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2021/08/15
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カテゴリ: 2020〜日々の諸々
下り坂を下りに下っている今、毎日毎日辛くて堪らず、とにかく闇から抜け出せない。




私は、ここにずっと書き綴ってきたように、これまで勘に頼り切った人生を送ってきた。

要するに後先何も考えていない。

高校を休み始めたのも、その時の直感だった。

この高校に通い続けるのはもう限界だ、とっとと逃げよう、と。

病気の予防治療をするかしないかということも、とっさの判断だった。

私が発病した2007年当時は、一刻も早く予防治療を始めた方がいいと言われていた時代だったのだが、主治医が「してもしなくても数年後のデータはほとんど変わらない」と言ったたったその一言だけをきっかけに、じゃあしませんと言った。

もちろん主治医は私にすべてを委ねた上での事実としてデータの数値を伝えただけであって、訳のわからない難病を患い頭が真っ白になり、藁にもすがる思いなら、きっとその僅か1mmの可能性であったとしてもそれに賭けて予防治療をすると選択しただろうし、冷静になって今後の人生を考えたならば、高校を休むつまりは卒業できないんだと後先しっかり考えて行動しただろう。




実際、妹のような、利益と後先ばかり考えている友達には、私が不登校になった時にはまじめくさった顔で「これからどうするの?」と聞かれたし、発病した時にもまったく同じ友達にまったく同じことを聞かれた。



が、一般的にはそう考えるのが普通らしかった。

結局その友達とは馬が合わず、疎遠となったことは言うまでもない。




ところが、私にはそれができない。

仕方ないではないか、そういう性分なのだから。

感覚で生きる。

日々、どんな些細なことにおいてもピンと来た勘が優先。

それが私特有の気質なのである。

それがなければ私ではない。




その勘が働かないってなんて辛いんだろう。

特に40歳の誕生日を迎える少し前からの1年弱は、勘が鈍っているどころの騒ぎではなく、まったく働かないのであった。

うんともすんとも言わない。



だから、何の選択できず、ああでもないこうでもないと悶々として、結果無気力になる。

因みにこのご時世とは何の関係もない。




おそらく私にはそれがしんどいのであった。

今、我が人生において一番頼りにしている勘がゼロなこと。

これが今のしんどさのすべてを物語っているのだと思う。



そう確信しているが、で、それはいつなのか?





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最終更新日  2021/08/15 07:26:10 PM
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