物質至上主義的生活

物質至上主義的生活

July 12, 2006
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カテゴリ: 日々是好日
保育者と父母を結ぶ雑誌『ちいさいなかま』
7月 臨時増刊号「また、あそぼ!」保育が広がるワクワク遊び より。

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遊びのなかで育つもの  今、子どもの時代に必要なこと
                              河崎道夫(三重大学)

イナバウアー (要約)
荒川選手の言葉は、遊ぶことの意味を表現してくれた。
日常の子どもの遊びには子の手の栄光経験を思わせる技が山ほどある。

栄光は「じょうず」な子だけに輝くわけではない (要約)
(「コマ」にまつわる遊びの例、保育園や学童保育での例をいくつか挙げて)

このような遊び体験が豊かにあってこそ、どの子にも「かけがえのない自分」の土台が作られる。


遊びと「自分らしさ」の土台形成

 今日ほど、 「自分らしく生きる」 とか 「かけがえのない自分」 の発見とかが、大事であると言われるようになった時代は人類史上ない。しかもそれは特別な哲学者だけが自省的に考えるようなことではなく、あらゆる人々にとって価値あることとして呼びかけられ、実現がよしとされることがらとなっているのである。
「自分らしさ」「オレ流」「自己実現」 などのことばがあふれる状況は、哲学者の藤田省三『全体主義の時代経験』(みすず書房 1995年)が 「自我の大衆化の時代」 と喝破したものである。
一方で、 「自由と独立と己というものが約束された時代に、実は逆に自分というものを非常に深く喪失しているのではないか」 (高史明『世界』610号 1995年 岩波書店)と指摘された状況がある。
教育現場では 「自分探し」 の課題がたてられ、臨床家や精神科医たちは 「自分を見失った」 人びとの癒しに追われている。

「自分らしく生きる」 ことに高い価値が与えられながら、多くの人にとってそうならない現実によって、かえって各人には深刻な問題が生まれているということである。
人類史上かつてないすばらしい時代になりつつあるはずなのに、かえってそれが、各人の生きるうえでは深刻な矛盾をもたらしているのである。

 この矛盾の根本的な社会的解決がまっとうに取りくまれることなく、 「血液型」「星座占い」 「啓発セミナー」 「魂の心理学」 「自分らしさ」 の心地よい価値的イメージがばらまかれ、そのプレッシャーを受けながらそうはならずに閉じたり切れたりする人々が大量に生まれているということである。

 子どもの遊びを豊かにする社会的実践は、それらの罠とは違う。
いたずらに 「自分」 を探させたり見つめさせたり取りもどさせたりすることではない。
あとでゆっくり探され、見つけられていく 「自分」 の中身を豊かにすることである。
おもしろそうだから、こころが揺さぶられるから、憧れるから、やりたい、したいと思えることを豊かにし、逸脱や失敗を楽しみとして共有し共感できるなかまと豊かに関わりながら 、そうやって 「自分」 が発酵していく 土台をつくりあげていくこと である。
中身の貧しい 「自分」 をいくら見つめさせられても、いくら 「それでいいんだよ」 と言われても、つらいばかりになるだろう。

 意識的な 「対自」 を急いで育てようとするのではなく、 「即自」 が豊かに発揮され蓄積される経験こそ、今の子ども時代に必要なのである。


 ~*~*~*~*~*~*~*~*~*~


わたしが読んだ時に「あっ!」と思ったのは、
「自分らしく」と、わたしたちが強く意識してしまってるのは、「自分らしく」生きにくいからこそなんだと改めて感じたことと、
また、それが“商業主義的に教育的にばらまかれた価値イメージ”であり、そのプレッシャー下に、ひきこもりやキレるがあるんだということに、すごく納得がいったのと、
「自分」っていうのは、“あとでゆっくり探され、見つけられていく”んだということ、
そして、子ども時代は、その「自分」の中身を豊かにすることなんだと、
目の前がパァっと開けた感じがしました。

(あと、「魂の心理学」っていうのは、江原さんのことかいな?とか)

『おもしろそうだから、こころが揺さぶられるから、憧れるから、やりたい、したいと思えることを豊かにし、逸脱や失敗を楽しみとして共有し共感できるなかまと豊かに関わりながら、そうやって「自分」が発酵していく土台をつくりあげていくことである。』

ほんと、そうだ!そうしたい!
最近知った「ホリスティック」な考えにも通じてると思う。よくわかる気がする。


「対自」や「即自」という言葉は初めて知ったような気がするけど、
検索してみるとキーワードは、
弁証法、ヘーゲル、イデア、存在と無、サルトル、即自存在、サルトル、市倉宏祐

「即自」→自分が自分自身と一体をなしていること、意識の対象にはなっても、それ自身が自分について考えたりしないような存在の仕方、のような?

これも何かのご縁。また調べて理解に努めよう。。。



◎あとのページで紹介されていた「幼児の遊び」のなかから、自宅でもできそうなこと。

室内) レスキュー隊
ロープを1本(布製の三つ網の綱など)用意し、大人2人で持つ(片端を柱にしばりつけてもOK)
床の上を、綱をたぐり寄せるようにして進んでいく(あおむけになって頭の方向へ進む)。お腹の上に人形を乗せたりも。
床をかかとで蹴ったり、綱に足を絡めて、本物のレスキュー隊員のようにも。

室内) まちがい探し
オニになった友だちをみんなでよ~く見る。
オニになった子はその後ロッカーのかげなどにかくれて、他の子にわからないようにどこかを変える。
出てきて、さっきとどこがちがうかあてっこする。
例)ボタンを1個はずすと、ズボンのすそをまくる、ヘアピンをはずす、靴下を折る






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Last updated  July 12, 2006 02:08:07 PM
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Re:『ちいさいなかま』遊びのなかで育つもの(07/12)  
ネタ、被ってるんだよー(笑)。
まだ、考察中で、しかも大した事ないんだけどさ(爆)。
>自分らしさ
ってヤツでね☆

バラまかれたイメージも、誰かが懸命に辿り着いた一つの結果であると思うけど、それに対して、コピーして辿り着くかしか考えないのは、怠慢というヤツなんだねv
「これ、良い!」って感じるのは大事だけど、それをどう扱うのか、取り入れ方の選択に時間を割く必要があるね。
感性と選択の溝を埋める手間を覚悟しておかなくちゃ、だわ。

絵の話で、構成をあらかじめ考える事が大事って学んだんだけど、素人は完成作を急ぎたがるんだって。
構成を考える段で手を抜く事は、結局は余分な時間を掛ける結果になるんだけど、人間って焦りすぎる生き物なのかね。

これも自己陶酔、まじったコメントでごめんね。
スルー、しといて☆


(July 12, 2006 04:40:17 PM)

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