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私が長年住み慣れた神奈川県を離れて茨城県は水戸市にやってきたのは今年の1月終わりのこと。2月1日付で水戸勤務となった。詳しくは1月8日と2月5日の日記に書いてある。 水戸に転勤してから2ヶ月近くになるが、なかなか新しい生活に馴染めていないというのが本音だ。私は水戸に来る前はずっと鉄道沿線に住んでおり、車を持たない生活をしていたのだが、水戸は車社会であるために、車がないと暮らしにくい。また残業も神奈川勤務の時に比べて大幅に増えてしまい、忙しい毎日を送っていた。そこにきて先日の震災。自宅はありとあらゆるものが散乱して目も当てられない状態たっだが、現在はほぼ片付いている。 が、問題なのはうちの会社の私がいた部署の建物だ。震度6弱の揺れを受けて、建物が壊滅的な被害を被ってしまったのだ。これにより、業務がほとんどストップしてしまい、この2週間はまともに仕事が出来なかった。損傷が非常に大きいために、完全に元に修復するにはかなりの時間がかかりそうだ。また、現在、うちの部署は大切な仕事をいくつか抱えているため、納期も間に合わせなければならない。というわけで、うちの会社の上層部が下した決断とは、そう、部署の千葉移転なのだ。 もともと、うちの部署が千葉に移転するという話はあった。予定では今年の7月か8月あたりに移転するはずであったのだが、今回の震災のために急遽予定を変更しての移転だ。移転先は千葉県の成田近辺で、4月終わりまでに部署の移転と社員の転居を完了する予定だ。 そういうわけで、水戸での生活は、震災によってわずか3ヶ月足らずであっけなく幕を下ろすこととなった。先日の水戸への転勤の際は会社がアパートを探してくれたが、今度は自分で探さなければならない。しかも、今回は制約が非常に大きい中での新居探しとなる。 まず、現在の千葉にあるうちの会社は、3年後に別の場所に移転することになっている。したがって、今の場所と新しい場所の両方に通勤可能な場所でなければならない。そして、自称(笑)園芸研究家の私としては、庭付きでなければならない(笑)。しかも、転居時期は4月であるため、転勤シーズンと重なって良い物件が押さえにくい時期でもある。さらに、今年の4月28日~5月4日までは海外旅行に行く予定で航空券を購入済みなので、その旅行までに転居を完了しなければならない。転勤完了後、すぐ海外旅行に行くことになってしまう。 というわけで、これからはきわめて忙しい日々を強いられることになる。まだ水戸の生活に慣れていないのにもう転勤とは・・・。しかし、この震災で人生を大きく変えられた人も多いだろう。そういうことを考えれば、私はずいぶん恵まれていると思う。今回の転勤は部署がまるごと移転することになるので、職場の仲間と同じ大変さを共有できるのは心強い。千葉での生活が今まで以上に充実することを願って前向きに考えたい。
2011.03.27
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すでに皆様ご存知の通り、3月11日(金)に東日本を中心に大変強い地震に見舞われた。私が住む茨城県水戸市では震度6弱を記録。私はそのとき職場にいたのだが、建物が大きく揺れて壁に亀裂が入り、物が転倒したり散乱したりして白煙が舞い上がり、まさに冗談抜きで映画のワンシーンのような状態になった。関東では弱い地震は非常に多く、地震には慣れていたつもりだったが、誰もがこれほどまでに身の危険を感じたことは一度もなかった。もともと関東は地震が多かったのだが、今思い返してみると、ここ最近はいやに地震が多かった。私が水戸に転居して約1ヵ月半の間に、記憶にあるだけでも4、5回ほどは地震があった。あれがこの本震の前触れだったのだ。 職場の社員数十人が慌てて屋外へ避難し、幸いにもけが人は一人もいなかった。しかし、会社の建物はかなり大きな損傷を受け、操業が不可能になってしまった。同じく取引先もことごとく被害を受け、この1週間はほぼまったく業務が出来なかった。会社の建物は壁が内側も外側も大きく崩れ、天井も広範囲に落下してしまった。震災後、職場に立ち入って片付けをしていたのだが、余震がひどくて今もなお天井が落ちてくるほど危険なため、復旧作業も進まない状況だ。 さて、この震災では東北方面の津波の被害が大きかったわけだが、茨城県は人的被害は東北に比べれば少なかったものの、損傷を受けた建物が多く、鉄道は完全に停止、水戸駅は立ち入り禁止、お隣の勝田駅に至っては駅舎の屋根が崩落したという。私の自宅は建物はほとんど損傷はないものの、部屋の中はめちゃくちゃになってしまった。 これは帰宅直後の台所の画像。冷蔵庫や流し台のドアが開いて中身が飛び出し、冷蔵庫の上に載せていた電子レンジが落下し、フタの枠がゆがんでしまった。画像右奥のガスコンロは、ホースがつながっているために落下は免れたが、もしも火を使っていたら火事になっていたかもしれない。 和室も洋室も足の踏み場もないほど物が散乱してしまった。洋室の画面左奥にある観葉植物は一見無事に見えるが、部屋の隅に固めておいていたものが、地震の揺れで部屋の中まで移動してしまった。また、雨戸は開けていたはずだが、2枚のうち1枚が真ん中まで移動している。画像中央にあるのはヴァイオリンの入ったアルミケースなのだが、画像右の本棚の上から落下してしまった。幸いにも楽器本体は無事だったが、音色が変わってしまったので調整に出さなければならなくなった。 和室も洋室も、照明器具の傘がずれてしまっている。よくよく見ると、洋室の照明の蛍光管は2本のうち1本がなくなっている。なんと1本が床に落下していたのだ。和室の照明は、大きい方の蛍光管のコネクタが外れていた。一体どんな揺れ方をしたらこんなことになるのだろうか??? 幸いにも落下した蛍光管には割れはなく、電気が復旧してから問題なく点灯した。 そしてトイレ。なんとタンクが割れていたのだ。といっても割れたのはタンク本体ではなくフタだけだったのだが、あの分厚い陶器がこんなにも見事に割れるとは・・・。本当にどんな揺れ方をしていたのか想像できない。また、タンクの水がかなりこぼれたらしく、床は水浸しになっていた。 さて、震災から1週間が経過し、水戸市では復旧が進みつつあるが、依然として余震に悩まされる日々が続いている。震災初日の夜は不気味なほど一晩中揺れが続いたが、時間が経つとともに余震も徐々に落ち着いてきたかのように見えた。それでも時としてかなり大きな余震が来ることがあり、ほんの先ほど、18時56分ごろに茨城県北部を震源地とする大きな地震があった。地震速報では茨城県は震度5弱とのことで、おそらく今までの余震の中ではもっとも大きかったと思う。またもや和室と洋室の照明器具の傘がずれてしまい、ベランダの鉢植えも2鉢がひっくり返って土がこぼれてしまった。 水戸市ではライフラインも大半の地域で復旧し、多くのスーパーも営業を再開し、もとの生活が戻りつつあるのだが、未だにこんな調子で余震がやってくるため、不安というよりはうんざりした気持ちの方が強い。部屋の片付けは大半は終わったが、ひっきりなしに余震があるために完全には終えられない。また職場の復旧もしばらく時間がかかりそうだ。 ただ、こういう状況でも、私が見る限り水戸市民の表情は明るく、職場でも和気藹々としながら復旧作業が進みつつある。私自身も、特に食べ物には不自由することなく健康に過ごしている。また、身内や知人も心配して連絡をくれるため、精神的にも落ち着ける。しかし、東北地方の被害のことを思うと胸が非常に痛い。かと言って私は何もして差し上げられないが、せめて義援金という形で手助けできればと思う。
2011.03.19
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