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January 26, 2021
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カテゴリ: カテゴリ未分類
何故「古事記」と「日本書紀」があるのかを研究していて見つけた田中英道先生の本は、
本気で信じ込んで書いているのか、受けを狙ったのか分からない本が多い。
非常に博識な先生なので、分かっていてわざと受けを狙ったのではないかと思っている。
2021年1月12日の「何故「古事記」と「日本書紀」があるのか(その6.1)」で紹介した、
発見ユダヤ人埴輪の謎を解く!は「ユダヤ人」と言うワードを除く秦氏のことを書いた部分は、
それなりに面白かったので、2冊目を読んでみた。
「邪馬台国は存在しなかった」と言う本である。

うーん、何というかちょっと無理が有るなぁと思った。面白さが無い。
タイトルの奇抜さからもっと激しく面白いのかなと思ったのだけど、いまいち。

前の本では本当は理性が有って、本を売込む為に滅茶滅茶言っているのかなと思ったのだけど、
この本の先生は理論が支離滅裂になっている。
まず、根本的に何故「邪馬台国は無かった」と主張するのかが分からない。
魏志倭人伝に疑わしい記述が多く、
邪馬台国論争が多数の論客により多岐にわたるのは個々の論客のバリエーションに過ぎないと
そう主張して、だから邪馬台国は無かったと言う論法なのだが、
そもそも魏志倭人伝が信用できないのか、読んで解釈する論客が信用できないのか不明である。
それを言ったら魏志倭人伝同様に「日本書紀」も「古事記」も信用できないし、
だから日本と言う国が無かったかと言うと、現に僕は日本人で日本に住んでいる。
つまり、その国の事を伝えた本に信頼性が有るかどうかと、その国が有ったかどうかは別の話。
なので、一番大事な証明の仕方が滅茶滅茶である。


先生が邪馬台国の有無の証明よりも日本の学者先生方の悪口に力点を置いているからである。
日本の学者は国際的にレベルが低いとか、中国文献至上主義だとか、
マルクス主義史観に基づいていると延々と書いている。かなり熱く。

もしかして先生は邪馬台国論争の中で学者先生達にいじめられ、恨みを持っているのではと思う。
学者先生方はいくつかに分かれ、

特に後者の先生方は、戦争に際して憲兵に捕まったり殴られたりして恨みを持っている。
神話や明らかに考古学的に間違っている古代史を批判するくらいで捕まるのは確かに不条理だ。
僕が当事者だったら、そう思うだろう。
だけどそれを何の関係も無い、ただ古代史に関して考え方が違う他人にぶつけるのは変だと思う。
自分達が憲兵にされたことを、今度は自分達が他人に対してやっているだけである。
田中先生はその被害者で、そのせいでこんな支離滅裂な本になったのだろうと思う。

ただ、参考になった部分もある。陳寿の色々なエピソードである。
陳寿は蜀の出身で、魏の後を受けた西晋の時代に三国志の著作郎になったのだが、
陳寿が蜀を離れたのは、彼が高潔で間違ったことを書かなかったせいだとか、
三国志を書くにあたって、その性格上「魏にとって不都合な事を書きかねない」ことで
著作郎にふさわしくないのではと言う議論がなされたと言う話である。
田中先生はこの(魏にとって不都合な事を書きそうな奴は著作郎にしたくないと言う人達がいた)
ことをもって当時の本は信用できないと言うのだけど、
僕は逆にそれでも陳寿が採用されたと言う事は高官の中にも高潔な人が多くいて、
それ故に三国志は立派な本なんだと思う。
先生の思うように三国志のプロジェクトリーダーが悪い人ならば陳寿はクビでしょう?

もう一つ参考になったのは、宮崎の「神門神社」と「比木神社」の存在である。
この二つの神社は宮崎県のホームページ「みやざきの神話と伝承101」によれば、
百済滅亡前の2人の皇子が戦乱を避けて日本にやって来たのだが、
最初は広島の厳島あたりに逃げたのだが、安全を求めてさらに逃げて宮崎に来たのだそうだ。
(岡山や滋賀には敵がいたからなぁ。厳島では安全とは思わないよな。)
僕は古事記や日本書紀の「神武東征」の話はもちろん神話で事実ではないが、
何らかの史実を反映していると考える人だし、
古事記の中で天孫が韓国岳から見た「韓の国」は宮崎県の「えびの(夷野)」だと思っていて、
そこには百済の人達が移り住んでいたと思っているので、
2人の皇子がそこに住む人達を頼りに逃げて来たのだなと思うと、
田中先生の教えてくれた2神社の存在がうれしかったからである。

ただ、田中先生。
卑弥呼の時代には「神社」と言う概念が無かったので「卑弥呼神社」が無いのは当然だし、
有ったとしても別の名前で残っていると思いますよ。
だって、「出雲大社と大国主命」は有るし、「大国魂神社」も有るけれど、
「大穴牟遅(オオナムチ)神社」は無いでしょう?
(大国魂神も大穴牟遅も大国主命の別名。神様にふさわしい名前が神社につけられた?
 卑弥呼は卑の字で分かるように田中先生の主張通り「蔑称」。
 なのでこの名前を神様の名前として扱うわけがない。)
オオナムチと言わずに大国主命と言うのが、神話の作者の心遣いだと思います。






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最終更新日  January 26, 2021 02:46:39 AM
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