平凡から非凡へ

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ト・ミー

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2007/08/19
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テーマ: 生き方上手(717)
カテゴリ: カテゴリ未分類


人のために生きておれば、人に感謝され、評価され、名を残すこともできます。

自分も満足します。自分の喜びともなります。

以前述べたようにD.カーネギーの言う自分の重要感を満たすことができるからです。

人のために生きておれば、あの世が存在するとした場合、死んだ後おそらく天国にいくでしょうから、この世でもあの世でもいいことずくめです。

逆に、もし自分のためだけに生きたなら、人に感謝されることもなく、評価されることもありません。死んだ後、天国に行けるかどうかも保証の限りではありません。地獄かそれに近い世界に行く可能性が高いでしょう。

(2)あの世が存在しない場合
人のために生きておれば、人に感謝され、評価され、名を残すこともできます。

自分も満足します。自分の喜びとなります。前述したとおり自分の重要感を満たすことができます。



また誰も協力者となることはなく、この世的に、一時的に成功したとしても、長続きはしないでしょう。

名を残すこともないでしょう。むしろ自己中心に生きた結果、他人に害を与え、悪名を残す事になるかもしれません。

それでもいいと強がっても、心の底では、そんな生き方を望んではいません。

自分の心に正直になる必要があります。
よく自分の心の内を見てみる必要があります。悪人でも自分を本当の悪人だとは思いたがらないそうです。

かつて全米をふるえあがらせた暗黒街のギャングの王者アル・カポネは「おれは働き盛りの大半を、世のため人のためにつくしてきた。
ところが、どうだ、おれの得たものは、世間の冷たい非難と、お尋ねものの烙印だけだ」と、なげいたそうです。
カポネほどの極悪人でも、自分では、悪人だと思っていませんでした。

以上をまとめると次のようになります。
人のために生きるべきである。
それが本当の自分自身のためになる。



逆に、自分のためだけに生きれば、この世的には、一時はいいかもしれないが、長い目でみれば、人から敬遠され、誰も協力者が現れず、死ねば、地獄での苦しい生活が待っています。

もしあの世が存在しない場合でも、人のために生きておれば、少なくともこの世的には人から評価され、自分自身の喜びともなって、前述した人間の渇望してやまない欲求を満たすことになります。

従ってあの世の存在の有無に関わりなく、自分のためだけに生きることは割に合いません。






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Last updated  2007/08/19 04:08:38 PM コメントを書く


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