生地に黒や赤のベルベットで模様を織り上げたスカーフがとても気に入った。白人系のお店の人に交渉すると15ドルのものを13ドルまでおまけしてくれた。13ドル渡すとお店の人がそのお金を床にパーンとばら撒く。え!金額違ってた!?とあせったが、これは私がこのお店の今日の最初のお客さんだったそうで、トルコ風の感謝のパフォーマンスとのこと。4時に今夜のホテル「スパホテルコロッセアサーマル」へ、いったん荷物をおくらめに立ち寄る。途中、真っ白な綿花が咲いている綿の畑が広がり、テントや洗濯物が広がるキャンプ地があったり、砂糖祭のために着飾った家族連れが歩いていたり、と飽きる事が無かった。綿の畑やオリーブ園を持ってる人は、1年に1度の収穫の時だけ働き、あとは遊んで暮らすとか。ホテルのすぐそばの【ヒエラポリス遺跡】に出発。今回の旅で初めて知ったのだが、ヒエラポリスとパムッカレは別々の観光地ではなく、切っても切れないつながりのある観光地だった。ヒエラポリスはバムッカレの石灰棚の一番上にある遺跡でローマ帝国の温泉保養地として栄えた。ローマ帝国時代にも地震で破壊されるがその後、復興。しかし1354年の大地震で完全に廃墟と化す。ローマ劇場、ローマ浴場などが残るり、世界遺産の複合遺産(文化、自然の両者の価値を兼ね備えた遺産)に登録されている。このヒエラポリスに隣接しているのが、「ネクロポリス」。ポリスというのは街と言う意味で、ネクロは死者という意味。つまり死者の街→お墓。パムッカレの温泉地へ療養のために来た人達、もしくは静かに死を迎えるために集まってきた人達の為に作られた街がヒエラポリス。その人達が、療養の甲斐なく亡くなった時に、立派なお墓を建てて葬られたのがネクロポリスという場所。3種類のお墓が見られた。 世界遺産に認定された遺跡が崩れ落ちたまま広がっている。見た目は世界遺産を大切に守っていると言う風には見えない。ごみは落ちているし守る人もいない。大丈夫かなと気になる。遺跡そのものはすばらしかったが・・・・・5:00~5:45 いよいよパムッカレの石灰棚へ。【パムッカレ Pamukkale】はトルコ語で「綿の城」という意味で、1998年に世界遺産に登録された。45分間後に集合という事で自由に歩く。サイトさんが右の方の絶景を眺めた後、中央の石灰棚で裸足になって入り、最後に左の遊歩道を歩いていくと、また写真ポイントが有ると教えてくれたので、その通りに皆が行動する。ビューポイントに行くまでの普通の道も微妙に水溜りやでこぼこがあり、石灰棚の卵だと感じた。純白の棚田のような石灰棚はヒエラポリスの遺跡に隣接していて、台地上部から流れ出る石灰分を含む温泉の湯が長い年月を経て結晶し、台地全体を覆ったもの。石灰棚が有名になるにつれてホテルなどが建ち、湯を使いすぎたために、石灰棚の湯が枯れて危機に瀕した。今ではホテルを取り壊し、観光客のために一部だけお水を流したり、また汚れてきた石灰棚を白く保つために、お水を抜いて乾かしたりなどの管理がされている為に、観光写真で見るような全ての石灰棚が水色の水をたたえたイメージとはちょっと違っていた。自由に入れる所では靴を脱ぎ、入ると底には石灰質の沈殿物が有り、ぬるぬるしてすべりやすかったので、そろそろと歩く。バムッカレは地震の多い地方なので高層は建てられないそうでホテルは2階建てだった。食事の後温水プールへ。プールは日本のクアガーデンのような感じで受付がありそこでバスタオルを借りてロッカーで水着に着替えて、温水プールへ。お湯がとても温かくて温泉に入っているような感じでとても暖かく気持ちが良かった。広いメインプールの階段上に温水が噴き出す小さなプールが有り、そこの勢いよいお湯に打たれるのも面白かった。明日着ていく服を用意したり、濡れたものをしまったり、毎日荷物を片付けるのに時間がかかる。ちゃんとパッキングしてきた荷物から必要なものを出し、汚れたものをしまうだけなのになんでかなー?
2007.02.24
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お待たせしました!(待ってないって!)昨日に続きトルコ旅行の続きです。10月22日(日) 2日目 移動の途中ではあるが22日、2日目となる。イスタンブール着はモスクワ時間の22日2:10だったがトルコの時差は1時間多くなり1:10着となり(これよりトルコ時間)、ちょっと得した気分。入国審査、荷物受け取りも順調。とりあえず1万円だけトルコリラに両替。トルコはすごく貨幣の単位が小さく日本の千円が1億円になるらしかったが、単位が改定されていて、ドルのような感覚のリラになっていた。現地ガイドさんは、DORAKツァーの堂々たる体格のサイトさん。サイトさんは日本語堪能で話術もおもしろい。「所どころに設けるトイレ休憩や食事休憩は、お客様のためだけではなく、ドライバーのためでも有る。時間を守ってあまり早くバスに戻るとドライバーが休めない」などと言って笑わせる。バスの中で注意事項など聞いて、30分あまり走ると2:15エルシントプカピホテル着。ロビーで翌日の荷物回収時間や出発時間(8:30)などを塚本さんから聞き3階の部屋に行く。シャワーを済ませ明日の用意などしていると早くも4時になってしまった。こうして1日目というか最初の夜は過ぎていった。 【2日目の朝より】トルコでの初めての朝食。メインフロアと少し離れて、大きなガラス窓ごしに道路が見えるテーブルを選んだ。食事を取りに行くには少し離れていたが、外の景色も見え、落ち着いて食事が出来た。食事の内容は見慣れないものも多く、食指が動かなかった。8:30バスにて出発。席の場所が窓に大きく貼り出されていた。毎日変わるそうだ。25名だと全員が2名分のシートを一人で使うというわけには行かなかったが、後ろの方になった半分くらいの人達は、その後ろが空いているのでのびのびと一人で二人分を独り占めしていた。今日の行程はイスタンブールから345km先のトロイへ。トロイの観光を済ませた後は150k走って、宿泊先のアイワルクへ。時々モスクや建設中のマンションなどが見えるが、働いている人は見えない。日曜のせいかな。今は小麦やひまわりの収穫が終わった所だそうだ。ツァーで知り合った皆さんは、モスクワのあまりにも時間のかかった乗り継ぎには閉口していた。モスクワで6時間弱も時間を取られて、その結果ホテルに入れたのは夜中の2時だったから、もう二度とモスクワ経由は使わないぞ、とおっしゃっていた。ただ直行便だとこうした無理・無駄なスケジュールは無いが、ツァー代金が高い。安いツァー代で済んだのも乗り継ぎ便のおかげだから、がまんするしかない。トイレは有料で0.5TR(50リラ)払う。和式という感じで使用後水を流す。12:30、バスごとフェリーに乗って、ダーダネルス海峡をヨーロッパサイドからアジアサイドへと渡るために1時間ほど航行。フェリーの中で塚本さんと話したのだが、トルコには何度か添乗したが、今回は久しぶりとのこと。トルコ語は話せないそうだ。サイトさんの話によると明日から断食祭で4日間お墓参りをし、モスクにお参りし、着飾って知り合いのお家に行ったりするそうだ。14:00 トロイの30分手前のCanakkale(チャナッカレ)のKolin(コーリン)というホテルのレストランで昼食。なかなかきれいな立派なホテルだった。デザートは砂糖シロップがじわーっとにじみ出てくるような極甘デザート。 3時出発し3:30、世界遺産のトロイに到着。トロイは幾度もの戦火や火災によって滅んでは、新しい城を作り、海からの強い風で埋まったりしていった。第1市から第9市までが複雑に重なり、九つの時代の遺跡が重層し複雑に絡み合っていて、1歩踏み出すたびに違った年代の上に立つことになる。トロイはギリシア神話やまたはホメロスの詩のフィクションの都市として考えられ、実在の都市とは信じられていなかった。1873年にトロイは実在すると信じてやまなかったドイツ人シュリーマンによって、幾つもの年代の層の中にそれぞれの年代の遺跡が埋まっていたのを、発掘されたことにより、俄かに脚光を浴びることになったそうだ。以前に見た、ブラット・ピットやオーランド・ブルームの「トロイ」の時代背景がわかって興味深かった。木馬はもちろん、観光用に作られたもの。ペアの人は一緒に入らずに変わりばんこに入ると、窓から顔を出して写真を写せるので、別々に入ってそれぞれが窓から顔を出している所を写した。 19:20 アイワルクの「グランドテミゼルホテル」に到着。8時よりバイキングの夕食。アドバイスに従ってお醤油をバッグに入れておいたのだが、なすの焼いたものにかけると、日本の焼きなす風でおいしかった。よくわからない料理も多くなかなか手が出ない。今日は500kも移動してしまった。部屋に戻りシャワーを浴びて明日の用意をして12:10に就寝。
2007.02.19
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何人かの人だけでもいい、私の感動した事、夢やあこがれ、ぐちに付き合ってくださる方がいれば、という思いで始めたのですがブログの更新は怠けているとすぐに月日がたってしまいます。昨年10月にトルコに旅してきました。その時の思い出をまとめてみました。トルコ8日間旅日記 2006/10/21(土)~28(土)始めに年に1度の「よく今年もがんばりました・ご褒美旅行」をあれこれ探し、トルコ8日間のツァーに決定した。モスクワ経由のアエロフロート・ロシア航空利用、イスタンブールでボスポラス海峡クルーズとベリーダンスディナーが付いている。それに毎日水が配られる(せこい!)しかも安いのに全宿泊★★★★★星のホテル。イスタンブールはその中でも特にグレードの高いデラックスホテル。アンカラエクスプレス宿泊という、体験もできる。自然や、パワーあふれる市場などを回るのが好きな彼(もちろん私も)はこれいいねとすっかり乗り気。10/21発を申し込んだのだが、10/21発は「シェケルバイラム(砂糖祭)」でエフェソス遺跡とアクロポリス遺跡に案内できず、代替観光も無く移動だけの日になってしまうのが残念だった。10月21日(土) 1日目 いよいよ8日間の旅の始まり!4:30起床。昨夜遅くまで起きていたので眠い。6:45車にて自宅を出発。添乗員さんは塚本さん、メンバーは25名+塚本さんの26名。 12:20 アエロフロートロシア航空にて出発。1時過ぎ、まず飲物サービス。トマトジュースを貰う。お酒は有料。1:30に機内食。稲荷寿司、海苔巻き、サラダ、サフランライス+魚、パン、レモンパイ。彼はお腹が空いていたと完食。コーヒーが濃くておいしかった。5時、外を見ている彼の席に移ると広大な原野が見える。私は今までは海の上を飛んで目的地に着くという旅行が多かったので、このように行けども行けども荒涼たる灰色の陸地で、しかも雲に邪魔されずにずっと地上が見えるという体験は初めて。この大地は凍っているらしく、所々まだ凍りきっていない蛇行した川や湖がかすかに水の色を残しているという奇妙な風景だった。私達の乗った飛行機はモスクワ経由のロンドン行き。海の上でも普通は雲の上で海など見えないものなのに、ずっと陸地が見えているのは、飛行機の高度が低いのではなく、陸地の高度が高いのでは、と彼。PM6:01モスクワ着。2℃。雨。夕方の6時を過ぎているのにまだほんのりと明るい。外で働いている人達は毛皮のコートや帽子など、ロシアの冬らしい服装だった。空港に実際に足を踏み入れたのは18:20。社会主義国は何をしてもサービスが悪く時間がかかるとか。トランジットの行列に並んだが、2~3時間はかかるのがざらだと塚本さんからおどされていた。でも1時間ちょっとの19:30にはトランジットのチケット手続きが終了した。後から来た外人さん達に平気に割り込みされながらも謙虚なわが旅仲間26名はちゃんと並んで、イスタンブール行きを発券してもらう。4つしかない窓口でたくさんの人をさばくのだから、時間がかかるのだろう。塚本さんから2、3時間覚悟でと言われていたので、1時間で済んだので、普通は1時間かかるとうんざりだが、早く済んで良かった!と思ってしまった。モスクワのレストランで時間をつぶす。このお店で旅日記用メモを書いている今、ロシア時間の20:37(日本は5時間先の真夜中の1:37)。昨日まで仕事をしていた私が、モスクワの空港で彼と話しながらハイネケンのビールで乾杯しているなんて!搭乗手続きは手荷物検査だけでなく、靴も脱がなくてはならなかったので時間がかかる。23:15発約2時間50分の飛行時間。真夜中なので私も彼もほとんど寝ていた。
2007.02.18
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