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キャッチしそこねてパソコンの下に転がったフードを探しに、狭い所にもぐっている犬。配線作業するおっさんのよう・・
February 18, 2009
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新幹線のチケットをとり、金曜日夕に職場を出てらその足でひとり戻ることにした。仕事終わりに荷物ゴロゴロぶらさげて・・旅行なら楽しみだども(荷物ゴロゴロしていくような旅・・・・・ ご無沙汰)こういう父の治療方針がどうなるかは週末決定。できるだけ軽い治療ですむような検査結果が出ますように。破裂してなかったのでよかったのだけど = 幹?がつまっている入院で薬投与だけで済んだらベスト。爆弾になるようなら手術だがリスクもある。今のところはお医者のお勧めはフィフティーフィフティー。造影剤?とかの検査が金曜日で、週末に決定が下される予定です。前回書いた、し〇〇おばさん(母の実弟のお嫁さん)も母の行動に付き合ってくれ父の妹のく〇〇おばさんもおばあちゃんのほうの棟に今後、しばらく泊まりこんでくれるそうで親戚がこれまた助けてくれています。弟も町内に住んでいる。近隣の、親戚バリエーションが多くて恵まれていて私だけ遅れてかけつける。←母親のリクエストは週末タイミングだった。電話先で母が「でさ、カーテルとかいうのを・・」 私「お母さん、カーテーテルのこと?」「で、さっき言ったカーテルを・・」 私「カテーテル?」「そう、それ、それ」で、3度目にカーテルと言った時、私も自ら「カーテル」と言うことにした。
February 18, 2009
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し〇〇おばさん(母の弟の、お嫁さん)が月曜の病院説明に母と一緒に付き添ってくれた。出血は昨日という傷ではないらしい。よくなければカテーテルが入り、よければ、入院でしばらく薬投与の可能性。し〇〇おばさんが母に付き添って、また動いてくれていている。学校の校長先生を引退して、去年から悠々自適のはずが色々ご迷惑かけています。私がトンボ帰りするより、長丁場かもしれないので来週ぐらいが助かるから言うので今週末ぐらいに戻る算段にする。帰らなくても良いかもというけど顔だけでも。ちょうと弟夫婦の出産が今週あたりで、バッタバタになる。(もう性別が分かっていて、めいっこが出てきます~)私の、弟は病院ごととかにとても弱いので、今までのかんじでは弟から状況の電話がかかってきては、その中に「ねえちゃん頼む」のかんじが伝わってくる。去年母が乳がんしたときに「男の人っていうのは、そういうのに普通弱いんよね。〇〇おさんも同じよ(←母の弟)。おじいちゃんもね、おばあちゃんが軽い手術した時があって、その時、いないと思ったら映画を見にいっちょって、(映画など絶対日頃は見ない人だった)あとでばれて怒られちょった・・。ハハハ」畑にいて働き者で、ニコニコしていて可愛がってくれた大好きなじいちゃんだったが(今はいません)ばあちゃんの手術中は、映画館にいたのか・・。しかしやはり気もそぞろだったから何の映画を観たかも良く覚えていなかったそうだ。
February 16, 2009
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春のような天気が昨日と今日続いた。金曜日のフラは楽しかった。ここのところ、動きについてだんだん「なるほど!」開眼できてきたようなかんじ。だからといってイコール、自分がイメージどおりにモーションの実現できているということではないので家でもっと練習したいな・・と考えていた。エディの散歩に混んでいない時間帯にいく。久々の公園でうれしそうだった。後ろ足がおたおたしながらも色々なものの匂いをかいだり、楽しそうに歩いていた。私もしばしの幸せ・・。そして日曜夜、私の中でいつも元気なはずの父が倒れた。今日の夜、連絡がきた。再度、折り返しで検査の様子が出たけど夜なので詳細は分からないって。相当具合が悪くて吐いたりしたそうですが、家に来客があったりしたらしくて我慢して言わずにいたらしく、夕方、救急車に・・かわいそうに。脳内出血の疑いだそうですが母や弟には大丈夫だから帰れと言ったそうで先ほど帰ってきたそう。病院の空きの関係で家から近い大きい病院でなくて、家から遠い大きい病院に回されたそう。(カルテがあったら近いほうの大きい病院入れたかも・・)。「つらそうだがしゃべれて入れるし今日、明日どうっていうかんじでないだろう。でもよう分からん・・」という弟の話で。先ほどまで病院に母親と一緒にいてくれた様子。電話は弟からかかってきた。ながければ2ヶ月ぐらいは入院になるだろうとのことで心配だからちょっと実家に帰ることにしようとおもう。顔を見て励まさなくては。今日明日のところは実質私は何の役立たないのでがんばれチチ!と心で念じます。私の血脈の中で、もっとも「気丈な人間」に該当するのは父親で、具合が少々悪くても態度に出さなず痛いときも痛がらないタイプの人。「矢でも鉄砲でもどんとこい」とぼっそり言ったりする人で、母親のときも仕事をしながら、隣に住む96歳のばあちゃんの身の回り面倒から母親の病院通いから家事からすべてやっていた。あまりによく働くので無理しないようにというと「無理しとらせん。お父さんは大丈夫」といっていた。矢でも鉄砲でも・・という年齢はもうこえており、疲れがでたのかもしれない。弟だけとの会話だったのでお母さんへも電話してみたら、あんたには連絡しなくていいって父さんが言ってたけどね、〇輔(←私の弟)が、でも・・と、(私に)電話しちゃったそう。お父さんに言ったら言わなくて良かったって怒られるかもしれないけどなどと言っていた。母にも、病み上がりなので無理しないようにと伝えて切った。
February 15, 2009
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実家の両親は、食料や雑貨を送ってくれる。割と頻繁に送られてきます。かなり米が入っているので送りに出す重さもある。今回は父が出してくれた。父は忙しい合間をぬって休日に、几帳面に畑をやっている(→趣味だろう)。この前母の手術で実家に帰った折に、色あせた「野菜」とかいてあるノートを勝手にめくったら「植え変え時やらどこに何を植えるかについての記述」が、ずっとマメに記録がしてあり計画的。マメな人なのです。にんじんや、だいこんや、ほうれんそうなど(はすべて父作)か、里の名物や、お菓子やら、気軽に食べられるものと、”米”。現実的に助かる。最近は田舎を(→良い思い出)を以前よりじんわりと思い出す。年のせいでしょうか。里心でしょうか。母親は昨年の手術から検査のみの元の生活に戻っています。しょっちゅう痛いところはあるらしくて気の毒だけど。離れて住んで私自信は親孝行をしていなくて少し胸キュン。還暦祝いもスルーしてしまったが何にも言わない。後で言ったら恥ずかしいから別にいいと言われた。かなり大きいサイズのダンボールで届く。何キロあるんだか米。母方のばあちゃん(私、かなり仲良しだった)も、私が子供の頃、毎月荷物を送ってくれそれに私用には学研?が2種入っていたわ。学研には、文科系と理科系で2冊あったのですね。今もそうだろうか・・。「元気ならいいといい」と言いますので、元気でいようと思います。”ありがとう”の向こう側には100の意味。
February 8, 2009
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