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春がきたのかな・・と思ったら先週から冷える冷える。冷えが答える薄っぺらい体型。職場で、暖かいお茶をいれてもすぐ冷めた。食物とは思えないほどに色が綺麗でかわいい・・・・マカロン。土曜日「FORTISSIMO H」 の店頭で(写メ画像です)。マカロンって人差し指と、親指でわっかを作ったサイズのお菓子。ここのは小さいのに一個180円もする。(・・てそれが相場だったらすいません)一口でぱくっといけるのにちびちびしか食べれない。マカロン=マリーアントワネットと浮かぶ。「パンが食べれないならケーキを食べればいいのに」とか言いつつ食べるそんな気分。カラフル でお上品な味のお菓子。
March 31, 2009
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テレビのニュースはWBCで盛りだくさんでした。一丸となって、みなが盛り上がれる大きなイベントがあるっていいですね。さらに、それで勝利をつかんだなんて、すばらしい。祝いのお酒かけでの原監督の「おまえさんたちは・・」のコメントがよかったです。もっと硬い人かとおもってたけど素朴ないいおじさんのかんじがしたのです。
March 24, 2009
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でか目・・(デカメロンオオ) 鼻の下が青海苔みたいに黒い今日のコレ気になる倉敷意匠 麻のストッカー街のコーヒー屋さんでの麻の袋をもらってきたら手作りできそう。(yu〇〇ちゃんのおうちで見た・・)
March 23, 2009
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フラ、1月にはじまったの beyond the reef が仕上げで終わりました。好きな曲でした。beyond the reef (珊瑚礁の彼方に)この曲は英語の曲だけど、始まりに船の汽笛や波の音が入っていて目をつぶればハワイ・か沖縄か・・的な南の島気分です。先週レッスンに出られなかったくやしさ?をばねに、楽しく踊る。気分よく踊る。しあげには、二手にわかれて7名ずつに分かれて踊りました。これは、緊張せずできるようになってきました。フラはほほえんで、ニコと笑って踊ることが大切です、歯を見せて!と毎度教わります。スマイル~も練習、練習ですね。踊りながら笑うなんてね。何かするときに、ニヤニヤするなといわれれ、全校朝礼でしょっちゅう体育の先生が、「歯を見せるな!」と怒っていました。ふざけたい年頃だったと思いますが別にあそこまで言わなくても良かったのにぃと、時代産物の「詰め込み管理教育」を思い出します。確か小学校の頃流行ったドラマ・・・「不良少女とよばれて」「積み木崩し」など内容はかなり激しかったですね。反抗期?の若者からは?反動が激しく出ていた。尾崎の歌の歌詞もしかり。ちなみに私は、まじめかつ、素朴な学生時代を送り何もエキサイティングなことはありませんでした。話はそれた・・。神宮前のスタバで(ひさしぶり)茶をして、フラ、9時半に終わり教室からすぐそばの店で知り合い3人焼き鳥屋にいたのに合流、OH!久し振りの焼き鳥。終盤に行ったので途中からなので5本食べただけ(→?)でしたがが、自分だけかもしれないけれどやはり春は焼き鳥ねと思う。花見も、もうまもなく。今日のコレきになるエッグタイマー1,029 円(しゃれている。が贅沢品ですね)生ゆで卵・半熟卵・硬ゆで卵を作り分け
March 21, 2009
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これからは外出はマスキングすることが多くなります。冬が終わって陽気がきた途端にマスク人口がこんなに高い国ってほかにあるんだろうか。高度経済成長の残した爪あと・・・?今日のコレ気になる雰囲気のある陶磁器スタンプ
March 18, 2009
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最近は「ゴザ」ではなく「レジャーシート」と言うのだな
March 16, 2009
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いい陽気の日曜。後ろ足がぐらぐらなので、普通に歩くのも腰がフラついていて気の毒だけど本犬は気にしていない。ゴザをもって2時間ぐらい近所の神宮東公園にいた。ゴザに寝転んで下から見る空エディさん空気の匂いをかぐ犬金曜日職場から帰ってフラに行く前に辛い炒め物をつまんだら、胃が急速に痛くなった。未経験ゾーンの痛さにもだえて家庭用胃薬を飲んでじっと耐えていた。痛さがひいたのは夜9時・・。フラが9時半まで。がびーん。フライデーナイトの私のリフレッシュタイムは「すきっぱらに辛いものを食べて胃が超痛くなる」という現象により消えた。「くやしいです!!!」(・・の人のマネを繰り返したくなるぐらいくやしかった)胃はそのときだけでよくなりました。タイの人(タイ人のジェニーさん)に昔教えてもらってたまに作る、タイ風のはるさめの炒め物。唐辛子がききすぎていたのでしょうか。胃がよわっていたのでしょうか。レモンの代わりにお酢を使ったからでしょうか。後で味を直して食べた。(←食べたんかい) あれは未経験の胃の痛さだった。
March 15, 2009
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外から来た人に対して、納屋ごしに、その鼻先と顔が少し見える位置につながれていたタロちゃんだった。
March 13, 2009
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母ちゃんが立ち寄った知り合い宅の前に素朴な猫が2匹。こっちを見ていたので私も見る。お互いに見る。警戒しやすいのか感心がないのか分からないが、一匹はそっとすぐ去った。あれ と 仲間の行方を見るフリーダムなかんじがする猫2匹。
March 12, 2009
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Weekendに名古屋に戻ってきました。そのままいつきそうな気持ちになりましたがやっぱり戻ってきますよ。エディも(夫も)いるし仕事も休んでいて。父ちゃんの治療もうまくいき退院(10日いたかで)。最初に夜運ばれた病院でのCT診断では脳内出血といわれたのでそのまま救急車で脳外科専門がある違う病院に運ばれた。母ちゃんは両方の親がそういう脳の血管の系統の病気で天国にいっているので(いわゆる、前日まで元気で突然ぽっくり・・ですが)「救急車に始めてのった」といっていたけど不安だったろう。父はほそいカテーテルを足のほうから上まで2本通した。それをすると統計上は50人に一人はなんらかの障害がと説明されていたけれどそれをしないでいた人のほうがが後から危険な可能性が高いそうなのでやりました。当直でいて、そのまま担当していただいたお医者さんが冴えた脳外科の部長さん。患者はまな板の鯉だから「お医者選びも治療のうち」。あれこれスキャンのような画像を見せてもらいながら医者による家族説明が今までで一番ムズかしかった。聞いたことがない病名やら血管やらみせて説明されても、新しい難しいお勉強のようだった。母はうなずきながらメモとっていたが、後から見ても「意味」のないメモ。電話しながらグジュグジュ手を動かす落書きのような。最終的なカルテ上の病名は左椎骨動脈閉塞。一般的はくくりは「脳梗塞」というのでしょう。2本、首の後ろの骨のところを通る大きい脈があるうちの左が見えない状態で詰まってた。動脈乖離も?免れた。解離か乖離か、字すらも難しい。今のこの段階で分かってよかったということだ。いたいですとか、つらいですとか、とかの言葉を私は聞かなかった。色々管を抜かれたすぐに、ふらつくことなくシャキーンと立って歩いていた。退院も一番重たいタオルとかみっちりの荷物を自分で持っていた。父は「シャッキーン!」の人。病も気から・・で気力があるので退院も早めでまだ少し検査があるけど通院にした。障害も出ずに薬を飲みつつだけど日常は普通の人に戻れる。よくないところがないのが一番だけど、早めに症状が出て分かったことで(過労で出た)セーフ。病院ではこういうときなので(一応重病人のはずだったからか)いい個室に入り窓からの景色も(山景色)きれいだった。名古屋の市大病院などは高層ビルのような建物だから知人の見舞いに行ったときには病室から見える景色やもはや、エレベーターだけでも高所恐怖症にはビビる場所だった。私が帰る際、もよりの駅までは車で5、6分なんだけど「お父さんのために帰ってきてくれたのだからわしが送る」 「え!?」ご遠慮したが、結局送られた。乗り口が歩道橋の向こう側で、私の荷物はとても大きかったので(食料も少し積んで?いた)「それ重たいな。改札入って荷物あっち側まで持ってやろう」 「え!?」ご遠慮しておいた。:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::母と病院かえりの通り道、雑貨屋(町内の駅前に昨年できた)でスタジオM(品揃えは少ししかない)のを買ってもらった。スタジオMは名古屋産だけどなぜか山口で。
March 2, 2009
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