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昨日午後から急に、怖ろしくモーレツな眠気とめまいでクラクラ~。さらに夕べは輪をかけて、恐怖の悪夢にうなされ、殆ど眠れず...。(これは持病の症状)どうも本調子でないので、少しお返事遅れますね。心配ないです。いつものことなので。ゆーっくり復活してきますから。南無アッバ。 では皆様、感謝と祈りのうちに。祈。
2006年06月27日
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船越保武 「聖クララ」 八戸市美術館 蔵 昨日から、ダンナ君は職場の旅行?で「十和田湖」へ二泊三日で旅立っていきました。「『十和田湖』もいいけど、『田沢湖』にも行っておいで。」と言っておけばよかったー。 思えば、私が未だうら若き頃、両親が「田沢湖」へ行って、父が田沢湖畔にスッと立つ「たつこ像」の虜になってからというもの、両親はたつこ像の製作者である、船越保武氏の作品は常に細かくチェック...特に1993年から94年まで全国で開催された展覧会「 ---信仰と詩心の彫刻六十年--- 船越保武の世界 」には何と二度も足を運び、今でも私の手元にはその時の図録がしっかりあります。(私がほしくて奪い取ってきた。苦笑。) 「あの金ピカ『たつこサン』のどこがいいんぢゃゃい?」と当時、私は思ってたからに、この展覧会の図録の作品に私は目を奪われてしまいました。 その後私はその展覧会、こっそり当時のクラスメイトとみにいっています。笑。 しかしこの後、まさか私がカトリックで洗礼を授かるとは夢にも思っていなかった頃の話ではありましたが、でもその頃から、船越さんの作品...特に「聖女」は、この世のものとは思えないほどの清らかさが漂っていたことは確かです。 また色々な意味で物議を醸した「病醜のダミアン」やその何とも物悲し気な姿に圧倒される「原の城」、そして、何よりも有名な「長崎26殉教者記念像」...は、信者になって巡礼で長崎を訪れる時は、今ではいつも目にするオブジェとなっています。 父は未信者ですが(というか、お寺の墓に母を入れてしまったので、その墓を守らなければならない。)今でも船越氏の話題はよく出てきます。 父にとっては、特に船越氏の作品は、今でも母との良き想い出となっているようです。 そして私にとっても、船越氏の作品をみに全国を行脚することが、今では巡礼旅行のメインだったりもしています。 それにしても、ダンナ君、どーでもいいのですが、電波が届かないところへ行っているのか知りませんが、電話の一本でもよこしなさーーーいっっ!(`□´)/
2006年06月24日
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一昨日いただいた「ヤマモモ酒」御ミサが終わってから、いつも食事をご一緒する仲間のお年を召されたご婦人のYさん...大学で物理の先生をなさっていたという才女で、八十を遠に過ぎているのですが、三月の平戸・長崎の巡礼旅行でもご一緒するほどお元気です。 しかし、ここのところ、ずっとお逢いしてなく、 先日の記念の御ミサにも顔がみえず、以前お貸していた本は郵送で返却してきたし、お電話してもつながらない...流石に少々心配になっていたのですが、全く心配には及ばず...「ああ。いらっしゃった。お元気でしたかぁー?ずっとお逢いできないでいたから...」と言うと、「貴女こそ、ずっといなかったじゃなーい。」とのお言葉。(・∇・)「!?」そう断言されると逆に、「え、えぇー、そうだったかな?」と自分でも自信がなくなりました。(´△`)ゞ(確かに、あの巡礼以降、他の教会や長崎へ行ったりしてたしなー。) ご本人「元気、元気。忙しくて、家にはいないことが多いの。四ツ谷の記念の御ミサも、行事が重なってて行けなかった。」んだそうです。(^^; ̄U ̄うーむ。Yさんの場合、多少お顔がみえなくても、慌てることでもなさそうです。確かにあのお年で、持病薬はひとつもないだけのことはある。 そしてしばらくして、Yさん、徐にビンを差出し、「これ。山桃酒。今年も季節になったから、去年の余った分取り出したのよ。美味しいから飲んで♪」 「♪(^・ω・^)ブヒィ~!」これからが、果実酒作りの季節なのだとか。ご本人曰く「私は『いやしんぼ』なのよ。」と。いつまでもお元気で。そして、私たちの前をしなやかな姿で歩み続けてくださいね。(*・-・*)
2006年06月13日
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当番組画像。NHK映像ファイル・あの人に会いたい 「遠藤周作」 6月10日(土) 11:40~11:50 NHK総合本日やってますたー。私はシャワーを浴びて、「もうすぐお昼だからニュースを...」と思ってNHKにチャンネルを変えたら、「あら...遠藤さん!?」Σ( ̄□ ̄ll) 僅か4分程でした。みれたのは... 「もぉー遠藤さんっ!相変わらず『神出鬼没』なんだからっっっ!」(`□´)/みられた方いらっしゃいますかー?「キーワード」を入力したら録画されるビデオデッキが欲しいと思ったひととき。しみじみ。(*・-・*)
2006年06月10日
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今晩の食卓を飾る「イカと新じゃがの煮付け」ひと段落しております。今年はイベント続きでして。この記念の御ミサの二週間前には神父さまと共に歩んできた、同胞の遠藤周作さんの(御ミサも含めた)没後10年追悼記念イベントが、遠藤さんのある意味、故郷でもある長崎で盛大に行われ、(御ミサは大浦天主堂にて長崎教区の司祭5名の共同司式)私は有難いことにその場に立ち会うことができました。本当に深く感謝する次第です。また長崎ではそれ以外にも大切な恵みを与りまして。嬉。その話はまた後日改めて書きたいと思います。そしてこの度の「風の家」20周年記念の御ミサ。私にとって生涯忘れることはないでしょう、本当に感慨深い集いとなりました。感謝!今回の御ミサ、当初から珍しく事前にどこからともなくお手伝いの協力要請がありまして。というのも、現在普段「風の家」は、長年に渡り神父さまの活動に多大な尽力を注いでいる信徒さんのお宅を主日だけ間借りしての御ミサ。この御ミサに関しては、場所的に収容人数にかなり無理があるので、基本的に皆、各自で直接神父さまとコンタクトを取って集まっています。なので私的に近い御ミサの関係上、皆さん各々の信仰を大切にしていることもあり、普段は御ミサで顔を合わせるだけのお付き合いの方が多いです。また、それ以外は四ツ谷で行われる御ミサが中心の方々もたくさんおります。特に私の身近は、ネットや機関紙「風」を通したお付き合いがあり、私はそれがきっかけで、今、「風の家」へ通っています。そんな各自の場で活動していたものが、ここへきて記念の御ミサとあって、ちゃーんと神さまは一同に会して協力する機会を用意してくださるのだから不思議な話です。まさにネットと年代柄、普段バラバラになりがちな設立当初の若手(今はいい年。笑。)の面々とのコラボ。すぐに皆、意気投合、仲間意識も働いて本当に心温まる集い...こんなことが実現するなんて・・・私はもうそれだけで、感慨無量でした。感涙。さて、記念の御ミサは既に私の恩人の方のネット上で聞けることになっています。それなので、あえて内容には触れません。いつになく神父さまらしいお説教であったことは言うまでもありません。(*・-・*)最後に「二〇〇六年六月三日、風の家二十周年を迎えて」の神父さま手作りの「祈りの詩」をご紹介することにします。『「南無アッバ」のこみちをつくっていこう』やすらかなとき、感謝の気持ちがわいたとき、そういうときはもちろんのこと淋しくなったときでも哀しくなったときでも落ち込んでしまって何もかもいやになったときでもいつでも、何処でもまず「南無アッバ」ととなえてみよう「南無アッバ」のこみちをつくっていってみようそうすれば嵐のとき、雷の夕べ、息絶えそうになったとき、そのようなときにこそ、アッバが、このこみちで私たちを待っていてくださり、おみ風さまのあたたかな抱擁のうちでイエスさまにつきそわれた私たちの心に、やすらぎの福音を必ずやとどけてくださるだろう、ね、アッバ、そうですよね、アッバ アッバ 南無アッバするめイカがお安かったので。苦笑。本当は里芋の方がいいのでしょうが、生の里芋はカブレて全身カユカユになってしまうので、これまたお安かった新じゃがで代用。苦笑。美味しく煮えたかな♪
2006年06月09日
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