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本日から、ダンナ君が夏休みに入るため、一週間ほど鹿児島へ行って参ります。バタバタしていましたが、やっと準備が整った...感じ。(^^;一昨日、日程の殆どを過ごす「祈りの家 マリア山荘」に、確認のため連絡を入れました。神父さま、すっかり忘れていた?感じ。(・∇・)名前を言ったら、「ああ~。思い出した。」って。笑。当日の到着も、何時でも構わないとのこと。当初はあららー、と思いましたが、そのいい加減さ?が、何ともほのぼのとします。(^^)神父さま、どんな方でしょうか。毎朝の御ミサが楽しみです。今年はフランシスコ・ザビエル生誕500年記念の年。ザビエルさんの足跡を辿ります。では、行って参りまーすっ!(追伸)「たくさんの『ありがとう』を。」へのコメントのレスが遅れています。少し関連する紹介したい文章があるので、鹿児島から帰ってからにすることにします。なので、もう少しお待ちくださいね。(*・-・*)
2006年07月29日
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幼子にゃ雨も楽しや回る傘 これも以前、余白さんちで詠んだもの。夕べは何時になくよく眠れませんでした。えーん。悪夢、悪夢、悪夢...病気の症状です。持病には特に日頃から気を遣っているのですが、何せ難病。時として酷く悪さをすることがあります。今夜はよく眠れますように。祈。
2006年07月21日
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私は日々の生活の中で聖書で語られていることが実にさりげなく伝わってくることがあり、それこそが、私にとっては真の「安らぎ=福音」でそれをみつけた時の嬉しさは最高の喜びです。 それは、特別「聖書」のどこから引用しました...なんて示されていることではなく、何となく「!」と私が感じることなんですけれど。 でもそれはよく目を凝らして注意して眺めていると、結構、どこにでもある当たり前のことだったりもするんです。 「ありがとう!」なんて一言だったりね。 最近、私が楽しみにしていたドラマ。NHK土曜ドラマ「ディロン~運命の犬」 仕事に明け暮れ、その心労がもとで倒れ、何もかも自信がなくなっていた主人公が、ふとしたことから、成犬の捨て犬、ディロンに出会います。 その愛らしいディロンに出会ったことで、主人公はディロンと共に色々な世界に遭遇します。老人ホームや小学校...ディロンは特に何ができるワケでもないのですが、とにかく人気がある。 そんなディロンの中に主人公は何か大切なものをみつけました。 一緒に暮らす夫は、初めは犬を嫌がっていたのですが、何故か夫もそのうち、さらに二匹の犬たちが家族に加わり、とまどいながらも、その犬たちに何か大切なものを学んでいきます。 主人公はいつしか、ディロンのようにポイと捨てられた犬たちに新しい飼い主を探す活動をはじめます。 そしてそれから...主人公は,あまり折り合いがよくなかった姑が倒れ、身体が不自由になり、一緒に暮らすことになりました。 姑は犬が大嫌い。でも、ディロンがセラピー犬だということを知って、ディロンが自分のリハビリに役立つだろうと思い込みます。しかし、直接何かしてくれることはないディロン。姑はディロンに向かって怒りをぶつけます。「何であんたはセラピー犬なのに、何にもしてくれないのよ!」と。 主人公はいつも言いにくくしていた、姑に向かって「それは間違っています。」とはっきりと言いました。 「ディロンは高等な教育も受けてない、何にもできない、ただの犬だけれど、でも誰よりも優しい子です。」と。その言葉で姑は何かに気付きました。「私もお別れするまでに、みんなにできるだけたくさんの『ありがとう』を何となく言っておきたい気分になってね...。」 「生きとし生けるもの みんな何かの役目を持って 生まれてくる」んだって。主人公の夫が最後に言うセリフ。 これは私が聖書の中で一番大切にしている箇所。コリント一 12・12の『ひとつの体、多くの部分』と同じです。 ただの捨て犬にも、その犬なりの役割があったはず。飼っている以上、それをみつけてあげるのが、私たち人間の責任ですよね。 ディロンが人気があるのは何故か?言葉は話せないけど、きっとたくさんの「ありがとう」を言っているんだと思う。「ありがとう」という優しさ。 最近の子供たちは、よそよそしいですね。私は高層の集合住宅に住んでいるのですが、エレベーターに先に乗ったら、後から乗ってくる子供たちに「何階?」と尋ねます。でもその時、子供たちは「○○階」とも言わずに、自分で勝手に押していきます。 私の姿は彼らの目には映ってないのかな。「○○階です。ありがとう。」たった一言でいいんです。そのたった一言が有難いことなのに。それはそんなに面倒臭いことなのでしょうか。余計なお世話なのかな...と何となく寂しく感じるそんなひとときでありました。 それでも、私は地上を去るその最期まで、この一瞬、一瞬を大切にして生きたいです。できるだけ、たくさんの「ありがとう」をみんなに伝えていきたいから。 「ありがとう!」ディロン♪ 南無アッバ。
2006年07月19日
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私が出逢いを通していつも感じることです。神の下散らばる点や線と成り以前、私が余白さんちで詠んだもの。ここ数日、あらためて「つながり」を感じ、ひとりして嬉しくしております♪♪♪(//∇//) 大阪・玉造の細川ガラシアの最期の邸宅となった井戸。そのすぐ脇は聖マリア大聖堂です★
2006年07月18日
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棘とても強さとなりし恵みかな (コリント二 12・7-10)本日、久しぶりに地元の教会にて早ミサに与りました。理由はというと...何となく御ミサで歌いたい気分だったから。(「風の家」の御ミサは歌がない!?ため。)主任の神父さま、歌がお上手です。実は私、歌うの大好き。すっきりして帰ってきました。(*・-・*)♪いーまぞこのよーに~、とどまーりぃーたもう。園芸学部構内にて アガパンサス
2006年07月09日
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我が家には休みが間近かに迫ると、毎度騒ぎ出すお人が約一名おりまして...(・∇・)早くもご本人、そろそろウズウズしはじめ、私は行き先を早急に検討しなければいけなくなりました。Σ( ̄□ ̄ll) 思い始めたが最後。落ち着きのないお人です。こちらの都合があろうがなかろうが、そんなことは、彼には全く関係ありません。「どこに行く?どこにする?早くしないと...。」と私に迫りまくります。これでは子供がいるのと、何ら変わらないよぅー。(― ―) この夏休み計画が整わない限り、わてくしは気が休まりません。今後もひたすら、セッティングに追われまくることでしょう。そーしないと、彼に一方的、且つ、無謀なスケジュールを立てられかねないので。(実はウチはもともと趣味が、全くといっていうほど、一致していないのです。苦笑。) でも、旅行もいいけど、本当はもっとやってしまわなければならないことが、実は我が家にはあるんだよね...orzああ。バタバタする予感...何とかしてけれー。どこか適当な「黙想の家」はないのかなー。目星をつけていた「黙想の家」...あっけなく既に満室でありました。ぐすん。(T□T)(追伸)というワケで、非常に忙しくしております。しばらくめどが立つまで、レスや訪問は無理と思います。どうかご容赦のほど。ごめんなさい。m(_ _)m赤坂界隈にて スイレン
2006年07月04日
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