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私が幼稚園に通う前から小学校低学年頃に、無意識に見ていたテレビ番組は何となく今でも頭の片隅にある。私は東京出身の東京育ちであるが、バラエティー番組の多くは何故か関西系。記憶にあるテレビ番組とは…1.パンチDEデート2.フィーリング・カップル3.啓介・唄子のおもろい夫婦この3つが薄っすらではあるが、私は覚えている。これもまた珍しいなと思うし周りからも「よく知っているね」と関心を通り越して、呆れ顔で見られる…(恥)1.パンチDEデート「ひと目会ったその日から、恋の花咲くこともある。見知らぬあなたと見知らぬあなたに、デートを取り持つパンチDEデート!」という言葉とカーテンで仕切られて、お互いの顔を見えず。その合間を西川きよしと桂三枝がお互いのインタビューをしていった記憶もある。特に好きなタレントを質問した後、きよしと三枝が、カーテンの中央にあるのぞき穴越しに相手を見て「誰々(タレントの名前)というよりも何々という感じ」と観客に笑いを取ったのも覚えている。当時の私は内容が分からず。ただ何故「この二人はカーテンの隙間から人の顔を見て、笑わせる言葉を言うかな」と疑問を抱いていた。最後に「お互いの気持ちを確認する」という事で背後にある大きなハート型の電光掲示板にも思い出がある。OKなら、ハート全体が点滅するか否かがどうも楽しみだったらしく、×な時に三枝が「おやおや、何故また~?」と特徴ある口調で喋るのが好きだったに違いない。×だった場合の方が笑いがあったので私はいつもそっちに期待していた。(笑)2.フィーリング・カップル確か幼稚園に上がるか上がる前の記憶…。5対5でお見合いのように向き合って、男女が質問などをして誰が気に入ったかを決めるもの。いつも男性側の5番目と言えば「ズッコケ君」でルックスから笑えるような…という感じの人が出場していたのも何となく記憶が…。私にはそこまでしかない。知人からは「そのズッコケ君からいつもどの女の子が気に入ったかボタンの行き先を楽しみに、司会者がいじることが多く。大抵はお断り。でも時々異例なカップルが誕生したりすることもあった。とにかく視聴者も観客者もいつも5番の結果がどうなるか楽しみだった」らしい。私が分かるのはこれ位かな?これでも無理矢理記憶を引っ張り出して書いている…。3.啓介・唄子のおもろい夫婦話の内容云々よりも「土曜日午前10時」からフジテレビで放送。キンカン劇場だったような…。よく私の祖母と親が見ていた。それを何気なく私がテレビの通りすがりで見た。この時私は小さかったので、鳳啓介の顔を見て泣いたのも覚えている。幼い私は「鳳啓介=宇宙人と河童のハーフ」と勘違いしていた。とにかく気味が悪くて泣いたのは強烈な印象が…。しかし京唄子の声が父方の祖母の声によく似ていたから何故か京唄子を見ると安心感があった。おもろい夫婦に出演してくる素人夫婦は中年よりも年配の人であったような…。当時の私にはどう見ても「おじいちゃん・おばあちゃん」にしか見えなかった。この番組でいつも必ず京唄子が大粒の涙を流していたはずだ。何故だったのだろう…。私があまりにも幼かった関係で、内容をよく理解せずに見ていた番組だったので、この3つは是非もう一度見たい!
2005年11月30日
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ここ最近、私がふと思ったこと。外国人タレントさんで、日本語がとても上手な人って誰かなと思い浮かべた。私が小学校の頃には「世界まるごとハウマッチ」で出演していたチャック・ウィルソン。ケント・ギルバード。ケント・デリカット。彼らは通訳なしで日本語を喋っていたので「凄い」と思ったが子供の私でもやや聞き取りにくい感じもした。それども尊敬の眼差しで彼らを見ていた。年月が流れ、笑っていいとも!のコーナーにジャパ・外人というコーナーが設けられて、楽しみにしていた。ある日母親が何気なくこのコーナーを見ていたら、「長髪で日本語の上手な外国人の人がいるよ。本当によ~く日本文化を知っているから面白い」と話していた。祝日に私も早速見ることに。このコーナーにナイナイが当時レギュラーだったので、彼らが司会進行でクイズを行うもの。日本のテレビはもちろん、政治、歴史等。私達日本人でもちゃんとニュースに関心がなければ、クイズは怪しいかも知れない。基本的に至って簡単。ジャパ・外人。意味は外国人でも中身は日本人にどれだけ近いのか。そしてクイズは何問正解するかという主旨。このコーナーに今はとても有名なあの「セイン・カミュ」が出演していた。彼は何でも知っていた。ほぼ正解という程日本をよく知っていて、こよなく愛しているというのもブラウン管から伝わって来た。とても日本語が上手。この出演がきっかけで、セインは「さんまのからくりTV」で街角に出現し「Please tell me ~ story!!」や「English please」と通行人に無理矢理英語を話す事をさせた。今現在ではファニエスト学園の「ボビー」の先生として活躍。という感じだろう。このセインは幼少時代色んな国へ滞在し、尚且つ確かシンガポールかマレーシア付近の東南アジアに住んでいた頃に鹿賀丈史さんと接点があり、エキストラとしてテレビ出演したというエピソードを「徹子の部屋」で聞いた。彼にも意外な経歴があったようだ。(笑)私がもう一人日本語の上手な外国人タレントを挙げるならパトリック・ハーランことパックンの名前を出す。相方のマックンと芸人としてコンビを組んでいたことは知っていた。しかしパックンがハーバード大学卒業の超エリートだとは知らなかった。本来なら、パックンはホワイト・ハウスで勤務していたのでは…。という話はトーク番組で聞いた。パックンの喋る日本語を聞いて、思わずセインのことを思い出した。こんなに凄い人がタレント界にもいるんだなと。だから彼は今NHKの「英語でしゃべらナイト」においてと重要な役目を果たしている。ネイティブ・スピーカーでもあり、日本語が理解出来る「架け橋」と言っていいだろう。顔を見ずに電話先で話をするなら、セインとパックンの場合「日本人と変わらない程」だと思う。それ程上手。さて一体彼らはどうやって私達が使っている日本語を覚えたのだろう?彼らの勉強方法が知りたくなってきた。あとタレントではないが、毎週土曜日午後10時から放送中の「ブロード・キャスター」に時々コメンテータとして出演するオーストラリア出身の紳士。名前は知らないけれど、彼も日本語が上手。でも面白いことに長年日本滞在していても、日本語の上手ではない有名外国人の方もいる。それも何故だろう?やはり「自分が選んで好きとする国だからこそ、彼らは猛勉強を続けて自分の母国語と同じように話せるようにした」という答えが私に浮かんだ。皆さんは「日本人と同じ位に上手に日本語を話す有名外国人と言えば誰になりますか?」
2005年11月29日
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私の記憶力は普通の人と違う時がある。とてもマイナーな事をよく覚えていたり、知っていたりする。だから「私は変なのかな?」とよく思うし軽く悩む。例えば、ミュージカル俳優として大物の鹿賀丈史さん。私の知り合いはレミゼから知っている人は勿論。舞台に興味がないひとならば、「料理の鉄人」から鹿賀さんのことを知ったと話す。しかし私はその2つでもない。えっ!?何処で知ったって???それは…。どっちが先かは忘れたが私の記憶は確かならば(笑)、いや確実に覚えているのは中学生の頃。鹿賀さんが焼酎か日本酒のCM。料亭の設定だと思う。着物を着た女性が鹿賀さんへ注文したお酒を席に運ぶ。すると鹿賀さんは「綺麗な… 指 ですね」とあの渋い声で話す。お酒が運ばれて来る前はざわざわしていたかどうか忘れてしまったが、鹿賀さんがこのキザな一言を放つ時は、周りがシーン。そして周りの目線が鹿賀さんと女性へと熱く注がれる。このCMを見てから私の家族は鹿賀さんのことを知った。そして私は悪ふざけで、友達の手を軽く握り、「綺麗な… 指 ですね」と言った。皆にバカ扱い。もちろん笑いを狙って言った。このマネはよくしたなぁ。もう一つは、笑っていいとも!のテレフォンでのゲストが鹿賀さんだった頃を確か増刊号で見た記憶がある。タモリと鹿賀さんは以前、マンション住まいしていた時は隣同士だったと話していた。お互いに全く気付かず、よくタモリの玄関前に花束やケーキ。プレゼントが置かれていて、手紙にも「昨日のミュージカルは最高でした!」との内容で「オレ宛てではない!誰かと間違えている!」という話。鹿賀さんもファンから「マンション自宅前にプレゼントを置きました。受け取って貰いましたか?」との問いかけに疑問を抱いていたと告白。「一体、誰がオレのプレゼントを取ったんだろう…?」。今となれば、あの時は本当にビックリしましたね~。という感じのトーク内容だった。そして「ベランダでたたずんでいると隣に立っている人がアジア系の変な喋り方をしていたから、隣は外国人だと勘違いしていた」の爆笑トーク。確かにタモリは四ヶ国語麻雀ネタを持っているからな…。という感じに私は通常とは違うケースで印象付くのが多い。友達に話すと「こんな通な話を初めて聞いた」と喜んでくれる。でも私にとってみれば明るい悩みなんだなぁ…。
2005年11月28日
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来年2月に上演する「屋根上のバイオリン弾き」。先週にナビザーブにて当選したとメールが来たが、私引き換え期限を勘違いしていた。だから全て何もかもやり直し…。当選した席は日生劇場の1階H列の33、34番。ナビザとしてはまあまあの席だったと思う。ナビザでいい席をご用意しますという事を東宝からコメントがあるが、私の周りでは未だに最前列のセンター入手したという話は聞いたことない。例え当たったとしても端っこだったという何ともまぁ、残念な話をよく聞く…。席についてあれこれと語りたいが、日記の主旨に戻りたい。つまり私はチケット販売開始日に東京テレザーブへと電話をしないといけないという結果となる。さて困った。何故ならここ最近、心無い電話繋ぎを専門とし、手数料を求める業者がいる。それをヤフオクにて出品したりして儲けを取る…。とても不愉快になることだ。その業者達の中から何としても私は勝利しないといけない。それには理由があった。知人に「席が取れました。ご予定は?」と確認して貰った上での観劇が決定したからこそ、今更チケットがありません。もしくはH列より後ろです。と言えないな。頑張らなくては!と思い、気合いを入れて土曜日はいつもお寝坊の私はチケット販売1時間前にはしっかりと起きた。頑張って電話が繋がることを…。販売開始数分前に電話をしたら、まだ回線はパンクしていなかったが、9時半になった同時に電話をするとテープが流れてしまって、掛け直し下さいのメッセージが…。「ついにハマっちゃったよ…。どうしよう…。」でも私が決意したからには絶対にやる!ここで諦めたら、レミゼはどうなるんだ!絶対に意地でも繋げてやる!と宣誓布告!右手には自分の携帯。左手には滅多に使わない家の電話子機。こうやって何回も試みた。全く×。この時も私は両方の手が利用出来るから便利だと何気なく思った。と思いつつも「アホみたいに安心している場合ではない!絶対に取る!」と何かに取り付かれたかのように何度もトライ。開始20分後にやっと「はい、東京テレザーブです。」と天の声が聞こえた。オペレータの女性にすぎないけれど、安心出来た。よかった。繋がっても次に希望日のチケットがあるかどうかの心配がある。「ご希望日とお席の希望は?」と聞かれ「2月5日夜の部。S席を2枚です。」とナビザのリベンジと思い、伝える。「お席ですがXB列の27、28番をご用意出来ます」と回答。あぁ、よかった!神様ありがとうございます!お礼申し上げます。今回の事件に関しては「私のうっかりにより生じたもの。でも苦戦を勝ち抜いてからこそ無事に。しかも以前の席よりも更にいい席をご用意して下さった」と思う。それとやはりパンク状態からめげずに掛け続けたからこそ勝利出来た。これで無事に一緒に観劇。尚且つ最初よりもいい席で!この作品であの市村正親さんが出演される。しかも5人の娘を持つお父さん役。そのうち3人は年頃。結婚や恋愛に悩む。そんなお父さんは恐妻家でもあるらしい。私は屋根上のバイオリン弾きHPにて物語を読んだだけであり、まだまだよく把握していない。つまりお父さんから長年育てて来た娘を送り出す。本来ならば嬉しい事ではあるけれど、お父さんとしてみれば淋しい思いをするという内容。花嫁の父。私は市村さんの舞台は「モーツァルト!」で初めて見た。ミス・サイゴンは見ていない。日記にも書いたが昨年の私は観劇歴が浅いので「私のような者が市村さんを観劇するなんて恐れ多い」と思いパスした。だから私の中で正親さんは父親というイメージが付いている。モーツァルト!ではヴォルフガングの威厳な父親役。レオポルト。今回はテヴィエ。どんなお父さん演じてくれるのかとても楽しみにしている。それにこの作品でレミゼのコゼット役としてお馴染みの剱持たまきちゃんも次女役として出演する。コゼット以外の役にも私は注目したい。
2005年11月27日
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私が小学生低学年の時に再放送で見たドラマ。それは「スチュワーデス物語」。今思うと初めて連続ドラマを見たのがこのドラマだった。父方の祖母の家で従兄弟と一緒に見たのも覚えている。途中からではあったが、とても感動した。そして堀ちえみが可愛くてあの当時の私の心を掴んだのもあるだろう。今でもあの名言「教官、私ドジでのろまな亀なんです…」よくマネをしていたなぁ。しかも「教官」という言葉が流行語にもなったとは。それだけこのドラマは人気があったんだな。そして忘れてはいけない存在…。片平なぎさ演じる義手の「新藤真理子」。スキーで両手を失ってしまった。天才ピアニストという輝かしい栄光すらなくなり、「怖いお姉さん」へと変貌。そして堀ちえみ演じる松本千秋に「薄汚い娘」と言っていじめる悪役という印象がとても強い。現に片平なぎさがあの当時の裏話として「道を歩いていたら、見知らぬ人にいつも石を投げつけられたり『あの女は本当に意地悪だ』と罵声を浴びせられたりして。大変でした」と話していた。それだけ演技が完璧だったのでしょう。私も見ていて不愉快になったのも覚えている。そんな事を言いながらも私もよくマネをしていた「ヒロシ。あなたのせいで私はこの両手を失ったのよ!」という感じで。さすがに白い手袋を用意してはいなかったが(笑)このドラマを見ていた時は、毎週欠かさずと言っていい程見ていた。今思うとややクサイ演技はあるとは言えども、私は好きである。こんなドラマ・シリーズはここ最近ないだろうな…。また再放送でやっていれればいいのいなぁ。このドラマでは当時ショート・カットでそば屋の娘。木下さやか役として山咲千里が出ていた。今とてもセクシーな女優さんとして活躍していたが、あの当時は元気溢れるおてんばお姉さんとして出演していた。友達に「山咲千里が出ていたの覚えている?」と質問したら、「知らない。出ていたの?」と回答が。やはり今現在、大物女優もしくは俳優として活躍している人が、意外な所で出演しているとは正にこのことなのかな。何回でもいい。スチュワーデス物語。再放送して欲しいな!
2005年11月26日
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私は以前映画化された「冷静と情熱のあいだ」を友達と2回見に行った。あの時は今話題の映画という感じだったので、もう見たいという一心からだ。一応本もちゃんと江国香織と辻仁成のもしっかりと読んでから映画を見た。この映画を見てから、イタリアのドゥオモにも興味を持った。ミラノよりフィレンツェの方に行ってみたいなという憧れがある。いつかはと夢をイタリア旅行を夢見る私。今日はこの内容について述べるよりも竹野内豊とケリー・チャンを語るよりも彼らの親友役であったユースケについて語りたい。このユースケ役は二人の大学時代の友達であり、二人のよき理解者。つまりキューピット役というか理由があって別れてしまったけれども、別れた分だけの時間を取り戻すという役目を果たしていたと思う。映画館で最初、見た時は「いつものバラエティー感覚で出てきたな~」と思ったけれど、見るにつれてそうではなくなった。ユースケも役者じゃん。という感じでハマって見ていた。そして彼が印象に残る言葉を言った。確か竹野内豊と一緒に日本で再会。公園で二人で会話をしていた時にユースケが竹野内に言った何気ないセリフ。「人は一番好きな人とは一緒になれない」この言葉が私の頭に焼き付いてしまった。映画を見終わっても。それは今でも心の隅にある気がする。何故だろう。私の持論としては、「ぷっすま」なりいつもバカをしているユースケがあの映画の中で多少は笑いを取っていたとは思うが、上記のセリフを言った時にはとても真面目に話していた。竹野内。つまり役柄において順正はあおいと別れてしまったけれども、今でも一番君のことを思っているという設定。その順正に見かねたユースケ:崇がそんなセリフを言った。今でもこの言葉が時々私の中に響く。友達にその話をしたら、「あのユースケがそんな事言えば、ギャップを感じて印象に残るのは分かる(笑)。でも私はこんな事を聞いたことがある。『女の子は一番好きな人よりも二番目に好きな人と結ばれた方が幸せになれる』っていう言葉。どう?」と言われた。やっぱり、そうなのかな。人それぞれ色んな恋愛している中、一番好きな人と結婚する人もいるし、二番目に好きな人と幸せになるのを選ぶ人もいる。こればかりは何とも言えないなと。
2005年11月25日
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久し振りにレミゼの話をしたいと思う。今年初めて行ってじっくり見てきた(はずだと思う)。この演目はジョン・ケアード氏なので、カテコには必ず出演者全員によって花束が客席へ投げられる。ミス・サイゴンの時も同じだった。友達より最近聞いて初めて知ったこと。それは「演出家が外国人ならば、カテコで花束を投げる習慣がほぼあるとのこと」いい事を聞いた。ならば来年のベガーズ・オペラのカテコの花束も楽しみにしよう!この花束が欲しくてみんな前方を狙って頑張ると言っても過言ではない。私はこの花束においては、とても辛いというより苦い思い出があるので、それは後日書きたいと思う。書けば本当に長くなるので…。私は今年のレミゼで色々と見たが、それぞれの個性と言うものが出ていて面白かった。その中で一番印象に残る日のカーテンコールを書きたい。それは4月29日。この日は私が特別な思い入れを持っている「別所&岡コンビの楽」だった。いつものように出演者全員が出てきたら、花束を投げた。そして別所さんはバルジャン特有の力持ちをアピールするかのようにファンティーヌ役の井料さんをお姫様抱っこして去っていったのだ。以前見た時も別所さんは怪力ヘラクレスのようにマルシアを抱き抱えて舞台を去ったのを覚えている。舞台中ファンティーヌが亡くなる前にバルジャンがベットへと運ぶ時のように演じるのが始まったなと思った。そして「羨ましい」と思う私が客席にいた(恥)。この日のカーテンコールは更に盛り上がり何と別所さんが、ジャーベール役の岡さんまでを「お姫様抱っこ」してしまった。そして岡さんは突然の出来事だったのか、ビックリした表情をしてたが高く抱き上がった所で思わず「Vサイン」をしていた。やはり嬉しかったのかな(^^)客席中がかなり盛り上がった。これは滅多に観る事はないだろう…。とても私は大満足。最後の最後で別所さんと岡さんは舞台を去る前にあのマダム・テナルディエ役のモリクミを二人で「お姫様抱っこ」しようと試みた。これにはモリクミ本人も最初は喜んでいたが、「危ないから止めて」と言っているかのように見えた。しかし彼らはやろうと決めた以上は頑張って持ち上げる事に…。結果。少しモリクミは宙を浮いたが、あの体格の為に途中で断念したかのようだ(笑) でもほんの少しとは言えども持ち上がったモリクミを観れた事も絶対にないだろうな。別所さん、岡さんお疲れ様でした。とっても楽しいカーテン・コールでした。舞台が終わって知人にメールしたら「私も観たかった」と返信が来た。カーテン・コールとはやはり毎回毎回違う。同じ出演者が出る演目とは言えどもその日のマチネ・ソワレによって変化するもの。観劇した人だけの楽しい出演者の素顔を観ることだろう。お金と時間さえあれば、皆勤賞で観劇してみようかな(笑) 冗談はさておき、他の人はどんなカーテン・コールがあったのか興味を持っている。皆さんはどんな感じになりましたか?
2005年11月24日
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昨日の続き。私が生まれて初めて母親が涙を流して大爆笑した時の話。あれは私が大学受験の頃。浪人していた頃だったと思う。当時シャ乱Qがとてもブレイクしていた。でも私は彼らの存在と名前は知ってはいたが、歌番組をあまり見ないので彼らの顔を見たことがなかった。「ズルい女」はよくお店の有線で流れているのは聞いていたので何となく印象があった。そんなある日。よくバラエティー番組SPで歌番組というかカラオケ大会みたいな感じのものをやっているのを見た。その時に私は初めて彼を見た。「あぁ、なるほどね。今流行りの人ね」という感じに冷静に見ていた。その時に母親も見ていて「シャ乱Qのボーカルの人ってよく喋る人ね~」と何気なく話していたのも覚えている。私はこの番組がきっかけで、シャ乱Qが好きになった。そして彼らの経歴等が知りたくて歌番組をよく見ている友達からあれこれと話を聞いた。この時「ズルい女」の爆発的ヒットが過ぎていた。なので彼らは落ち着いた頃だったかも知れない。そして思いもよらない言葉を友達から聞いた。その言葉とは「つんくと上沼恵美子は似ていると世間で言われている」そう言われて私はそうなのかなと思っただけで、何とも思わなかった。上沼恵美子?確か紅白の司会をした人?あと「上沼恵美子のおしゃべりクッキング」やっている人だったかな。よく喋る関西の人しか知らない。もちろん上沼さんがお姉さんと漫才をしていた時代も。友達にそう言われて、疑問に思った「つんくと上沼恵美子。似ている?私には分からない。」という感じに疑問を抱いていた。だからあの時に母親が妙によく喋る人だと話していたから、質問してみた。私が「シャ乱Qのボーカル:つんくと上沼恵美子って似ている?」と何気なく母親に話しかけた所、急に母親が真っ赤な顔をした。「誰がそんな事言ったの~!?似ている~!!」と物凄い勢いで大爆笑した。今までにこんな母親は見たことなかった私。しかもその言葉で笑えるなんて…。私は特に似ていると思わないので、笑っている意味が分からず。母親のツボにハマったらしく長い間笑いは止まらなかった。何故だと思う私がいた。「そんなに似ているのかな」とより一層疑問が深まるだけ…。後日上沼恵美子の料理番組を見ても「似ている」とは思わない。私だけだろうか…。しかし世間一般で似ているという声が多い中シャ乱Qの紅白出場と上沼さんの紅白司会。ある意味夢のようなテレビ上においての二人の顔合わせを見て「あぁ、似ている」と実感した。私はどうも気付くというか認識するのが遅いのかな。それにしても母親のあの笑いは今でも忘れない。一生に一度見れるかどうかという感じだった。でも昨日書いた通り「私とじゃりン子チエが似ている」という話をしたら、「つんくと上沼恵美子が似ている」と同じ位の大爆笑。つまり母親は「○○と○○は似ている」という感じに話したら恐らく大爆笑するのかな(笑)
2005年11月23日
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私の母親は笑い上戸である。笑い出すと止まらない。私が母をずっと見てきて2回だけ、物凄い笑いをしたことがあった。その1つを今日は話そうと思う。私が社会人になったばかりの頃。あの頃はまだ何もかも初めて社会に出て働くという事で色んな事を学んでいった。社会人になって、初めての飲み会。つまり歓迎会での出来事。私は大学を卒業して、すぐに就職したのではなく7月に社会人として働き始めた。新卒としてはやや遅れたスタートであり、とにかく焦っていた。私も早く周りの方のお名前と顔を一致させて覚えないと等で、必死に毎日を過ごしていた。その慣れない平日の中で、少し落ち着きが見えて来た頃に歓迎会があった。その歓迎会の時、お酒の席での出来事。と一人の方が私の顔を見て「お前はじゃりン子チエに似ている」と言われた。私はとてもショックだった。何故ならチエちゃんて可愛いイメージないし、むしろ男の子みたい。私と似ているのか…。商売上手というかお金に細かいという印象があるのかなぁと言う感じだった。お酒の席の為に、盛り上がったとは言えども私は今だから言えるが「正直傷付いた…」。でも周りからは「じゃりン子チエ可愛いじゃん」と言われても私は何故か納得いかなかった。私の中でじゃりン子チエはTBSで確か小学校に上がるか上がらないかの頃、土曜日の夕方に放送していたのは覚えている。大阪の女の子。そして猫が人間と同等に喋るという不思議な印象がある。チエちゃんは小学生のクセに、ダメ親父のテツに代わって商売して生活費を稼ぐしっかり者。関西なら可愛いかも。関東では…という印象が幼い私にはあった。ある日、母親に何気なく「私ってじゃりン子チエに似ている?会社の人に言われたんだ」と質問したら何か作業をしていたのを突然止めて、涙を流して大爆笑した。それだけでなく「誰がそう言った???あんたが生まれてずっと今まで付き合っているけど、初めて似ている事に気付いた!!!」とうずくまって真っ赤な顔して更に笑い続けた…。私はますますショックを受けた。そうなんだ…。私ってやはり「じゃりン子チエに似ている…。実の親がツボにハマって笑うだけでなく認めた…」という感じにその日はヘコみながらおとなしく寝た。もし私が関西で生まれていたならば、チエちゃんに似ていると言われたらきっと嬉しいかったのかな…。そういえば大阪のガイド・ブックにお土産としてチエちゃんのキーホルダーに「なにわのアイドル」と書いてあったのを見た。関西で愛されているキャラなんだな…。何とも複雑な気持ちの私がいた。P.S.もう一つの母親が大爆笑したエピソードは後日。
2005年11月22日
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私は今のTVタックルよりも前の方が好きだ。前の時が、世間の色んな事について目を向けて討論し合うという感じがあったと思うのは私だけだろうか?この番組でたけしはもちろん、阿川さんのコメントというのもとても大事な役目を果たしている。阿川さんは田島先生とは対照的で「何事においてもやんわりと言う」タイプ。だから話も面白い。田島先生が言うならば絶対に喧嘩が起きてしまうであろう…。この阿川さんの言葉で一番印象に残っていることを今日は書きたいと思う。それは確か私が大学生の時。タックルのテーマが3つ程に分かれていて9時35分頃に話し合いのテーマだったような気がする…。内容は「年々増え続ける離婚」について。この時点で熟年離婚はもちろん、世代関係なく増えている傾向だとデータが出されていた。アメリカでは離婚したとしても日本ほど、あんまり気にしないというか「一般的な事」として考えているという文化の違いも挙げて話すテーマのVTRを作成していた。その中で私がとても興味があり今でも覚えている。それはこのVTRの中でこの離婚について昔のギリシア人の哲学者の言葉。名前は何て言うのか忘れたけど…。ギリシア人哲学者の名前は皆同じように聞こえるのは私だろうか○○○テスというのが多いので、さすがに覚えられなかった…。その名言とは結婚とは判断力の欠如である離婚とは忍耐力の欠如である再婚とは記憶力の欠如であるというものだ。この言葉がVTRの中でボードを持って「離婚する前にもう一度よく考え直して欲しい」という感じに視聴者へ呼びかけていたと思う。このVTRが終わった後、たけしは「おいらはカミさんが~で」という感じに笑いをいつものように取っていた。確かにたけしの笑い話がないとこの番組は面白味がない。そしてこの離婚増加傾向について全員が色々と真面目にそれぞれの意見を述べていた。私は「今日は笑いで終わるタックルではないな。残念!」と思っていた。しかし番組も野球ではないけど最後まで分からない!この時のゲストは舛添要一とそのまんま東(謹慎処分受ける前)。阿川さんが例の私が気になった名言の書かれたボードを持って上記の言葉を声に出していた。そして皆が納得したかのように番組が終わるのか思いきや、阿川さんが突然、「でも今日のゲストの舛添さんも東さんも3つ共欠如しているのね~」と何気なくこの言葉を放った。スタジオにいる観客大爆笑!たけしも吹き出した!お二方は苦笑い。タイミングよく番組エンディング・テーマが流れて来た。私も大爆笑!番組が終わった後に笑いが止まらなかった!父親が「阿川さんはやんわり言うから、面白いよな~。だから笑いが止まらない。嫌味がなくていい」と話していた。阿川さん。そう言えば貴方は確か3つ共欠如していないですよね?だからこそやんわりと物を申す事が出来るんですよね(笑)人は誰しも1つ目の欠如だけで止めたいと思う。そうはいかないのが世の流れなのであろうか…。
2005年11月21日
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紳助は意外性を持っているのでビックリした。1.料理が上手なこと。包丁さばきが絶品。ビストロ・SMAPで確かキャベツの千切りする所が少し出ていたが、本当に上手だった。見ていて私が恥ずかしくなるほど…。知っていました?今まで出演していた番組で料理の話なんて絶対にしないから、無理だろうなと思っていたら…。世間もそう思うかも知れない。しかし、大阪⇔東京往復をしているならば、やはり料理は嫌でも上手にならざるを得ないのだろうか。その点を考えると納得!主婦にも劣らない程の包丁使いを一度テレビで見る事があったら、必見!是非ご覧あれ!もう一つの意外性とは…。私も本当に脱帽だ。それは…2.文才があること。これは本当に驚いた。紳助=「高校時代はヤンキー」でどうしようもないヤンチャだったというのは本人も当時を豪語する程有名な話。テレビでも当時のヤンキー写真を見たことがある。白黒でヤンキー座りしていて、剃り込みかリーゼントにしていたかな。ガン飛ばしてた。という感じなので、あの「シャクれたアゴの男に文才が?」と本当に疑うだろう。とんでもない!侮ってはいけない!紳助に文才があるという事=恋を実らせる成功率が高い。つまり女性を口説くのが上手だという事。恋愛の必殺テクを心得ている。もう「行列の出来る法律相談所」でも話していたから、承知の通りだと思う。でもここで敢えて紳助の有名な名言を書きたい。「勝手に好きになってもいいですか?」この名言は相談所のゲストとして梨花が出ていた時に「最近私は彼氏がいなくて淋しい…」という事を話していた。そして過去の恋愛話の暴露。この話を聞いた紳助は「梨花、お前それだから彼氏逃げるんとちゃう??それはアカン。俺が取っておきの恋愛必勝テクを教えてやろうか?それは…」と上記の言葉を話した。ゲストの女性陣はもちろん、私まで思わず真っ赤になってしまった。さすが…。紳助先生。お見事。梨花だけでなく他のタレントさんも「紳助さん凄い!見直した!これなら絶対に言われて嫌な気持ちしないよ」との声が。私の知っている紳助と言えば、小学校低学年の頃に「オレたちひょうきん族」でのひょうきんベストテンでの司会。タキシード着ていた。途中で紳助が病気の為に一時、降板していたのを覚えている。あの闘病生活は大変だったとここ最近テレビで放送していたのを見て知った。紳助もあの時は生死を彷徨ったんだなと。中学生の時は「紳助・新伍のあぶない話」。このトーク番組ではゲストの裏話の暴露はもちろん、紳助本人の浮気話を披露するのが楽しかった。私の知っている話とは恵比寿だか東京のどこかのマンションで、一人で週何日か過ごしている時の出来事。奥さんがそのマンションに訪れた時の事件。一人暮らしの一室のソファーに、長い茶色の髪が…。当時紳助の奥さんはショート・カットだったらしい。だから当然「この長い髪の毛は一体何なの…?」と質問する。でも紳助は「オレの友達に外人がおるねん。家に遊びに来た時に落としていったんとちゃう!?」と苦し紛れの言い訳をしたらしい。その後、奥さんはどう答えたのか私は知らない。もう一つはこの事件の後だかも分からない。奥さんがお風呂場へ行くと長い髪を発見…。当然「この長い髪の毛は何なの!?」と怒ったらしい。それはごもっとも。紳助は完全にここで、「すまん!」と素直に謝ると思いきや…。どう言い訳かと「この家には悪魔がおるねん。だからオレの髪の毛でもこの風呂場に入ると伸びるねん。誰でも同じや~」と名言を放ったとの事。これはあるトーク番組で数回聞いたことがある。爆笑になるしかないだろう。でもあんな顔して紳助ってモテるんだなと今まで疑問を抱いていた。でもここ最近、例の口説く名言があるからこそモテるだなと納得。さすが島田紳助。謎解きが長い時間掛かりましたが、ようやく私は理解出来ました。確かに貴方は文才ありますね。でもお姉ちゃん遊びも程ほどに。そうしないとまた痛い目に遭うよ(笑)P.S.また紳助に関して私が気になる事があったら、日記に書いておきます。また紳助の目撃情報やここだけの話もお待ちしてます!是非是非お願いします!(笑)
2005年11月20日
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私は左利きである。小学校に上がる前まではずっと左で字を書いていた。しかし両親から強制的に「右で字を書くように」と言われて今は鉛筆は右になっている。当時としてはとてもストレスになる事だった。後々長い目で見たら、ある意味左を利用していることは得をしていると気付いた。それは「右で字を書いて、左で消しゴムを利用する」通常、右利きの人ならば右で鉛筆と消しゴムを利用。左で文字を書く人ならば左でそれぞれを使う。でも私みたいに元々左利きだったのを右で字を書くように強制された人なら、恐らく「右に鉛筆。左に消しゴム」という人が多いと思う。確かに時間の得をしているかも知れない。それは中学生のテストや受験の時に少し思うようになった。ある意味両親へ感謝。私の父親は書道をやっている関係もあるので、字だけは右で。あとは左でも構わないという考えだった。なので他の面では左で使うことが多い。どんな時に左?と言われる。挙げてみるとお箸、食器を洗う時、歯磨き、メイク(右側アイメイク除く)、ご飯を盛る時、汁物を器に入れる時、鍵を使う時、飲み物をコップへ注ぐ時etc…ざっとこんな感じだ。でも鋏、包丁は初めて持たされた時は右手に持って利用したので母親は安心したらしい。何故ならば左利きの鋏や包丁は高いから。「お財布が助かった」と(笑)そう言えば、裁縫をする時も最初から右で針も持っていたな。面白いことに両方の手を使っている時もある。それは電話だ。携帯でメールを打つ時は必ず左指で打っている。でも会社や家の電話を利用する時、右で数字を押している。面白い。そもそも携帯の場合は何故だか左で文字を打つ方がとても早く打つことが出来る。日常的な事なので、じっくりと考えた事はない。このように時間があって考えてみると思わぬ所に気がつく。でも得だと思っていても一点、今現在とても不自由に感じる時がある。それは…。駅の自動改札。本当に嫌だ。あの構造はどうしても右でしか使えない。ならば左で定期を入れればと思われる。とてもやりづらい。私は右で定期を入れている。時々定期を入れるタイミングを逃してしまい、スカって改札を通ることが出来ない。あれは本当に困っている。どうか左利き用の人の為に改札を作ってもらいたいな。無理かな…。
2005年11月19日
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今日は懐かしい話をしたいと思う。「心に残るCMとは何?」と言われたら、迷わず「ミノルタのカメラCM」と答える。そのCMとは一体何ぞや?と多くの若い世代はそう質問するかも知れない。そこで私は当時のことを私の思い出を交えて話したいと思う。確かまだ幼稚園に通っていなかったと思う。このCMは当時モデルとして活躍していた現在女優の宮崎美子がTシャツ&ジーパン姿から、周りを気にしながらも木の下で服を脱ぎ予め着ていた青のビキニ姿になるという、当時ではやや衝撃的なCMだった。モデルとは言えどもポッチャリしていた。あの当時って今のグラビア・アイドルのように細くてスタイルがいいという感じより、健康美を大事にしていたのかなと思う。そして何よりこのCMに流れていた「今の君は ピカピカに 光って~」という曲が幼い私の心を掴まれた。このCMがどうも気に入ったらしく、お風呂に入る時はもちろん、服を脱ぐ時は必ずこの曲を歌いながら着替えていた。それも冬近くまで歌っていた(笑)一時は着替える必要もないのに、マネをしたいが故に服を脱いでマネさえしていた…。今思うとよく風邪を引かなかったなと思う。それだけでなく8時だよ!全員集合!で志村けんもこのCMのマネをして、周りをキョロキョロとするのが好きだった。そしてあの曲が流れると私はとても喜んでいた。つまり相乗効果だったのかも知れない。当時の私はませていた。本当にこのCMが好きだった。今でもこのCMはバラエティー番組で「懐かしCM」として必ず出てくる。宮崎美子もほぼ必ずと言ってもいい程ゲストとして番組に出る。みんなこのCMが出ると「あぁ~」と必ず言う。それなりに愛着のあるCMだったのかな。
2005年11月18日
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人から「貴方は文才がある」と言われることが多い。それはない。私は文才はないと思う。でも文章を書くことは好きだけ。その原点。文章を書こうとする源とは一体何なのかを書きながら考えたいなと思った。今日はいつもの持論を持ち出さず、違ったスタイルにて日記を書きたいので悪しからず。そもそも私は学生時代「現代文」が苦手で受験時は本当に苦労した。何故選択肢の答えが全く合わないのか嘆く程だったのだ。今でも確かに文章を読んで把握しようとする力もあるかどうか怪しい…。(笑)そんな現代文が苦手な私でも文章を読んで要約を纏めるという事は得意であった。そのきっかけとは…。時効だからもう話そう。中学1年生の時。国語の授業で課題となった説明文の段落を原稿用紙1枚に纏めなさいと指示が出た。当時の私にとってそれは地獄のようなこと。しかし提出しないと成績に響く。悩んだ挙げ句、母親に要約を書いて貰った…。もちろん後は自分の手を加えた。無事に提出し、尚且つOKも出た。この時に私は「文章を纏める力を養えた」と感じた。確かに母親に作業をさせてしまったことはいけない。でもその要領を母親から学んだと思う。この時からもう自分の力でしっかりと文章を纏めるようになった。運命とは思いがけない所から生まれるのかなとも思った。現代文が嫌いとは言えども、古文・漢文を解くのは好きで得点源にもなっていた。物語を読むことでも多少、ボキャブラリーも養えたと思える。だからと言って毎日新聞を読んだり、天声人語に目を通してはいない。ダメな私…(汗)。いい歳にもなって恥ずかしいことだ。でも私は雑誌を読むことにより語彙は豊かにしたいと思っている。例えば「週刊文春」や「週刊新潮」。これは私の愛読書の一つと言っても過言ではない。時事的なものや様々な事を学んでいる。それに文春に掲載されている4コマ漫画「いわゆるひとつのチョーさん主義」も楽しみで見ているのも本当だ。何を一体書いているのか少し分からなくなってしまった…。とは言えども私の文章を書くネタとしてこの週刊誌は欠かせない大事な資料。いや肥料みたいなもの(笑)。一時はフライデー連載されている(今でも続いているかな?)「清原番長日記」もしっかり読んでいた。それだけでなく、もし私がこの記事を書くとしたらどう書くのかという感じをイメージして私なりに「清原番長日記」を一時構成を練って考えていた。そして書いていた。その原稿はもうない…。幻だ。という感じで想像を膨らませて文章を書くという作業を続けている。つまりこの週刊誌はもちろん、観劇にハマる前はスポーツ新聞を読んで「研究」していた。それなりに文章を書くという基礎は出来ている。文学的には全く×だけど、日記を書くというスタイルなら合うと思い続けている。それに「常にいい事が起きるように毎日日記を書くといい」と何かで見たこともある。だから運気アップの為にも私のブログは続けたい。自分だけでなく、多くの人にも幸せになって欲しいし、色んな人の意見等も聞いてみたいと思うから。小さい頃から手紙を書く事も好きだった。それも少し影響あるのか?でも未だに小論文を書くのは一切×。これはこれから先も絶対に変わらない。小論文だけは勘弁だ(笑)
2005年11月17日
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よく私はキャストの組合せについて話している。私独自のレミゼのベスト・ナインを書きたい。(今年限定)ジャン・バルジャン :別所哲也ジャベール :岡幸二郎エポニーヌ :新妻聖子ファンティーヌ :マルシアコゼット :剱持たまきマリウス :泉見洋平テナルディエ :徳井 優マダム・テナルディエ:森公美子アンジョルラス :坂元健児と言う感じである。別所さんが好きでこのレミゼが見たくて仕方がなかった。つまり別所さんが出演によって観るきっかけが出来た。そして岡さんの場合、ミス・サイゴンでのジョン役。ブイ・ドイ。この歌を聞いてからジャベールは絶対に岡さんしかいない!と決めた。この二人の組合せだと長身(186センチ同士)だからこそ、舞台上での見栄えはもちろん、対決で迫真の演技となる。ここは二人の見せ所。エポニーヌの聖子ちゃんはCDで聴いて初めて知ったと言っても過言ではない。王様のブランチに出演していたとは言えども見ていなかったので私は全く知らなかった。でもとても上手でビックリした。それに可愛い。気になる存在としてチェックしていた。「心は愛に溢れて」でのマリウス&コゼットの影で「片思いだわ 仕方がないのね」という声も聴こえてきてハモリが綺麗。しかし皮肉な事に歌詞は愛し合う二人と対象的に片思いに嘆く内容。マルシアのファンティーヌ。意外とよかった。夢破れてを聞いた時は悲しくて涙が止めようもなく溢れてきた。本当に薄幸な人という感じが出ていた。但し強いて言うならば「なまり」が気になる…。コゼットのたまきちゃんも同様、全く知らなかった。彼女は私が大学生の頃に「爽健美茶」のCMに出演していたというプロフィールを見て、思い出した。色白で確かショート・カットの娘。その記憶なら薄っすらある。歌が上手なのかなと聖子ちゃんと同じようにCDを聴いて彼女の美声に感動。マリウスの泉見君。彼はミス・サイゴンでトゥイ役としてしっかり見ていたので、彼は大丈夫。問題ない。ただベトナム人→フランス人への変貌は平気?という感じであった。まぁベトナムは以前フランスの植民地だったから大丈夫か…という感じに軽く考えていた。それにトゥイはキムに殺された後、部下に運ばれていくし、マリウスもバルジャンに下水道で運ばれるので「担がれるのに慣れている」だとこれまた冗談半分の考えもあった(笑)。テナルディエ夫妻において、原作では旦那は痩せていて奥さんが太っている。だから徳井&モリクミでバッチリ!体格のギャップがあるからこそ、本当に面白い!日本のレミゼにおいてモリクミ登場したことによって海外でもマダム・テナルディエは太った女優さんが演じるようになったという程の好評とのこと。さすが!そしてモリクミはオペラ歌手だからこそ声量も凄いし、歌も最高!あとは意地の悪い「おかみさん」として完璧。私の恩師も「子供の頃に読んだ時に、テナルディエのおかみさん=モリクミさん!」と喜んでいた。そして徳井さん。「引越しのサカイ」で有名になった俳優さん。小柄だからこそ、モリクミの衣装スカートの中に隠れたり出来る。これが客席を更に笑いへと導く。最初は歌えるの?と心配していたが、歌えるし、小柄を活かして「プリュメ街の襲撃」で確かブリジョンに肩車されるので、違ったバージョンがある。「裏切りのワルツ」でも「汚い手だが、正直者の手相を見ておくんなせぇ~」と笑いを取る。これは別所&徳井で観る事が出来なかったので残念!!!アンジョルラスにおいては、ラストの彼の死に際が重要だと観る前に友達から聞いていたので、これはもう坂元さんオンリーで行こう!と決めていた。私はアンジョルラス=学生運動のリーダーでもあり、マリウスの兄貴分だから歌の上手な坂元さんで絞った。間違いなく最高によかった。でも長髪のヅラだけ気になる。後日友達から聞いたが「海外の方からアンジョルラスは短髪ではない。だから今までのイメージを壊すな」という感じのクレームが来たそうだ。本場からそう言われるなら仕方ないか…。でも友達が「綾小路きみまろヅラは嫌!」と言う気持ちも分かる。確かにきみまろヅラだ(笑)今年の組合せで私が理想とするキャスト日はなかった。一部出演者が違うというのはあったが。でもそれはそれなりによかったと思う。但しコゼット&マリウスは剱持たまき&泉見洋平の組合せが一番いいけど、岡田浩暉&河野由佳の組合せも好きだ。人の好みは色々あるから何とも言えませんが…。それより来年の帝劇でなくて日生劇場の組合せをこれから熟考した上で観劇日を決めないといけない。あとは節約か…。おにぎり生活が始まる…(笑)
2005年11月16日
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今日は上記の件について書いておきたいと思った。観劇に興味を持たれていない人でも分かるようにという感じで書きたい。(本日私が疲れているので…。手抜きでごめんなさい…)アンサンブル(ensemble)主役クラス以外の複数の出演者のこと。コンサート等での合奏を指す場合もある。アンダースタディ(understudy)本役(出演者)が病気やケガをした場合の代役のことインターミッション(intermission)幕間の休憩時間のこと。10~15分程度のことが多い。ウィルコール(will-call)事前に予約しておいたチケットを劇場の窓口等で受け取ること。オーヴァーチュア(overture)一般に幕が開く前(本編が始まる前)に演奏される曲。オーケストラシート(orcjestra seat)ブロードウェイの劇場1階席のこと。オーケストラピット(orchestra pit)生演奏のオーケストラが入る場所。数メートルの溝状で、舞台のすぐ下にあることが多い。オリジナル・キャスト(original cast)公演の初演。又は再演で最初に配役されている出演者のこと。カーテン・コール(cartain call)終演後、出演者が行う舞台挨拶。グランド・オープン(grand opening)ブロードウェイの公式な公演日のこと。「プレミア」とも言う。ショーストップ(show stop)公演中。シーの流れがストップしてしまう程の拍手に包まれた状態。主役のソロ等で起こることが多い。スーベニア・プログラム(souvenir program)劇場に売っている有料のプログラム。スタブス(Stubs)ニューヨークのミュージカル劇場などの作りと座席が分かる本。ストレート・プレイ(straight play)ミュージカルのように歌を用いない。普通の芝居のこと。ソワレフランス語。公演の夜の部のこと。チケッツ(tkts)前売りの天地チケットを当日券として25%~50%割引して売る、ニューヨークの券売場。トライアウト(tryout)ブロードウェイで公演する前に行われる試し公演のこと。パーシャルビュー(partial view)ステージの一部が見えない席。値段が安くなることがある。バルコニー(balcony)劇場の2階以上の席。目座人席より後方を指す。ファルセット(falsetto)裏声のこと。曲の高音部や演出により使われることがある。プリンシパル(principal)主役、もしくは洲役クラスのキャストを指す。プレイビル(playbill)劇場で配られる無料のパンフレット。通常文字が多く、出演者の写真などは有料のスーベニア・プログラムに載っていることが多い。ボックスオフィス(box-office)チケットを購入する劇場窓口のこと。「(興行面で)大当たりの」という意味もある。ホワイエ(foyer)幕間などに休憩をする休憩場のこと。マチネフランス語。公演の昼の部のこと。メゼニン(mezzanine)2階席のこと。バルコニー席より前の席を指す。劇場によっては1階後方をFront Mezzanineと言うこともある。ランスルー(run-through)稽古の際、進行を止めずに最後までリハーサルすること。ロングラン(long run)一つの演目を原則的に同一の劇場で、特に期限を定めずに長期連続興行をすること。 疲れているとは言えども今年のGALAコンサートに書いてあった用語を書いてみた。以前私がマチネとかソワレと書いたとしても観劇好きな人ならば、分かるけどそうでない人にとってみれば「一体何のこと!?」と思うに違いないということで書いた。書いておくだけでこれからより興味を持って貰えたらいいなと思う。それにしてもブロードウェイでは当日券が安く購入出来るなんて羨ましい…。日本ではチケット代がとても高いのでいつになったら、安くなるのであろうか…。もっと改善してくれればいいのになぁ…。
2005年11月15日
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昨日は初めて川崎麻世&匠ひびきの舞台「椅子の上の猫」を観劇。友達がe+にてチケット入手してくれた。本当にありがとう。入手出来たと聞いた時はとても嬉しかった。初めての麻世の舞台。ずっとテレビで見ている俳優さんだからこそ、とっても楽しみにしてきた。それだけでなく、私は初めて今拓哉さんを見る。今さんのジャベールはもちろん、エルマーすら見逃してしまった私…。今までご縁がなかった事がとても残念だ。なので今回はストリートとは言えども、今さんもとても楽しみだった。あらすじをネットやチラシに載っていたから麻世はオカマ役のママという事は知っていた。でも今さんまでもオカマとは…。衝撃的!!!しかし背が高くて、綺麗な愛ちゃん(役名)。初の今さんが女装???というショックもあったが、女装が綺麗なので思わず見とれてしまった。脚がとても綺麗。お肌もスベスベ。脇の処理も完璧…。という感じの綺麗なお姉さん(笑)という感じ。麻世の赤い口紅にも、一瞬引いてしまったが、一般的なニューハーフのママよりは綺麗だった。初めての麻世がオカマ役とは…。トホホよりも大爆笑で仕方なかった。笑いが止まらなかった!とにかくいつもの二枚目がない!さすが俳優!という変貌には脱帽した。私は麻世さんの背が高くて、しっかりとした目鼻立ちに憧れが強い。よく「好きな俳優は?」と聞かれたら、「川崎麻世」と答える。他にも答えるけど…。麻世という言葉を聞いてみんな大爆笑する。何故だ???あんなにカッコよくて、背も高いのに???やっぱりカイヤの関係???恐妻家?それとも仮面夫婦?なのか何とも言えない。今回観た舞台で行われる「ショー・タイム」が楽しくてまるで六本木のニューハーフのお店もしくはゲイバーにいる感じがしてとても楽しかった!麻世の金髪バニー姿。今さんに負けない程の脚線美。カイヤよりナイスバディか(笑)。本当に綺麗だった。衣装もショーで利用するかのようなもので、色遣いからその他諸々研究したのだなと思った。舞台とは言えどもあたかも「ショー」にいる空間を作るのって本当に影での努力をしたんだなと感じ取った。このショーで今さんが「看護婦さん」のコスプレはもちろん。MAXでは今話題のレイザーラモンHGに変身するとは…。最後のキメ台詞「フ~!!!」とまで言ってしまうとは…。今日は本来の今さんではない…。こんなに弾けている今さんはまずないからこそ、これはとても貴重な所を垣間見た気がした。本当にお疲れ様です。この舞台においてもオカマのお店では必ず綺麗な人とそうでない人もちゃんといた(笑)。今回今さんと麻世は綺麗どころ。そして深沢さんと野添さんは「汚いオカマ」と「笑いを取るオカマ」という感じ。特に野添さんのオカマは「笑福亭笑瓶のサリーちゃんに出てくるよしこちゃん」としか私には見えない。そして深沢さんの場合はメチャイケ!のコーナー「恋のカマ騒ぎ」にて極楽の山本が女装した様にしか見えなかった(笑)。舞台も実際のように二派に分かれていたからこそ、よかったのではと納得!!!この舞台観劇後は麻世&ひびきさんのトーク・ショーがあった。何てラッキー!だったんだろうか。本当によかった。この舞台において、このお二方は六本木のゲイバー等ちゃんと行って研究していたそうだ。お疲れ様です。そしてショーの楽しさにハマっているとも思えた。いいな~。ひびきさんの宝塚時代は全く知らないが、来年の「屋根上のヴァイオリン弾き」で長女役として出演するとの事。色白でチャーミングな人だった。ポニーテールも似合っていて男役やっていたとは思えない。そして麻世は、とても気品溢れる紳士。優しい人なんだなとトークにおいても人柄が出ているように感じた。テレビで見てカッコイイだけでなく、実際生で見ても「好感の持てる」という俳優さんだったので、私は今回の観劇において友達にとても感謝している。後日お礼しないといけない!そして私は今回のトーク・ショーを観る事が出来たという事においても川崎麻世の舞台においてもこれから先において「いい席で観る事が出来るかも知れない」という嬉しい予感がした。最後に麻世と大浦みずきさんとのタンゴは絶品!以前みずきさんのタンゴはミュージカル・ナインにて別所さんと一緒に踊っていたのを観たので、再び生で観る事が出来ると思っていなかったので、私はとても贅沢なひと時を楽しく夜を過ごした。
2005年11月14日
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もうご存知の方は多いの思いますが、帝国劇場にアスベスト使用が舞台裏にあるとのことで来年4、5月は休館しレ・ミゼラブルは急遽初の日生劇場にて上演との事!何でまたそんな事に…。驚きよりもチケット争奪戦について頭がよぎる。どうしよう…。帝劇より日生の方は音響装置等ははるかにいいと聞く。私がなによりも心配しているのは客席数。これがまずチケット争奪戦勝利する為の大きな鍵となる。凄いショックだ!よりによって、何故またレミゼ上演期間にて工事を行うなんて…。2、3月にしてくれればいいのに…。と言っても仕方ない。私にとって帝劇は「とてもいい席に座れるご縁のある劇場」なので、古い劇場だけど、一番好きな所。それに出待ちして俳優さんからサイン貰うのがとても好都合だし。何故だ!日生の場合何処で出待ちすればいいのかよく分からず!何処なのか、教えて!!!と思わず叫びたくなる。神様もまた意地悪をされたな。でも私はこうなったら、「自分の特別思い入れのある俳優さんが出演する時は席運がいいので、それを信じていい席を取る。尚且つカーテン・コールで出演者が投げる花束も取る」という私の目標。いや神様から与えられた絶対のノルマ!これもクリアさせなくてはいけない。あとレミゼ楽は私が特別思い入れのある「別所&岡コンビ」。平日マチネ上演だが、迷わず会社を休んで観劇。この楽は絶対行かないとダメだ!チケット販売日。何が何でもいい席を入手するぞ!絶対勝利してみせる!東宝のHP。詳しくは下記にて詳細が分かります。http://www.toho.co.jp/stage/lesmis/welcome-j.html
2005年11月13日
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昨年、ミス・サイゴンをレミゼのデータ下調べと言う形で観劇した。昨年9月観劇した時にある発見をした。それは俳優の組合せにより「いいかよくないか」ということである。その意味とは何ぞや?と思われるだろう。それは下記の通りに話したいと思う。昨年9月26日ソワレ。この時のキャストはエンジニア:橋本さとしキム :松 たか子クリス :坂元 健児ジョン :岡 幸二郎トゥイ :泉見 洋平エレン :高橋由美子ジジ :平澤 由美この松たか子はどんな歌声なのか私はとても興味があった。でも残念ながら、私が観た時は期待外れだったのだ…。この松さんを囲むキャストが上手だったので、松さんの歌声が「ぼやけてしまい、歌の下手な人」だとしか見えなかった…。もしクリスが芳雄君だったら少し違っていたのかも知れない…。あと由美子ちゃんはいつも同じ所で「音程を外していた」そうだ(笑)初めてのさとしさんだったが、歌も上手いし背が高いなと圧倒された。この舞台をきっかけにこれからも注目しないといけないなと思った。機会がある時はこれからも必ず観よう。という感じになった。そして坂元さん。8月初のサイゴンではジョン役としても見た。歌が上手し、私の意見としては若僧の方が似合うなとこれまた感動。泣かせて貰った。岡さん。前にも書いた様に、彼の歌声を初めて聴いた私は「心を鷲掴みにされた」。アイ・メイクはこの為にしっかりとウォーター・プルーフのものを使っても岡さんが歌うブイ・ドイは「とても心に染みるメロディー」でメイクが流れて“スッピン”になる程大泣き。こんな事は初めてだった。そして化粧室で見た自分の顔にもビックリ(笑)という感じであり、客寄せキャストと言えども何だか違った感じになってしまった。他のキャストがとても巣晴らし過ぎたのだ。このこともこれからの舞台観劇において大事なことなんだなと勉強。でも松たか子の舞台を観たということに満足。でもS席はチョッと痛かったな…。というのが私の正直な意見。他の人は「よかった」という声も聴いた。「キムの役は17歳。ベトナム人としては無理が…」という声の方が多かった。私もその一人。客寄せキャストとして選ばれたとは言えども、成功する時とダメな時もある。残念なことに松たか子はその一つなんだなと。あと俳優さんのハマリ役としてなるにも難しいことであると改めて実感。8月はキムが知念ちゃんだったので、彼女のベトナム人らしさの雰囲気がハマり役と思った関係もあるかも知れない。この日をきっかけにレミゼではキャストの組合せをとても気にするようになるようになった私である。
2005年11月12日
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ここ最近、泣いてばかりだったので今日はいい話をしようと思う。私は幼稚園入園の担任の先生と今でも交流を続けている。もちろん先生と今年レミゼも観劇した。そして先生まで岡さんのファンにさせてしまった…。もう大変なことをした私(笑)先生は今現在新宿区役所の嘱託員として働いていらっしゃる。恩師から教えて貰った言葉とは…。確か私が大学生の頃。「大江健三郎が自分の実年齢に3で割る。そしてその数字を24時間に当てはめる。これは何を意味をするかと言うと『自分は人生において今何をすべきなのかという事が分かる』と話していたとの事。よく一般の人は何かしようとしても歳のせいにして断念することが多いけど、それではいけないっていう意味。まだまだ人生において諦めてはいけない」。言われて私はハッとした。確かに今まで色んな事に挑戦しようとしたけど、自分はもう歳だという理由などで、新しいことに断念したことがあった。英語の勉強にしても「学生時代とは違う」と諦めてしまったこと。そんな事があった。それはいけない。「自分は歳だから」と思えば思う程、自分の首を絞めるかのように老けていくのが加速なると思う。ここ最近私はよく感じる。「歳を重ねる度に人情その他、色々と素敵に輝かしくいたい」という想いがここ最近強くなった。若い時だけでなく、歳を取ってからもあらゆる面において実りのある人生にしたいなと。先生の言葉を聴いて「実年齢を3で割ってまだ太陽が出ている時刻に当てはまるならば、何事においても常に挑戦する気持ちが大事」だと実感させられた。「私の年齢はもう退社時刻を既に過ぎて、就寝時刻へ近づく時刻だけど私はいつも前向きに生きている」とおっしゃっていた。先生。そうですね。確かに私の年齢はまだ3で割っても時刻は午前中。太陽は南へ向かって一番高く昇ろうとする時刻。私の人生は業務を開始したばかり。こんな弱気で私は恥ずかしい…。もう一度断念してきた事を少しずつ、再開しようと思います。人生80年と言うけど、この言葉を聴いて人は人生が終わろうとするまでの間も常に勉強なんだなと思う。年齢制限なんてない。歳のせいにして逃げてはいけないと。私は来年で節目を迎えるけど、まだまだ頑張らないと!という感じでこの言葉を大事にしている。もしこれから先において、くじけそうになったら「実年齢を3で割る。割った数字を24時間に当てはめる」を忘れずにいたい。これを私なりのこれからの若返りの魔法の一つとして、大事にしたいなと(笑)
2005年11月11日
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美奈子さんの告別式が終わり、昨日帰宅して告別式の模様をテレビで見た。すると岸谷五朗が弔辞を読んでいた。あぁ確かに「クラウディア」で共演したんだよなと…。そう言えば私はこの舞台の楽に行ったんだ!そして美奈子さんの華奢な身体を観てビックリしたんだと…。ほぼ忘れていた…。私って一体何だろう…。もう最低!と自分に対し怒りが込み上がってきた。「クラウディア」は美奈子さんの見せ所がなかったのでがっかりした。そう言っても私は岸谷五朗ちゃんは下積み時代から知っているので、観たいという気持ちからチケット購入したのを思い出した。五朗ちゃんも出世したもんだ…。美奈子さんの弔辞を読むなんてと思っていた。私が中学生の時、TBSラジオにて彼は番組を持っていた。「東京レディクラ」という番組。名前からしてやや怪しいと思われても仕方ないが…。当時役者として少しずつ出てきた五朗ちゃんとホンジャマカの恵がよく楽しい話をしていた。あとはリスナーからの葉書きコーナー等々。つまり私はそんな時代の岸谷さんを知っているので、親しみを込めて五朗ちゃんという感じである。本当に貴方は出世したね。高校生の時、年末で「今年のドラマ主題歌電リク」のパーソナリティーに五朗ちゃんと寺脇康文だったのも覚えている。何気なく私も電リクした。まさか読まれないだろうと思っていたけど、何故か五朗ちゃんに名前が言われ、それだけでなくドラマ主題歌についてもエピソードも読まれた。恥ずかしいというよりもビックリした。最後には抽選で何と定期入れの当選者としてもう一度、五朗ちゃんに名前を呼ばれた。とても嬉しかった。この時より「私と五朗ちゃんはこれから先においてもどこかで、ご縁があるはず」と思い始めた時だった。それから五朗ちゃんは役者として立派となり、遠くの存在の人になってしまった。私としては嬉しいけど、ラジオ時代から親しみ持っていたので淋しかった…。もう接点はないのかなという感じで…。そう思いつつも思いがけない所で、五朗ちゃんとのご縁はまたあった。それとは、「世界で一番熱い夏」というドラマで五朗ちゃんが私の自宅裏にある場所へロケをしに来た。その模様を弟が8階のベランダからビデオ録画してくれた。ロケしている最中は会社だったので、ビデオで五朗ちゃんのロケ中の模様はもちろん。OKが出た後の彼の素顔も録画されていた。落ち着いてタバコ吸っていた。私の勝手な思い込みとは言えども、五朗ちゃんともご縁があると信じている。昨日。美奈子さんの弔辞に五朗ちゃんが読む。何気ない所で私は運命というのか、ご縁というものを感じている。いつもあんなに人を楽しませる五朗ちゃんの泣き顔を見ていたら、私も泣いてしまった…。でも五朗ちゃんが「クラウディア」を上演してくれたからこそ、美奈子さんを見れたと言っても過言ではない。内容などではない。生で美奈子さんを客席から観る事が出来たという事に感謝してます。五朗ちゃんにはこれからも、多くの舞台等活躍を期待している。
2005年11月10日
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今日美奈子さんの告別式が行われた。もう可愛い顔が映像でしか見られないと思うと涙が止まらない…。無念の死。壮絶な闘病生活を聴くと尚更だ163センチ。38キロの華奢な身体は抗がん剤投与の為一層細くなり、もちろん髪は抜けてしまったそうだ。でもかつらを被らずにバンダナを巻いていつも明るく前向き。その姿を思い浮かべるだけでも、涙が溢れてきた…。さぞ辛かっただろうな…。でも美奈子さんは自分だけでなく、ファンの為にも舞台復帰を信じて頑張っていた事が痛い程分かる。今日のワイドショーで、抗がん剤副作用の関係で、「口内炎が酷くなり水すら飲めず氷を口に入れて水分を補給していた」そうだ…。本当に悲しい…。そんな想いも天には届かず無念にこの世から去った美奈子さん…。前に神様は過酷な決断をなされたと書いた。でもよく考えてみると神様は「これ以上苦しむ美奈子さんを見るに耐えなくなり、止むを得ず天へ導かれた」のかなと考え直した。それでも涙は止まらなかった…。行きましょう 自由な所へ悩み洗い流され 神恵み与え給うレミゼのラスト近く。ファンティーヌの歌詞。死期間近のジャン・バルジャンの元へファンティーヌがお迎えに来るかのように神様が美奈子さんがもう苦しまなくても済むんだと考えた結果を出されたのだ。ここ数日間、多くの方のブログを見た。美奈子さんはファンティーヌとして天へ昇っていったと私もそう思う。私の大好きなミュージカル俳優の岡幸二郎さんがご自身のブログへ書き込まれたように「星になった」のだとも同感。ファンティーヌもエポニーヌも舞台途中で亡くなる時は必ず微かな光が出てくる。希望を持って死んでいく…。美奈子さんも同様だと。法名は優しい声の持ち主という意味を込めて「釋優馨(しゃくゆうしょう)」とされたらしい。美奈子さんそのものを表している。美奈子さん、本当に夢と希望。感動をありがとう!どうか天国へ行ってもその負けない精神を忘れずに!そして歌を愛することをいつまで続けて下さい。P.S.もし可能ならば、来年4月のみ上演するレ・ミゼラブルでもう一度、1階ロビーにて美奈子さんへの感謝の意を込めてメッセージ・ボードを設けて欲しい。私のように美奈子さんのお通夜・告別式にて記帳出来ないで終わったファンすらいると思う。帝劇は果たして実践してくれるだろうか。いや実現して欲しい!
2005年11月09日
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1992年ミス・サイゴンは日本で初上演。1年半というロングランという素晴らしい実績を残した。その中に劇団四季を退団したばかりの市村正親さんと歌手からミュージカル女優へ初挑戦の美奈子さんがいた。舞台上でヘリコプターが出現する等話題を呼んだミュージカルだったそうだ。その輝かしい舞台話となっていても忘れてはいけない事がある。それは美奈子さんが舞台装置に右足を挟まれ、指4本骨折。それだけでなく骨まで見える程深い傷を負ったこと。当時高校生だった私は新聞の見出しに大きく載っていたのを覚えている。まさかミス・サイゴンとは思わなかった…。12年後。つまり昨年再演すると知った時は、ただレミゼのデータを知りたいという一心からで観劇した私。12年前の伝説など一切知らなく、ミス・サイゴンのCDを買ってから初めて初演のキムが美奈子さんと知った…。予備知識もないままいたけど、とても感銘を受けて5回観た。そして大泣きした。やはり美奈子さんの努力があったからこそ、12年経っても感動があったという事がここ最知った私…。何ていう皮肉だろう…。P.S. 11日の「たけしの誰でもピカソ」で追悼特番 すると知りました。
2005年11月08日
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本田美奈子さんのファンティーヌは幻となった。そして美奈子さんはあたかもファンティーヌになったかのように天国へ行ってしまった。とても悔しい…。私はこの間日記でも書いたように3月24日ソワレ。自力で1階E列19番を入手したのだ…。白血病で降板。でも2007年。レミゼは1987年より日本で上演。20周年に元気な姿で復帰すると信じていた…。その夢も叶わないまま美奈子さん永眠…。3月観劇した時に、1階ロビーでは美奈子さんへの応援の寄せ書きが貼ってあるのを見た。これを見て私も思わず泣いた。「絶対に帰ってきて!」と。それだけではない。SPバージョンのパンフレットにも岩崎宏美さんやモリクミさんが「美奈子ちゃんはこの舞台で復帰すると信じて、楽しみに待っています」というコメントを通した時も熱い何かが込み上がって来た。千秋楽近くに、美奈子さんからの直筆メッセージも私は見た。「よかった」と思ったひと時だった。神様は今回、過酷な決断をされたようです…。惜しい人がこの世からいなくなってしまいました…。でも美奈子さんの実績はこれからのミュージカル界においてはとても重要な役目を果たしてくれました。アイドルからミュージカル女優へと導いて下さった事。私は感謝しています。そして美奈子さんの歌声は永遠にファンの中で色褪せる事無く生き続けると…。
2005年11月07日
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先程ラジオ・ニュースで知りました。本田美奈子.さんが亡くなったそうです。ご冥福をお祈りします。彼女のファンティーヌ本当に楽しみにしていました…。もう観れないと思うと凄くショックです。2007年、復帰すると思っていたのに…。とても残念です。享年38歳。若すぎる…。彼女が降板する前に帝劇においてあったレミゼのスケジュール表。大事にとっておきます。これは私のレアモノです。
2005年11月06日
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今年のレミゼチケットは2回に渡ってチケット販売が行われた。3月5日。5月上演分のみ。5月には別所さんは出演しないけど、岡さんは出演する。そしてSPバージョンとしても8回伝説のアンジョルラスを演じる。私はかの爆発的人気を出した、しかも日本のレミゼ・レベルを上げた岡アンジョを全く知らないし、もちろん見ていない。そして1994年の青盤ですら、聴いたことがない。とっても岡さんが見たい!見たいと言っても例のくじを引いて若い番号を当てないと×。どうしよう。でもやるしかない。3月5日に午前8時までに並ぶ。そしてくじを引かないと分からない。とにかく見ることが出来ると信じるしかないと願っていた。さて当日。私は5時半頃起きた。この時点で「気合が足りなかった。もしかしたら、くじは…」と弱気になってしまった。7時前に帝劇到着したとは言えども、かなり長蛇の列をなしていた。さてくじの結果は残念ながら、2200番代だったかな。チケット販売翌日午後4時頃購入と書いてあった。残念ながら、SPはチケット販売当日の午前中に完売してしまったという程の勢いだ。「あぁ~。岡さん。私は岡さんに対する切実な思いがまだまだ浅い為かな~。でも私は見たい。神様、私は岡アンジョを観る資格ありますか?」と嘆いていた。本当にショックだった。私はもうこれはヤフオクや金券ショップでしか入手出来ないかな。あとは当日券狙い。熱がなくなっていたのも同然だった。悔しいという気持ちと自力で取れなったという失望に襲われていた…。そんな思いをしながら1ヶ月が過ぎた。このミュージカルという趣味を持ってから、多くの知り合いも出来た。知り合いになった一人に何気なく「私は岡さんのアンジョが観たいけど、チケットがないんです…」と悔しさを伝えた所、「実は私、1枚持ってます。譲りましょうか?」との声が。もう迷わず「はい!」と返事。よかった。これで1回とは言えども伝説の岡アンジョルラスが観れる。一安心。この出来事をきっかけに人との出会いというのを大切にしないといけないなと実感。そして観劇することにも神様へ感謝した。きっと神様は私の切実な思いを理解してくれたのだと。そしてこの神業が起きたかのようにこれからも少しずつ起きるようになった。
2005年11月06日
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昨年エリザベート観劇するにおいて、スケジュールを確認せずチケット購入したとこの日記内に書いた。それがこれからの私において、とても大事な事になると思っていなかった。この話をしようと思う。昨年5月2日マチネ観劇。Wキャストとしてトート :内野聖陽フランツ:石川 禅ルドルフ:浦井健治エルマー:藤本隆宏もう私にはデータがさっぱりないので、確認せず観劇する少し前に判明した。そして観劇後にお母様がエリザのアシスタントとして働いていらっしゃる友達より「えっ!?そのキャストで観たの!?内野さんと浦井君ならともかく…。やはりフランツ役は鈴木綜馬さんとエルマーは今拓哉さんだよ。何故またこの組合せで…。珍しい過ぎる…」とあきれ顔。でも私にとっては違和感が全くなかったのだ。何故なのか後日判明した。それは内野さんや禅さんの場合、歌が上手なのはもちろん「演技力がとても豊か」である。この一言に尽きる。先程の友達から教えてもらったが、「内野さんは初演当時は歌がもう最悪でWキャストとして山口さんが相手なんて余りにも天と地という差があり過ぎる。でも内野さんは最初歌が×でも、山口さんにはない表現力でカバーして来たし、最後の方では歌も上手くなったよ。チケットの売れ行きは最初山口さんが爆発的に売れて行くけど、最後の方になって内野さんの方がじわじわと売れて行ったんだ」と話してくれた。そうなんだ。初めて知った。私は初演のことなんて全く知らない。そしてミュージカルとは歌中心だけでなくお芝居もあるんだと学んだ。私はその演技力豊かな俳優さんが好きらしい。まぁ時と場合によっては、歌で選ぶ俳優さんもいるけど…。よくよく考えてみると一般的には「ミュージカルを観るなら歌」を選んで来る人が多いと思う。山口祐一郎さんは代表的。チケット入手が本当に困難である。私個人の意見として言うが、「山口さんの歌はとても巣晴らしすぎて、私は畏敬を伴ってしまう。そして私のような観劇歴が浅い者が見てはもったいない」と思わず萎縮する感じなのだ。だから内野さんのトートが好きなのかな。内野さんだと細かい演技も見逃さないし、目力も凄い。あとは禅さんに関してだが、私はマリウスを演じていた当時を全く知らない。フランツとして演じることになり、初めて知った。フランツは綜馬さんがハマリ役と皆言うけど、私は禅さんの熱いフランツが好きだ。今回のエリザに関してはほとんど禅さんだったので、全く違和感なく観た。そして演技力も◎と思った。結論を出すと演技力で選ぶとなると、チケットの売れ行き倍率が少し低くなるのだ。そして間近で観る事が出来るチャンスかも知れないと最近思った。私は自称「B面キャスト愛好家」。出演している俳優さんには申し訳ないのだが、私はそう思うし友達も認めている。それが私にとってよかったかも知れない。このB面キャスト愛好家はまだまだ続くのであろう(笑)
2005年11月05日
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さて昨日の続き。4.ONE DAY MOREこれは第1幕最後の曲。全員集合と言っても過言ではない。そして新しい明日。世界へ向かってスタートだ!というそれぞれの思いや希望・不安を抱きながら生きて行くと。「明日には分かる神の御心が 朝だ 明日が 来れば」と第1幕が終わる。そして客席は真っ先にお手洗いへGO!という感じに休憩に入るのが実態でしょうか(笑)5. ON MY OWN第2幕が始まって2曲目。これはマリウスに片思いしているエポニーヌが「もう私の恋は叶わない」と嘆く歌。エポニーヌ「愛しても 思い知らされる 一生夢見るだけさあの人 私を要らない 幸せの世界に縁などない」これこそ片思いって本当に切ないって実感する。この曲は島田歌穂さんが初代エポニーヌとして熱演した。レミゼの有名なソング・ナンバーと言っても過言ではない。本田美奈子.も歌穂さんのを観て感動し、エポニーヌ役を演じたというのも有名な話だ。私もこのシーンで泣かずにはいられない。この切ない気持ちが痛い程分かる。6.恵みの雨砦へエポニーヌが戻って来る。ちゃんとコゼットへ手紙を渡した旨を伝える。しかし途中で銃弾を受けてしまい、血だらけになる。マリウスは「大丈夫か?」と優しく介抱してあげるが、エポニーヌは死んでしまう。死ぬ前に「私は貴方をこんなに好きなのに分かっていないのね」という感じに歌うのも涙を誘う。エポニーヌ「雨は過去を洗い流すでしょう 安らかだわ 居てね側に抱かれて眠るわ めぐり逢えた この雨 雲は晴れて安らか 通り道程を辿り着いた」そして死ぬ直前にマリウスへキス。報われない切ない恋。私はここでも大泣きする。彼女が死んだ後の光は果たして希望なのであろうか。7.彼を帰してジャン・バルジャンのソング・ナンバー。私はコゼットが可愛くて仕方がないけど、自分はもう歳を取っているし、いつかは自分は死ぬ。砦で眠っているマリウスを見て、バルジャンの父性が更に深まる。ジャン・バルジャン「御心でしょうか まるで 我が子です 月日の波に追われて やがて私は死ぬでしょう」私は別所さんの歌はもちろん、年老いた演技をするのが好きでいつも目を凝らして観ている。さすが役者だなといつも感動。8.カフェ・ソング砦の戦いが終わり、瀕死のマリウスをバルジャンは背負って下水道へ避難する。無事にマリウスは生還。しかし、砦で戦った友は全員死んでしまった。カフェで会合していた頃を思い出すマリウス。僕は革命が似合う男ではなかった。僕は戦いよりもコゼットを選ぼうとしていたのだ。でも皮肉な事に僕だけが生き残っている…。という罪悪感に陥る場面。マリウス「新しい世界を 瞼に描いて 声も高らかに唄った歌の誓い そのまま 別れを告げた 砦の淋しい 夜明け ああ友よ許せ 僕は生きている」マリウスが一人テーブルで泣いている時、後ろで死んだ学生の仲間が12人立っているんだよな。泣いてはいながらも私は何人いるのかなとしっかり、数えていた(笑)以上、二日に渡って私なりに好きなソング・ナンバーを書いてみました。まだ他の曲目についての意見等語れば切りがない。また何かの機会に(笑)P.S.明日のソワレにマイ・フェア・レディを観てきます。
2005年11月04日
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本日はいつものと少し離れてチョッとブレイク。よく好きな演目で歌われる曲は何が好きですか?という話が出ると思う。私は多くの演目を観ていないのでメジャーなものを名前に挙げて書きたい。レ・ミゼラブル1.夢やぶれてファンティーヌが働いていた工場を子供がいるという事が職場の仲間に分かってしまい、解雇されてしまった後に歌う曲。本当に未婚の母って可哀想というシーン。涙なしで観ることは出来ない。ファンティーヌ「夢見た人生 今地獄に落ちて二度と私には夢はかえらない」微かに当たるライトが更に悲しい。2.STARSジャベールの誓い。ジャン・バルジャンは絶対俺の手で捕まえてみせる!この星に誓ってだという決意にと思われる。「さぁ逃げてゆけ 闇の中息潜め」という感じで歌う時に舞台バックは満天の星。その中に岡さんのジャベール様が立っている。本当にカッコイイ。それだけでなく、声もとても素敵なんだなぁ。絵になる。そして途中で跪き、コートの裾を払うのが大好き。チョッとキザだけどこれこそジャベールの神聖なる儀式だと思う。少し前まで川崎麻世が演じた時にこの裾振りが話題となり「麻世振り」という言葉が生まれたそうだ。いいな麻世ジャベール。観たかったなぁ…。3.民衆の歌アンジョルラス中心となり、学生運動で共に戦う仲間と一緒に歌う曲。戦いに向けて新たに強い決心を誓う歌。私はいつも坂元さんで聞いていた。よかった。SPにて岡さんのを聞いた時は、もうしびれてしまいました。坂元さんにはない声のよさや、マリウスを見下ろすという身長のバランスがいい。坂元さんごめんなさいね。アンジョルラス「戦う者の歌が聞こえるか 鼓動があのドラムと響き合えば 新たに熱い生命が始まる」レミゼのナンバーはまだまだいいのがあるので、また明日。思ったより長くなってしまった(笑)
2005年11月03日
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先日12月18日に前売りする際、くじを引いたら同日午後1時半~購入可能との事をちらっと書いた続きです。私は初めての事であり必死。仮眠したとは言えどもほんの僅か。それにもう寒い。しかし販売開始時刻に並ばないといけない…。自分の意思はもちろんの事、何かに取り付かれたかのように一目散に帝劇へ向かう。すると帝劇地下街へ繋がる階段を降りて行った。帝劇地下にあるローズ・ルームにてチケット販売開始するとの事。まずは地下から列を作って待機。私は少し早く来てしまった為、時間を持て余していた。大丈夫かな…。私が帰る時には、若い番号を引いた人達が満面の笑みで「チケットって簡単に買えるもんだね~」と話してた。私も早く欲しいよ~!約束時間になってから、番号順に列を作るように指示が出た。長蛇の列。その時にはもう完売チケット日程のアナウンスも出てきた…。ますます心配に襲われる…。でもとにかくいい席と信じて待っていた。やっとの思いで私の購入時となった。3月24日ソワレ。これは中学時代の友達と見ると約束。友達が本田美奈子.が見たい。あとは私に任せる。とリクエストが出た。もう迷わず別所哲也。細かい点においては色々とあるけど、今回初のファンティーヌ挑戦の本田美奈子.が注目キャスト。たった3月だけの出演だし。私は彼女のエポニーヌを見たことないんだな…4月17日マチネ。これは会社の後輩と一緒に観劇予定。彼女は大学生の時に山口祐一郎のジャン・バルジャン。純名りさのコゼットで観たと話してくれた。いいな~。私はまだ山口さんの舞台すら観たことがないので、興味があった。それにどれだけの熱狂的ファンが多く集まるのか雰囲気も味わいたかったので迷わず購入予定。4月29日ソワレ。これこそ私の大本命カード。別所&岡&坂元。もうとにかくいい席で!という思いが強く、間近で観ることが私のノルマと思っていた。私が首を長くして待っていた日。忘れられない一日としたいなと。さて購入時に帝劇の人より空席状況等を確認して貰う。その結果次の通り購入する。3月24日ソワレ。1階E列18番。19番。4月17日マチネ。2階B列26番。27番。4月29日ソワレ。1階G列26番。27番。さすが山口さん人気は凄い。もう2階席なんだと実感。でも私は別所さんを本当に間近で観たいから、嬉しくて仕方がなかった。しかも初でE列。本当に神様っているんだなと思った。やはり長年の切実な思い。熱意。お気に入りの俳優さんに対する特別な思い入れがあれば、神様は見ていて微笑んでくれると。この日から奇跡は少しずつ始まった。
2005年11月02日
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さてミス・サイゴンの第3回目観劇。10月26日。この日は会社をフレックス退社してソワレ観劇をした。ぴあで購入したので、席的には決して前とは言えない。でも別所さん、知念ちゃんが観ること出来るのでいいかと軽く考えていた。チケット購入して判明したが、東宝HPにてファン感謝の集いという形で、観劇後には出演者の別所さん、知念ちゃん、泉見君、石井さん合計4人のトーク・ショーがありますと記載されてた。しかも10月26日ソワレ観劇した方全員と。HPを見て本当に嬉しかった!ただ都合よく早めに退社出来ると予想してチケット手に入れた。しかも別所さんを含めてトーク・ショーがあるなんて!天に昇るような嬉しさ!観劇の感想において3回目なので、特に細かい点についてキリがない。強いて変わったと言えば、石井さんが10月だけクリスからジョン役へと変わっただけ。私はクリスの石井さんが好きだ。という感じだろう。詳細はいつものようにお得意の後日へ話したいと思う。さて楽しみにしていたトーク・ショー。音楽が流れると別所さんと知念ちゃんがキャデラックに乗って来て登場。私はもう別所さんのトークが聞けると言う事だけで、舞い上がっていた。とても幸せだったのだ。トーク内容としては、まず舞台上が傾斜になっているので、立っているだけでも足がとても疲れるという事。確かバランス・ボールを転がしてどれだけ傾斜が激しいかを観客にも分かるように実践してくれた。勢いよくボールは転がっていく。そうだったんだ。改めて実感。HPや雑誌に傾斜が怖くて大変ですと書いてあったのは覚えていたけど。舞台装置の移動トラブルが起こりやすいとの事。別所さんが「アメリカ大使館でのシーンでジョンとクリスの電話で話す時、肝心な電話が移動して来なくて、岡さんは受話器を持った形で歌ったので、『宇宙と交信した』と話していました」と話してくれたのに一同大爆笑!へぇ、そんなに大変なんだなぁとこれまた新発見!石井さんにはクリスとジョン役を掛け持つと言う事なので、一人でクリス&ジョンの役を歌う&演じるを舞台上にて実演して欲しいと他の3人よりリクエストがあった。実際に石井さんは演じてくれたが、途中で「変になるから」と言って中断。でも演じたということは凄い!これは本当にレアな所を拝見した。最後には客席から出演者への質問コーナー。泉見君がマイクを持って歩き回った。私は通路側だったので、間近に泉見君を見た。ベトコンにハマり役だなと。夢のような時間はあっという間に終わってしまったが、何回かあるトーク・ショーの一つに当たって本当によかったと思う。これも何かのご縁かなと私は「点から線になってきた」と思い始めたのであった。
2005年11月01日
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