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一方日本語にはあいまいさがあります。よく言われているように、日本は元々、村社会、農耕社会、ほぼ単一民族による同質社会です。
そこで必要とされるのは調和とか秩序といったものです。このような社会では欧米ほどには自己主張をする必要がありません。
むしろ他人との和を優先するようになって角の立つようなあからさまな表現を避けようとします。つまり言葉はあいまいな表現となり、後は察してくれということになります。
長い期間、同じ土地に定住する村社会ではお互いの気持ちがある程度わかるようになるため、完璧な文章でなくても意思の疎通には支障がないからでしょう。
片言隻句でも通じる場合があります。時に自己主張の強い人がでると、あの人は我の強い人で調和を乱す人だということになり、疎んじられるようになります。
あいまいさの例として、「はい、結構です」というのがあります。
これには「YES」と「NO」の両方の意味があり、その時の会話の状況に応じて、どちらであるかを察しなければなりません。「NO」の場合、あからさまに断るのではなく、婉曲に断り人間関係に角を立てないという効用があります。ただし、現代ではこれが悪用される場合があります。
たとえば、会社などへ高額な書籍などを購入するよう、しつこく電話がかかってくるようなことがあり、この時、断るつもりで「結構です」と返答したりしたら、購入を了解したということでその書籍を送りつけてきてトラブルケースがあります。
このような時は、最初から明確に毅然とした態度で「要りません」とか「購入いたしません」と返答すべきでしょう。
日本語と欧米語の優劣はつけ難いことです。
それぞれの異なった環境のなかでそれぞれに適合するかたちで発達してきたからです。 ただし、これだけグローバル化したビジネスの世界では、明確で論理的な欧米語の方が有利です。
日本語のようなあいまいさや腹芸で商売をして、後は察してくれということであれば、後のトラブルの発生原因ともなり、また悪用されかねない面もあります。
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